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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
137/206

136 くろうさ

「馬鹿言わないでよ。もしそれが敵の望んでいた好機だったらどうすんの」

「それは分かってるけど、可能性に賭けるのも一つの手じゃない」

「由宇、あんたいつの間にそんなギャンブラーになったの?」

「ふふふ。うじうじしてるよりはマシじゃない」

「雫は黙ってて」


 リスクは大きいが、得るものは確実にあるだろう。

 最悪、こちらに戻って来れなくなっても雫に私の代わりをしてもらえばいい。

 私の親しい人たちが幸せに暮らせるのなら、そのくらいは仕方がない。

 

「私は無理よ。由宇の代わりなんてできないから」

「え、そういう事言う?」

「言うわ」


 眠っているようにしか見えないイナバを優しく撫でて、番人は雫に加勢する。

 私が消えれば自分も消えるかもしれない事を危惧してるんだろう。

 しかし、私と雫が入れ替わるだけなら番人に大した影響はないと思う。

 消えたら、その時はその時だ。諦めてもらおう。


「と・に・か・く、世界移動は無し! ここを荒らされるのも嫌!」

「仕方ないか」

「大体、雫がもっと詳しく情報持ってればいいだけの話じゃない」

「あら。私のせいにしちゃうのね」


 鼻息荒く指を差して強い口調で番人が睨みつけるので仕方がなく頷いた。

 一番目の私はまだ生に対する執着が強いらしい。

 今の私だってできるなら死にたくないが、死んでもリセットされてループするのが分かっているのであまり執着はないのかもしれない。

 これは、人としてどうなんだろう。


「では、私がお答えいたしましょうか?」


 うん、そうそう。

 こんな風にまるで監視してたかのようなタイミングの良さで、何でも知ってそうなリトルレディが来てくれたら便利なのに。


「うわああ!!」

「ぎゃああ!!」

「あら」


 気配もさせずそこにいた少女に私と番人が一呼吸置いて同時に叫び声を上げる。

 雫は驚きもせずに首を傾げるだけ。

 そこにいたのは期待していた人物ではない。

 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら「侵入者! 警報ならなかったんですけど!」と叫ぶ番人を無視して、雫にお茶を入れてくれるように頼む。

 深呼吸を繰り返して何とか落ち着いた私は、突然現れた黒いうさぎの様子を窺った。

 雫はのんびりと茶葉を取り替えて、見目も綺麗な和菓子を用意し始める。


「雫! 何であんたは驚かないのよ! 本体も落ち着くの早すぎ!」

「何でって、驚きばっかりだから今更この程度ではね」

「本体って呼ぶのやめてもらっていい?」

「あー、もうやだ。この二人本当にやだ」


 ここに侵入してきた化け物を目の前にした時でさえ、雫は動じていなかったんだからこの程度で動揺するわけがない。

 そして私も驚いたのは一瞬だけで、番人ほど大騒ぎすることはなかった。

 どうせこうやって来るんだったら何でもっと早く来ないのかとか、最初から聞いてたんだろうという愚痴はある。

 相棒であるイナバも監視役を兼ねてるんだろうし、イナバ自身も知らない内にその言動を監視されているのかもしれない。

 少なくとも魔王様には筒抜けだろうなとは思っていたが、だからと言って何か対策をしようとは思わなかった。

 何をしたところで無駄に終わり、結局最悪の事態にしかならないような気がしたから。

 馬鹿みたいに足掻いたところで最終的に私が助けを求めなきゃいけないのは、管理者たちなんだろうし。


「それにしても、リトルレディだと思ってたんだけど」

「申し訳ありません。リトルレディはこちらへ来たがっていたのですが、そうされると仕事が滞ってしまうので代わりに私が来ました」

「黒いうさちゃん……イナバちゃんのお知り合いかな?」

「残念ながら全く違います」


 淡々としていて迷いが無い。

 聞き取りやすい落ち着いた声色に私はじっと見つめてくる黒いうさぎを見つめた。

 前にスマホに現れた黒いうさぎと似てる?


