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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
146/206

145 モテるのも辛いです

「そっか。志保ちゃんはまだ目覚めないのか。早く良くなるといいんだけど」

「そうですね。敵が彼女に接触しないようにギンには頼んでおきましたけど」

「あぁ、そうだね。変な化け物にさせられたらたまったもんじゃないわ」


 トラウマになりそうなアヴァンギャルドの化け物を思い出して顔を歪める。

 あれはもう出会いたくない。


「はぁ、はぁ」


 小さく震えながらしゃがみこんで頭を抱え悲鳴を上げていた神原君は、少し落ち着いたのか自分で入れたコーヒーを飲んで息を吐いた。

 恥ずかしそうに「お見苦しいところをすみません」と言われたので私は逆に悪かったと頭を下げた。

 本当はもうちょっと突っ込んで、彼が覚えている限りの前世の事を聞こうとしたけれどその顔が聞いてくれるなと言っていたので気かない事にした。

 これが榎本君だったら笑顔で容赦なく攻めるだろうな。

 

「さよみちゃんは随分回復してるみたいね。心の傷もここで癒してるみたいだし」

「そう、ですね。ここでの事は全て夢だと思っているので覚えていませんし、僕は相手を知っていても相手は僕の事を知らない事になっていますからね」

「……そんな事できるの?」

「できますよ。ここは彼の内世界ですから。主たる彼がそうしたいと望めばそうできます」


 何かを含んだように少しの間を置いて答えるくろうさと、神原君が一瞬視線を合わせたのを私は見た。

 二人で何を企んでいるのかは知らないが、私の関係ない事なら気にしなくてもいいだろう。

 イナバが一心不乱に青菜を食べているところを見ると、危険度は低いんだろうし。


「由宇さんに僕をちゃんと認識してもらわないと、話になりませんよ。現実では会って話せるのはカラオケくらいですし。でも、毎回あそこで会うわけにもいかないでしょう?」

「うん。大学生が男子高校生連れて遊びまわってるなんて知られたら……ループしてやり直したくなるわ」

「はははは。もっと早くに気付けば良かったですね。僕ならいつでも歓迎しましたから」

「そんな無用心なこと言ったら駄目よ? 何があるか分からないんだから」

「大丈夫ですよ。その辺りはギンからも言われてますからちゃんとしてます」


 にっこりと笑顔を浮かべながらピアノの演奏を終えたさよみちゃんの元へ、神原君が飲み物を運んでゆく。

 二人の会話を聞きながら微笑ましいツーショットだと眺めていると、さよみちゃんが神原君を神原君として認識していないのが良く分かった。

 知り合いに似た様な人がいた気がするが思い出せない、その程度だ。

 だから彼女は神原君の事を「マスター」と呼び、私が彼を神原君と呼んでも自分が知ってる彼には結びつかないようで混乱する事もない。

 他人の内世界にお邪魔するのは初めてだけど、ここまで便利に管理できるのかとちょっと驚いてしまった。

 管理らしい管理が何一つできておらず、番人に丸投げと言ってもいい私がおかしいんだろうかとくろうさに尋ねれば「由宇さんはキャパシティが少々小さめですからね」と慰めなのか何なのか良く分からない言葉をかけられた。

