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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
152/206

151 目的地

 黄昏市と薄明市の境に位置する塔、セントラルタワーは両市の観光スポットである。

 天を貫くように聳え立つ電波塔をデザインしたのは世界的にも有名な人物で、その美しい外観と眺望の良さは全国から観光客が訪れる程だ。

 観光客の目的は両市内を見下ろせる展望台。

 日中は家族連れや観光客、夜はカップルが多く訪れる場所で、ここで結婚式を挙げた人もいるくらいである。

 私も一度、夜景を眺めたくてフラリと寄った際に、あまりにもカップルばかりで歯軋りしながら切ない気持ちになったのもいい思い出だ。

 あそこは夜に行くもんじゃない。

 えっあの人一人なの? って顔をして見られる腹立たしさ。

 いつからカップルのみが集う場所になったんだ、と一人怒りながら私は決意する。


「よし、破壊しよう」

「ちょっ!」

「どうしてそうなるんですか、由宇お姉さん!」


 静かにカウンターの木目を見つめて呟いた私の言葉に、場がざわめく。

 その声すら聞こえていないふりをして、私は目を細め天井のライトを見つめた。

 どうせ永遠に続く愛なんてないくせに気軽に誓い合うくらいだ。

 前にデートで何度かあそこに行っただろ、と番人の突っ込みが聞こえたような気がしたが気のせいだろう。

 

