152 観光
地図を広げながら睨めっこをする榎本君を横目に、私と神原君はオムライスを食べる。
サラダ、オムライス、デザートはフレッシュフルーツ。足りなかった時の為におにぎりが数個用意されていた。
作ったのは叔父さんで、私が持って来たわけだけど。
スマホの中にいるイナバとくろうさも、お食事中の様子だった。
「空振りでしたね」
「そうね」
「おかしいねぇ」
後部座席でスマホを弄りながら呟く神原君に、私と榎本君が頷く。
今日はバイトもなく一日空いているというのに、セントラルタワーに上ってもそれらしい気配はしなかった。
それどころか権限に関する情報すら得られなかったのだ。
広げた地図を眺めながらぶつぶつと呟く榎本君に、おにぎりを差し出す。
あーんしてくれと言ってきた時には驚いたが、神原君が笑顔で彼に「僕でよければ」と言った時にはもっと驚いた。
でも、神原君のそういう返し、嫌いじゃない。
自分が言えば女の子なら誰でもやってくれるだろうって思ってる榎本君が悪いんだけどね。
分かってても改めたりしないだろうな。
今度そう言われたら、ガッと口に突っ込んでやろうか。
でもそれだと食べ物が勿体無い。
「羽藤さん、何か不穏なこと考えてる?」
「ううん」
「気味がとびきりの笑顔の時は危ないって覚えたからね」
「そんな、警戒し過ぎですよ榎本さん」
「神原君、君もだよ!」
助手席の私と後部座席の神原君に微笑まれて、何故か声を荒げる榎本君。
いつも大抵読めない顔をしてニコニコしているだけに何だか新鮮だ。
歳相応の顔も出来るんだなと偉そうに思いながら、私は綺麗にしてある車内を見回す。
「そう言えば、車持ってたなんて知らなかった」
「大学に乗ってくると、乗せて乗せてうるさいからね。電車通学にしてるんだ」
「……なるほど。そういう回避法もあるわけですね」
「神原君何納得してるの」
「いえ、今後の参考にと思っただけです」
何の参考にするつもりなんだろう。
榎本君より松永さんとか東風さんとか参考にした方がいいと思うんだけど。
あぁ、でもモテるという意味ではいい先輩か。
でも神原君には榎本君のようにはなってほしくない。
「それにしても、本当にここなんですかね」
「守りが他より堅いのは事実だから、絶対にここだと思ったんだけどなぁ」
「管理者たちの候補の中でも、ここが一番怪しいって判断されてたからね」
ぽつりと呟いて、目の前に聳え立つ塔を見上げた神原君に私も倣って顔を上げる。
セントラルタワーの駐車場。
期待していた展開にはならず、車内に戻っての作戦会議だがここ以外に目ぼしい場所がないと榎本君は言っていた。
彼が嘘をついているなら、イナバやくろうさが探って何も感知できなかったのも頷ける。
しかし、嘘をついているようには見えない。
「ここだと思わせておいて、本当は違う場所とか?」
「そうですね」
「うーん。絶対にここだと思うんだよね。敵も僕が覗いてるなんて気づいてなかったと思うし」
そうは言っても、相手は神だ。
もどきから得た情報だと言っても、彼女が両親から本当のことを教えられているとは限らない。
あそこの家族もなんだか歪だなぁと思っていると、ぽつりと神原君が呟いた。
「何もないと思わせる、という手もありますね。夜まで待つか、出直すか」
「夜か。確かに」
もし夜だったとしても、私は適当に言い訳できるが神原君は高校生だ。
夜に出歩くのも難しいと思うけど、大丈夫なんだろうか。
神原君が駄目だったら榎本君と二人になるわけだけど。
万が一、同じ大学の人に目撃されたら最悪だ。
今は三人でいるから、まだ何とか言い訳できるけど。
「相手に気づかれたんでしょうか」
「つまり、先に取られた?」
「その可能性は無いかと。しかし、ここまで何の気配もしないと……」
「綺麗すぎて逆に怪しいですね」
神原君の疑問にスマホの中で二羽のうさぎが話し合う。
貴方達が分からないなら私達が分かるわけない。
候補が複数ある時点で管理者ですら難しいと考えておくべきだったんじゃないか。
いくら管理者達も大変だからと言え、こう空振りしてしまうと気力が萎える。
無駄に気合を入れすぎているのも悪いんだろうけど。
