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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
134/206

133 後処理

 欠伸をしながら大きく伸びをする。

 キュンシュガの舞台である青嵐高等学校での神隠し事件が一段落して数日が経った。

 なつみから連絡を受けたときは焦ったが、ゲームオーバーになることなく無事に片付いて本当に良かったと思う。

 あれで失敗していたら、神隠しにあった生徒達だけではなく私達もこの世界から消えていたかもしれない。

 神原君と私が含まれているので世界はまたリセットされてしまったのか?

 最初からやり直すと考えただけで気が重い。

 やり直したところで、今回のように上手くいくとも限らないし。


「でも良かったじゃない。神隠しにあった生徒達はほとんど軽症で済んだんでしょ?」

「うん。まぁね」

「由宇もちょっと入院してくれば良かったのに」

「やめてよね!」


 ニヤニヤとする番人を軽く叩いて、雫が同情するような視線を向けてくる。

 学校での事件が終ってから体がだるくてしょうがない。

 最近は眠りに落ちると決まってこの場所に辿り着くようになってしまったので、仕方ないからこうして彼女達と会話をしている。

 夢の中とは言え今はできるだけ動きたくないので、ファンタジーな夢を見ないのはありがたい。


「管理者もずるいよね。おいしいとこだけ持ってってさ」

「でも、彼女達のお陰で怪しまれなくて済んでるでしょ?」


 眉を寄せてボスへのとどめを掻っ攫われたと不満を言う番人に、雫は溜息をついてそう告げた。

 雫の言う通り、管理者がいなかったら同日同時刻同場所での不可解な出来事は大事(おおごと)になっていただろう。

 同じ学校の生徒が似たような症状を訴えて病院へ行き、さよみちゃんと志保ちゃんは気絶しているのを発見されて救急車へ運ばれた。

 その事について不思議に思わないように記憶操作をしてくれたらしい。

 当事者である生徒達も神隠しにあったことは覚えていないと言っていた。


「それはそうだけどさ……」

「あそこまで弱体化させられたから、管理者が強引に介入できたんでしょ」

「でも、そんな事できるなら最初からすればいいのに」

「できたら由宇に協力なんて頼んでないでしょ。管理者が最初から介入できるなら、敵だって黙ってないわよ」


 裏世界に管理者を引きずり出して閉じ込める可能性だってある、と雫は言う。

 確かに、敵が邪魔なのは私や神原君よりもリトルレディだろう。彼女を引きずり出してあの世界に閉じ込めることができたら、その間に内世界の権限を奪ってしまえばいい。

 レディのサポートをしているギンや魔王様で神に勝てる可能性は低いように思えた。


「そっか。別にレディ達を消す必要はないのか……」

「え?」

「そうね。時間さえ稼げれば充分だと思うわよ。頑張ってレディが出てきた頃にはもう終ってました、ってね」


 だから私や神原君の行動を監視してタイミングを窺っていたんだろう。

 レディが一番強いらしいが、彼女の力もまた不完全だと言っていたのを思い出す。

 神の封印は厳重だと聞いていたが、漏れ出す精神波までは止められないらしい。

 干渉され養分にされた生徒たちを思い出して、一体神の方へどれだけのエネルギーが流れてしまったのか考えた。

 

「うーん、それは嫌だなぁ。でも、結局エネルギーが神に流れちゃったわけだしヤバくない?」

「だからそうなるのを危惧してレディがさっさと隔離したんでしょ」

「あ、そっか」


 呆れたように番人を見る雫の言葉で、私は口に出さなくて良かったと思う。

 番人もやっぱり私なんだなとしみじみ思っていれば、雫がちらりとこちらを見た。

 心の壁を作っているので思ってることが筒抜けじゃないと思うが、見透かしているような目は心臓に悪い。


「貴方、本当に大丈夫? だるいだけ?」

「うん。多分頑張りすぎただけだと思う」

「……夢も見ずに寝るのが一番なんですけどねぇ」


 もしゃもしゃ、とニンジンを食べていた白いうさぎが他人事のようにのん気に告げる。

 その声に番人は頬を緩め、ふわふわとしたイナバの毛を撫でていた。

 イナバがこの場にいるのは、会話の途中で私が寝落ちしてしまったからだ。

 本当は連れてくるつもりなかったのにな、と思っているとイナバがじっとこちらを見る。

 現実世界での私はイヤホンをしたまま眠っているので、考えていることは筒抜けらしい。


「あら、イナバちゃんそれはちょっと難しいんじゃない?」

「ま、そうですよねぇ」

「ファンタジーな冒険活劇か、こっちか」

「二択しかないなんて酷い選択肢なんですけど」


 隠し選択肢はないのか。

 番人も雫もイナバも、他人事だと思って好き勝手言ってくれる。

 可哀想だと同情されたほうがまだマシだと思いながら、私はお茶のお代わりを雫に頼んだ。

 

