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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
154/206

153 彼の部屋

 どうしてこうなった。


 そんな事を何度も考えながら、誤魔化すようにお茶を啜る。

 貰い物だという紅茶は柑橘系の香りで部屋を満たして、私のささくれ立った心を少しだけ癒してくれた。

 私の隣には居心地悪そうにソファーに座っている神原君がいる。

 テーブルを挟んだ向いのソファーに榎本君が座り、優雅に紅茶を飲んでいる様は絵になる。


「どうして、ここに来たんだろう」

「他にいい場所がなかったからだよね。僕の部屋に入ったのは家族以外では君たちが最初なんだから、もっと嬉しそうにしてくれてもいいのにな」

「は、はぁ……」


 私達以外はこの部屋に入ってないという事は、友達がいないのか。

 いや、いるように見えても上辺だけの付き合いだから、宅飲みしたりする相手がいないのか。

 それにしても、榎本君はてっきり私と同じように実家暮らしだと思っていた。

 ゲームの方ではどうだっけ?

 現実ではゲームの情報もあまり役に立たないのは分かってるけど、どうだったのか気になる。

 榎本君弟ばかりで、お兄さんはあまり出てこなかったからな。


「あ、失礼なこと考えたでしょう? 友達いないんだなとか」

「うん、ごめんなさい」

「……由宇さん」

「あぁ、気にしないで神原君。彼女はいつもこうだから。恥ずかしがりやさんなんだよね」


 ぱちん、とウインクをされてハートが飛んで来たような気がしたので、私はそれを避けて乾いた笑い声を上げた。

 打ち返したり、砕いたりしたかったけれど、触れる事すらちょっと嫌だった。


「いつも……?」

「世迷言よ。気にしないで、神原君」

「はい」


 私と榎本君の関係を変に勘違いされたら困る。

 何かあるんじゃないかと眉を寄せた神原君に、私は落ち着いてそう告げると彼は笑顔で頷いてくれた。

 よし、変な勘違いをされなくて良かった。


「でも本当に二人は仲良しだね。前から思ってたけど、まるで姉弟みたいだよ」

「弟か……いないから、新鮮だけど嬉しいな」

「まぁ、由宇さんがそう言うなら」


 少々残念そうに呟く神原君を見て、気を遣わせてしまったと気まずくなる。

 年下の男の子にこんな気を遣わせるなんて駄目だなぁと溜息をつき、原因である榎本君を軽く睨みつけた。

 しかし彼はニコニコとしたままなので、全くダメージは与えられない。

 彼は私よりも面の皮が厚いんじゃないだろうか。


「それにしても、意外と綺麗にしてるのね。まぁ、きっちりしてそうだとは思ったけど」

「そうだね。使いやすいのが一番だから整理整頓はしてるよ」

「大学生の一人暮らしにしては、いい部屋ですね」

「神原君。車を見れば大体分かるでしょう? ボンボンだもの、当然だわ」

「ちょっと待って、そういう言い方やめて。僕、そう言われるの嫌いなんだけど」


 あ、そうだったんですか。

 わざとらしくそう呟いて謝罪すれば榎本君は苦笑して溜息をついた。

 ちょっとやり過ぎたかなと思った私は、一人で住むには広い部屋を見回して首を傾げる。

 私達がいる場所はリビングで、他には寝室と書斎があるらしい。

 キッチンもそれなりに広く、トイレと風呂が別という巷の大学生が歯軋りしそうないい部屋だ。

 これは、女の子たちが知ったら余計に食いついてくるに違いない。

 結婚してくれるまで離さないとばかりに、目をギラつかせて彼に付きまとうような人も増えそうだ。

 容姿が整っていて、性格も穏やかで頭もいい。

 運動もそれなりにできて、弟は高校でも有名なイケメン君。

 家も裕福で両親は共働きで忙しく、海外を飛び回る事も多い。

 セキュリティーが万全なマンションの一室で、悠々と一人暮らしをしているなんてまるで夢のような話だ。

