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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
147/206

146 ここはどこ?

 泣いている少女の声が聞こえる。


「ん?」


 神原君の内世界から無事に帰ってきたはずなのに、気がつけば変な場所にいた。

 またこのパターンかと溜息をついて周囲を見回す。


「あ、華ちゃん」


 少し離れたところには、華ちゃんがいて彼女は声に背を向けると走り去ってしまった。

 その背中を良く見れば志保ちゃんを背負っている。

 華ちゃん達からまた少し離れた場所にいた少女は、踞って泣いていたがゆっくり立ち上がる。

 両手を真っ赤にして片足を引きずりながら、必死に逃げている華ちゃんの後を追っていた。

 白い空間に目立つ赤い足跡。

 志保ちゃんを背負ったままとにかく逃げる華ちゃん。


「えっと?」


 これは、ヤバいんじゃないかと上からその様子を見下ろしていた私は、華ちゃんの元に向かおうとして首を傾げる。

 向かったところで、何が出来る? 

 いや、とにかく華ちゃんと志保ちゃんをアレから逃がさなくては。

 捕まってしまったらきっと、二人とも終わってしまうような嫌な勘がした。


「ほっ、と」

 

 無事に着地しながら出口、隠れる場所、障害物を探す。

 駄目だ、役に立ちそうなものが見当たらない。

 一面真っ白な空間は、上を見ても空は見えない。

 どこかで見たような景色に首を傾げ、白い手に追い掛け回された時のことを思い出した。

 そうだ、あの場所に似ていると一人頷きながら小走りで地平線を目指す華ちゃんを追いかける。


「……困ったわ」


 キョロキョロと周囲を見回しているのは、出口を探しているのと後方からゆっくりと迫る少女を確認しているんだろう。

 私が少女を邪魔してその間に華ちゃんを逃がす、そう考えたこともあった。

 怖いけど華ちゃんを助けるためならと少女に向かっていったけど、するりとその体をすり抜けてしまう。

 華ちゃんにも、少女にも私の声は聞こえない様子だ。

 薄い盾にすらなれなかった私は、何か手はないかと考えながら華ちゃんと並走する。

 背負ってる志保ちゃんの重さを軽減できたらいいんだけど、と思えば華ちゃんが驚いたような顔をした。

 きょろきょろと周囲を見回しても目が合わない。

 いるだけで、何も役に立たないのは辛いなぁ。


『道が無いなら作ればいい。出口が無いなら?』


 作ればいい?


 頭の中に響く声に首を傾げながらそう言えば、笑い声が聞えた。

 イナバのものでも、くろうさのものでもない。管理者たちとも違うし、神原君のものでもない声は戸惑う私に優しく話しかけた。


『あの子は君の姿を認識できない。けれど、彼女は認識できる。さぁ、壁を作ってあの子の邪魔をしてごらん?』


 作れと言われても道具も何もないのにどうしろというのか。

 そう眉を寄せていれば『イメージでいいんだ』と優しい声が聞こえてきた。

 イメージ、イメージ。

 透明で、そこにあると分からない防弾ガラス製とか。

 いやいやそんな事してる場合じゃない。

 足止めするより先に、華ちゃんたちを無事にどこかへ逃がさないと。


『ははは。中々いいセンスしてるね。あれだけ透明だとあの子も気付けないか』


 いやだから、それよりも華ちゃんを……ってほら言ってる傍からこけちゃった!

 大丈夫かな。

 志保ちゃん負ぶってるから辛そうだけど、支えられないし、本当に役に立たないのが悔しい。


『さぁ、足止めしている間に扉を作るんだ』


 扉?

 どこへ通じる扉?

 そもそも何の扉?

 青い狸が出すような扉でも出せっていうの?


『君は何度か扉を目にしているはず。想像は簡単なはずだよ。ほら、早くしないと壁が壊されて彼女たちが食われてしまう』


 それは困る!

 扉、扉。どこかへ通じる扉。

 出口の扉。

 私が見た事のある扉と言えば、内世界で雫が利用してた扉くらい。

 雫の扉を想像しようとしているのに思い浮かぶのは何故か家にある扉だ。

 

