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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
159/206

158 肉体消失

 本当にこの場所はつまらないくらいに何も無い。

 そう思っていたのがきっといけなかったんだと今は思う。

 イナバかくろうさに連絡を取ってみると言った榎本君が、ぶつぶつと呟きながら半透明の四角い窓のようなものを出現させてから暫く。

 どこからともなくそれは現われた。

 白い床に浮き出る黒い水玉は次第に大きくなり、盛り上がって何かの形を作る。

 青嵐高等学校で見たような化け物の姿に、私は思わずカタスを召喚しようと詠唱するのだが発動しなかった。

 こういう時に心強い味方である、ミシェルとゴッさんも、他の手駒も魔法も全て発動しない。

 唯一、出現させられたのは魔王様より賜ったクリスタルスカルだ。

 ただ重いだけで残念ながら魔王様やイナバは宿っていない。


「ちょ、ちょ、ちょっと! 発動しないんですけど!」

「えっ」

「何ここ、【隔離領域】なのに何で? それとも私の魔力が尽きた?」

「いや、それなら脱力して身動き取れないよっと」


 私と榎本君を中心に円形の魔法陣が浮かび上がり光を発する。結界だと気付いた時にはもう榎本君は陣の外へと飛び出して迫り来る化け物を器用に倒していた。

 戦闘なんて一切できそうもないような外見をしているのに、飄々とした表情で敵の攻撃を躱し鋭い一撃を浴びせる彼の動きは慣れたものだ。

 その姿に見惚れそうになりながら、私は持っていたクリスタルスカルのクラーを見つめる。

 眼窩に光は宿らず、持った感じもいつもより重い気がする。

 軽やかに舞うような戦いをしている榎本君は私を安全圏に置いて危険に身を投じているというのに、どうして私は何もできないのか。

 これを投げつけて戦えということか、と髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き混ぜながら唸る。


「キリが無いけど、ビンゴってとこなのかなぁ。嫌な当たりだけど」

「もどきがいるの?」

「いや、この感覚は多分違うと思うな」


 それは一体どういう事だろう。

 その感覚は何を指しているのか分からないけど、胸騒ぎがする。

 嫌な予感が消えなくて、ゾクッとしながら私は必死に夢の中で覚えた魔法を何種類も口にした。

 数ある魔法のうち、どれか一つでも発動すればそれで何とか凌ぎたい。

 けれど、そんな小さな希望を打ち砕くようにそれは現われた。


 え?


 最初は何が起こったのか分からなくて、気がついたら世界から音が消えていた。

 冷たい床に頭をぶつけたのにそれが気にならない程、背中が焼けるように熱い。

 力を失った魔法陣の上でうつ伏せになっている私に榎本君が必死に何か言っている。

 視界の隅に転がっているクラーを見て、魔王様に申し訳ないと思う。

 そんな事を考えている場合じゃないのは分かっているのに、くだらない事ばかり考えてしまった。

 背後から、ひたひたと忍び寄る嫌な雰囲気。


 ああ、呼吸はどうやってするんだっけ。

 