 これはモテて当然だなと大きく頷いた。


「寂しくないの?」

「いいや、別に。家にいる時とあまり変わらないよ。親は共働きで忙しいからね。聡の事は心配だから、両親が海外行ってる時はあいつをこっちに呼ぶけど」

「さとし?」

「あぁ、榎本君の弟なの。ドキドキ★ビターっていう乙女ゲームに出てくるメインヒーローで、主人公はほら、私が前に痴漢から助けたって言ってた愛ちゃんなの」

「そうなんですか。で、榎本さんはその聡さんのお兄さん、と」


 だから親しげなんですねと納得いった様子で頷く神原君。

 ゲームの事を知ってる私と、その立場にいることを理解してる榎本君だから親しいのが理解できたようだ。

 まぁ、榎本君が自分がゲームの登場人物だというのを理解してたのを知ったのは、つい最近のことなんだけど。


「へぇ。彼女の事、羽藤さんが痴漢から助けたんだ?」

「うん。本当はあれ、聡君のイベントが発生するはずだったんだけどね。彼の姿なかったし、放っておくわけにもいかなかったから」

「へぇ……そうなんだ」

「由宇さんらしいですね」


 そう言われると照れくさいけれど、今思えばもっとスマートなやり方があったんじゃないかと思う。

 報復されるかと心配したがそんな事もなく、私が痴漢に狙われるような事も無かった。

 混む時間帯を避けるというのもあるだろうけど、何となく相手に避けられているような気もする。

 スマホから睨みを効かせていたイナバ効果なのか、それともただ単に趣味じゃないのかは分からないが。

 多分、趣味じゃないんだろうな。


「彼らに被害が及ばないなら、それでいいじゃない。無理に巻き込んで被害を増大させる必要もないだろうし」

「そうだね。一人暮らしってこういう時便利でいいよ」


 それは本当にそうだろう。

 私の場合、一人暮らしをしても上手くフラグを処理できなかったので流れに任せて今に至る。

 いい思い出なんてあんまりなかったなと過去を思い出し、テーブルに広げられた地図を眺めた。

 榎本君が赤いペンで丸く囲んだ場所が、候補地点だ。

 

「当然かもしれませんが、他の候補がタワーを中心にするように囲んでますね」

「そうね。黄昏市(ここ)だけで済めばまだ良かったけど」


 候補地は、黄昏市のみならず薄明市にまで広がる。

 黄昏市だけでなく、薄明市が存在してる時点で何もないのは怪しいと思っていたが。

 今まで起きた出来事が黄昏市ばかりだったので油断していた。

 関わりたくない、関係ないと目を背けていただけで薄明市でも何かあったのかもしれない。


「薄明市で、何かあったりした?」

「……えーと」

「神原君関係、ですね」


 あ、そうなんだ。

 これは、聞かない方がいいかな。

 知りたいですかと視線で問いかけるくろうさに苦笑して、ちらりと神原君を見る。彼は質問を避けるようにさっと顔を逸らした。

 うん、聞かない方がいいみたいだね。

 榎本君は興味津々といった様子で神原君を見つめている。


「えーと……どうする? 候補地の事はこれ以上どうしようもない気がするけど」

「念のために行ってみませんか?」

「管理者や僕が監視していても、何の変化も見られないから無駄じゃないかな」

「実際行ってみないとって事でタワーに行ってきたわけだけどね」


 持っていたノートパソコンを起動させた榎本君は、私達にも見えるようにパソコンの位置を変えてくれた。

 ディスプレイに映っているのは、どこかの画像……いや、映像だ。

 どこかで見たことがあるような、無いような。


「これ……候補地のライブ映像ですか?」

「正解。各候補地がこのパソコンから見られるんだ。外と内の両方がね」

「それって、まずいんじゃないの?」


 それは監視カメラにアクセスして情報を得ているんじゃないかと私は眉を寄せた。

 もしそうだったら、まずいなんてものでは無い。私の頼れる相棒もよくやってますが、とも言えず映し出される映像が全て榎本君の設置したカメラによるものだといいなと願った。