「どうせ、大暴れするに決まってるんだもの。変わりないじゃない」

「どんな乱闘する気ですか! 確かにそうなると思いますけど、襲ってくるとしても実体化はしないと思いますよ」

「実体化できるなら、苦労してないだろうしね」

「操作されている人物以外で、ですか?」


 それについては彼女達の方が良く知っているだろうけど、と呟いた榎本君が私の膝の上を見る。

 私は暢気に性別はありませんと告げて、カウンターに座っているくろうさを見つめる。

 くろうさはじっと榎本君と見つめ合っているが、一言も発しない。お互い腹の探り合いでもしてるんだろうかと思いながら、私は不満そうなイナバの耳の付け根を優しく揉んだ。


「電子ドラッグの実験も、半ば失敗に終わっただろうからね。彼らの予想では、ほぼ全員が洗脳されて従順な操り人形になったはずだから」

「でも、その内の何人かが使えればいいんじゃないの?」

「対象は高校生だ。管理者にもすぐ気付かれる。狙ったのは恐らくその中でも……」

「ゲーム内の主要人物?」


 そう考えると、さよみちゃんや志保ちゃんが他の生徒と違って症状が重かったのも分かる。

 なつみが中和曲を聞いてなかったらと思うだけで寒気がした。

 勝手にそんな曲を入れていたイナバに怒ったが、そのお陰であの子が助かったのだから感謝しておこう。


「そう。それも、神原直人(きみ)の近しい人物が目的だろうね」

「え、私は?」

「羽藤さんはどうとでもできると思ってるから、先に困難な方を崩す事から始めたんだと思うよ」


 神原君を落とせば、私はいつでも落とせるってことか。

 悲しいが、確かに神原君に比べると私は劣る。

 私が敵だとしてもそう考えるかもしれない。


「本当は……僕が死ぬはずだった?」

「ん?」

「神原君、落ち着いて深呼吸しましょう。由宇さん!」

「は、はい!」


 額に手を当ててブツブツと呟き始める神原君の様子がおかしい。くろうさが穏やかな声で語りかけるが彼の耳には入っていないようだ。

 榎本君が平然とカクテルを飲んでいる横で、私は名前を呼ばれ慌てて返事をする。

 一瞬目が合っただけで、何とかするようにとくろうさに言われたのが分かった。

 そう丸投げされても困るんですけどと思いつつ、私は神原君に話しかける。


「神原君。自分を責めて呪ったら、それこそもどきの思う壺だと思うのよ」

「でも……僕のせいで」

「うん。それは否定しない。だから、これ以上そうならない為に、止めなきゃね」

「止める……僕が?」

「みんなでよ」


 何かにつけて神原君に全て任せようとしていた私のセリフとは思えない。

 けれど、そう口にして言えば本当に皆で何とかできるような気がして私は力強く頷いた。

 神原君の大きく揺れる瞳が私を捉えて、縋るような表情で首を傾げる。

 うん。分かってる。

 辛いのは私だけじゃない。神原君だけでもない。

 それでも私達は同じ思いを共有することができている。一人よりも二人、二人よりも三人。

 理解してくれる存在がいるだけで、心が休まり力をくれる不思議なものだ。


「皆で……止める」

「僕も微力ながらサポートさせてもらうよ。ループの無い世界も、楽しそうだからね」

「何言ってるの。ループなんてしない方が何が起こるか分からないから楽しいのよ」

「あぁ、そうか……そうだね」


 ウインクする榎本君に私は溜息をついた。

 少しだけこんな時がいつまでも続けばいいのにと願ってしまう事もあるが、それではいつまで経っても先には進めない。

 そう思ったら、カミサマたちが世界をループさせた理由が少しだけ分かったような気がした。

 家族三人の時間が永遠に続けばいいと思ってこんなことをしているんだろうか。

 しかしそれでは、わざわざ自分たちの理想の世界を創り上げ、特定の条件下でループさせる理由としては弱いか。

 ずっとこの時が続けばいいのにというのは、案外いい線行ってるような気がするけど。

 だとしたら理由はなんだろう。

 レディは今の神はココロがないから別物として考えているようだったけど、理由くらいは聞きだせるんじゃないだろうか。

 いや、管理者達はその理由を知っていて教えてくれないんだっけ?

 

「すみません。取り乱して」

「ううん。私なんてもっと酷くウジウジしてるから全く問題ないよ!」

「へぇ、そんなに悩んでるなら電話してくれればいいのに。夜中だろうが気にせずかけてきて。どんな事でも聞くよ?」

「イナバもいますし、結構です」

「はいっ、わたしがいます!」


 今なら私もいます、と控え目に告げるくろうさを撫でながらつまらなそうな顔をする榎本君に溜息をついた。

 彼がイナバに手を伸ばそうとすると、ブーッと威嚇される。

 噛まれるよ、と私が言えば榎本君は驚いたように手を引っ込めた。


「嫌われちゃったかな」

「分かっててやってるくせに、良く言うわよ」

「二羽ともこんなに可愛いんですけどね。榎本さんは、ダメなんですね」

「そうみたいだね」


 残念そうに肩を竦める榎本君を他所に、神原君は手を伸ばして下からくろうさに触れる。

 気持ち良さそうな顔をしながら黒のうさぎが撫でられる様子を横目に、私は榎本君へと視線を向けた。

 

「器についてはどう思う?」

「権限を得るためには必要だから狙ってると思うよ。君と、神原君の肉体」

「手に入らないなら作ればいいのにね。でも、適合者は今のところ無し?」

「ティアドロップ保持者の桜井さんは候補に入ってると思います。だから、彼女も執拗に狙われるでしょう」


 くろうさの言葉に、私より華ちゃんの方がいいかと納得してしまった。

 何度もループをしてきた私や神原君の肉体が、神たちにとっては上質な器なのだという。

 けれども神原君より質が劣るらしい私は、替えがきくのでもどきも容赦が無いとのことだった。

 華ちゃんで代用がきくなら当然そっちを選ぶだろう。

 

