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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
143/206

142 しろとくろ

 目を開けるとそこは内世界でのいつもの天井で、目が覚めたんだなと思った。

 とても変な夢を見ていたけど、すっきりしない終わり方だ。

 番人と雫が心配そうに覗き込んでいるのが見えて、安心させるように笑ってみせる。


「大丈夫?」

「いきなり倒れたからびっくりしたよ!」


 上体を起こす私の背中を番人が支えてくれる。

 私に何かあれば自分も危ないからだろう。番人の表情はとても切実なものだった。

 雫はと言えば、相変わらず余裕の雰囲気で首を傾げている。

 ほっ、と息を吐くとくろうさだけでなくイナバが心配そうに見上げているのに気づいた。


「あ、雫ごめん」

「大丈夫よ。ペンダントは返してもらったから」

「失態しました。まさかペンダントとの共鳴で由宇さんが気を失ってしまうなんて」


 悔しそうにそう告げるくろうさを撫で、雫が入れてくれたお茶を飲む。

 番人はまだ注意深く私を窺っているので、心配ないと軽く手を振った。

 信用できないとその視線が言っていたが無視する。


「大したこと、ありませんね」

「しろうさに言われる筋合いはありませんが」

「イナバです。しろうさじゃありません!」


 バチバチ、と火花を散らす二羽のうさぎ。

 仲が悪いのか、互いに威嚇し合っている。

 くろうさとしたら、レディの部下なので魔王様の一部であるしろうさを下に見ているんだろう。

 しかし、しろうさにとってそんな上下関係はあまり関係ないように思えた。

 喧嘩はしないと雫が言えば、互いの体を静かに押し合い始める。

 結局イナバは私の膝の上に、くろうさは雫に抱えられて落ち着いた。


「由宇さんが気を失っている間も、眠りこけていたあなたよりは役に立てたと思いますけど」

「は? 役に立てた? なにが?」

「……しろうさより、役に立ててましたよね?」

「イナバですし!」


 鼻で笑うように告げたくろうさが、テーブルに頭を乗せるようにして呟く。

 それを聞いたイナバは私の腹に前足を乗せて、不機嫌そうに耳を動かした。

 もう少し仲良く出来ないものかと思っていると、雫が苦笑しながら頭を左右に振る。

 下手に口出しをしない方がいいってことか。

 番人は歯軋りをしながらくろうさを抱いている雫を睨みつけていた。

 自分のところに来なかったから悔しいんだろう。


「……どっちかさ、私のところに来ないかなー?」

「嫌です」

「お断りします」

「っ!」


 同時に放たれた拒否の言葉にショックを受けた番人は、目を大きく見開いて項垂れる。

 ずるずる、と姿勢を崩した彼女がそのまま畳の上へ横になるのも気にせず雫はくろうさを撫でた。

 番人も私には違いないのに何が違うんだろうか。

 経験の違い?


「ふぅん、なるほどね。白い手と化け物、か」

「あの白い手にティアドロップがあったとは、驚きです」


 気づきませんでした、と呟くイナバを雫が見つめる。

 その視線に気づいたイナバが黄色い瞳で彼女を見て、可愛らしく首を傾げた。

 ハッと馬鹿にしたようにくろうさが笑ったのは気のせいだろう。


「レディはあの場にいたけど。一瞬だったから分からなかったのか、それとも彼女の能力低下で気づけなかったのか」

「私はその場にいませんでしたので、何とも言えませんね」


 あ、そっか。

 あの時くろうさはいないんだった。

 イナバより役に立ちそうな気がするくろうさがいたら、白い手が持っていたティアドロップを感知できたかもしれない。

 しかし、すぐに消えてしまった白い手を追うのも難しそうだが。


「しろうさちゃんにも会ったんだ」

「いやぁ、あれはイナバじゃないと思うな。敵意はなかったけど目は赤かったし、会話もできなかったから」

「そう。私も不用意にペンダント見せなきゃ良かったわね」

「いやいや、雫のせいじゃないよ」


 逆にペンダントを見せてくれなかったらあの白い手とも出会えなかったんだろう。

 一緒にいた時間は短かったけどまた会えたらいいなと思う。

 彼女が持っていたティアドロップは私が吸収してしまったので、会える確率は低い気がする。


「あ、そうだ。私の中にあるティアドロップを回収しない理由は? どうして?」

「そうね。私も不思議だわ。元々レディものなら、回収してレディの力を取り戻すのが一番良いと思うんだけど。華ちゃんのように切り離すのが難しいというわけでもないでしょ?」