「えっ、ドア?」


 華ちゃんたちの前に出現した扉は、どこのお宅でもあるような普通のドアで私はがっかりしてしまった。

 もっと煌びやかなハイセンスのものを出したかったのに、私の想像力ではこれが限界らしい。

 キィとドアを開けて中に入るようにと促しても、警戒している華ちゃんは中々足を踏み出さなかった。

 気持ちはとてもよく分かるが、後方で足止めを食らっている少女の形相が物凄いものになっている。


「華ちゃん、入って!」

「っ!!」


 腹に力を入れて大声で叫べば驚いたように華ちゃんが顔を上げる。

 目が合ったのは一瞬で、私は体当たりをするように志保ちゃんの背を押して彼女たちをドアの向こうへと突き飛ばした。

 すり抜けないで触れたと喜びつつ身を挺してドアを守る。

 下方から消えてゆくドアを掴もうと一瞬で間合いを詰めてきた少女の顔が間近にあって、私は悲鳴を上げてしまった。


『おぉ。やればできるね。凄い凄い』


 幼子に対するようなその言葉にムッとしながら、私の体をすり抜けて倒れてしまった少女を振り返る。

 彼女が歩いてきた後には引きずった足の後が真っ赤になって残されていた。

 白い床に倒れた少女は何語か分からぬ言葉で叫んだ後、ゆっくりと立ち上がって周囲を見回す。

 怖かった私は距離を取ってその様子を眺めていた。


 あ、やっぱりもどきだ。


 何で今まで分からなかったんだろうと不思議に思いながら、絶叫する彼女に首を傾げる。

 頭に響く変な声が言うように、もどきに私の姿は見えないようだ。

 華ちゃんとは一瞬目が合ったから、きっと私の姿が見えたんだろうけど。


『いや、認識と見えるはまた違うからね。でも声はちゃんと届いたみたいだね』

 

 何かがあるのは分かるけど、見えるまではいってないって事? よく分からないけど。

 それにしても、ここにもどきがいて華ちゃんと志保ちゃんがいるって事は内世界なのか、領域なのか。

 もどきがいるんだとしたら【隔離領域】しかないだろうけど、華ちゃんの内世界って事もあり得るし。

 だとしたら志保ちゃんの内世界って事もあり得る。


『江口さんの内世界だったら、彼女が起きないのはおかしいよ。内世界じゃなくて夢かもしれないしね』


 似たようなものだと思うんですけどね。

 私がそう言えば頭の中に響く声は苦笑して「違うんだけど、似たようなものだから仕方がないね」と静かに告げた。

 勝手に人の頭に直接声を送ってくる相手なのに、不快を感じないのが不思議だ。

 どこかで聞いた事があるような、ないようなと思いながらヒステリックに悲鳴を上げて暴れ出すもどきを眺めた。

 できれば私も早くここから退避したい。

 こんな所で扉を出したら、今度は逃がさないとばかりについてくるような気がする。

 本当にトイレにも行けなくなりそうなホラーだ。

 御守も、護符も、悪霊を封じ込められるカメラも持っていない。

 見つかったら最後だよなぁ、と乾いた笑い声を上げていれば目の前が歪んだ。


『その心配はないさ。君は、そこに干渉できるけど、あの子がこちらに干渉する事はできないからね』


 私は一体いつのまにそんな強くなったのか。

 頭の中に響く声を信じるとしたら、の話だが。

 神原君の内世界で情報交換と、これからの事について話しながら食事をしていたのに。

 さよみちゃんが奏でる音色に癒され、二羽のうさぎと共にのんびりしていたというのに。

 どうして毎回こんな風になってしまうのか。

 ここがもし【隔離領域】だったら生きて帰れる気がしない。


『随分と毛嫌いしているね。【隔離領域】って言っても、色々あるんだけどな』


 それは知っているけど、近づきたくない場所だ。

 ゆったりとした流れに身を任せるようにして漂いながら、私は頭の中の声と会話を続ける。

 どこへ行くのかは知らないけれど、危険なところではないような気がする。


『最高管理者であるレディが、【隔離】を決めればそこは【隔離領域】になるからね。あとはその後に適当な記号をつけて管理すればいいだけの話さ』


 はぁ、そういうものなんですか。

 という事は、無数に【隔離領域】があるってことだろうか。

 そんなに数多く作り過ぎると管理に困るだろうし、レディの補佐もしているらしいくろうさが怒りそうな感じがするけど。


『管理者と名乗ってはいるけど、神と同じようなものだからね。時間はヒトよりも多く長いさ』


 そりゃそうだろうな。

 でも、そうなるとギンもずっとあのままなのか。一人だけ抜けるなんて事はできないだろうし、あの人も無責任に管理者やめるわ、なんて言わないだろうけど。

 そっか、世界が落ち着いて私達が死んでもギンはギンのままか。

 

『寂しい?』


 うーん。寂しいとはちょっと違うような気がする。

 私は別にどうでもいいというか、幼い頃にいなくなった存在だから傷も浅いと言うか。

 落ち着いてループのない世界になったら、親子としての会話をしようかとも思ったけれどやっぱり知らなかった事にした方がいいのかもしれない。


『どうして?』


 どうせまた別れなきゃいけないんだから、再会して無駄に喜んでも悲しいだけじゃない。

 私が勝手にそう思って判断してるだけだけど。

 知らなかった方がいい事もある。

 身に染みて感じているからこそ、思うこと。

 余計なお世話なのかもしれないけど、もしギンが本当に私の父親ならきっと名乗らないだろう。

 離れたところから、幸せな姿を眺めて満足しているような感じじゃないかなと思う。

 接した時間は短くて私の想像がふんだんに盛り込まれた父親像しかないけれど。


『……親子だね』


 知ったような口を聞くなぁと思いつつ、私は眠りに誘われて大きな欠伸をすると目を閉じた。

 体を包み込むような温かな感覚に少しだけ懐かしい気持ちになりながら。



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