「力を補充するなら高校の時みたいに電子ドラッグで操ればいいものね。だったらタワーから電波流せば簡単か」

「ま、そういう事だよね。幸い、権限がもしかしたらそこにあるかもしれない。彼らにとったら一石二鳥ってところかな」

「今まで攻めなかった理由は?」

「情報が少ない、力が弱い。時機を狙って力を蓄えていたってところ?」

「洗脳されているとはいえ、普通の人をどうにかするのは嫌なんですけど」


 それが例え敵側の狙いだったとしても、人殺しなんてしたくない。

 そう思っているのはきっと神原君も同じはず。

 甘ったれた事を言ってればまたループだぞ、と呆れられるかもしれないけれど他に方法はないんだろうか。


「化け物が襲ってきたら、それが元人間でも何とかできそうな気はするんだけど」

「あ、そこはいいんだ」

「知らぬ存ぜぬ振りをします」

「そうだね……。でも、羽藤さんて何か運動とか武術とかやってたっけ?」

「いえ、全然」

「どうやって戦うの?」


 問題はそれだ。

 イナバに何とかしてもらうか、邪魔にならないように隠れつつ敵をやり過ごして目的の場所まで辿り着くかしかない。

 それに、それを言ったら神原君も榎本君も同じだろう。


「僕は自分の身はある程度守れるからいいんだけど」

「洗脳された人物であれ、普通の人間と変わりないですからね。こちら側で制御してしまえば、それ以上の力は出せません」

「どういう事?」

「魔王様が洗脳されている人物を強制的に眠らせてしまえば、どうしようもないって事です」


 そんな事までできるならもっと早くそういう便利な能力を使ってくれればいいのに。

 私が眉を寄せながらイナバにそう愚痴れば「最終戦となればある程度の強制介入もありますから」とくろうさが答えた。

 なるほど。管理者としても外の権限入手と共に神を排除すると考えているのか。

 神が外の権限入手のためにセントラルを狙っているとすれば、もどきとは確実に会うだろう。

 もし、セントラルになかったとしたら。

 それはその時考えようと私は首を左右に振る。


「あの場所を立ち入り禁止にするのも大変そうだから、こっそり侵入みたいな形になるのかな」

「それは必要ないでしょう。神は器がなければ現世に降りられませんから。高校の時のような形にして自分達に有利な場に作り変えるかと」

「という事は、現実世界では戦わないって事?」

「おそらく。現実での妨害はそれほどでもないと思います」


 私はてっきり現実の世界で戦うのかと思って話していたが違うらしい。

 確かに、今までの事を思い出してみれば現実世界でもどきと戦った覚えはなかった。

 前回のように裏世界のような場所なら、恐らく死霊術師(ネクロマンサー)としての能力が使えると思う。

 高校ではそれでもあまり力になれなかった気がするが、完全なお荷物にならなくてホッとする。


「榎本君、裏世界は覗けないの?」

「無理だね。僕が覗けるのは内世界だけだよ。それも、同時に何個も見れるわけじゃないからね」

「あぁ、そうなの」

「何だか話が噛み合ってないと思ったら、由宇お姉さんは現実世界での戦闘だと思ってたんですね」

「うん。詰んだなって思った」


 留守番しようと思ったよと頷きながら呟く私を見て榎本君は「どうしたの?」と首を傾げる。

 私は神原君と目を合わせて苦笑すると首を左右に振って何でもないと答えた。


「いつでも見てたなら知ってるんじゃない?」

「それはそうだけど、はっきり見えるわけじゃないし無音だったりするからね」


 いつでも見てたことは否定しないのか。

 そこを否定してほしかった、と思うけど榎本君は苦笑して「残念だなぁ」と呟く。

 詳細に全ての言動を知られたら本当に怖いのでやめてほしい。

 番人やイナバに相談してどうにか対処しないと。


「モモがいれば心強いんだけど、巻き込むわけにもいかないしなぁ」

「そうですねぇ。モモさんには大変お世話になっていますからね」

「え、北原さん?」


 私の呟きに目を輝かせる榎本君を無視して大きく頷く。苦笑しながらイナバは「そうですね」と同意してくれた。

 神原君はその場に居合わせなかったものの、私が話したので知っている。

 彼もモモの活躍を見てみたいなと言っていた事を思い出して、マジカル・モモの姿を思い浮かべる。

 戦力的にはとても心強い存在だが、やっぱり彼女を私の勝手で巻き込むわけにはいかない。

 だったらファンタジー夢の石版探しに出てきたモモやユッコはどうなんだと思うが、あれは不可抗力だ。

 私が無理矢理連れてきたわけでも、頼んで来てもらったわけでもない。

 彼女たちの口から本人だと聞くまで、私は自分が生み出した存在だとばかり思っていた。

 知らずに巻き込んでしまうのと、知ってて巻き込むのでは後者の方がタチが悪い。

 できれば安全圏で穏やかに暮らして欲しいと思いながら、見つめてくる榎本君に苦笑した。


「うん。モモは強いよ」

「何となく……分かる気がするけど」

「増永さんを助けてもらったお礼もしたいですね。そうは言っても、きっと覚えていないでしょうけど」


 そうだね。

 言ったところでとりあえず頷いてはくれるだろうけど、意味が分からない変な人扱いされそうだから危険かな。

 何言ってんだコイツって思われちゃうのは嫌だよね。

 それに神原君には詳しく説明していないし、さよみちゃんがその事を覚えていないからいいけど、どうやって助けたか聞いたらモモのイメージが崩れてしまう。

 それは阻止しなければ、と私はカップに口を付けた。





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