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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
155/206

154 お花畑

 神原美羽。

 僕の可愛い妹。


 由宇さんの話を聞いて何がどう違う、とはっきり説明できないのがもどかしかった。

 違っていて欲しいと願うばかりで証拠がないと笑われればそれまでだからだ。

 だから、必死に否定して拒絶するしかない。

 遺伝子検査をした所で、器は神原美羽そのものだろうから兄弟と認められてしまうだろう。それが例えクローンであっても同じような結果が出るはず。

 肉体と精神が違うんですと言ったところで、頭がおかしい人だと思われるだけだ。

 損しかしない。

 だったら彼女の言う通り、最初から何も知らずぬるま湯に浸かって生きていた方が良かった。

 例え作られた世界の、永遠に同じ期間を繰り返す日常だとしても。


「……お花畑、か」


 江口さんの背中に貼り付いていた招待状を見つけたのは、偶々だった。招待状と言っているがただのカードである。

 紙ではなく、プラスチックでもない素材で出来たカードに描かれた紋様。

 どこかで見たことがあると暫く考えていたが、意外なところから答えをもらうことができた。


「忘れてたよ、隠しキャラなんて。占い好きの彼女が持ってたカードの柄に似てるなんて、由宇さん覚えがいいなぁ」


 十五センチくらいの大きさのカードを叩いたり曲げたりしながら、僕は薄れていく前世の記憶を思った。

 どういう生い立ちで交友関係だったのか、ゲームに関する事以外何も覚えていなかった彼女とは違って鮮明に覚えていたあの頃が懐かしい。

 今では薄ぼんやりとしていて、思い出せない事も悲しいとは思わなくなっている。

 焦燥を感じたのは一時で、今はそれが普通で当たり前なのだと受け入れるようにしたからだろうか。

 前世を忘れても現状に必要だと思われるゲームやアニメの情報は覚えているんだから不思議なものだ。

 彼女以上に詳しいという自信があったが、カードの柄はすっかり忘れていた。

 隠しキャラであまり出てこないからと言って蔑ろにしたりしないのに。

 注目している部分が違うのだろうか。

 そのキャラとはどういうストーリーで、ベストエンドに至るまでにどういうイベントがあるというのは覚えている。

 趣味が占いというのも知っていたのに、カードの柄には失念していた。

 そう、何度もカードの柄にこだわるようだが忘れていたという事が意外とショックらしい。


「榎本さんも、胡散臭いけど目端が利くよなぁ。やっぱりああいう男の人がモテるんだろうな」


 スラリとしていて背が高く、物腰が柔らかい。老若男女隔てなく対応するし、女の子には特に甘いと思う。

 あの人がニコッと微笑めばうちのクラスの女子も一様に顔を赤らめるに違いない。

 ジト目で見て溜息をつくなんて由宇さんくらいだろうけど。

 僕に好意を寄せてくれているヒロインたちは恐らく大丈夫、なはず。

 いや、何を言ってるんだろう。別に彼女たちが他の人を好きでもいいのに、まるで自分の物だというような考え方は。

 駄目だな。冷静に距離を取っているつもりなのに、主人公病から抜け出せないのは他でもない僕じゃないか。


「僕だって、あと五年もすれば……」


 磨けば光ると思う。主人公という強みを生かし、研鑽を怠らなければ僕だってそれなりに注目は浴びるはずだ。

 別に負けたわけじゃない。劣ってるわけでもない。

 だから大丈夫、と勝負をしているわけでもないのに自分を励ましながら僕は目の前に広がる花畑に視線を移した。

 カードに記された数字を手がかりにギンが割り出した座標がこの場所だ。

 ここだけ空間が歪んでいるから気をつけるようにと念を押して言われても、行かないという選択肢はないんだから困る。

 ここぞ、という時に出ていた主人公特権らしい選択肢の表示も今は自分でオンオフができるようになっていた。

 結局、役に立たない事が身に染みて分かったからだと思う。

 第三の選択肢なんて都合よく出てくるわけでもなく、何の為に自分にはこんな表示が見えるのやらと目の前の花畑を見つめた。

 ここは白で統一された【隔離領域】のどこか。

 その一部が揺らいで、向こう側に綺麗な花畑が見える。


「準備できたか?」

「ギン」

「嫌なら嫌で、行かなくてもいいんだぞ?」

「罠と分かっていても行かなきゃいけない時もあるよ」


 音もなく隣に着地したギンに苦笑して僕はしゃがむ。そっと手を伸ばせば慣れたように僕の指に乗り、腕から肩へ移動した。

 優しく撫でてやれば気持ち良さそうに体を震わせる。

 頼りになる僕の相棒。


「やっぱり、俺も一緒に……」

「駄目だよギン。万が一の事があったらまずいだろう? 僕一人ならまだ何とかできるけど」


 それは、いざとなれば僕を切り捨ててくれという意味だ。

 そう言わずとも分かっている彼は不機嫌そうに鳴きながら、僕の頭を軽く突く。

 いつもは痛いくらいなのに今日は心なしか勢いが足りない。

 心配してくれているのは良く分かるので、大丈夫だよと声をかけながら中身に似合わぬ美しい羽を撫でた。


「しかしなぁ。装備が万端とは言えない状況で、お前を送り出すのもなぁ」

「いつもの事じゃないか。それに、こっちの世界では現実より上手く立ち回れそうだし」

