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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
138/206

137 衝撃発言

「その、つまり……レディの力の一部って、ティアドロップなの?」

「はい。いえ、レディそのものと言っても差し支えないでしょう」


 はい、衝撃発言出ました。

 衝撃的な事ばかり起きてると、ちょっとやそっとじゃ驚かなくていいけど。

 なんて明るく言ってみたが、上手く頭の整理がつかない。

 私が今生きている世界を管理している神のような位置にいる少女は、人ですらない無機物? だったとは。

 いやでも神のようなものだし、そんなものだろうか?

 無機物でも年月が経てば意志が宿りそうだから不思議じゃないけど。


「言っちゃうんだ? 怒られないの?」

「下手に隠し事をする方がこの先厄介なことになりかねませんので」

「あぁ、もどきとか神側の揺さぶりみたいなものね」

「はい。直接的な接触はもどきしかありませんが、今後神自身が接触しないとも限りませんから」


 また嫌なフラグを立てられた気がするので、この場で折っておこう。

 スッと立ったフラグを勢い良くバキンと折って清々している自分の姿を想像して、私は頬を緩ませた。


「もし私が敵に回ったとしてもいいの?」

「構いません。相手にとっては有益な情報ではありませんから」

「あ、そうなの」

「え、じゃあ由宇の中にあるやつは回収しないの?」

「しない、という決定がされましたので私はそれに従うまでです」


 決定されたという事は管理者による話し合いか何かあったんだろうか。

 そうだとすれば魔王様もギンも私がレディの力の一部を手にしたと知っている事になる。

 そのわりに接触してこなかったという事は、様子を窺っていたのだろうか。

 経過観察みたいな?


「ちょっと待って。レディがティアドロップって、そんなのは有り得ないわ。あの子はちゃんと人の姿を取っていたし、会話もできてた。ティアドロップが学習して人を真似たとでも言うの? 馬鹿馬鹿しい」

「雫さん。貴方の言いたい事は分かりますが、ここは貴方が知っている世界ではない事をご理解ください」

「そんな事言われなくても分かってるわ。でも、こっちにティアドロップがある、それは私が想像してるものと同一だとしたら世界が違うだけでその性質まで変わってしまうものなの?」

