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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
135/206

134 ティアドロップ

 番人の疑問は当然だ。

 外部から侵入した私達や、主人公補正が効いてギンのサポートを受けていた神原君は影響を受けないのも分かる。

 けれど、他の生徒と同じく校内にいたというのに気絶することなく動き回っていた華ちゃん。

 キュンシュガのメインヒロインで、神原君が今の神原君になる前から好きなキャラクターだった女の子。

 今も彼と仲良くしているのと、元々神原君の好きな子だったという理由で主人公補正の影響を受けているんじゃないかと思っていた。

 そう私が言うと雫は不思議そうな顔をして首を傾げる。

 

「神原君のお気に入りでメインヒロイン。メインヒロイン補正なんてあるのかしら?」

「……ヒロイン格差社会か」

「それを言うなら、なつみだって大丈夫だったんですけど」

「なつみちゃんはダメージこそ最小だったけど、裏世界では眠ったままだったでしょ? 他の人たちと同じく」


 細めた目で声を少し低くしても雫は動じない。

 まるで私がこんな反応をするのが分かっていたかのようだ。

 私もどうしてここまでムキになるのかが分からない。

 華ちゃんが怪しいと言われたようで、腹が立ってるんだろうか。

 あんないい子が敵なわけがない、と。

 

「何が言いたいの?」

「大体分かってるでしょう。華ちゃんだけ何かしら特別なのは不思議だなって、貴方も思ってるんじゃない?」

「だから、それは神原君のお気に入りだし。メインヒロイン補正とか」

「神原君の影響を受けてるなら、どうして毎回死んじゃうのかしらね?」

「それは、神原君が好きになる相手は例外なく死亡してしまうという決まりごとがあるからよ」


 誰が決めたかは知らないけど。

 私が死ぬのも、神原君が恋した相手が死ぬのも、世界がそう望んでいるのか。それとも、管理者たちでも取り除けなかった神の呪いのようなものだろうか。

 未だにそれは良く分からない。

 ただ、そういうものだ(・・・・・・・)と理解している。


「亡くなったヒロインは華ちゃんだけじゃないのよね?」

「確かそうだと思う。だから神原君も、フラグ立てないように頑張って逃げ回ってるみたいだし」

「わー、恋愛フラグがそのまま相手の死亡フラグに繋がるとか……考えただけでも怖いわ」

「逃げ回って誰ともフラグ立たないようにしても、華ちゃんが犠牲になるとか言ってたかな」

「なにそれ。相手のフラグ全て回避したと思っても結局メインヒロインにシワ寄せとか」


 私は自分で良かったねと力強く番人に頷かれて、曖昧に返事をする。

 確かに、自分のせいで他の誰かが死んでしまうくらいなら自分が死んだほうがマシだ。

 そういう意味で私はまだ恵まれている方なんだろうか。

 神原君のことに関しては本人から聞くか、ギンから情報を聞き出すしかない。

 神原君の傷を抉るような真似はあまりしたくないので、ギンから聞くしかないがあの鳩が喋るかどうか。

 

「愛の力って怖いねって事なのかなぁ。それにしたって、神原君もよく頑張るなぁ。偉い子だ」

「まぁ、ギンから聞いてみるわよ。イナバが」

「うえぇ! そんなデリケートな事をわたしに聞けと!?」

「平気じゃないそんなの」

「……神原君にばれないようにギンさんと接触するの、案外難しいんですよ? 彼結構勘がいいので」


 わたしの気も知らないで、とぶつぶつ呟いているイナバを無視して私はお茶を啜る。温くなってしまったお茶を飲み干せば、良いタイミングで雫がお代わりを注いでくれた。

 彼女はまだすっきりしない表情をしながら首を傾げている。

 何がそんなに引っかかるんだと溜息混じりに呟けば、華ちゃんだけがヒロインの中でも特別なのは別に理由があるんじゃないかと言った。


「うーん」

「あ、管理者は桜井さんの事を特別扱いはしてませんよ。特別扱いと言うなら神原君と由宇お姉さんくらいですから」


 私って、一応特別扱いされてたのか。

 そう驚いてしまうくらい何かの恩恵を受けたような覚えはなかった。

 終わりの無いループを作業のように繰り返してはいないのが、恩恵だろうか。

 一発で敵を屠れるような力を持ってるわけでもなく、中途半端という文字が頭を過ぎる。

 魔王様の力の欠片を探したり、洗脳された人物に殺されかけたりした。もどきには執拗に怒りをぶつけられ、神様たちは私の体を自分たちが入る器として狙っているらしい。

 恩恵を受けるというより、保護されてるだけじゃないか。


「じゃあ、ほら。メインヒロインだから……ってのは理由として弱いか」

「そうそう。今まではそれでも納得できてたんだけど、今回は状況が違うじゃない?」

「……わたし、ちょっとギンさんと連絡とってきますね」

「はいはい」


 食べかけのニンジンをしっかり持ったまま少し離れた場所に置かれている大きな座布団へ向かったイナバ。何をするのかと見ていれば、ふかふかの座布団の上に乗ったイナバはニンジンを齧りながら伏せて目を瞑る。

