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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
151/206

150 招待状

 沈黙が重く圧し掛かる中、私達の心情など知らないさよみちゃんによるピアノの音色が響く。

 帰ったと思っていた私が再び現われた事に驚いた神原君は、私が連れてきた人物を見て僅かに警戒した様子を見せた。

 簡単に説明すると納得したように出迎えてくれたが、どうやら相性はよろしくないらしい。


「なるほど。丁度良かったです。もどきから、招待状が来ましてね」

「招待状?」

「ええ、どうやら江口さんの背中に貼られていたようです」


 突然トイレから現われた華ちゃんには驚いたらしいが、顔面蒼白で息も切れ切れな彼女と背負われている志保ちゃんを見て慌てて空いている部屋に案内したそうだ。

 二人はぐったりとした様子で眠っているとの事で、ギンにも報告済みらしい。

 ギンの名前を聞いてイナバとくろうさの事を思い出したが、私がここにいるなら感知できてるはずなので後回しにする。

 スツールに座りながら淡い緑色のカクテルを飲んでいた榎本君は、神原君の腕前を褒めて「羨ましいね」と呟いた。


「何がですか?」

「人生一度はこれだけモテてみたいと、思うものだろう?」

「人によると思いますよ。それよりも外の権限はセントラルにあるのは間違いないんでしょうか」


 私とは大学が同じで、胡散臭い人物だけどいい情報源にはなると説明した。

 隣で苦笑しながら「酷いなぁ」と呟いた榎本君は無視して信じる必要はないとも告げた。

 私のその言葉に神原君は一瞬驚いた顔をしたが、私が言うなら信じるとの事で穏やかに笑ってくれた。

 何となく、この二人は合わないような気がしたのでホッとする。


「ああ。僕が集めた情報によると、あの場所が一番護りが固い。管理者たちが気付かないのが不思議なくらいだけど、ああも巧妙に隠されていたら無理もないかな」

「隠れてないけど?」

「外観の話じゃないよ。何でもないように仕掛けが施されているってことさ。まぁ、管理者たちの候補には挙がっているだろうけどね」


 私と神原君にとって頭が痛いのは、管理者たちの情報が落ちてこないことだ。

 それぞれギンとイナバという相棒がいながら、手にする情報は取捨選択されているような気がする。

 だからと言って文句を口にしたところで改善されないのは目に見えている。だから、何も言わない。

 正直、イナバですらどこまで知っているのか良く分からない。

 重要な情報をポロッと言ってしまうこともあれば、聞きたい情報は上手くはぐらかされる。

 くろうさは答えられないものは答えられないと告げるので、はっきりしていて良い。


「候補に挙がっていれば自分たちで潰せばいいのに、どうして権限取れないのかな」

「外の権限を取るには、現世に降りる必要があるみたいです。現世に降りるには器が必要になるので難しいんでしょう」

「器がなくとも管理者ともなれば、顕現できるのは可能だろう? でも、それには大量の力を消費し続けなければいけない。それに、現世にいる間は世界の運営が疎かにもなってしまう。僕が敵ならそこを見逃さずに攻めるね」


