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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
136/206

135 おとうさん

 あ、茶柱立ってる。

 何かいいことがあると嬉しいんだけど。

 そんな事を思いながら雫が話してくれる彼女の家族の話は、私にとってはとても新鮮なものだった。

 兄さんとなつみがいないだけで、私と母さんはこちらと同じ。

 それにしても神が現われなかっただけでこうも違うのかと思いながら私は話を聞いていた。

 驚いたこともある。

 彼女の父親の名前は亀島幸俊(かめじまゆきとし)

 さて、この名前に聞き覚えは無いだろうか。

 私がまさかそんなわけが、と思った考えを笑顔で「あの人だよ」と雫が肯定してくれたので間違いない。

 私が通っている大学の考古学教授。

 ボサボサの髪と、着る服がほとんどヨレヨレだというあの眼鏡の先生が雫の養父だという。

 それを聞いた時私はあまりの衝撃に、ゴーンと頭の中で鐘が鳴る音を聞いた。


「でも父さん、こっちでも学者してて笑っちゃった。研究魂だけはどの世界でも変わらないんだなぁ」

「亀島先生が……私のお父さん」

「まぁ、神がいなかった世界での可能性って事じゃない?」


 実父が生きてるこっちの世界も羨ましいけど、と呟く雫は私が何かを言う前に「兄妹も欲しかったのよね」と告げる。

 にこりと笑って湯飲みに口をつけた彼女は、兄さんの優しさとなつみの可愛らしさを褒めてくれた。

 雫は一人っ子だっと言っていた。

 そう思いながらそれを自分に置き換えて想像してみるが、いまいちピンとこない。

 それにしても幼い頃にいなくなってしまった父親が、実は生きてましたと最近知ってもこれほどまでの驚きはなかった。

 私が先生の助手になったのも、世界は違えど何らかの繋がりがあるのかなと思ってしまう。


「でもよく先生、お父さんの言う事信じてここに来たよね」

「まぁね。ここに通じるあの扉を作ってくれたのは父さんなのよ。私はもう、行って消えたら消えたでしょうがないかなーって思ってたんだけど」

「雫って本当に私か? と思うくらい淡々としてるよね」

「あー、そうかな? 父さんにもだから心配だとか言われるけど」

 

 しかし、先生が父親か。

 頭にギンと先生が浮かぶ。先生は知識は豊富そうだが頼り無さそうな感じがするし、ギンは何かチャラい。ノリが軽いあの男のどこに母さんは惹かれたんだろうと本気で疑問に思いながら私は首を傾げた。

 先生と母さんの接点も気になる。


「こっちの先生見て、変な感じとかする?」

「うーん。特にはないかな。同じだけど、やっぱり世界が違うから別人として考えているのかもね」

「そっか」


 私は雫のように割り切れそうにない。

 先生を見るたびに、しばらくモヤモヤとした思いを抱えるんだろう。

 個人的都合で助手を辞めさせてもらおうかな。


「それにしても、私はともかく雫が消えなかったのは意外だったなぁ」

「あぁ、それは同感」


 同じ世界に同一人物は存在できないんじゃないかと思った。

 しかしイナバが言うには、雫という仮の名をこの世界で与えられ定着したことにより、限りなく私に近いが違う存在となっているらしい。

 周囲の環境や状況が違うならそれによって違う存在にはならないのかとの疑問に、それは無理だと魔王様が答えてくれた。

 限りなく私に近いが違うので、それぞれ別人として存在している私と雫。

 もし、雫という名前を早くつけなかった場合には融合して一つになってしまうか、両者とも消えてしまってたらしい。

 私が消えた場合、世界はまたリセットするんだろうか。

 実際試す気はないけど、気になる。


「でも、こんな簡単に他世界に干渉できちゃうのもどうかと思うんだけど」

「そうでもないわよ。タイミングが難しくて、計算も面倒らしいし、成功確率だって低いって言ってたから」

「そんな危険なのに、よく来たよね」

「下手すると私の存在が消えるかもしれないんだから、そうもなるわ」


 そうだろうか。

 別世界の私のせいで、自分の存在が消えるかもしれないなんて言われたら迷惑だと思うかもしれない。

 けれど、雫のようにわざわざ問題の世界に乗り込んで消滅しない為協力しようなんてしなかっただろう。

 

「私より父さんの方が必死だったんだけどね」

「へぇ。あの亀島教授が……」


 他世界へと移動できる方法があるのは結構危ないんじゃないかと思ったら、頭が痛くなってきた。

 雫は難しい専門用語やら良く分からない数字や聞き慣れない言葉を並べて必死に何かを説明しているが、さっぱり理解できない。


「雫以外にそれが出来る人はいるの?」

「うーん。どうだろう。試験段階だしあれは父さんが個人的に勝手に作ったものだから」

「じゃあ、そのお父さんは?」


 何故そこで目を逸らすのか。

 それにしても試験段階の危険な代物によく娘を使う気になったなぁと思う。養子だからどうでもいいんだろうか、なんて言ったら雫に怒られそうだけど。


「えっ、もしかして来たの?」

「ちょっとだけね。私みたいに名前違うからギリギリ大丈夫ってわけじゃないから、長時間滞在すると存在消えちゃうらしいのよ。扉も不安定で帰れなくなるかもしれないから、少しの時間って言ってたわ」