「夢の中の戦闘は慣れたと思ってたけど、冷静に考えると結局モモと魔王様のお陰なのよね」

「それが良く分かって随分とへこんでたわね」

「へこむよ。結局、情けない自分を痛感したんだから」

「分かっただけいいじゃない」

「前から思ってたけど、雫って私にきついよね?」


 番人の言葉に私は大きく頷く。

 ちらちら、とこちらを窺いながらイナバは雫の様子を見ている。

 少しは慣れたとは言っても、イナバにとって雫は未だ警戒する存在らしい。


「優しくしてどうするの。どれだけ死んでも足りないわよ?」

「そうだけどさ……。別世界から助けに来てくれたなら、もう少し優しくてもいいんじゃないかなって」

「調子に乗るのに?」

「ぐっ……ぬ」


 図星を指されて言葉が出ない。

 番人は雫を宥めてくれているが、彼女はにっこりと笑って饅頭を食べていた。

 私が雫の立場だったら、甘えてるんじゃないとうだうだしてる私にイラつきそうだ。

 私だって頭では分かっているけど、心身ともに疲労している今はもう少し優しくしてほしい。


「えーっと、さよみちゃんは意識もあって軽症で済んだからいいけど、志保ちゃんは意識不明の重体なんだっけ?」

「うん」

「その他の人たちは過度な疲労感、倦怠感、か。由宇と似た様な症状だね」

「程度も人によって様々だけどね。私みたいに病院に行くまでもない人もいれば、体調不良を訴え続ける人もいるし」


 その中でもさよみちゃんと志保ちゃんは、敵に操られてボス化していたので他の生徒とは別だ。

 二人のうち、さよみちゃんが軽度で済んだのは、自力であの肉槐を引き千切ったからだろう。

 イナバも歪みが存在している場所にずっといたさよみちゃんの方が、志保ちゃんより汚染が進んでいるかと思って驚いていたくらいだ。

 二人に寄生していた肉塊の大きさも関係しているのかもしれない。

 大活躍した神原君も私と同じように倦怠感に襲われ辛そうだったと、部屋のベランダにギンがやってきて教えてくれた。


「なつみ……ちゃんは何ともなくて良かったね」

「そうね。元気よ元気。同室にいた子たちも病院行かずに済んだみたいだからね」

「ふふーん。電子ドラッグ中和曲のお陰ですねっ!」

「……試作だって言われてたけどね」


 まるで自分の手柄だとでも言わんばかりに得意気な顔をするイナバへ、私と雫は冷たい視線を向ける。

 前足で器用にニンジンを持っていたイナバは、フンと鼻を鳴らしてドヤ顔だ。

 その態度が癪に障るが、今回はイナバのお陰でなつみに大した被害が及ばなかったのは事実。

 試用ということで羽藤家の家族を対象にされたわけだが、皮肉なことに今回の事件でそれが有用であると実証された。

 もしかして、イナバというよりは管理者たちはこうなる事を見越した上で神側の干渉を放置したのでは? と思ってしまう。

 もう少し早く対策ができたんじゃないかとか、手ぬるいとか、そんなんじゃいつ征服されて神たちが勢力を取り戻してもおかしくないとか不満は次から次へと出てくる。

 魔王様はギリギリだったとは言っていたけど、それをそのまま素直に信じるほど私も馬鹿じゃない。

 世界を管理しているという立場の三人には悪いが、彼らがどれほど大変な思いをして今ある現実世界を運営しているのか知らない。

 だからこの不満も不安も消えないような気がした。

 実際にその大変な様子を見せられたところで信じられるかと言われてもどうだろう。


「で、今回青嵐高等学校で電子ドラッグが流行った理由、元凶は志保ちゃんだったの?」

「そうですね。はっきりとは言えないみたいですけど、リトルレディたちはそう判断してるみたいです」

「また曖昧な……」

「江口さんが入手して広めたのは確かです。わたしも江口さんの情報を出来る限り収集しろと命令されました」

「という事は、入手経路が問題なのかな?」

「ですね」


 首を傾げる雫の質問にイナバは食べる手を止めて頷いた。私が眉を寄せれば、妙に真剣な表情で見つめられる。

 誰が発信源で校内に広めてしまったか、そしてその発信源が広げてしまった理由は何か。

 そんな事はもうとっくに調べがついていると思っていたと私が言うと「誤魔化すのに手間取りましたからね」とイナバが溜息混じりに呟いた。

 雫が志保ちゃんに目星をつけていたのもびっくりだ。