「お前、それってフラグじゃねぇか」

「とりあえず立てとけば、回避できるかもと思って」


 どう転ぶかは分からないけれど。

 誘われているなら行くしか手は無い。





 覚悟を決めて飛び込んだというのに殺伐とした空気は漂っていない。

 そんな景色を見て正直、拍子抜けした。

 どこかで期待していた自分に気づいて苦笑する。

 嫌な感じはせず、心地よい風が頬を撫でた。

 見渡す限りどこまでも広がる花畑は、柔らかな陽の光に照らされている。

 ここで昼寝をしたら気持ちがいいだろうな、と思っていると鼻先を掠めるように蝶が飛んでいった。


「穏やかすぎて怖い」


 青い空、流れる雲。

 穏やかに照らす太陽と、平和だなとしか思えない光景。

 ここから急展開か、と警戒しながらとりあえず歩く。

 赤、ピンク、橙、黄色。

 淡い紫色をした綺麗な花は家の庭にも咲いているが、名前は分からない。


「……何もない?」


 警戒しているのが馬鹿らしくなるほど何もない。

 いや、花畑と穏やかな光景があるだけで予想していた展開にならないだけだ。

 それならそれでいいんだろうか、と持っていたカードを見つめた。

 絵なのか図形なのか分からない模様と、座標が書かれたカードは何も言わない。他に手掛かりが無いか調べてもらっても何も無かった。

 てっきりもどきからの招待状だと思っていたのに、勘違いだった?

 ちょっと恥ずかしいなと思いながら僕は誰かいないかと大声で呼びかけてみる。


「誰もいないな」


 返事はなく、自分の声が遠くで響いたりもしない。

 小鳥が囀りながら頭上を飛んでいき、駆け抜ける一陣の風に目を瞑った。

 鼻を擽る香りに天国とはこういうところなのかなと思っていると、気配を感じる。開いた目に映ったものを見て慌てて飛び退いた僕に、それは首を傾げた。


「おにいちゃん、まいご?」

「あ……ううん。そうじゃないけど……でも、似たようなものかな」

「ちがうのににてるの?」


 拙い喋り方で物怖じせず僕に尋ねてきたのは幼い少女だ。

 白襟にエメラルドグリーンのワンピースを着て、リボンのついた白い帽子を被っている。

 一瞬、もどきの擬態かと思ったけれど彼女から感じる嫌な気配はしなかったので、ホッとした。

 目線を合わせるようにして僕がしゃがめば、女の子は眉を寄せて「うーん」と考え込んでしまう。


「ここって、どこなのか知ってる?」

「えーしらないのー?」

「うん。そうなんだ。気付いたらここにいてさ、困っちゃって」

「それじゃ、やっぱりまいごじゃん。まいごじゃないって言ったのに」


 あ、確かにそうだ。

 最初から迷子って事にしとくべきだったかと言葉に詰まった僕に、少女は腰に手を当てて唇を尖らせている。


「ごめんね。ちょっと、記憶が曖昧でさ。良く分からないんだ」

「ねぼけちゃだめだよ? ここはねー、おはなばたけです!」


 うん、それは分かる。

 分かるんだけど、どこのお花畑かを聞きたかったんだ。

 そんな事をこの子に言ってもしょうがない。

 彼女は自分の知っている事をただ言っているだけなんだから。

 もどかしい気持ちになりながらも僕は笑顔を崩さず、誰か他に大人の人はいないかと聞いてみる。

 これだけ小さな子がいるんだから、親がいてもいいはずだ。


「いるよー。おとうさんと、おかあさん!」

「三人で遊びに来たの?」

「うん! おとうさんがね、わたしのためにここかってくれたんだよ」


 愛娘の為に広大な花畑を購入という事は、僕は私有地にいるって事かな。

 それは、ちょっとまずくない?

 不法侵入で警察呼ばれたりする前に逃げたほうがいいかな?

 内世界なのか夢なのか、良く判らない世界だけどこういう時ってどれが正解だろう。


「ごめん。僕、君のお家に勝手に入っちゃったみたいだね」

「だいじょうぶだよ。おはなばたけはひろいから、ほかのひとも来てるの」


 私有地の一部を一般にも公開してるって事かな?

 それなら、迷い込んでしまってもと言い訳が通じるはず。そういう人は多分他にもいるだろうから。


「おとうさんと、おかあさんにきいてきてあげる!」

「え?」

「おにいちゃんは、そこでまってて! あ、これもっててね。わたしもどってきたら、かえしてねー」

「えっ、ちょっと」


 少女の両親に接触して詳しいことを聞いた方がいいのは分かる。が、厄介なことになるのが嫌だと尻込みする自分がいた。

 結局行かなきゃいけないんだから、と言い聞かせて少女に案内してもらおうと思えば帽子を投げられた。

 慌ててキャッチした帽子は小さくて可愛らしいもの。

 エメラルドグリーンの姿が小さくなっていく様子に、伸ばしていた手を下ろして溜息をついた。


「あんな小さな子に気を遣われるってどうなんだ僕……」


 それにしても可愛い子だったな。

 おしゃまさんって感じで、リトルレディと似た年頃かな。

 あのまま大きくなったら美人さんになるぞ。

 それこそ、うちの学校にいるヒロインたちと肩を並べるくらいに。

 だとしたらあの子はどのポジションかな。甘え上手な後輩とか?

 ……いや、僕はロリコンじゃない。

 普通に、一般的な意見として可愛いなって思っただけだから。うん。





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