「ちょ、ちょっと待ってよ! 由宇、これなに!?」

「申し遅れました。(わたくし)、リトルレディの目をしております。レディや他の方には主に“くろうさ”と呼ばれていますのでそうお呼びください」

「わぁ、そのまんまだ」

「そうですね。それを言えばあそこで眠りこけているモノも“しろうさ”と呼ばれていましたけど」


 拒否されるだろうかと思いながら手にしたニンジンスティックを、くろうさの鼻先に近づける。

 すると、くろうさは少し鼻を動かし私の表情を見つめると差し出されたニンジンを食べ始めた。

 ポリポリと頬張る音が室内に響く。

 くろうさが食べている様子を目を見開いて見つめる番人と、頬を緩めて見つめている雫。

 さり気なく触らせてもらうと、イナバより毛がふわふわしているような気がした。


「あ、そっか。イナバって名前ついたの今回が初めてなんだっけ?」

「そうね。今までの記憶の中ではずっと“しろうさ”のままだったから」

「いや、そんな目で私を見られても困るわ。何となく名づけただけだから意味無いし」


 期待に満ちた目で私を見つめていた番人と雫の二人は、酷くがっかりしたような表情で顔を見合わせヒソヒソと何か囁き合っている。

 それを見ながら私は、記憶の番人ならそんな事くらい知ってるだろうと心の中で突っ込んだ。

 溜息をついて未だ眠っているイナバを見るが、いつまでかかるのやら。

 ギンと連絡を取り、華ちゃんの事について聞き出しているにしても時間をかけすぎだ。

 そんなに情報が多いのか、それとも管理者達に何かを言われているのか。

 ふと、私がイナバを見つめていることに気づいたらしいくろうさが、思い出したように声を上げた。


「しろうさ……イナバは起きませんよ。暫く眠ってもらっています」

「え?」

「どうしてそんな事するの?」

「邪魔なので」

「あらあら」


 大きく瞬きをする私にくろうさは、三つある同じ顔を順番に見つめて一人で勝手に頷いていた。

 何だか観察されているようで居心地が悪い。


「私に、名前を付けて下さっても良いのですよ?」

「えっ?」

「くろうさちゃんじゃ、駄目なのかしら」

「くろうさって名前は嫌なの?」


 私を見つめるくろうさの表情が、期待に満ちているように見えてきた。

 今までは無表情で何を考えているのか分からないと警戒していたが、意外とそうでもないらしい。

 ふん、と鼻息荒く前足で私の太股を軽く叩くのは催促の印なのだろう。

 なんだ、可愛いじゃないか。


「いや、そういうのは主人であるリトルレディにでも……」

「大丈夫です。了解は得ています」

「え? わざわざ名前付けてもらうために、人の内世界に無断侵入してきたわけじゃないよね?」


 私はてっきり雫と話していた内容について説明しに来てくれたんだとばかり思ってたんだけど。

 タイミング良かったし、代わりに答えようかとか言ってたけど違うの?

 それに、いきなり名前をつけてくれと言われても困る。

 どうしてレディじゃ駄目なんだろう。


「……分かりました。ではこうしましょう。私が質問に答えたら、名前をつけてください」

「えっ」

「へー。くろうさちゃん、そんなに名前つけて欲しいんだ」

「名前と質問が同等の価値? 興味あるわね」


 にこにこと微笑ましげにそう告げる番人の隣で、雫は不思議そうに何度も首を傾げていた。

 私も雫に同意だ。

 けれど、レディの目を自称するくろうさから情報をひきだせるかもしれない。

 こんないいチャンスはないだろう。

 答えに嘘が混ざっている、若しくはほとんど嘘だろうというのを念頭において私は質問をした。


「あの時、頭の中で指示してきたのは貴方?」

「はい。その通りです。今回はその確認も兼ねてお邪魔しました」

「ちょっとごめんね。くろうさちゃん、来るのはいいんだけど事前に連絡してくれない? ここの番人兼ねてる私としては、防御壁無効で来られる人が増えるのって頭痛いんだよね」

「すみません。次回からは善処します」


 善処すると言っているが、実際にそうするつもりはなさそうな返事だ。

 それにしても名前か。

 イナバはその姿を見た時に昔話が思い浮かんだからイナバにしたけど、このくろうさぎは何てつければいいんだろう。

 ブラック、クロ、くろふわ。

 うーん、どれもしっくりこない。

 くろうさが一番ぴったりなんだけど、それじゃ駄目らしいし。


「そもそも、リトルレディや貴方は一体何?」

「世界の管理者です。あなた方が想像する神のようなものという認識で構わないかと。管理者以前の事は記憶の欠落により覚えていらっしゃいません。私はリトルレディの目です。主人はリトルレディであり、神側の監視、三領域の監視、運営補助等が主な仕事ですね」