「……来たのか」

「うん。由宇の姿も遠くからこっそり見てたみたい。目が死んでるって帰ってきてから号泣してた」


 見られてたなんて気付かなかった。

 一体どこから見られていたのか、いつ見られていたんだろう。

 ループ前かと聞けばループ後と言われる。

 確かに、目が死んでるならループ後でしか有り得ないか。


「じゃあ、何となく知らないふりしてたけど私がこの世界でどういう状況にあるのか、雫は大体知ってたんだ?」

「もちろん。世界を移動できる事については、できるだけ言うなって言われてたけど。でも、こんな事になってティアドロップまで出てくると隠していられないじゃない」

「ん?」

「あのね、今回私が雫の内世界に来れたのは本当に奇跡的だったのよ。父さんが私が行く前に何度か試験してこっちに来てたんだけど、毎回着地点が違うって言ってたから。しかも、こっちの世界では短時間しか滞在できない上に姿が見えないんだって」


 彼女の父親は雫のように内世界ではなく現実世界に辿り着けたらしい。

 しかし、自分の声も姿も透明で周囲の人々に認識されはしなかった。

 私に色々と忠告しようと頑張ってくれたらしいが、タイムリミットもあって何も出来ずに終わったと非常に落胆していたとの事だ。


「そっか。はっきり言えばさ、忠告されても無駄なんだけどね」

「分かってるわよ。でも、何も言わずにはいられなかったんじゃない? 必死になって、血の繋がってない私を助けようとしてくれるんだもの」

「それが不思議よね。雫も言ってたけど、私が危ないと自分も危なくなるって変じゃない? 世界が違うのに何で? 私が死んでも貴方や他の世界の私には影響ないと思うんだけど」


 神が自分の世界を創造し、それを壊されて継ぎ接ぎだらけになった今の世界。

 そんな世界で私が死んだとしても他世界、並行世界は世界が違うので影響はないんじゃないのか。

 それとも雫の世界ともどこかで繋がっていたりするのかとと難しい顔をしながら考えていると、雫がゆっくりと口を開いた。


「普通、世界っていうのは閉じたものなの。でも、何らかの要因で今の世界はどこもほとんど開いた状態だって父さんが言ってた」

「うん?」

「分かりやすく言うと、口呼吸しっぱなしで風邪引いちゃうって感じかな」

「……なるほど。異物を拒絶できなくなるの?」

「うん。常時開放だからね。本来なら世界の自己防衛本能みたいなものが働いてそういうものは跳ね除けるらしいんだけど。由宇の記憶を閲覧してて思ったのは、多分管理者たちが神様と戦ったせいだと思うわ」


 膨大なエネルギーが発生して、私が生きてる世界そのものが崩落の危機にあったとか言うあの戦闘か。

 聞いただけで夢物語を聞かされているような感覚だったけれど、考えてみれば実父であるギンはそれの当事者だ。

 一介のゲーム会社社員でしかなかった中年の冴えない男を動かしたものは何だったんだろう。

 いくらレディに助けを求められたとは言え、家族を捨ててまでやらなきゃいけないことだった?

 違うな、家族を護る為にやった事?

 いや、それじゃ美談すぎるし気持ち悪い。


「本当はさ、父さんはもっと過去に飛びたかったらしいわ。この世界の」

「過去に止められるような何かがあるの?」

「詳しくは分からないけど、きっと止められないとも言ってた。多分そんな事、管理者さんたちも分かってるんだろうけど」

「……ふーん。原因を取り除こうとしたけどそれはできないから、被害の拡大を抑えるので精一杯ってとこ?」

「多分ね。私もあんまり詳しい事は教えて貰えなかったから。渡せって言われた封筒は空だし。肝心なところで抜けてるんだから困ったわよね」


 苦笑する雫を見つめながら、義父とは言え父親との仲は良好なんだなと知る。

 なんだか微笑ましくなって、胸のあたりがほんわりと温かくなった。

 きっと向こうの世界の先生は雫の言う通り、娘である私を何とか助けようと必死だったんだろう。しかし、それは雫が消えてしまうと分かったからだろうけど、それをどうやって知ったんだろうか。

 他の並行世界も先生は観測できたのか?

 世界が開放されてるか閉鎖されてるかなんてどこで見分けるのやら。

 そもそも、何の研究をしていたのか。

 聞きたいことはたくさんあるが、詳しく知らない雫に聞いてもしょうがない。

 危険だからと使用を禁止している扉だが、ここで解除するべきかもしれないと悩んだ。

 もしかしたら何か好転できる手がかりを得られるかもしれない。

 しかし、これ幸いともどきや敵がなだれ込んでこの場を制圧してしまうかもしれないし、雫が戻って来れないかもしれない。

 雫の代わりに私が行くのはどうだろう、と提案してみたがどうなるか分からないと雫に笑われてしまった。

 どうなってもいいと思うなら、行ってもいいということか。

 私と雫のやり取りを黙って聞いていた番人が、嫌そうに顔を歪めたのが見えた。

 





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