 これはくろうさなりに、気を遣ってくれているんだろうと思うことにする。


「わたしがいますから、その分はちゃんと補助してます! くろうささんのご心配には及びませんよ」

「ならばもっとスマートにやれたのでは? 魔王の配下であるならば貴方も当然優秀でしょうから」

「いえいえ、全てを見通すようなくろうささんには敵いませんよ」


 イナバはやけに「くろうさ」という名前を強調するし、くろうさはくろうさで言葉は丁寧だが込められる感情に殺気が混じっているような気がした。

 穏やかな感じで会話をしているのに、バチバチと火花が散っているようにしか見えない。

 私の膝に乗って食べていた野菜スティックを軽く投げたくろうさを優しく叱って、イナバからの視線を体で遮る。

 不機嫌そうに見上げてきたくろうさの耳の付け根を軽く揉んでやると、気持ち良さそうな顔をした。


「当面の問題は、もどきでしょうね。とりあえずアレを何とかしないことには神と戦うのも面倒です」

「……大丈夫?」

「え? あぁ、大丈夫ですよ。僕が僕でなくなるわけじゃないですからね。前向きに考えることにしました。二人分の経験値があるって、凄くないですか?」

「一方が消えたら結局一人分……いや、ごめん」

「ははは。いいんですよ。僕が神原直人になったのは偶然にしろ、そうでなければそのまま消滅してたってことでしょうし」


 そこなんだよな。

 神と管理者たちとの戦いのせいでそうなってしまったとは聞いたけど、そこまで大きな影響を与えるくらいになったなら何もしない方がいいんじゃないかと思う。

 もし仮に、私と神原君が管理者側の駒として神側を消滅させようと戦いを挑んだとする。

 そうしたらやっぱり、どちら側が消えるにしても強力な力のぶつかり合いで世界に影響がでてしまうのは必至だ。

 そもそも、管理者たちですら神を完全に消すことなんてできないのに、権限を手に入れたくらいでどうにかなるのか。

 共生できればそれに越したことはないんだけど、それが成功してるなら継ぎ接ぎの世界にはなっていないだろう。

 話し合いも説得も通じなかったとレディが言っていたから、改心してくれるかもしれないと考えないでおこう。


「神って、なんで頑なに話し合いに応じなかったの? 向こうも妥協すればいいのに」

「神になって万能に近い力を手に入れたので、傲慢になったんじゃないですかね」

「……彼らの要求はこちら側には認められないものだったからでしょうね」

「三人家族で勝手に幸せに暮らしてればいいのに、何が問題なのやら」

「ループですよ。万能とも思える神と呼ばれるような創造の力を手に入れた彼らでさえ、どうにも出来ないことがあったという事です」


 くろうさの言葉は、結構核心に迫る情報ではないだろうか。

 私と神原君は顔を見合わせて「どうする?」とアイコンタクトをとった。

 耳を伏せて私にマッサージされているくろうさは、小さく息を吐いて口を開こうとした神原君を見つめる。

 イナバはそこの所は良く知らないのか大人しく黙ったままだ。


「そうですね。そう言えば聞きましたね。ある特定の条件下で必ずループする世界だったと」

「ええ。彼らが望んだ世界はそれですから。けれど、レディたちが望むのはループしない世界です」

「だから、どんなに話し合っても平行線か」

「ループする、その特定の条件下とは何ですか?」

「残念ながらその事については管理者三名のみが知っている情報で、私も知らないのです」


 ということは、それだけ重要な情報ということか。

 それを知っている彼らですら手をこまねいて、今ある世界を何とか存続させていくので手一杯のように見えるのに。

 特定の条件下でループするというのは重要な情報じゃないのか。

 私達が知らなくてもいいことなら、別にいいけれど。


「聞けば聞くほど、神が恐ろしいボスにしかみえない。勝てるのかな」

「目の前にした途端『終わったな』って悟るようなものですかね。あの時一瞬、その存在を感じただけでも『死ぬかもな』って僕思いましたから」

「もどきと、対峙したあそこね。うん。私もアレとは戦いたくない、関わり合いになりたくないって思ったわ」


 その姿を見せなくとも、戦意喪失させてしまうくらいの恐ろしさ。恐怖を超越して思考を放棄したくなる程のプレッシャー。

 そんな輩と戦うことになるかもしれないんだから、管理者たちも人使いが荒すぎる。

 荒すぎるなんて言葉で済むんだろうか。

 彼らに直接神と戦えと言われたわけではないが、これから先ないとは言い切れない。


「あんなのと対峙する事になったら、間違いなく即死でループコースですね」

「神原君、あの時の強気発言はどこにいったの?」

「若さってやつだと思いますよ。怒りに任せて突っ走っただけです。ハハハハ」

「うふふふ」


 笑い事じゃないけれど、わざとでも笑わなければやっていられない。

 そんな私と神原君の心情を察しているのか、イナバもくろうさも何も言いはしなかった。

 少し離れた席で一人食事を楽しんでいたさよみちゃんは、「ごちそうさまでした」と笑顔で告げて再びピアノへと歩き出す。

 いつもの事だと微笑を浮かべた神原君は、彼女が食べた食器を片付けながら「夢が現実ならいいんですけどね」と小さく告げた。


「カミサマたちは、まだ私達の体を狙ってるのかしらね。そのわりに積極的なアプローチはないけど」


 一時期死亡フラグが乱立してイナバですら戦々恐々としていた事があったけど、まさかあれが?