「権限って、どんなのだろうね。鍵とかそんな感じかな?」
「ギンが言うには、形のないものだとか」
「へぇ。それはそれで気になるね。無事に手に入れたらちょっと調べさせて……」
「駄目です。榎本さんが魅入られてしまうと面倒なことになりますけら」
形がなくて、魅入られてしまうようなもの。
榎本君に冷たい視線を向けるくろうさに苦笑して、私は食べ終わった皿を袋に入れた。
ゴミを回収していると、まだ手をつけていないおにぎりをよこされる。
男子高校生だから、足りなかったら困ると用意したものの叔父さんのオムライスで充分だったみたいだ。
私が握ったおにぎりだけど、後でお腹空いた時にでも食べてと言えば神原君は驚いたような顔をした。
もしかして、私が作ったから気にしてるんだろうか。
叔父さんか高橋さんに握ってもらえばよかった。
「気になるなら、返してくれていいよ?」
「いえ、いただきます」
「無理しないでね?」
変なものは入れていない。入っているのは梅干し、おかか、こんぶ、鮭だ。
私が真剣な表情で言うせいか、神原君は千切れんばかりに首を左右に振る。
まるで私が脅しているみたいなんだけど、気のせいか。
「羽藤さんの握ったおにぎり普通に美味しいよ。というか、おにぎり失敗する人っているのかな?」
「え……」
「塩と砂糖を間違えるとか?」
「握りつぶす勢いで握ったとか?」
まさかそんな事する人いるわけないよねー、と榎本君と笑い合っていると神原君だけ視線を逸らして俯いてしまった。
心当たりがあるとでも言わんばかりの反応に私と榎本君は顔を見合わせる。
聞かない方がよさそうだ。
「と、とにかく出直すしかないだろうね。くろうさちゃんも、報告に戻るんだろう?」
「いえ戻る必要はありません。私はどこにでもいますから」
「ん?」
「暫くは由宇さんのサポートにつきます」
「わたしがいるから大丈夫ですっ!」
「それが一番心配なんですよ。しろうさ」
白黒うさぎがスマホの中で追いかけっこを始める。ウィジェットやアイコンが蹴り飛ばされたり盾にされている様子を見た私は、二羽をタッチアンドホールドして捕まえた。
そのまま二本の指でブラブラと揺らす。
人のスマホの中で暴れないで欲しい。
「榎本君。他の候補地と地図を見て、何か分かった事とかある?」
「そうだねぇ。他の候補も合わせて線で繋いでみると驚く事に……って言いたかったんだけど、無いね」
「ないんですか……」
期待するように身を乗り出した神原君が、榎本君の言葉にがっかりした様子で肩を落とした。
私もがっかりだ。
管理者が目星をつけて、榎本君が色々な人の内世界に入って入手した情報を合わせてもこれか。
振り出しに戻るというのは中々つらい。
「やはり……セントラルタワーに、権限はありませんね」
「はやっ!」
「由宇さんが内部に入ったお陰で、詳細に探索がかけられるようになりましたから」
「世界を管理して内側の権限は持っているのに、今までそんな事もできなかったんですか?」
私も不思議に思った事を神原君が代わりに聞いてくれる。
スマホスタンドにセットしている画面の向こうで、くろうさは動きを止めた。
ちょん、と私が指先でくろうさに触れるともぞもぞと鼻を動かしながら困ったように目を瞑る。
痛いところでも突かれたんだろうか。
「隠していても無駄ですからね。そうですね、できませんでした」
「え、できなかったんですか!?」
「イナバが驚くのって何か変よね」
貴方はそっち側じゃないのかと呟くと「末端ですし!」と何故か威張られる。末端のわりに、レディの目であるくろうさに喧嘩売ったり怖いもの知らずだ。
末端なら肩身狭くしてるものだろうに。
「強固な結界が張られていて、私達でも下手に解除できなかったんです」
「えっ、そうなるともしかして解除しちゃった?」
「いいえ。敵避けにはありがたいですから、そのままですよ」
「もしかして結界張ったのって管理者以外? 敵だったりする?」
「敵だとしたらすぐに気づいているはずですから、恐らく第三者の可能性が高いですね」
さらりと言ってくれるくろうさだけど、ここに来て第三勢力とか勘弁しほしい。
冗談じゃないと思っていれば、榎本君が小さく唸りながら右上を見つめる。