 視界がぼやけたままで段々と瞼が重くなってくる。


 体も寒くなってきた。


 最後に聞いた榎本君の絶叫と共に、私の意識はそこで終わった。





 なんてあっけない幕切れか。

 どうせまたループするんだろうと嘲笑しながら、自分の不甲斐なさを笑い続ける。

 誰も笑ってくれる人がいないなら、自分で笑うしかない。

 世界がリセットしてしまうから、死に繋がりそうな事は回避してきたはずなのに。

 終るのは一瞬。

 神原君にも、皆にも申し訳ない。


「はぁ」


 結局私は殺されて死ぬ運命なのかと悲劇のヒロインごっこをしながら、今までの事を思い返していた。

 色々あり過ぎて少し疲れていたので、休むには丁度いい頃合だったのかもしれない。

 私が倒れても恐らく次がいるだろうし、その私が何とかしてくれるだろうと考えていれば何かに頭を噛まれた。

 随分と顎が柔らかいなと思いながら甘噛みする何かに目を開く。


「あ、起きられた」


 てっきり【再生領域】へと向う途中だとばかり思っていたが、周囲は見渡す限りの花畑が広がっていた。

 ここが天国か、と思わず呟いてしまいそうになりながら私の頭を噛んでいたクラーをそっと外す。

 恐らく倒れた拍子に彼の口が大きく開いてしまい私の頭に落ちたのだろう。

 いや、そう言えばクラーはもっと離れた場所にいたような。


「ん?」


 そう思いながらクラーが何か変なことに気づいた。

 よく見ればクラーの眼窩に光が宿っている。

 と、いう事は誰かが憑依しているということだ。


「魔王様?」

「違いますよ、羽藤さん」

「え? き、教授!?」

「まぁ今は再会を喜んでいる場合じゃないですからね。動けますか?」


 恐る恐る尋ねたクラーはどこかで聞き覚えのある声で私を呼んだ。

 瞬時に頭に浮かんだ亀島教授の姿に素っ頓狂な声を上げてしまうが、返ってきた声は冷静だった。

 動けるかと聞いたクラーへ必死に首を縦に振りながら、私は上体を起こした格好で軽く体を動かす。


「え、でもあれ? 私の体、何か変なんですけど」

「仕方ありません。君の器はあそこにありますから」

「器? あそこって……黒く焦げた何かしか……え?」


 クラーが顎をしゃくった方へ顔を向ける。

 あれは、榎本君が敷いてくれた魔法陣だ。

 魔法陣上には酷い焼け方をして黒く焦げた何かしか残っていない。

 判別できないほど焼け焦げているそれに、私は冷や汗をかきながらクラーを見た。

 まさか?

 亀島教授が入っているらしいクラーは、カタカタカタと歯を鳴らして「仕掛けますよ」と言ってくる。

 仕掛ける? 何を?

 首を傾げた私に立つように促し、教授は飛び出して行った。


「このままでは榎本君が危険ですからね、助けて場所を移しましょう。ここでは分が悪い」

「助ける? えっ、いや、でも」

「ほら、羽藤さん。いつものようにやってください? そうですね、巨大手お願いします」


 カッと口から光の玉を吐いて榎本君に群がる黒い化け物たちを一掃してしまった教授は、くるりと振り返って穏やかな声でそう告げた。

 いや、教授がそこまで強いなら私なんて必要ないでしょう、と呟きつつも私は詠唱を完成させる。

 どうして教授がここにいるのか、私の能力を知っているような感じなのかと疑問は次から次へと出てくるが、教授の言う通り今は暢気に質疑応答をしている時間は無い。


闇の裂き手(グロルライセン)


 無駄じゃないかと思いつつ唱えた魔法は、やはり予想していた通り発動しなかった。

 格好良くポーズまで決めておいて恥ずかしい。

 顔を手で覆ってしゃがみこみそうになった私は、軽い地鳴りにバランスを崩しよろけた。

 教授は楽しそうにクラーの姿で笑っている。


「うわぁ」


 白い床を割るように走る紫電は、まるで生きているかのように縦横無尽に伸びてゆく。いくつも枝分かれして何かを描いているのだと気付いた瞬間に私は顔が青くなってしまった。

