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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
156/206

155 焦燥

 座り心地の良いソファーは寝心地も良い。

 行儀悪く横になりながら私は抱きしめたクッションをボスボスと叩いた。

 その様子を見ても顔色一つ変えない榎本君が、お茶を入れ直してくれる。


「焦っても仕方がないってば。それは君が良く分かってるはずだけど」

「それは分かってるけど、今日で三日目よ? ギンが上手く誤魔化してるにしろ、危なくない?」

「ギンや他の管理者たちが大丈夫だって言ってるのに何を心配するのかな」


 分かってる。

 その場にいなかった私が焦ってもどうしようもないのは分かっている。

 でも、やっぱりあの時私がカードを貰ってその場所に行っておくべきだったとか、せめて一緒に行くべきだったと後悔しかしない。

 カードに記された数字を解読して、その座標へと飛び歪んだ空間の中へと入っていった神原君。

 中に入るまではギンが一緒にいたが、中には入らなかったらしい。

 それをくろうさから聞いた私は思わず「何でよ!」と声を荒げてしまったが、私が神原君だったらどうするかと落ち着いた声で返されて黙ってしまった。

 私がもし神原君の立場だったら、彼と同じように単身で乗り込んでいただろう。

 一緒に行って、管理者であるギンに万が一の事があったら大変だからだ。

 その点イナバはどうとでもなるから安心している。


「……ごめん。私、やっぱり帰るわ。役に立てないし、邪魔でしかないから。あ、歩いて帰るから平気」

「はいはい、落ち着こうね。はい、お茶」

「いや、だから……」


 榎本君が住んでいるマンションの部屋が作戦会議場になってから、バイトが休みの時や彼から連絡があった時は寄るようにしていた。

 どこかで誰かに見られていやしないかとヒヤヒヤしていたが、今はもう腹が据わってしまった。

 カップを押し付けるように渡されて渋々受け取った私は、キーボードを叩く彼に頭を掻く。


「候補地の洗い直し、引き続き候補地点の監視、そして江口さんの背中に貼り付いていたカードの場所へ行った神原君の待ち。世界の監視と敵の動向は管理者たちが注意深く見てるからいいとして……」

「……私が行けば良かった」

「はーいはいはい。終わった事をいつまでも言ってもしょうがないよ。彼は無事なんだから帰りを待つしかないよね?」

「分かっているけど」


 神原君はカードの場所へ行く為に眠ったまま目覚めない。

 健康状態は良好で、脳波の乱れも特に見られず精神の状態も安定しているとは聞いた。ギンが神原君のふりをして過ごしているとの事で、彼の両親は不審に思っていないらしい。

 