「なるほど。レディも貴方がいるから比較的自由にできるのね」


 雫が感心したような声を上げるが、その通りだ。

 主人がリトルレディだけあって能力にもこんな差が出てしまうのかと失礼な事を思ってしまった。

 いや、イナバも頑張ってくれてるし、助けられてはいるけど。

 でも、魔王様が主人ならもうちょっと能力高くても良いような気がする。

 くろうさのようにとはいかなくても。


「記憶の欠落? レディも力が散らばったとか言ってたから、まさかその時に記憶も?」

「その様です。力の欠片は順調に回収できているのですが、記憶の方はそう順調とも言えず難航しています」


 世界を管理運営している立場にあるなら、大規模な捜索(サーチ)もお手の物だろう。

 くろうさが探して、レディが直接回収に向かうパターンが多いらしいが毎回ではないらしい。

 どうやら、世界を支えるだけで膨大な力を浪費してしまう為、世界に降りて探すとなるとその分の負担が大きくなってしまい最悪身動きが取れなくなるとのことだ。

 サポートしてくれている魔王様やギンに頼むという手もあったが、魔王様も【再生領域】の調整で手が離せない状態で、ギンも神原君を放ってそちらを優先するわけにはいかなかったと言っていた。

 つまり、レディは自分の力の回収よりも神原君や世界の運営を優先していたということか。

 当然の事なのかもしれないけれど、そのままではこの先もっときつくなってくるような気がする。

 神は少しずつ力を蓄えているようだし、いつ封印が破られるのか分からないんだから。


「ですので、最近では私が捜索、回収を行っています」

「えっ、貴方が?」

「はい。私はレディほど負荷が大きい仕事はしていませんし、現実世界は少々難しいですがこうして精神世界で動くのは問題ないですから」

「……力と記憶が一緒になってるといいのに、バラバラなのね」

「仕方ありません。神の手には渡らないだけマシです」

「あ、そうなんだ」

「例え見つけたところで何も出来ずに終わるでしょうけどね」


 小馬鹿にするような声色に苦笑すると、くろうさは「彼らにとっては毒のようなものですし」とその理由を教えてくれた。

 敵にとっては毒。なるほど、それならば例え発見してもできることは嫌がらせ程度のことくらいだ。

 見つかりにくいように妨害したり、青嵐高等学校の裏世界で出現していたような化け物を周囲に配置したり、そんなところだろうか。


「今回も歪みの修正と共に回収しようと思えば、とんだヘマをされて困りましたよ」

「え、今回もあったの?」

「ええ、ありましたよ。そして今それは私の目の前にあります」

「……回収、なさったら?」


 くろうさが何を言いたいのか理解した雫が丁寧な口調でそう告げると、可愛らしく首を傾げられた。

 目の前にあって、回収できる?

 首を傾げ眉を寄せる私に雫が小さく笑う。

 くろうさはトントンと私の足を叩いたかと思うと「失礼します」と膝の上に乗ってきた。

 周囲を見回し、後ろ足で自分が座る場所を確かめるように何度か頷いて態勢を崩した。

 番人が目を見開きながら羨ましそうに唇を噛んで、雫は手を伸ばしてイナバよりもふわふわな触り心地に目を細める。


「いえ、それはもう良いとレディが判断されたので良いのです」

「え?」

「貴方にはその力が必要でしょうから」


 レディの力の一部が目の前にあるのに回収しない。

 本当は歪みを修正した時点でくろうさが回収するつもりだったけど、アクシデントがあって無理だった。

 ん? それってもしかして?


「うわぁ、やめて! それフラグだからやめて」

「フラグは立てて折るものです」

「えっ!」


 私とくろうさの会話を聞きながら不思議な顔をしていた番人は首を傾げ、暫く宙を見つめていたがそっと囁くような声で問いかけた。


「由宇の中にあるのが、レディの力の一部なの?」

「ええ。そうなります。それにしても、雫さんは鋭い方ですね。侮れません」

「えっ!?」


 雫が私より先に分かったのには驚いた。

 私や番人が鈍いだけかもしれないが。

 自分より先に雫が分かっていたことを知った番人が、私と同じように驚くが雫は「やっぱり」と呟いて溜息をついた。




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