 雫の言う通りだ。

 私が吸収してしまったティアドロップはレディの一部だという。それなら、早く回収してレディの能力回復をすればいい。

 でも、くろうさも管理者達も一向に回収しようとはしない。


「そもそもしろうさ、貴方がそれを発見次第的確に保管し、すぐにそれを管理者側(こちら)に連絡していればこんなことにはならなかったのでは?」

「あの状況で悠長にそんな事できるわけないですよ。歪みの修正と生徒の救出しか聞いてませんでしたし」

「それでも疑問点があればすぐに連絡すべきでしたね。そんな事もできないなんて、嘆かわしい」


 くろうさは大げさに溜息をついてイナバを冷ややかに見つめる。

 イナバはムッとした様子でぱしぱし、とテーブルを叩く。


「結果的に上手くいったならそれでいいじゃないですか。由宇お姉さんがティアドロップを吸収したお陰で生徒達も無事でしたし!」

「あー、それは確かにね。じゃなかったら、もっと苦戦してたよね。最悪、弾き出されるか」


 畳の上で伏せていた番人が、ごろりと仰向けになってイナバを援護する。

 レディの目であり、監視していたわりにそんな事も知らないのかと言外に含む彼女の様子にくろうさが目を細めた。

 どうやら気に障ったらしい。


「失礼ですね。お二人に危険が迫れば強制介入の予定でしたよ。貴方はただ、歪みを修正しそこで見つけたティアドロップをそのまますぐ我々に渡せば良かっただけのこと」

「後手に回ってばかりで由宇お姉さんと神原君を餌にしてるあなた方に言われたくないですね」

「ティアドロップとその件は関係ないでしょう。それに、世界のためなら仕方ありません」


 否定しないという事は、私と神原君は餌にされてたということか。

 なるほど。

 確かに世界に比べたら二人の命なんて軽いわけか。

 でも、その二人が死んだら世界は強制的にリセットされてしまうわけですが。

 その強制リセットを管理者がどうにもできないんだから、甘く見られても仕方がない。


「それに、何度もティアドロップを盗んで寝返った白ウサギらしくないですね。それともなんですか、それも演技でしょうか?」


 見た目は可愛らしい白と黒のウサギなのに、何故かその背後にそれぞれ獰猛な獣が見えるような気がして私は冷や汗を流した。

 淡々とした口調で追い詰めるくろうさに対し、イナバは管理者たちの不手際と私達への扱いの悪さを上げる。

 それもさらりと躱したくろうさの発言に私は首を傾げ、睨み合っている両者の間に手を差し入れた。

 視線が遮られて不満そうに私を見上げるウサギが二羽。

 

「まぁまぁ。色々気になることはあるけど、今回(・・)はこうなってるんだから落ち着いて」

「……ふふっ。くろうさも冷静かと思えばそうでもないのね」

「出来うる限り、不安は取り除きたいですから」

「それで、由宇のティアドロップを回収しないのは? 今からでも遅くないでしょう?」


 イナバは私の為に怒ってくれて、くろうさは管理者と世界のことを第一に考えている。

 客観的に見ればくろうさが正しいんだろう。

 だから私も雫も番人も、くろうさに対して声を荒げたりはしない。


「それはしないという決定になりました」

「へぇ。レディの指示かしら?」

「そうですね」

「不思議ね。世界を元に戻すためにはレディの力を回収するのが一番なのは分かっているはず。けれど、そうはしない。由宇が死亡すれば世界はリセットされても、ティアドロップは恐らくそのままだわ」


 膝に乗せているくろうさを撫でながら雫は首を傾げる。

 ゆっくりと彼女を振り返るくろうさの表情は、ここからは見えなかった。

 イナバは少し驚いた様子で雫を見ている。


「由宇が持っていた方がいいと判断したのは、どうしてかしら?」

「残念ですが私はその答えを持ち合わせいません。全てはレディの判断ですから」

「疑問に思っても、素直に従うのね」

「私はリトルレディの目ですから。主人(レディ)がそう言うのなら従うまでです」


 どこぞのしろうさのように逆らうなんて事はしません。

 そう、嫌味っぽく付け足したくろうさに雫は笑う。

 そんな反応が気に入らなかったのか、くろうさは体勢を直すふりをして後ろ足で彼女の体を蹴っていた。


「……外の管理権限を取得するには、敵の妨害も今まで以上に活発になる事でしょう。対処できる力がなくては無駄死にしてリセットを繰り返してしまう。そうならない為にも、レディは貴方の中に自分の力を残しておくことを決めたのだと思います」

「そうレディが言っていたの?」

「いいえ。私の勝手な推測です。それに、力の場所が明確に分かっているわけですから、問題ないでしょう」


 主が考えている事は長い付き合いで大体把握しているのだろう。

 くろうさが告げるその言葉にイナバは少し驚いたような顔をして、自分と色違いのくろうさを見つめていた。

 そんな視線にも気にせず、くろうさは私を澄んだ青の瞳で見つめる。


「高校であったような戦闘が、現実世界でも起こるって事?」

「いえ、それは恐らく管理者が許さないでしょうからそうなったとしても強制的に隔離はさせるはずです」

「……なるほど。つまり、今回の高校のようになるって思っていればいいのね」

「そうですね。裏世界にいる間はあなた方の存在も、一時的に“なかったもの”にされてしまいますが」

「それは仕方ないわよ。混乱を防ぐ為だもの。いっそのこと、そのままの方がいいんじゃないかとも思うけど」


 苦笑混じりにそう言えばイナバが私の指を甘く噛んだ。

 ムッとした顔をして今にも「またそういう事を言う!」と言いそうで笑ってしまう。

 番人を見れば、彼女は怒ったように私を睨みつけていた。





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