「あーあ。そんなに神原君の事心配してるなんて、妬けちゃうなぁ」

「何馬鹿な事言ってるの。ただでさえ神原君には色々押し付け過ぎの頼りすぎだったから……だから」


 情けない。

 情けなくてたまらない。

 私は一体何をやってるんだろう。

 大学でも人気の同期生の部屋でお茶を飲んでお菓子を食べて、行儀悪く横になってゴロゴロと。

 女としてだけじゃなく、これは人としても駄目だ。


「ごめん……やっぱり私かえ」

「はいストーップ。もう、思考のループもおしまいにしようね。帰りは僕が送っていくから、それまでゆっくりしてるといいよ」

「いやでも……」

「他にする事なんてないでしょ?」

「うっ」


 何も言えない、言い返せないのが悔しいというより情けない。

 イナバとくろうさからの助け舟も無く、テーブルに置いているスマホは電源が落ちているかのように静かだ。

 榎本君がプリントアウトしてくれた資料を見ながら、私は溜息をついた。


「先生からの情報も、目新しいもの無かったものね。せっかく聞きに行ったのに無駄足だったじゃない?」

「そう? そうでもないよ?」

「……くろうさが教えてくれた以上の情報なんて、無かったと思うけど」


 榎本君がパンドラボックスについて詳しく知りたいという理由で亀島教授に連絡を取り、いつでもいいよと言われたので今日行ってきたばかりだ。

 先生と榎本君の二人だけで話がおおいに盛り上がっていて、私は途中から話についていくのを放棄した。

 数式やら聞いたことの無いような法則名が飛び交って、頭がパンクしそうだったからだ。

 所々分かる単語も出てきたが、ホワイトボードを使用して白熱していた二人の会話に入れる気がしなかった。

 元々入る気もなかったけれど。


「僕は面白い話が色々聞けて楽しかったよ。何が専門なのか分からなくなる先生だよねぇ」

「榎本君はね。私は何が何だかさっぱりよ」

「そんな感じだったね。それにしても、先生はやっぱりこっちでも先生なんだなぁって笑ってしまったよ」

「あぁ、そう言えば研究者だったわね。中身は」


 雫がいた世界からやってきた榎本君の中身は、タイムマシンの実験中に生じた歪みにより行方不明になった研究者の一人だ。

 その研究に携わっていて中心的立場だったのが、雫の養父である亀島教授。

 意外なところで人は繋がっているんだなと思ったが、榎本君は写真で雫の事は知っていても実際に会って話したことはないらしい。

 私も雫から榎本君の中身について知っている情報を聞き出そうとしたが、今と姿が全く違う為に誰の事か分からないと言っていた。

 養父である先生が、自宅に同僚や後輩を連れてくるような事は一切しなかったのも原因かもしれない。

 亀島教授の義理の娘として雫の事を知ってたなら、私に馴れ馴れしくしてくる理由も分かるような気がした。


「でも、こっちとそっちの先生は根本は同じだけど違う人間でしょう?」

「似通うのは仕方がないけどね。でも、全く知らないと果たして言えるのかな?」

「は?」


 軽やかにキーボードを叩いていた榎本君が含むような笑みを浮かべて私に視線を向ける。

 何を言ってるのやらと頭の中で彼の言葉を反芻しながら、ソファーの上で胡坐をかく。

 足の上に置いたクッションを肘置きにして、カップの中に残っている紅茶を見つめた。


「先生が、他世界の自分の事を知っているとでも言いたいの?」

「可能性はある、という話だよ」

「警戒しすぎじゃない?」

「だったらいいんだけどね。念の為にくろうさちゃんにも、先生の監視は強化するように頼んでおいたけどもう既にしてるって言われちゃった」


 あ、そうなんだ。

 もう彼らが誰を監視していようが驚かない。

 逆にやることが多すぎて大丈夫なのかと心配になる。


「いつも思うんだけど、万能に近いなら強制的に自分の思うように操作しちゃえばいいのにね。管理者たちもさ」

「世界を歪めたカミサマみたいになりたくないんじゃない?」

「それにしたって、世界を管理する立場なのにこの有様じゃ笑い話にもならないわよ」


 世界を安定して運営する事に力を取られて他の事は様子見か、放置。

 害があると判断した時のみに強制的に介入し、その原因を取り除く。

 今では死にぞこないの私や、胡散臭い榎本君を利用して神と戦おうとしている。

 協力するしか道はないといっても、どうして自分がとたまに思うことがあった。

 ループ脱却の為には彼らに協力するのが一番だと分かっていても、こんな私の力を頼らないといけないあたり危うい。

 幼い頃に抱いていた万能な神様はどこにも姿を見せず、いるのは普通の人よりちょっと秀でたもの。

 そんな風に思ってしまう時点で、私は普通じゃなくなっているのかなんて思いながら残った紅茶を飲み干した。


「全て破壊して、一から作り直す方が簡単だろうね。でも、彼らは崩壊する世界を必死に繋ぎ止めて回している。何でだろうね?」

「……中途半端に、人間臭いから?」

「そうかもね。まぁ、僕らに彼らの心中は分からないけど」


 それでもあの三人の覚悟と結束は他の何よりも強く揺ぎ無いと思うよ。

 榎本君の言葉に私は不快感を抱いた。

 何でだろう、と首を傾げて頭に浮かんだのはギンの姿。

 あぁ、そうか。家族の絆なんて脆く弱いと言われたような気がしたからか、と分かって苦笑する。

 最初からいなかった人だと思って、事実を知った時にもそれほど驚かなかった。

 会いたいと渇望すらせず、無かった事にしようとさえしたのに我儘な娘め。

 それに、レディたちが今のままの世界で何とかループだけをなくそうとしているのは私と神原君の為だろう。

 元の世界に戻れば継ぎ接ぎの世界はなくなる。

 そうなれば、ゲームの登場人物だった彼らの存在は消えてしまうことになる。

 私は前世の記憶を持っているから恐らく大丈夫だと言われたが、同化しつつある神原君や他の登場人物は消滅するだろう。

 榎本聡の兄である彼も、もしかして消えてしまうかもしれない。


「そうね。隠してることもあるだろうけど、無理に聞こうとは思わないし」

「いいの? 追求しようと思わないの?」

「ないわね。私と神原君は、安定した世界を望んでいるんだもの。ループのない、世界」

「それを望んでいるのが君たちだけだとしても?」

「しても」


 そんなの、気付かない方が悪い。

 ループしてるのに知らない振りをして過ごしている人がいるなら、声を上げなかった貴方が悪いと言うだろう。

 心地よいぬるま湯に浸かって、それが奪われると知るや喚き罵る姿にいつかの私を重ねて。

 傍観者は所詮傍観者だ。自分から何か行動を起こして関わろうと思わない限りどうにもならない。

 行動を起こしたところで何の影響も無い場合が多いだろう。

 そういう点では私は恵まれているのか、と最近は思えるようになっていた。


「ふふふ。そう言うところ、好きだなぁ」

「はいはい」

「本気で褒めてるんだから、もっと照れてくれてもいいのに」

「ドウモアリガトウゴザイマシタ」


 感情の篭っていない言葉にも彼はにこにこと嬉しそうな顔をする。

 マゾなのか変態なのか、それともこんな私の反応ですら楽しんでいるだけなのか。きっと後者なんだろうなと思いながら私は自分でお茶を入れる。

 出がらしのままでいいか、と思ったが茶葉を変えるようにと紅茶缶を渡されてポッドを持ってキッチンへ向う。

 お茶請けのお菓子でチーズケーキ手作りするってどうなのよ。

 いや、美味しいんだけど。

 叔父さんの料理でそれなりに舌が肥えてるはずの私でも「うまっ!」って思わず言っちゃったくらいだ。

 顔立ちもいい、勉強も出来て運動も好き、家はお金持ちで性格は比較的穏やか。そして料理も出来る。

 まるで空想の世界の住人だなと私は溜息をついて頭を軽く左右に振った。

 まさか生きている間にそんな人物と出会える日が来るとは。

 今のうちにもっといっぱい拝んでいた方がいいかもしれない。





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