何か思い当たることでもあるんだろうかと思いつつ、私と神原君はお茶を飲んでまったりとしていた。
そう言えば神原君の内世界では志保ちゃんを保護しているんだった。
本当なら本人の内世界に帰した方がいいんだろうけど、何が起こるか分からないのでそのままにする事にしたらしい。
確かに、神原君の内世界で保護しているのならば敵だって容易に手は出せないだろう。
彼の相棒でもあるギンだって睨みを効かせているはずだから。
志保ちゃんの内世界に本人がいなくて大丈夫なのかという不安もあったが、そこのところは管理者達が上手くやってくれているようだ。
これ以上厄介ごとが増えるのは困るから、と溜息をついていたくろうさを思い出す。
「華ちゃんは、大丈夫?」
「本人は大丈夫だと言ってました」
「で、やっぱり?」
「ですね。桜井さんだけ僕を僕として認識してるみたいです。由宇さんにも助けてもらったって言ってましたよ」
「おかしいよね。記憶操作してるから、覚えてないはずなんだけど」
これも彼女の体内にあるティアドロップが関係しているんだろうか。
そうだとしたらこれから先、華ちゃんがますます厄介なことに巻き込まれたりしないだろうか。
積極的に首を突っ込んでくるようなタイプではないから、対処は神原君に任せるとしてもいつどうなるか分からない。
一応、華ちゃんの事も管理者達が監視してくれているらしいけれど。
「あれからよく僕の内世界に来てますけど、何となく踏み入れたら駄目なんだろうなとは理解してるみたいです」
「あ、そうなの?」
「はい。江口さんがまだ眠ったままなので、彼女の事を心配してるんだと思います」
「もどき……家族の夢については何か言っていた?」
「いえ、特には。あぁ、夢の中なのに現実のようで、女の子と仲良くなったとは言ってましたね」
え、それって危なくないの?
私の表情に何を言いたいか気付いた神原君は「心配ないと思います」と告げて微笑んだ。
そう言われても、華ちゃんが見てる夢は三人家族の夢でもどきとパパママじゃないんだろうか。
だったら非常に危険だと思う。
華ちゃんが洗脳でもされたらどうするのか。
華ちゃんは他の主要人物の中でも一番死亡確率が高いから用心するに越したことは無い。
私ではどうにもできないので、管理者と神原君に頑張ってもらおう。
「いやな感じは全くしないと言ってました。すごく気持ちが穏やかになるそうです」
「だから、それってまずくない?」
「うーん。これは仮定なんですけど、桜井さんの見ている夢に出てくる家族はまだ綺麗な状態なのかなと」
「綺麗?」
夢は所詮夢、現実とリンクしてるわけがないと言い切れればいいが、内容が内容だけに気にかかる。
それでも華ちゃんがそう感じてるならそうなんだろう。
実際に私が見たわけじゃないからなんとも言えない。
私がその家族の夢を見れば一発でもどきかそうじゃないか分かると思うんだけど。
「僕も注意深く見てますし、話せる範囲で話してもらってますから大丈夫だと思いますよ」
「不審がられたりしてない?」
「いいえ。ボカして協力して欲しいって簡単に説明したら、『私でお役に立てるのならば』って言われて」
「話したの!?」
「いや、ぼやかして、ですよ? ギンもいましたし、起きれば夢として忘れる程度の話ですから心配しなくて大丈夫ですよ」
そういうものなのか。
私が神経質になりすぎてるのか、と軽いショックを受けながらシートに凭れる。
兄さんが乗っているものとは種類が違うが、私が薦めていた内の一台だ。
ハイブリッドで環境に優しく低燃費、かつ乗り心地も良く運転もしやすいという車。
憎らしい程に、ボディカラーも私が欲しいと思っていたもなので悔しい。
「あぁ、座り心地いい」
「今度ドライブでも行く?」
「噂されるの嫌だから遠慮しておきます」
「由宇さんが万が一行く時は僕もお邪魔していいですかね?」
内装はオプションでリッチなものにしている所を見ると、榎本君の家はお金持ちなんだなと思う。
確かに榎本家はそれなりにお金がある設定ですけどね。
榎本君で思い出したけど、愛ちゃんは元気だろうか。
変な邪魔は入ってないだろうか。順調に青春を楽しんで誰かのルートに入っていればいいな。




