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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
140/206

139 不思議な夢

 眠い。

 でも、眠ったら駄目な気がする。

 けどやっぱり眠い。

 そんな葛藤を繰り返しながら、手を抓ってみるが痛みはあまり感じなかった。

 これは無理だ、と思って口の中を思い切り噛むも力が入らない。


 「はぁ……」


 ティアドロップについて話しているくろうさと雫の声が段々と遠くなっていき、二人のやり取りを眺めているだけの番人の姿がぼやけてゆく。

 掌の中にある雫のティアドロップはほんのりと温かい。

 ああ、眠い。瞼が重い。

 体から力が抜けていくし、何かを喋ろうにも上手く口が動かせない。

 今まで疲れてたからそのせいだろうか。

 そんな事を思いながら、私は抵抗空しく目を閉じた。


「夢の中で夢を見る?」


 ゆっくりと目を覚ませば、そこは今まで見たことも無い場所だった。

 領域でもなければ、ファンタジーな夢でもない。

 夢だから訳が分からなくて当然かと思ってから、この場合ここは私の内世界だから夢とは違うのかと首をかしげた。

 精神世界で夢を見るなんて変な感じだ。


「よっ、と」


 私を取り囲むように、ぐるりと周囲を流れてゆく色々な光景。

 色々な場面が切り取られており、私は眩暈に襲われる。

 そっ、と目を閉じてゆっくり開いてみても状況が変わっていないので仕方なく体を起こした。

 今まで横になっていて気づかなかったが、地に足がつかないのでふわふわとして落ち着かない。

 バランスの取り方を間違えればぐるぐる回ってしまう始末。

 夢の中の夢だというのに、面倒くさかった。


「ん、花……?」


 上手く歩くことも出来ず四苦八苦していると、どこからともなく飛んできた花びらに視界が覆われる。

 目を瞑って開いた次の瞬間に、周囲は綺麗な花畑に変化していた。

 空は青く、太陽が穏やかに照らしている。

 遠くの山まではっきり見えて、彩り豊かな花畑には蝶や蜂が飛んでいた。

 お喋りしながら通り過ぎてゆく鳥を眺め、お出かけ日和だなと思う。

 ピクニックに最適かと思っていれば、楽しそうな声が聞こえてきた。

 ぼんやりとしながら声がする方へ顔を向ける。

 小さな女の子と両親らしき男女がレジャーシートを敷いている姿は、正にピクニック。

 大きなバスケット、日よけのパラソル、薄手のブランケットに、読みかけの本。

 ボール遊びをしている父と娘を幸せそうに見守る母親の姿。

 なんとも幸せな家族の光景だ。


「はぁ、幸せそうだ」


 見ているだけでこちらまで幸せな気持ちになれる。

 思わず頬を緩ませながらその光景を見ていると、その光景にノイズが混じりぐんにゃりと歪んだ。

 夢ならではの現象か、と大して驚かずにいれば周囲の光景が変わる。


「どこ?」


 生活感溢れるアパートの一室に私はいた。

 整理整頓がされている室内は好感が持て、聞こえてくる声に慌てて身を隠そうとするが隠れるような場所がない。

 言い訳を考えている私をすり抜けて、その人物はソファーへと座った。

 どうやら私は幽霊のようなものらしい。

 ゆっくりと息を吐いてお茶を飲む彼女を見ていると、腹部が光った。

 首を傾げていると私の体も同じように光り、電話が鳴った。


「はい、桜井です」


 受話器を取ってそう言った彼女に「あっ」と声を上げた瞬間、再び景色が変わる。

 ぐにゃぐにゃ、と歪む目の前へ必死に手を伸ばしたが宙をかくだけ。

 淡く発光していた私の体は、いつの間にか元に戻っていた。

 さっきのって、つまり……そういう事?