 ああ、そう言うことか。

 神原君と榎本君の説明を聞いて私は頷く。

 そう言えば不完全な状態なので、世界を運行するのでも結構大変だとレディは言っていた。

 ならば他に運行を任せてレディ一人だけで探すという手もあるが、それは危険だ。かと言って魔王様はともかくギンが役に立つとも思えない。

 そうなるとギンは神原君を通じて、魔王様はイナバを使い私を通して現世に干渉していたのか。


「三人の管理者は絶妙な力関係にあるから、一人が欠けると途端に攻めやすくなるだろうね。主たる管理者とそれを支える二柱ってところかな」

「ギンはただの鳩ですからね。一番動きやすい立場だからこそ、僕のサポートをしているんでしょうが役に立ちそうも無いです」

「……そう、だね」


 確かにそれはそうだけど、そこまではっきり言われてしまうとその役に立たない鳩の娘である私にまでダメージが。

 そっか、親子揃って大して役に立ってないからしょうがないね。

 あはははは。


「じゃあ、敵としては内側の権限取られたなら外の権限は何とでも! って思ってるわけだ」

「まぁ、そうしたいのは山々だろうね。けど、彼らは【隔離領域】に厳重に閉じ込められ世界に干渉するのは難しい状態だ。唯一できるのは、世界に住む人々を操るくらい」

「そうですね。器として僕や由宇さんに執着するのもその為ですし。彼らには随分と辛酸舐めさせられてますから、是非お返しをしたいものです」


 苦々しそうに呟く神原君は、神だった存在を思い出しているんだろう。

 私もその時になれば逃げずに戦うつもりではいるが、想像しただけで無理そうで気持ちが萎える。

 姿すら現さないのにあの圧倒的な威圧感。今思い出しても息苦しさに咳き込んでしまいそうだ。


「その尖兵、使い勝手のいい駒がもどきちゃん……かな」

「え、電子ドラッグで操作される人じゃなくて?」

「あれは玩具みたいなものだろうね。役に立つとは思っていないと思うなぁ。まぁ、ちょっとした時間稼ぎ程度くらいかな」


 私と神原君は榎本君の言葉に思わず顔を見合わせる。

 私達二人はずっと、パパとママである神に指示されてもどきが動いていると思っていた。

 もちろん、そこにはもどきの個人的感情も含まれるだろうけど。

 でも榎本君の話を聞けば、そのもどきですら神は玩具にしか思っていなさそうだ。

 可愛い娘がその他大勢と同じはずがないんだけど。


「大事な可愛い娘なのに?」

「うーん。確かにそそれはそうだけど。それにしては愛情が希薄な気がするんだよね」

「それこそ、家庭によって違うと思いますけど。桜井さんの見る夢でも、仲良し親子らしいですし」


 溺愛されているかどうかは知らないけれど、もどきの両親に対する愛情から見て希薄とは思えない。

 親も私に飲ませたチップを渡したり、もどきの行動を黙認してるくらいだし。

 可哀想な両親と、それを助ける健気な娘って感じで当人たちも酔いしれてそうなものなのに。


「彼女が見た物が事実だって言う理由はないよね? あ、別に彼女が嫌いとかそういうわけじゃないよ? とっても可愛らしい子だと思うから」

「それを言うなら、貴方の情報も全て証拠はありませんよね」

「うん。その通りだね」


 バチバチと何故か喧嘩しそうになる二人に溜息をつきながら、証拠だの言っても仕方がないんじゃないかと私は呟く。

 全て仮定の事で、想像の域を出ない。信じられるものと、そうでないもの。

 それらが余りにも多過ぎて、全てが夢の出来事のようだ。


「本人に聞けば、意外とあっさり答えてくれるかもしれないわよ?」

「そうでしょうか」

「僕もそう思うね。そんな簡単に教えてくれたら苦労はしないし、言われた所で信じられるものかどうかも分からない」

「いいんじゃないの? 自分の都合のいい事だけを選んで納得すれば」


 随分と投げやりですね、と低い声が聞こえて首を傾げれば背中に衝撃を受けた。

 低く呻けば白い塊がそのままカウンターに転がってくる。

 キッと黄色い瞳に見つめられ苦笑していれば、再び背中に衝撃が走る。

 今度は黒い塊だ。


「ぐっ」

「フフフフ、油断しましたね」

「管理者たち共々心配しましたよ。番人さんから言われて来てみればデート中なんて……意外とやりますね」


