149 フラグ以外も壊せます
内世界を覗く能力というのは、本当にただ見ているだけで接触はできないのだと言う。
そのかわり、人が隠したい本心を見てしまうので話せない事も多く結構辛いと言っていた。
嬉々としてそれをネタに強請ったりしそうだと思った私は、彼を勘違いしているのかもしれない。
少し反省したところで、時と場合によってはそれを使う事もあると彼は悪びれもせず笑った。
うん、やっぱり食えない上に厄介な男だ。
私なんかに言われるのは心外だろうが、趣味じゃない。
それに、親しくなったからと言って興味本位で覗かれた私の内世界。
世界自体に関わる事が多かったからついつい首を突っ込んでしまったと、爽やかな笑顔で言われる。
笑って誤魔化すな。
「それで、どうして私を助けたの?」
「そりゃ助けるよ。顔見知りだし、僕はそれなりに親しいっておもっ……」
「あーはいはい。たまたまね」
息を吐くように嘘をつく。
淀みなく、自然に。
私が呆れたように溜息をつくと、彼は「まいったなぁ」と呟いて頭を掻いた。
「偶然とは言えないかな。僕はいつでも君を見ていたし、ここ最近は特に君の動きに注意してたからね」
「……変態」
それが本当だとしたら笑えないストーカーだ。
できるだけ考えたくなかったのに、何度も彼の口から聞くと寒気がした。
他人の内世界を覗く能力。
プライバシーなど皆無だ。
「覗けるといっても、詳細に見聞きできるわけじゃないからね。それに、君の守りは固くて視界はぼんやりするし声は聞こえなかった」
「諦めればいいのに」
「この世界の神秘に迫れるかもしれないのに?」
好奇心に殺されるかもしれないというのに、榎本くんは目をキラキラと輝かせていた。
それを見て、あぁこれは駄目だと私は諦める。
やめるようにと注意したり、心配したところで聞く耳を持たない。
そりゃ、恋人ができても長続きしないわ、と生意気に思いながら私は溜息をついた。
純粋な好意から君を見つめていたなんて言われないだけ良かったと思おう。
「だったら、私以外にもいいターゲットはいると思うんだけど」
「そうかもしれないけど。あのもどきが、執拗に君を襲う理由がよく分からなくてね。僕が君の事を気に入ってるのは事実だから、そりゃ助けるよ」
胡散臭い。
気に入っているとイケメンに言われているのに、全く嬉しくない。
普通ならここで、キュンとしてもいいのに。
「気に入ってる……ねぇ」
「だって、面白いからね。ここまでスルーされたり、空振りするのも逆に燃えるよ」
「へー」
榎本君は使えそうだから、協力してもらった方がいいだろうか。
私が今知りたいことと言えば、敵の情報だ。
管理者たちはあまり話したくなさそうなので、彼から何か聞き出せるといいんだけど。
「その、全然興味ないって態度もいいよね。もっと君の事を知りたいな」
「ふーん。あ、お代わりお願いします」
「……うん」
空になったカップを渡してお代わりを頼む。
溜息をつきながらお茶を注ぐ彼を無視して私は首を傾げた。
「それって、手伝ってくれるってこと?」
「え?」
「手伝いたくてたまらなかったなら、そう言ってくれれば良かったのに」
やだなぁ、榎本君たら。
私らしくない可愛らしい声を出してにこにこと笑えば、ギョッとしたような顔をした彼がちょっと引いた。
その反応にもめげずに私はモモを思い浮かべながら顎に指を当て、首を傾げる。
うん、我ながら寒い。
けれど、利用できるならさせてもらわないと損だ。
「内世界が覗ける能力って、誰にでも可能なの?」
「えっ」
「管理者にそういう接触したら気付かれるから多分してないとしても、私達が敵としてる存在にはきっと接触しようとしたよね?」
「えっと……」
「榎本君がもし、敵側だったら私を助ける理由は騙して計画が進みやすくするためでしょ?」
魔王様の一部であるイナバが私の相棒で、管理者にも監視されている私に接触する時点でアウトだと思うけど。
相手の目的が管理者たちの弱体化、消滅ならトロイの木馬でも狙っているんだろうか。
「それだとしても、私が貴方に落ちる可能性は低い。それに、あのまま私を放置した方が敵としては嬉しい」
「羽藤さん?」
「敵でも味方でもなく、ただ自分の興味のあることだけを追求するダメ人間ってことか……そっか。ダメ人間仲間にしても困るなぁ」
腕を組んでわざとらしく「うーん」と唸って唇を尖らせた。
榎本君は私の変化についていけないのか、どうしたらいいのか分からず視線を彷徨わせている。
「とりあえず、敵の情報をちょうだい? まずは、もどき。アレの中身は何?」
「えっ……ええと、うん。彼女は神原直人の妹になるはずだった神原美羽だよ」
「中身は何?」
「えっ、だから別に中身も何も」
「ごめんね、榎本君」
助けられた恩を仇で返すのは心苦しいんだけど、と伏し目がちに私が呟けばカップを差し出した彼の手が大きく震えた。
本当に彼はどれだけ後ろめたいことがあるんだろう。
管理者たちに頼めば、埃どころか変な塊がボロボロでてきてしまいそうだ。
「あははは。羽藤さん、脅しても無駄だよ? 僕だって場数はそれなりに踏んでるんだから」