「リトルレディが随分無理をしたようで、今は魔王様とギンさんが中心になって後処理に追われてますよ」

「へぇ。イナバちゃんはいいのかな?」

「あ、そうだよね。すっかり忘れてたけどイナバはあっち側だった」

「えっ……あの、ほらっ私は由宇お姉さんのサポートしなきゃいけませんし! 今回の件でのアフターケアとかもそれはもう手厚く……」

「された?」

「いや、全然」


 特別優しくされて労われたという事はなく、いつも通りだったような気がする。

 寧ろそれが気を遣った結果だと言われても「ふーん」で終わってしまうけれど。

 しかし、イナバの焦った様子から見るにそんなことはしていないと分かった。

 同情の視線を向けた雫に溜息をつかれたけれど、私は特に気にしていない。

 イナバはいつもこんなものだ。


「で、志保ちゃんの詳細は?」

「まだ連絡は受けてませんね。わたしたちより神原君の方がきっと詳しいでしょうから」

「あぁ、そうよね。華ちゃん、さよみちゃん、志保ちゃん。見事に攻略対象だものね」


 これがただの偶然で済むわけがない。

 それはきっとギンも気付いているだろう。

 ゲームの主要人物が特に被害を受けていることから導かれる結論は、神原君を追い込むためなんだろうか。

 直接彼に手を加えずとも、周囲から責めていけば真面目で責任感のある彼が黙っていられるわけもない。

 今回も、自分のせいで巻き込んでしまったと随分落ち込んでいた。


「志保ちゃんもなぁ。元凶って言い方はちょっと違うような気がするんだけど。誰かに操られたんじゃない?」

「どうだろうね。ウワサと流行もの好きだから最先端を行く為に、危険なものに手を付けたって考えるのが妥当だろうけど」


 ゲームでの志保ちゃんを知っている番人の気持ちは分かる。

 私が心の中だけの愚痴にとどめて、あえて言わないような事を彼女は口にするので複雑な気持ちだ。

 もしかして雫はそれを分かっているから、番人が話していても時々私の方を見るんだろうか。

 だったとしたら、心の壁とは一体。


「そんな偶然に?」

「いや、偶然でもないんじゃないかな。うちの大学でも電子ドラッグは流行ってるから」


 いくらイヤホンやヘッドホンをしている人の姿が減ったとは言えまだ多い。

 何人か突然倒れて病院に運ばれたと噂では聞いている。

 彼らのことも助けようと思うほど善人ではないので、話を聞いたときも適当に相槌を打っていたような気がした。


「ギンさんの話によると、どうやら由宇お姉さんの大学で流行る前から高校では流行ってたらしいですよ」

「前から……高校生とか若い子ってそういうの早いからねぇ」

「あ、分かる分かる! 流行を作ってるようなものだよね」


 しかし、そうなると管理者たちは前から青嵐高等学校で電子ドラッグが流行していると知っていたことになる。

 やっぱり、敵をおびき出す為に放置していたんだろうかと疑い始めた私にイナバは慌てて口を開いた。


「でも、流行っていた電子ドラッグはどれも軽度なもので、洗脳効果は高くないと判断したらしく監視強化だけにとどめてたみたいです」

「……ふぅん」

「一応それなりに、対策は……した、みたいですよ?」

「例えば?」


 イナバが教えてくれたのは校内放送を利用して中和曲をそれとなく流すというものだった。

 違和感を与えないように音楽や人の声に紛れ込ませる。

 それでもあんな風になってしまうのかと言えば「範囲が広すぎてカバーできなかったと言ってました」と小さく呟いた。

 自分が失態したかのように俯いてしまうイナバの頭を撫で、私は息を吐く。


「そっか。なつみみたいに直接聞かせないと意味が無いのか。でもだったらどうして同室の子たちまで保護されたのかな」

「それは、羽藤家に試用してもらった中和曲は、最新の強化版だったからでしょうね。恐らく」


 確かになつみがいた室内の生徒は他よりも症状が軽そうな気がした。廊下に敵が寄り付かなかったのもそのせいだろう。

 成功したからいいものの、とまたすっきりしない気持ちを抱えながら私は出かかった言葉を飲み込む。

 なつみは無事だった。

 だったらそれでいいことにしよう。


「ふぅん。じゃあ、どうしてそんな中で、華ちゃんは平気だったんだろうね?」





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