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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
139/206

138 ペンダント

「そこまでして雫のお父さんが必死なのは、何でだろう」

「だから、雫のこと愛してるからでしょ? 血が繋がってないとはいえ、小さい頃から知ってるし可愛い娘だからじゃない?」


 本当にそれだけなんだろうか。

 父親が小さい頃にいなくなってしまった私には良く分からない。

 一般的な父親とは、そういうものなんだろうか。


「雫さんのお父様は何故、別世界の貴方が死ぬことを知ったんでしょうね」

「それが分かれば苦労しないわ、くろうさちゃん」

「詳しい理由、分からないんだ?」

「教えてくれないのよね。上手くはぐらかされて、最終的には泣かれるから」


 鬱陶しいんだけど、と呟く雫の目が少しだけ鋭いものになったような気がする。

 父親を鬱陶しがる娘というのはよく聞くが、父親がいない私にはそれが少し羨ましかった。

 私にもそんな風になっていたかもしれない未来があったのか、と想像してみるが鳩が父親というのは何ともシュールだ。


「……今なら、鳩もつけようか?」

「いや、結構よ」


 笑顔で断られてしまった。

 ギンが聞いていたらショックを受けるだろうかと思っていると、くろうさがフンと鼻を鳴らして笑っている。

 どうやらツボに入ったらしい。


「それにしても、雫さんのお父様には非常に興味がありますね」

「ティアドロップについて?」

「ええ。貴方に対する愛情も強いくらい伝わってきました。愛されているのですね」

「あ……うん。ありがとう」


 母親だけに向けてくれると楽なんだけどね、と呟く雫はどこか遠い目をしていた。

 想像できないが、亀島教授が家族に向ける愛情は深いものなんだろう。

 いいなぁと呟けば「いないから分からないだけよ」と笑顔で言われてしまう。


「雫のお父さんは、何を研究していたの?」

「考古学者だから、世界各地回って遺跡発掘とか古代文明の研究とかかな」

「それがティアドロップとどう繋がるの?」

「発掘されたからよ。最初は鉱物研究の専門機関に送られたんだけど、結局分からなくて父さんが呼ばれたの」


 ティアドロップは鉱物だったのか、とその時私は初めて知った。

 あの感触と飲み込んだ時の感覚を思い出しても鉱物とは思えない。

 ちらり、とくろうさを見れば小さく頷きながら静かに雫の話を聞いていた。


「そして貴方のお父様はティアドロップの解明に力を貸したわけですね」

「そんなに凄いことかしら? 確かに呼ばれはしたけど父さんの研究内容や、何をしてるかなんて私は良く知らないから」

「いいえ。貴方のお父様は凄い方ですよ。こちらの世界の亀島教授も侮れませんね」


 え?

 あの、どこからどう見ても駄目な中年にしか見えない教授が?

 思わずそう呟いてから慌てて口に手を当てる。

 冴えない中年でも雫にとっては義理の父親だったのを忘れていた。

 そんな私の反応に、気を悪くする様子もなく雫は笑う。


「まぁ、確かに気づけば研究の責任者になってたんだから、凄いのかもしれないわね」

「いや凄いでしょそれ」

「興味ないからなぁ」


 もう少し、興味をもってあげてと私は雫の父親に同情してしまう。

 番人は私より強く頷いて「義理とは言え、大事にしないと!」と彼女の腕を掴み、鬱陶しそうに払われていた。


「雫さんがこちらに来た移動手段は分かりました。移動した装置のようなものがありましたら、それについて分かる範囲でいいので教えていただけませんか?」

「いいわよ」


 それは扉のことだろうか。

 魔法のように雫の意思によって消えたり現れたりするもの。

 詳しい仕組みは雫も良く分かっていないらしいが、扉は世界を移動する時のイメージが形になったものと言っていた。


「なるほど。つまり、台座のような移動装置の上に立ってイメージをするわけですか」

「そう。私と父さんの場合はそれが扉だっただけで、その人が移動するにイメージしやすいものを思い浮かべればいいらしいわ」

「試験段階だけどね」

「他の研究者みたいに、行方不明にならないだけマシよ」


 私の嫌味にも動じず雫は笑って和菓子を口に運ぶ。

 何度もループして少しは鍛えられたと思っていた私だけど、雫の方が強い気がした。

 彼女の世界には神が存在しておらず、ループもしていないというのに。

 それにしても、ティアドロップという恐ろしい物体は一体なんなのか。

 その力がどのくらい凄いのか未だによく分からないが、体育館で体感した時間が止まったような感覚は今でも覚えている。

 どうやって発動させたか、何がきっかけでああなったのかはさっぱり判らない。

 けれど、それを自由自在に操ることができたなら状況は一変するだろう。

 望めばもしかして、こんな私でも神のような存在になれるかもしれない。

 神なんてやる気は全くないけどね。


「移動装置にはパンドラ鉱石とティアドロップが使用されていて、父さんは純度の高いティアドロップの結晶体をペンダント状にして身に着けることによって自分の存在を安定させているとか言ってたわ」

「確かに。ティアドロップはパンドラ鉱石から採取される結晶体ですからね。量は極めて微量で、精製方法も難しい。失敗する確率が高い上に扱い難い代物です」

「希少だけど、米粒くらいの大きさでも都市を軽々消滅させられる力は持っているらしいわね」


 パンドラ鉱石?