 確認する手段も、これが事実なのかどうかも分からない。

 この変な夢から覚めた時に、くろうさに聞けばいいかと思いながらぐるんと一回転してみた。

 相変わらず浮いたままの状態で上手く体が動かせなくて困る。

 行きたい方向へも行けないし、大きな流れのようなものに流されるままという感覚がちょっと嫌だ。

 そんな私の両脇を猛スピードで駆け抜けてゆく色々な光景が、まるで走馬灯のように見えて溜息をつく。


「夢の中なら、もう少し明るくてもいいんだけど」


 私の姿、神原君、イナバ、華ちゃん、モモ、美智、ユッコ。

 私が知っている人たちが流れていく光景の中に映っている。

 これは私が今まで経験してきた事も含まれてるのか、と注意深く見ていればスピードが落ちた。

 まるで絵画鑑賞でもしてるみたいだな、と手を伸ばし目の前に来た光景に触れればそのまま中へ落ちる。

 まさかそんな事になるとは思っていなかったので焦った。


「いたた……いや、痛くない」


 落ちた先は固い床だったが、痛みは感じない。

 周囲を見回すが、良く分からない機械や器具、難しそうな本が見える。

 前方には机に向かって何かを必死に書いている白衣を着た人物がいた。

 歳は中年くらいだろうか。

 しばらくじっと見つめていると、男性はデスクを力強く叩いて頭を抱える。

 何かぶつぶつと言っているがここからではよく聞こえない。

 私の姿は見えていなさそうなので近づいていくと、もう少しというところで後方から強く引っ張られた。


「うわっ!」


 バランスを崩して慌てて前かがみになる。

 棚にしがみ付くようにして捕まるが、後方からの吸引力には叶わなかった。

 ふと、こちらを見た男性と一瞬目が合ったような気がしたが、周囲の光景は既に変わっている。

 気のせいだったのかと首を傾げて、遠ざかる景色を見送った。


「夢の中なのに、主導権がないのはつらい」


 さっき目が合ったのは亀島教授と似ていたので、恐らく雫の父親だろう。

 夢の中でなんであの人があんな場所にいたのかと思ったけど、雫から父親が研究者をしていると聞いていたからかもしれない。

 もしかしたら何か会話できたかもしれないのにな、と残念に思いながら体の力を抜いた。

 元の場所に戻って、過ぎ去ってゆく光景を眺める。

 色々な場面を切り取ったような光景が流れてゆく様子を見るのは中々楽しい。

 あんな事もあった、こんな事もあって大変だったとしみじみしていれば、見たくない姿が目に入る。


「もどき……」


 私と非常に相性が悪い美羽もどき。

 彼女は見たこともないような笑顔をして花畑を駆け回っていた。

 こうして見ていると美羽ちゃんにしか見えないのに、これはもどきだと直感的に分かる。

 そもそも、見た目は美羽ちゃんなのに中身が違っているなら本物の美羽ちゃんはどこへ行ったんだろう。

 消滅させて空になった肉体に、違う魂でも入れたんだろうか。


「私と神原君の為の実験とか? いや、考えすぎか」


 神は現実世界で実際に動くための器を探しているんだっけ。

 だとしたら、適性と判断した私と彼の体を壊すわけにはいかないだろう。

 その為の実験として美羽もどきが生まれたとしたら?

 あれは一応成功したと言っていいんだろうか。


「もしそれが本当だったとしたら、神原君キレそうね」


 飛び込むべきか否か、悩んでいるうちにその光景は遠ざかっていく。

 好機を逃したかなと悔やんでいれば、白いうさぎが突然飛び出してきた。

 慌てて受け止めたが、その赤い目を見て思わず顔を歪めてしまう。

 放り投げてしまおうかとも思ったが、凶悪な感じはしなかったのでとりあえず撫でた。


「しろうさか、イナバか。イナバじゃないか」


 イナバの目の色は黄色。

 だからこの子とは違う。

 私と神原君をもどきの場所まで案内した自称相棒とそっくりだが、普通のうさぎのようにも見えた。

 悪い気配はしないが、いつ豹変するか分からない。

 両手で軽く頬をぐにぐにと揉んでみるが、喋ることはなかった。


「うん。大人しいね」


 まぁいいか、と私はうさぎを抱きながらこの状況がいつまで続くのか考える。

 流れてゆく光景に終わりはあるんだろうかと思っていれば、死亡エンドばかり流れ始めるので気味が悪い。

 もう少し幸せになれるようなものはないのかと愚痴りながら溜息をつくと、左から伸びてきた大きな白い手に捕まれた。




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