 完成していないのにそれが何になるのかが分かる。

 分かったら、少し落ち着いた。


「常世の闇に集いしものよ、光を喰らい闇で満たせ。穢れた陽を陰りに落とし鎮め清めよ」


 全身に力が漲ってくるのが分かる。

 さっきとは大違いの状況に笑いすら漏れそうになりながらも、それを噛み殺して淀みなく詠唱を続ける。

 ゆっくりと宙に描く紋様に反応するように、赤を纏った黒い線が紫電を追いかけていく。

 ああ、気分がいい。


「二重か。これはこれは」


 カチリ、と自分の中で何かが噛み合うような音がしたと同時に術が完成した。

 巨大な魔法陣の中に捉えられた敵が溶けるように床へと吸い込まれてゆく。

 そして私を殺した人物は、ゆっくりとこちらを振り返ると私と教授がいる方向を見つめて目を細めた。

 足元から形を無くし崩れていっているというにも関わらず、その口は楽しそうに歪められている。

 足先から頭の天辺まで白で統一されたその人物は、這い上がる闇に飲まれ食われる苦痛に笑い声を上げながら大きな手に潰されて消えた。


「……末端か」

「分かった?」

「手応えが無さ過ぎます。雑魚相手にあれだけの術を使った自分にも反省してますけど」

「いや、そんな事はないよ。さて、場所を移そうか。榎本君は君がちゃんと介抱してあげるんだよ」


 介抱と言われても回復魔法なんて初級程度のものしか覚えてない。

 回復系はモモに頼りっきりだったので、いいアイテムがあればいいんだけど。

 そんな事を思いながらボロボロの榎本君に近づく。彼はスカルの姿は見えても私の姿は見えていないようだ。

 近づいて体に触れれば驚いたように払われて、こっちがびっくりしてしまう。


「ごめんなさい。声かけるべきだったわね」

「羽藤さん!?」

「うん。とりあえず簡単な回復くらいはできると思うから」


 あれだけの敵を前にしてこの程度で済んでいるんだから、榎本君の能力は私が思っているよりずっと高い。

 まだ隠し手がありそうだけどと思いながら彼の体に触れて、回復魔法を唱えようとした。


「……はぁ。ありがとう。凄く楽になったよ」

「……」

「羽藤さん?」

「え? あ、あぁ、うん。いや、どういたしまして」


 おかしい。

 詠唱していないのに回復できた?

 教授が何かしたんだろうかとクラーに目をやっても、彼は眼窩に宿った光を左右に動かして否定する。

 だったらこれは私が何かしたのか、と自分の両手を見つめていた私はふと思うことがあって黒焦げになったものへと近づいていった。

 近づいても何がなんだか分からないくらいに焦げている。


「あー、随分こんがり焼けちゃって」

「ここまで綺麗に焼けて炭になるのも珍しいんだけどね」

「ごめん。教授に指示されて最大火力で燃やしたもんだから……」


 元が人であった事すら分からないくらいに見事に炭化している私だったもの。いや、私の体だったものか。

 ここが【隔離領域】で良かったわと思いつつこんなになってしまっても、【再生領域】で再生できるものかと首を傾げた。

 でも、管理者たちの力があれば朝飯前かもしれない。

 綺麗に炭化したものを集めて持っていたらしい袋につめた榎本君は、ただの消し炭でしかないそれを見つめて嬉しそうに笑む。

 どうしてそんなに嬉しそうなのか疑問だ。


「羽藤さんの体がこんな形で僕の手の中にあるなんて、不思議だなぁ」

「その嬉しそうな顔やめて」

「榎本君は相変わらずだね。さて、敵が本腰入れてくる前に逃げるよ」


 逃げるとは一体どこへ。

 私がそう問いかける前に上空から飛んで来た光の槍を避け、教授は楽しそうに笑うと高らかに叫んだ。

 キィンという音がして目の前が白く爆ぜる。

 無音になった瞬間にフラッシュバックしたのは、私が背後から貫かれる光景。

 あぁ、斬られたんじゃなくて貫かれたのかなんて、私の視点からは分からなかった事実をぼんやりと見ながら、天を仰いだ。

 眩しく光る天井は高く、降り注ぐ無数の槍は一つ一つがキラキラと光っていて目に痛い。

 その奥に知る人を見つけた私は、あぁなるほどなと変に納得して目を閉じた。






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