「何やら随分と勘違いなさっているようですね。そして私も貴方には質問したいことがあります」


 雫は珍しく眉を寄せ私の膝に乗るくろうさを見つめていたが、動じた様子もなくじっと見つめるくろうさの瞳に深い溜息をついた。

 見やすいように持ち上げようかと思ったけど、びくともしないので諦めた。

 フワフワとした毛を優しく撫でながら私はくろうさと雫を交互に見て、その奥で悔しそうにこちらを見つめている番人をきつく睨みつけた。

 ハッとした彼女は慌てた様子で顔を逸らし、口笛なんか吹き始める。


「ええ、どうぞ」

「貴方は当初から、ティアドロップが関連していると知っていたのではありませんか?」

「……ふぅ。そうね、薄々は感じていたわ。確証はなかったけれど」

「あー、私が今回の件で吸収しちゃったから色々繋がった?」

「まだそこまでじゃないわ」


 出会ったときから何か見透かしたような様子だった雫は、溜息をついて髪をかき上げると私の言葉に首を横に振った。

 私より持っている情報量は多いのかもしれないが、まだ点ばかりで線にはならないんだろう。

 けれど、色々繋がり始めているような気がした。


「そっか。雫のお父さんは、ティアドロップを研究してるんだったよね。知ってても当然だ」

「なるほど、そうでしたか。だとしたらティアドロップを貴方が知っていても不思議ではないですね」

「知ってるのはごく一部だったってこと?」

「はい。管理者クラスの者しか知りません。ですから、雫さんの事はずっと怪しいと思っていました」


 違う世界から助けにきたと言って懐に入ったところで裏切るとでも思っていたんだろうか。

 もし、目の前にいる雫が別世界の私じゃないなら、違和感なく溶け込めている現状に寒気がする。

 顔色を変えた番人が警戒するように雫の後方へと移動した。


「別に怪しまれるのは慣れてるからいいわ。由宇が無事に生き延びられれば私はそれでいい」

「そうだよね。私に引きずられて違う世界に住んでる自分まで死ぬなんて迷惑だからね」

「そう。迷惑。ま、はっきり言って死ぬなら死ぬで仕方ないと思ってたけど、父さんが必死すぎて見てられないのよね」


 分かる分かる、と頷けば雫は苦笑した。

 仕方ないで片付けてしまうあたりが、別世界とは言え私らしいなと思ってしまう。

 しかし、雫がティアドロップの件であれだけ感情を露にするとは思わなかった。

 アレはそんなに凄いものなのか。

 

「だったら私は爆弾を抱えてるってこと?」

「いえ。きちんと吸収されたようなので心配はいらないかと」

「今のところは、でしょう?」

「ご心配なく。元はレディの一部ですし、雫さんが思っているほど危険なものではありませんよ」


 元はレディそのものだというティアドロップの欠片が私の中にある。

 魔王様の力とレディの力が私の中に吸収されているとは、考えただけでも恐ろしい。

 だからと言って、素晴らしい力を手に入れられたという感覚はないけれど。

 いや、体育館でのあの出来事はティアドロップのお陰か。


「うん。くろうさが言うように、多分大丈夫だと思うよ?」

「今はそうでも、いつ何が起こるか分からないでしょ?」

「それは何だって同じじゃない」


 どん、と軽くテーブルを拳で叩く雫に私は笑いながら答える。

 いつもと立場が逆転しているようで新鮮だ。

 雫もこんな風に焦ったり、怒ったりするんだなぁと思っているとつい笑ってしまう。


「ループするからいいとか思ってるでしょ? やめてよね、リセットされたら私はここに来れるか分からないのよ?」

「あ、そうなんだ。そっか。偶然に偶然が重なって、今があるのか」

「でもさ、私がいれば何とかなるんじゃない?」

「本体が気づかない限り、貴方から接触できると思うの?」


 伊達に記憶を管理してるわけじゃないですよ、と自分に親指を向けながら胸を張る番人。

 そんな彼女に溜息をついて雫が目を細めた。

 いつもより低い声に慌てた番人が助けを求めてくるが、無視する。


「雫さんの言う通りです。偶然に偶然が重なってある今が、次もまたあるとは限りません」

「管理者が上手く誘導したとしても?」

「上手くいかないから、神原君と由宇さんはイレギュラーなんですよ」


 上手くいっていたら苦労はしてません、とくろうさに告げられた番人はしょんぼりした表情で肩を落とした。

 それにしても管理者ですら操作できないとは、なんだか申し訳なくなってきた。

 私や神原君のせいじゃないのは分かっているけど。


「前にレディがここに来たとき、原因不明の歪みがあちこちに出来ていてその修正に大変だって言ってたの覚えてる?」

「あぁ、言ってたね」

「そうですね。以前から歪みは発生していましたが、それは継ぎ接ぎの世界だからこそ起こる不具合の一つだと考えて処置してきました。しかし、その理由が別にあるとすればまた違ってきますね」