 時々耳が動いているのを眺めながら私は気になる事があったのを思い出した。


「そう言えば雫と番人は私の中でずっと見てたんだよね?」

「うん、全部しっかりとは言い難いけど。見えない箇所もあったし」

「そうね。中々楽しかったけど、全部じゃないわね」


 どうやらノイズがかかったように映像が荒れ、途切れてしまったところもあったらしい。

 頭の中でうるさく声が響いていたから、てっきり全部見ていたのかと思っていた。

 がっかりした私が肩を落とすと、慌てたように番人が「でもほとんど見てたよ!」と拳を握っていた。


「えー、見てなかったのか」

「華ちゃんに関しては思い当たることがありそうだけど、それと関係があるの?」

「うん。ちょっとね」


 雫は本当に勘がいい。

 私は音楽室で歪みを修正した後、体育館に行く前に寄った第二音楽室での出来事を簡単に説明した。

 イナバスカルから出た何かが華ちゃんの体内に吸い込まれていった事。

 そのせいで華ちゃんが苦しみだした事。

 取り除いたのは私で、頭の中に響く声に従いそのまま分離したものを飲み込んだ事だ。


「怪しげな物体」

「ま、異常があったらその時はその時だから。うん」

「うーん。第二音楽室に入った辺りは私見てなかったんだよね。次は体育館に移動だからその前にお茶菓子を何にしようか考えながら雑誌読んでたような」

「番人さんたら私が必死になって戦ってるのに、いいご身分ですこと」

「目が怖い、目が怖いです」


 一番大変で私が大活躍した場面だと言うのに、のん気に茶菓子を選んでいたとは。

 その出来事は記憶として保管されてるかもしれないけど、と呟けば「うーん、ノイズ混じりで見づらいなぁ」と返された。

 目を瞑った番人は私の記憶を探っていたのだろう。そんな便利なことができるのか、と思う反面自分の頭の仲が覗かれているような気がして気分が悪い。

 私は番人で、番人は私なんだから文句を言っても仕方がないが。


「それって、どんな物だったの?」

「うーん。臓物系だったら飲み込めないと思ったから、薄目になりながら無理やり詰め込んだけど、無色透明かな」


 適度な弾力があり、取り出せばぐにゃぐにゃとした感覚のものだった。

 口の中に入れればゼリー状から液体にすぐ変化し、引っかかる事無く胃に落ちる。

 落ちた時に一瞬私の体が発光したような気がして、飲み込んだものが体に溶けていった感覚がした。


「それと無味無臭だったかな」

「イナバちゃんは、浄化されてないって言ってた。で、由宇の頭の中の声は同じ物が華ちゃんの体内にあるのを知っていた」

「そうね」

「それで、それは取り除かないようにと」


 確かそうだったと思う。

 元々華ちゃんの中にあったもので、不具合無く定着しているから大丈夫だと。

 そう言えば冷静に考えてみると得体の知れない物体は浄化されていないとイナバが言ってた。という事は、それを私が食べて大丈夫だったんだろうか。

 いやでも、頭の中の声は問題ないと言っていたから大丈夫だと思いたい。


「浄化されてないのに平気なの?」

「あぁ、何か石版食べたから大丈夫だろうって。今思えば適当なような気もするけど」

「石版……魔王様の力の欠片。浄化されてない物体……華ちゃんの体内にあったのは?」

「多分浄化されてたんじゃない? 融合しちゃったのを切り離す時の明確な違いが多分浄化されてるかされてないかだったから」


 とっさに尋ねた質問に嘘をつけるほどイナバは賢いだろうか。

 あの場、あの雰囲気で。

 とてもそうは思えないし、実際イナバの言う通りだったんだから間違いないんだろう。


「頭の中の声は、リトルレディの目と名乗ったなら管理者関係よね」

「恐らくはね。聞いたことない声だったなぁ」

「管理者とは違うのかしら。謎の四番目の管理者、と謎の物体か」


 浄化されてない謎の物体を、レディの目と名乗った声の主に従って飲むとは凄いわねと雫に感心されてしまった。

 私だって余裕があったらそんな事はしない。

 あの状況で他にどんな選択肢があったというのか、と思わず雫を睨んでしまう。

 