 ティアドロップは未知の結晶体でパンドラ鉱石から採取されるのか。

 リトルレディはティアドロップでできてるんだっけ?

 くろうさもパンドラ鉱石とか知ってるみたいだけど、こっちの世界でもあるものなのかな。

  

「雫も、持ってるの?」

「もちろん。それが無ければここには来られないわ。それに詳しい仕組みはよく分からないけど、これを身に着けていれば私は歪みの中でも平気なの。自分が進みたい場所へ、行きたい時間へ真っ直ぐに行ける」

「無かったら、どこへ飛ばされるかも生死も分からない?」

「そう。これがあるから、私は自分の世界にも帰れる。何度も練習したのよ。ここ以外の世界でもね」


 世界に同一人物が二人いると悪影響を与えて塞ぎ切れない歪みが発生する為に、留まれる時間は僅かだと言った。

 内世界で会った時が初めてかと思ったけれど、練習で何度も来たとは驚きだ。

 それが原因不明の歪みが発生している理由かもしれないと、くろうさは非常に渋い顔をしていた。

 修正できる程度の小さな歪みだが、数が多いのでずっと腹が立っていたらしい。

 そのせいで、今回のような神側の干渉も許してしまったと歯軋りをする。


「見せてもらっていい?」

「いいわよ」


 首から提げて服の内に大切にしまわれていたティアドロップのペンダント。

 綺麗に涙型をしている結晶体の表面は細かくカッティングされており、角度によって色々な光り方をする。

 キン、キーンと触れる度に頭に響く透き通った金属音は、私の中にあるらしいティアドロップが反応してのものだとくろうさが教えてくれた。

 ペンダントから淡い緑の光が発せられるが、私からの淡い青の光によって打ち消される。

 触ったらまずかったかと慌てて雫を見上げると、彼女は苦笑して私の頭を軽く叩いた。


「そう。由宇が飲んだティアドロップは青なのね。流石はレディと言ったところかしら」

「当然です」

「ん?」

「レベルによって、発せられる光も違うのよ。最上級が由宇が発した今みたいな青で、その下が私の緑」


 レベルと言われてもピンとこないが、それだけ凄い結晶体だということなんだろう。

 比べるのが馬鹿馬鹿しいと鼻で笑うくろうさの言う通り、レディの一部なんだから凄くて当然だろう。


「小さな歪みが私達のせいなら謝るわ。でも、こっちの世界を壊すつもりはなかったのよ」

「それは分かりました。それに、あなた方の侵入を感知できなかったこちらにも落ち度はあります」

「レディの能力が低下していなければ?」

「ええ。もし、侵入を許したとしてもそれは危険ではないと判断したからでしょうし、発生する小さな歪みもすぐに修正できていたでしょうからね」


 くろうさの話を聞けば聞くほど、神と戦う前のレディがどれだけ凄かったのかが分かる。

 能力が低下している今でも封印した神を抑えつつ、世界の管理をしているんだから凄い。

 ティアドロップで出来ているなら納得できると言う雫だけど、私としては未だにピンと来なかった。

 どこからどう見ても普通の少女でしかないレディが、怪しげな物体でできているとは。

 雫も最初はそんなの有り得ないと否定していたはずだけど、世界が違うならそういうのもアリかと納得したらしい。


「ティアドロップを使用した際に、歪みが発生するのはどうしようもないみたいね。こっちできちんと修正できたら良かったんだけど」

「いえ、話を聞いた限りではまだ無理でしょうね。世界移動も試験段階で非常に危険だというのに使用しているだけでも凄いと思いますよ」

「父さんが聞いてたら喜ぶと思うわ」


 小さく笑った雫を見ていると、見せてもらっていたペンダントのティアドロップがドクンと震えたような気がした。

 私が飲み込んだものとは違って、硬くて宝石にしか見えない雫のティアドロップ。

 くろうさと雫が楽しそうに話しているのを聞きながら、私は彼女のペンダントをじっと見つめた。


「はー、駄目だ。聞いててもさっぱり分からない。まぁ、そのティアドロップが凄いっていうのは分かったんだけど」

「無理して理解する必要はないわよ、番人。由宇の体内にあるものは、私のものと似ているけど違うものだし」

「そうですね。あまり関係ないので心配する必要はないかと」


 淡い緑の光を見つめていると、その心地よさに段々と眠くなってくる。

 これも私の中にあるティアドロップと反応しての事なんだろうかと思いながら、私は大きく頭を揺らし始めた。





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