「それじゃあ、貴方は何度殺されたのかしらね? 何度発狂して、何度完全に殺してくれと願ったのかしらね」
「……ごめん、ごめんなさい」
謝ることなんてないじゃない。
だって他世界からやってきた存在がループを楽しんでるなんて、私と神原君からすれば敵と同じだ。
そういう人がいるのは否定しないけど、そうやって楽しんでる人物こそが神と戦えばいいのにって思ってしまう。
まぁ、そういう人たちはループしているのが楽しいだろうからそんな事はしないだろう。
飽きるくらいのループを繰り返しても、発狂せず楽しんでいられる存在なんてとても厄介だ。
「そう簡単にしおらしくなられると、私も拍子抜けなんだけど」
「しょうがないよ。僕は君に頭が上がらない。僕が僕でいられるのは、君のお陰だからそれだけは本当に心の底から感謝してるんだ」
「は?」
だから、そうやって素直に礼を言われると気持ちが悪い。
それに言っている意味が分からない。礼を言われる覚えは全くないし、それがどうして私に頭が上がらないということになるんだろう。
彼に何かしたとかそんな記憶はさっぱりない。
私が知らないだけで番人に聞けば、どこかの記憶にあるのかなと私は眉を寄せた。
「僕は、殺される側じゃなくて殺す側なんだ」
「……は?」
いきなりの犯罪告白ですか。
笑顔でスプラッタな事をすれば、そのギャップから恐怖が増しそうだ。
それでも世の中には彼に殺されたいとか言ってしまうような人もいそうなものだ。
私は丁重にお断りするけれど。
カップに口をつけてお茶を飲み、お菓子として用意されたバタークッキーを頬張る。濃厚なバターの味が口いっぱいに広がって幸せな気持ちになった。
「日時はバラバラ、相手は決まっていて回避しようにもできない。冷静に現状を把握して、内世界を覗いては情報を得ている僕がだよ? 向こうの世界でもティアドロップの高純度精製に成功しているこの僕が」
何が面白いのかいきなり笑い始めた榎本君は、大きく両手を広げて体を反らすと椅子の背凭れに寄りかかったまま深い溜息をついた。
これは警戒したほうがいいんだろうか。
「どれだけ研究しても、改善しない。回避すらできない絶望の状態を、君はあっけなく砕いてしまった」
「あ、なんかごめんなさい」
何だか悪い事をしたような気持ちになったのでそう謝れば、榎本君は不思議そうな顔をして私を見つめた。
よく分からないけど私が彼に何らかの影響を与えてしまったらしい。
例外で異常な私がいることで、周囲にも影響が出てしまうだろうとは言われていたがまさかここにいたとは。
だからやけに近づいてきたり、誘ったりしてきたんだろうかと思うと納得できた。
もどきが仕掛けた攻撃から私を助けたという事は、自分の手で何とかしたいからわざと助けたということか。
「羽藤さん? ちょ、羽藤さん?」
「うん……ごめんね。私、自分の事で精一杯で他の事まで考えられなくて」
「いや、ちょっと待って。待って待って、落ち着こう。一旦、落ち着こう?」
「落ち着いてるよ。私は至って冷静です」
「いやいやいや、間違ってるよね。何か勘違いしてるよ」
神原君やイナバたちには悪いが、どうやら私もここまでのようだ。
世界が落ち着くまで待ってくれと頼んだところで、榎本君は待ってくれるだろうか。それに、世界が安定してしまえば私だって生きたいという欲が強くなってしまうだろう。
彼が私に接してきたものが、全て好感からきているとどこかで勘違いしていた自分を嘲笑してやりたい。
避けていたくせに、そうだと決め付けて嫌だと言う私はさぞ滑稽だろう。
「言葉は正しく理解しようね? 何で間違えたのかは知らないけど、君のお陰で僕は助かったんだよ」
「へっ?」
「回避できない絶望的な状態。それは、何度繰り返しても僕は殺人を犯してしまう事だよ」
あれ、私のせいで殺人を犯すようになったんじゃなくて?
どこかのループの私が原因だとか、そう思ってたんだけど違うのか。
それならそれで、良かった。
私が不幸にした人物なんていなかったと思える。
言い切れないのはもしかしたらどこかにそんな人がいるかもしれないからだ。
「私が……それを、壊した?」
「うん。そうなんだ。だから余計に、君に興味が湧いたんだよ」
「覚えが、ないんですけど」
「そうだね。それでも君が恩人なのは間違いないから」
「気のせいとか?」
そんな大層なことをした事が無いので、きっと勘違いだと思う。全くの人違いだと手を振って否定しても、榎本君は「君だよ」と言うばかり。
またそんな事を言って何かを企んでいるんじゃないか、と疑い深くなる私に彼は苦笑してカップを持っている手を包み込むようにして握ってきた。
振りほどきたいけれど、カップの中にはまだ紅茶が残っているので動けない。
「いいや、間違うはずはないよ。君と出会ったお陰だよ」
「いやいや、勘違いなされております」
動揺して変な言葉になる私にも気にせず、榎本君はカップと私の手を両手で包み込んだまま指や手の甲を優しく撫でた。
ヒッと引き攣った悲鳴が出そうになるのを飲み込んで、私はカップを持っていない左手を背後にやった。
あ、ダメだ。
壁があるから逃げられないや。