「まぁ、恐らく大丈夫だとは思うけど」

「なんで雫がそう言えるのよ」

「貴方から聞いた物体の形状、それを飲んだことによる変化で考えられる物が一つだけあるのよね」

「は!?」

「へー雫、何か分かったんだ?」


 驚く私と違って、番人はのん気な声で雫を見つめている。

 世界が違う雫が私が飲み込んだ怪しげな物体に心当たりがある。

 一体どういう事なんだ、と思いながら続きを促す私は思わず身を乗り出してしまった。

 

「いや、でも私の世界とここは違うから。もしかして勘違いかもしれないし」

「いいから教えて。勘違いなら勘違いでいいから」


 少しでも手掛かりが欲しい。

 別世界の私が気になるというならそれは無駄なことではないだろう。

 例え無駄なことになったとしても一応頭の片隅に留めておくくらいはする。

 目に力をこめて雫を見つめれば、彼女はぶつぶつと呟いて視線を逸らし首を傾げていたが観念したように私を真正面から見つめた。


「ティアドロップ」

「ん?」


 涙?

 しょっぱい味なんてしませんでしたけど、と不思議そうな顔をしながら呟く私に雫は「違うって」と苦笑する。


「私の世界でも研究があまり進んでない、未知の結晶体の名前。物凄いエネルギーを秘めてるって、父さんが言ってた。あ、実父じゃなくて義父ね」

「未知の結晶体……あれが?」

「もし、そうだったらの話よ」


 私が飲み込んだもの、歪みを修正したイナバから華ちゃんの体内へ吸い込まれたものが、雫の言うような結晶体だとしたら何が起こるのか。

 こっちの世界では聞いたことが無い名前だと眉を寄せた私だったが、何か引っかかる。


「ティアドロップ? そう言えばイナバがレディから試作としてもらった電子ドラッグ中和曲もそんな題名だった」

「あ、そう言えばそうだったかもね。やだなにそれ怖い」

「怖いのは私だよ。アレを飲み込んだ私だよ」


 いくら石版食べて魔王様の力の一部が根付いたからって言われても、影響が全く無いとは言われていない。

 倦怠感の他に酷い症状に襲われるんだろうかと小さく怯え、頭に浮かぶのは苦痛の表情をして呻いていた華ちゃんの姿。

 私も突然あんな風になるんだろうか。


「そんな深刻な顔しなくとも大丈夫じゃない?」

「雫は私じゃないから言えるのよそんな事」

「ううん。多分、私の考えは合ってると思うから、そうだとしたら由宇はもう大丈夫だと思うよ」


 話しているうちに確信したのか、雫はにっこりと笑う。

 そんな余裕がない私は眉を寄せて胡散臭そうに彼女を見つめた。


「何で」

「体育館で体が光ったって言ってたじゃない。私と番人、その時の記憶飛んでるのよね」

「うん。記憶にもそんな情報はないね」

「えっ」


 それは初めて知った。

 確かにあの時の光は私の体から出ていて、そのお陰で敵を追い詰めることができたんだけど。

 時が止まったかのような世界の中で自由に動けたのは私と、神原君だけ。

 でもそれが雫の言うエネルギー結晶体とやらとどうして関係あるんだろうか。

 その時の二人の記憶が飛んでいるというのも気になる。


「体が光った時、由宇の目に世界は止まって見えたのよね」

「うん。そう感じたけど。でも、私は動けたし。あ、神原君もだよ?」

「由宇と神原君はイレギュラーと考えればいいわ。帰って父さんに聞ければ早いんだけど」

「あ、お父さん詳しいんだ?」

「うん。研究者だからね。ティアドロップの事も知ってる」


 それはまた素晴らしいお父様をお持ちで。

 私の父親なんて行方不明でいないも同然だったのに、鳩だってこの間発覚しましたよ。鳩。

 雫の世界ではどうやら鳩になる前に事故死してしまったらしいけど。

 生きてるだけマシなのかな。

 すっかり冷めてしまったお茶を飲み干すと、雫が茶葉を新しくして熱いお茶を注いでくれた。


「戻ろうと思えば戻れるんじゃないの?」

「連絡取れないのよね。どうせ戻るなら、確実に連絡取れてからにしようと思って」

「あー確かに。前みたいに敵襲とかは勘弁して欲しいわ」


 ここで雫に無理を言って帰ってもらった方がいいんだろうか。

 詳細な情報を得る為なら、管理者に聞くより雫を信じたほうがいいような気もする。

 けれど、もしこちらに来ることができなくなったら?


「ティアドロップの件は、落ち着いたら管理者に聞いてみるのもいいかもしれないわね」

「うん……」

「帰れればいいんだけど、悪いわね」

「ううん。無理に帰ってもらって酷いことになるよりはマシ」

「予言みたいなこと言うわね」


 不気味だわ、と言って笑う雫に少し彼女が遠く感じられて私は誤魔化すように笑みを浮かべた。





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