 ちらり、とさりげなくイナバを見れば、知らん顔されてしまう。

 最近はそんな事をしているとは聞いていないので、大人しくしてると思うが。


「バレなきゃ大丈夫さ。それにこれは世界の為だから、くろうさちゃんも見逃してくれるだろう?」

「余計なことをしなければ、の話です」

「もちろん、分かってるよ」

「由宇さんが、胡散臭いって言ってた理由がよく分かりました」


 神原君がしみじみと呟きながら何度も頷いた。

 分かっちゃったかと返せば苦笑される。

 そしてやっぱり監視カメラにハッキングして情報得てるのか榎本君。

 貴方のその腕は見事だと賞賛するけど、褒められたものではない。

 イナバがやってる事そのままだけど、イナバは一応魔王様の一部だ。

 榎本君は他世界から来た人物だけにくろうさの目が鋭くなるのも仕方がない。


「よく、耐えられますね」

「気にしてないからね。話し半分って感じ?」

「そこはさ、愛でカバーとか言ってくれていいのに」


 私が言うとでも?

 そんな事よりも、ハッキングして痕跡なんて残してないだろうか。

 私の相棒はとても優秀だからそんなヘマはしないけど、榎本君は何かうっかりしそうなので心配だ。

 ほわわん、としたイメージがいけないんだろうか。

 実際の中身は全く違うのに。


「それよりも、大丈夫なんでしょうね。バレたりしたら面倒だからやめてね」

「大丈夫だよ。僕がそんな馬鹿な真似するわけないってば。あぁ、でも一度失敗して気まずくなった事はあるけど」

「ちょっと!」

「まぁまぁ。それはカメラの件じゃ無いから大丈夫」


 グッと笑顔で親指を立ててくるが、何が大丈夫だ。

 もしバレたとしても榎本君は鮮やかに逃げ去り、残され巻き込まれた私や神原君が酷い目に遭いそうな気がする。

 そうなる前にイナバやくろうさに何とか阻止してもらいたものだ。


「管理者の方も詳細な探索(サーチ)したけど見つからなかったって言ってたくらいだよ? ド素人の僕に発見できるはすがないって」

「素人のわりに、逃げ足は速く痕跡も残さず鮮やかに欲しい情報だけを閲覧していきますよね」

「……えっ?」

「しらばっくれても駄目ですよ。何度か【観測領域】にアクセスしようとしてましたね」


 うわ、そうなの?

 よりによって、一番危険で目をつけられやすい【観測領域】に手を出すとはいい性格してる。

 イナバですら顔を歪めて榎本君を見ていた。


「怖いもの知らずですね、榎本さんは」

「何が、『ギリギリのラインが分かるんだ』よ。ばっちりばれてるんじゃない」

「えー? おかしいなぁ」

「貴方は器こそこちらの世界ですが、中身が他世界のものですからね。内と外のアンバランスさが酷いんですよ」


 目に見えずとも肌で感じますから、と告げるくろうさの言葉に私はもどきの事を思い出していた。

 内と外のアンバランスさ。

 神原美羽はこうでなければいけない、という先入観を除いたら彼女はやっぱり神原美羽なんだろうか。

 違うと外野の声に耳を傾けすぎて、頭から違うものに決まっていると思い込みすぎていたかもしれない。

 だから、冷静に考えてみる。


「由宇さん?」

「内と外のアンバランスさって聞いてちょっと引っかかった事があって」

「美羽ちゃん……もどきちゃんだっけ? の事?」

「エスパーか」

「やだなぁ。羽藤さんの考えてる事くらい、お見通しだよ」


 だからウインクはいらない。

 ふざけないで真面目にしてくれと頼めば、榎本君は残念そうに眉を下げて溜息をついた。

 顔に出やすかったかと心配して神原君を見ると、彼は難しそうな顔をしている。

 もどき、とは言え見た目は美羽ちゃんそのものだから色々と複雑なんだろう。

 私もあれが、なつみもどきだったらと考えるだけでゾッとする。






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