 ちらりとイナバを見れば、気付いたように顔を上げたイナバが溜息をついて「わたしが頑張って回避予測してますから」と告げる。

 それを聞いていた神原君が驚いたように身を乗り出してきた。


「由宇さん、まだ死亡フラグ立ってるんですか?」

「あーうん。良くなった方だけど、一時期はイナバが超神経質になるくらい酷かったかな。お陰で無事に生きてるけどね」

「敵の仕業ですかね」

「……違うと思いますが」


 もしゃもしゃと青菜を食べながら呟いたくろうさに首を傾げる。するとくろうさは「こちらでもサポートしてましたが、非常に大変でした」と疲れた様子で息を吐いた。

 レディの目であるくろうさですら大変と言うんだから、それを無事回避させてくれたイナバの能力は高いんだろうと感心する。

 イナバがいなかったらあっさり死んでたんだろうな、と思えば二羽のウサギが見つめ合って同時に溜息をついた。

 本当にこの二羽は、仲がいいのか悪いのか分からない。


「神原君も気をつけてね。寧ろ、神原君というよりは、周囲の……うん」

「そうですね。彼女たちに害が及ばないように注意はするつもりです。桜井さんに関しては今まで以上に注意してそれとなく守れるようにしたいですね」

「そうよね。華ちゃんをこっち側に引きずり込むのは酷だものね。さり気なく守るのも難しいけど、学校でどうにかできるのは神原君しかいないし」


 それで恋愛感情が発展してしまうと、対象の死亡確率が上がってしまう恐ろしい爆弾つきだ。

 ギンもいるから大丈夫だと神原君は笑うが、私は気が気ではない。

 とりあえず、なつみは大丈夫そうだから安心はしてるけど。


「さよみちゃんといい、志保ちゃんといい……敵もいいとこ突いてくるわよね」

「いつかはこうなるんじゃないかって覚悟はしてましたけどね。僕が敵だとしても、利用すると思いますし」

「えっ、そんな事言っちゃう?」

「ええ、言いますよ。使える手ならいくらでも。もどきにとっては遊び半分でしょうし」

「……今回の件も、神原君はもどきが関係してると思うの? 神じゃなくて?」

「どちらにせよあまり関係ないですね。神に謁見する前に、もどきが出てくるのは必至でしょうから」


 もどきの話になると神原君の雰囲気が変わる。

 憎悪と憐憫が混じったようなそんな表情と雰囲気に、私はいつも気の利いた事が言えず歯痒い思いをした。

 もどきが、なつみだったら。

 そう想像するだけで私の心は嵐になる。

 ゲーム内での存在だけしか知らないのはある意味幸せなのかな、と思っていれば神原君に苦笑されてしまった。


「それに、ゲームでの設定上とは言え僕は一応美羽の兄ですからね。中身が違っていたとしても、自分の手でって思ってしまうんです」

「今度会った時、中身別だろって徹底的に責めてみようかなとか思いはするんだけどね」

「証拠は無いんですけどね。でも、あの子は違う。外見はどれだけそっくりでも、中身は美羽じゃないですよね」

「違うね! 皆のスイートエンジェルがあんな訳ないね! 現実を見ろと言われても絶対違うね!」


 ドン、と力強く拳でカウンターを叩きながら私は熱く語る。

 主人公たる神原直人の妹である美羽が、どれほど癒しを与えてくれる存在なのかを。

 どうしてヒロインにならないんだという声も多数あったようだが、私としては兄妹だからこそいいんだと思う。

 背徳なものではなく、純粋な兄妹愛。

 そこにエロスの存在など私が許さない。

 そう、可愛い妹や弟は愛でるべき!

 憎たらしくてどうしようもなくても、でも可愛いと思えてしまう時がある。それが兄妹。

 人によったら憎悪しか感じていなかったりもするだろうけど。

 兄さんは……えっと、うん。


「あの、狙ったようなブラコン系じゃないからいいんですよね。だから僕も好きなんです」

「分かる分かる! 何でもかんでもブラコンシスコンにすりゃいいってもんじゃないわよね! 求める声が多いから作り手も狙ってそういうキャラ付けするのが多いのは分かるけどっ!」

「由宇さんは、妹さんのこととても愛してますからね。羽藤さんに恋人なんて出来たら大変なんじゃないですか?」

「んー? そうでもないわよ。よほど変な相手じゃない限り、あの子が選んだならいいんじゃないって思う」


 私の返答が意外だったのか神原君は目をぱちくりとさせた。

 その様子を見ていたイナバが笑い、くろうさは前足を鳴らしてマッサージの催促をする。


「私よりも兄さんの方が大変だと思うけど」

「お兄さんですか?」

「うん。父親役も兼ねてるから、うるさくてね。多分、『成人するまでは交際など認めない!』とでも言うんじゃないかな」

「……大変ですね」

「まぁね。でも今のところなつみに恋人できる気配はないから大丈夫だと思うけど」


 できたらできたで、なつみの事だから兄さんにはばれないようにするだろうし。

 結構、告白されてるって事知ったら兄さんどんな反応するんだろう。

 学校に乗り込む、とまでは行かないだろうけど相手の情報を詳細になつみから聞こうとするだろうな。

 そして、鬱陶しがられてへこむという。

 簡単にその光景が浮かんでしまうくらい、兄さんの行動が見えている。


「あの……由宇さんは?」

「あぁ。私はナイナイ。兄さんにも『お前が? ハッ』って鼻で笑われるくらいよ」


 腹が立つんだけどね、事実だからしょうがない。

 私が不機嫌そうにそう言えば、何故か二羽と一人にじっと見つめられてしまった。




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