 そう言えば魔王様の管轄である【再生領域】内にも大きな穴が開いたとか。

 雫のような存在からの介入かと心配したレディが世界を丸ごと詳細に検査したが、何も引っかからなかったと言っていた。

 世界の管理人で、現在の神と言ってもいいような存在のレディがだ。

 彼女が雫の存在を認めていたのに、くろうさは未だ警戒している様子だった。


「確か、神が現世界に介入しようとする時も歪みが発生するんだっけ?」

「はい。神の介入の前に歪みが発生する事象が確認されています。ですから、歪みが広がりきってしまう前に閉じてしまえばいいのです」

「それを水面下で今までやってきたわけか」


 首を傾げる番人にくろうさは頷いて説明してくれた。

 雫はと言えば深呼吸を繰り返して落ち着いたのか、いつもの雰囲気に戻っている。

 大丈夫かなと思って見つめていれば、気づいた彼女に微笑まれた。


「ん? そう言えば雫も歪みについて言ってたよね。そう考えると、神が発生させる歪みと雫が言う歪みは別なのかな?」

「雫さんが歪みの事を?」

「あー、言ってた。そう言えば言ってたわ」


 記憶の番人たる彼女ならば覚えているだろうと目を向けると、番人は心得たように大きく頷いてニッと笑った。

 雫はその様子を黙って見ているだけ。


「えーっと『私それ知ってる。その歪みを利用して時間旅行ができるって父さんが言ってた』だね」

「歪みを利用して、ですか」

「そう」

「それで、その歪みを利用して雫はこっちに来たって言ってた」


 間違いない、とくろうさに力強く頷く番人。

 くろうさは警戒するようにじっと雫を見つめるが、彼女は涼しい顔でそれを受け止めていた。

 雫が歪みを利用してこちらに来たという事は、彼女の父親も同じように歪みを利用していたんだろうか。

 こちらに来る方法がそれしかなかったら、そうなる。


「由宇さんを助けるためにも、説明していただけませんか?」

「怖い顔ね、くろうさちゃん」

「今後の参考のためにも」

「貴方が私を強制的に排除することはできないわよ。してもいいけど、その場合……」

「分かっています。レディは貴方を警戒していない。貴方を強制排除した場合、由宇さんに何があるか分かりませんからね」

「ないかもしれないけど」


 ポンポンとリズムよくやり取りされる会話を聞いているだけで楽しくなってくる。

 番人は少しハラハラしながら雫の後方で様子を窺っており、気づけば私の口元が緩んでいた。

 からかうような眼差しでくろうさを見つめていた雫は、軽く肩を竦めると話し始める。


「大した事じゃないわ。私がこっちに来る移動手段にティアドロップが使われたというだけの事よ」

「ティアドロップを移動手段に?」


 信じられない、とくろうさが驚いた声を出す。

 雫に言わせればティアドロップで出来ているレディの存在の方が驚愕らしい。

 確かに私が飲み込んだあの物体とレディがイコールで繋がらなかった。

 どう考えてもレディは普通の女の子だ。

 その能力を除いて。


「ティアドロップが原因で歪んだ? 考えられない事ではないですが、実証のしようがありませんね」

「他世界に渡るにはティアドロップの力が必要で、ティアドロップは未知の結晶体?」

「私がこっちに来た方法も、試験段階だからね。無茶するわ」


 雫が言っていたティアドロップの情報を口にしながら整理してゆく。

 歪み、ティアドロップ、未知の結晶体、膨大なエネルギー、違う世界の(わたし)、世界移動。


「ティアドロップを使って、世界移動できるものを作り、それを利用して雫はこっちに来たのよね?」

「そうよ」

「もしかして、それって“扉”?」


 雫だけが使える扉。

 あちらとこちらの世界を繋ぐものだと言っていたから、思い当たるものとしたらそれしかない。

 私の問いに彼女は笑顔で頷いた。


「歪みを利用して、時間旅行もできるんだっけ?」

「らしいわね。見たことないし、聞いた話だけどね」

「あー、本当にもう雫のお父さんがここにいればなぁ」

「私みたいに定着はできないから、存在が消える間にどれだけ聞きだせるか分からないわよ」


 それに、無事ここへ辿り着けるという保証もない。

 そう呟いた雫が父親の連絡を待っているのも、一人で無事に帰れる確率が低いからだろう。

 連絡をして、向こうで設定、固定してもらえば多少位置はずれても帰れるとか説明してくれていたような気がする。


「そう言えば、研究中に研究者が数人消えたのは歪みのせいだっけ?」

「表向きでは爆発事故になってるけどね。父さんが言うにはティアドロップによる時間移動の実験中に発生した歪みに巻き込まれたんじゃないかって」

「うわぁ。そんなの聞いてながらよく来れるね」


 本当に感心する。

 雫としてはどうでもいいからできる事なんだろうが、それだけ彼女の父親が必死すぎたということか。

 愛されてるなぁと羨ましげに呟くと、雫は深い溜息をついた。

 さっさと妹か弟作ってそっちに愛情向けろ、と呟いていたのは聞かなかったことにしよう。




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