 相性が悪いと思っていたこちらの二羽のウサギは、意気投合したかのように私を責めてくる。

 私だって大変だったんですけどと、あの後の事を簡単に話せば二羽は揃って榎本君に頭を下げお礼を言った。

 まるで私の保護者のようだ。


「ふふ、本当だ。今回の白いうさぎさんは今までとは違うんだね」

「本当にどんだけ見てたのよ」


 それはイナバがしろうさとは違うという意味だろう。

 それが分かるくらい見られてたと思うと、本当にゾッとする。


「え? いつもだけど」

「うわっ、由宇お姉さんこの人変態です。嫌な香りがプンプンします」

「変態研究者らしいですからね。気をつけた方がいいですよ?」


 淡々とした口調で榎本君を見つめる神原君の言葉に私は大きく頷いた。

 本能的危機を察知したのか、イナバはカウンターを乗り越えて神原君の傍へと避難する。

 残ったくろうさは、榎本君の好機の視線にも気にせず逆に睨みつけていた。


「榎本稔。榎本聡の兄という設定ですが、実際は他世界から来た研究者ですか。随分と長い間私達の目を掻い潜りつつ色々嗅ぎ回っていたようですね?」

「幸い、鼻はよくきく方だからね。引き際も弁えているつもりだよ」

「それならば、今更出てきた理由は何ですか」

「羽藤さんが協力して欲しいって言うからさ。頼まれたら答えないわけにはいかないだろう? 男が廃るからね」


 適当に上手いことを言うけど、結局自分の興味のためだろうに。

 私のせいにすれば何でもいいと思って。

 榎本君の大げさ過ぎる言葉を鼻で笑うと、私は神原君にココアのお代わりを頼んだ。

 何が面白いのかくすくすと笑った神原君は、笑顔で「畏まりました」と告げる。


「……なるほど。由宇さんのお陰で、助かった人ですか。恩義に感じるのは無理もないですが、協力するのは人として当然の事ですね」

「何もしない、放置すらする管理者さんたちが良く言うよね」

「大事の前の小事ですから。いちいち全てに気をかけてはいられません」


 うん、くろうさらしい。

 世界の安定、神たちの消滅が最優先事項だからその他がないがしろになっても仕方がない。

 どうせ記憶が無いならいいじゃないかと思ってしまう私は、随分と毒されてしまったようだ。

 何も反応しない私に視線を向けた榎本君は、小さく笑って肩を竦める。

 神原君はただ寂しそうな表情をしてくろうさの言葉を聞いていた。


「だからこそ、早く終わらせたいんですけどね。僕たちみたいな、犠牲者をこれ以上増やさない為にも」

「そうだよね……。知らない方が幸せだけど、だから全て許されるってわけじゃないし」


 それが嫌ならどうすればいい?

 自ら命を絶って何も感じないようにする?

 それだって、結局【再生領域】に送られてしまうんだから同じだろう。

 悔やんだ前回を忘れて、何度も繰り返した日常を新鮮な気持ちで送れるならそれはそれでいいんだろうけど。


「私達みたいに、諦めてこんなダメ人間になったらおしまいよね。生きてるのに死んでるみたい」

「……由宇さん」

「中には嬉々として楽しんでる人もいるみたいだけど」

「それって僕の事? それなら心配しなくてもいいよ。別にループ世界に未練は無いからね」


 てっきりループを利用して世界の事についてもっと良く知りたいと言い出すのかと思えば、意外とあっさりそう答える。

 世界の神秘に魅せられてるんじゃないのかと訝しげな表情をする私に、榎本君は嫌がるくろうさを撫でて微笑んだ。


「僕の恩人が困っているんだ。なら、手伝うに決まっているし、役に立ちたいと思うよ」

「だから私は覚えていないんだし、恩義なんて感じなくていいって何度言えば……」

「ふふふ。僕がそうしたいから、そうしてるんだ。それに、そっちの方が楽しそうだしね」


 結局そういう事か。

 神原君の体を壁にしてこちらをチラチラ見ていたイナバは、榎本君を警戒したまま私に視線を向ける。

 どうでも良さそうな私の顔を見てホッとしたのか、ぴょこぴょこと近づいてきた。

 手を伸ばして触れようとした榎本君を叩くと、それを鼻で笑ったイナバが膝に飛び乗ってきた。




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