131 よくある展開
ゴッさんに抱えられたまま落とし穴に入ったが、なぜか落ちることなくそのまま渡ることができてしまった。
落ちたらどこに行くか分からないんじゃなかったのかとイナバを見つめたが「理解不能です」と返されてしまう。
高性能のはずの罠を難なくクリアしてしまった空しさを感じつつ、そのまま体育館を目指すことにした。
正面から入ろうかと思ったが、中の状況が分からないのであまり使われていない方の出入り口から窺う事にする。
そっと扉を開けてイナバだけを中に入れると、イナバが静かにオーケーを出した。
「静かなんですけど」
「内部にも強力な結界が張られているな。敵はよほど相手を逃したくないとみえる」
「そうですね。こっちの気配にも気づいてないようですし、ちょっと気をつけて様子を見てみましょう」
声を潜めながらコソコソと扉に隠れ、気づかれないように頭を少し出す。
薄暗い体育館も赤紫の気持ち悪い膜のようなものが張っていて、あれが結界かと頷いた。
意識を集中させて耳を澄ませば、微かに聞える声が二つ。
体育館後方になっているこの場所からは、その姿をはっきりと見ることはできないが恐らく神原君と敵だろう。
どうやら敵は神原君との戦闘に夢中のようでこちらには全く気付いていない。
戦闘、というには些か静かすぎるような気もするけど。
「それで、私はいつまでこうしているつもりだ?」
「仕掛けるまで我慢して」
「分かった」
わさわさ、と階下で揺れるカタスがゆっくりと階段も侵食してくるが目立ってしまうといけないので待機させる。
不満そうなカタスが指を動かして甘えてくるが無視だ。そして館内を探索しているイナバの言葉を待った。
状況確認ができ次第、張られている結界をぶち破って乱入という何ともお行儀悪い計画になっている。
カタスで埋め尽くして神原君の無事を確認し、遠慮なくここにいるボスをたこ殴りにさせてもらおう。
頭の中でシミュレーションをしながら笑みを浮かべる私に、ゴッさんも気分が昂ぶるのか凶悪な笑顔をしていた。
「変ですね……戦っているようには見えないんですが」
「え?」
「一際大きなエネルギー反応があるのは確かで、それは神原君じゃないとは思いますけど」
「なるほど。ならば、そのカンバラも敵側なんだろう」
「えっ」
どうしてそういう事になる。
もしかしたら私達が予想していた展開とは違っているのかもしれないとイナバを見たが、スカル状態のイナバでは表情が読めなかった。
あぁ、これは完全にしくじった。
何度目か分からぬ謝罪を口にしながら、首を横に振って苦笑いする神原君に私は自分の判断を悔やんだ。
そうした所で時が巻き戻るわけではないが、事前に神原君と連絡が取れていたらこんな事にならなかった、と思わずにはいられない。
お邪魔しましたと出て行こうにも、出入りした場所から彼女が外へ出て行ってしまう可能性もある。
せっかくほぼ制圧完了したというのに、それがひっくり返されるなんて悪夢もいいところだ。
「邪魔しちゃったから怒ってるわね。あぁ、こんなんだからきっと私は恋愛運がないんだわ」
「いや、それは違うと思いますけど」
「いやいや、違わないのよ」
はぁ、と溜息をつきながら鞭のように迫ってくる触手を避ける。
ギリギリで回避したせいで、ローブの裾がジュッと嫌な音を立てた。
うわ、溶けてる。
ゴッさんには私の防御を中心に動いてもらっているので、積極的に攻撃できないのが不満らしい。
それでも大人しく指示にしたがってくれているだけいいと思おう。
体育館内にさっそく勢力を広げようとしたカタスは、ボスの周囲には近づけず放たれる攻撃に刈り取られるばかりだ。
しかし音楽室の時と同様、刈り取られた箇所からまた懲りずに生えてくるがこれでは戦力にはならない。
それでも私を守る盾と考えれば充分だろう。
カタスたちもそれを分かっているのか、指示する前から私の元へ飛んで来る攻撃を逸らしたり、己の身と引き換えに受け止めたりしてくれていた。
「で、アレ何?」
「由宇さんのことなんで、もうお分かりになっているとは思いますが……江口さん闇落ちバージョンです」
「あー。やっぱり寄生されちゃってるのか」
分かってはいたけど、認めたくなかった。
またこのパターンかと思ってしまうが仕方がない。
神原君曰く、頑張って説得して元に戻ってもらおうとしたけど話が通じず無理だったとの事だ。
無力で何も出来ないと自嘲する彼にゴッさんは片眉を上げ、皮肉に笑った。
「勇者と言えど、所詮はこの程度か。しかし、この程度のガキに負けた我々はそれ以下という事だな」
「ゴッさん」
「……ゆうしゃ?」
怪訝そうに眉を寄せる神原君に、私は慌てて声を荒げる。
ゴッさんは我関せずと言わんばかりに飛来する写真を切り捨てていた。
落ちた写真は音もなく燃え、消し炭になる。写っているのは江口さんが好きな俳優やモデルたちらしい。
その写真の中でも一際輝く黄金色のものが飛んできた。
「しつこいな」
「駄目だからね、ゴッさん」
「分かっている」
ゴッさんに抱えられて回避できた私は、結界にぶつかってど派手に爆発するそれに顔を歪めた。
駄目だ、彼女は本気で私を殺しにきてる。
狙われてるのも執心なのも神原君だけだと思ってたんだけど。
あ、もしかして?
神原君が私を守るように動いてるから、嫉妬してるとかそういう感じなんだろうか。
違うと誤解を解こうにも今の彼女じゃまともに会話が通じなそうだ。
それに神原君に頼んだところできっと無駄だろう。
「背中の大きな肉塊を切り離せば何とかなるかな……」
「それをしようにも、中々っ、近づけなくて」
「お前の閉鎖結界でも食らわせてやればよかろう?」
「ある程度弱らせてからじゃないと無理です」
面倒だな、と呟いたゴッさんにイナバも背中の肉塊をどうにかしない限り無理だと答える。
探ったところチップらしい気配は無かったとは言っていたが、さよみちゃんに寄生していた肉塊にはしっかりチップがあっただけにこちらに無いのはおかしい。
肉塊はさよみちゃんの時と比べ物にならないくらい巨大で、そこからチューブのような細い管が天上や床へと伸びている。
厄介なのは、触手のように攻撃防御するチューブを切っても、切った場所から再生することだ。
姿や形は違うがまるでカタスのようだ。
そんな事を思っていると、近くにいたカタスたちが抗議するように親指を下へ向ける。
「うーん、志保ちゃんに直接攻撃与えて怯んだ隙にっていうのは……難しいか」
「そうですね。力加減も分かりませんし、下手したらこっちがやられますね」
「彼女を切り捨てるなんて無理だし」
喧嘩のようなものをしていたはずなのに、そんな事はなかったかのように自然に会話をしている。
仲直りできるか、許してくれるか心配だったがとりあえず良かった。
このままあの仲違いをなかったことにして進めよう。
蒸し返されたらその時はその時だ。
「何か良い案は浮かんだか?」
「神原君が彼女を引きつけてる間に、ゴッさんが肉塊を切除、閉鎖結界展開で片付けるしかないかなと」
「まぁ、それしかないだろうな」
「問題は、所要時間ですよねぇ」
飛来する写真を切り刻み、黄金色の写真は斬らずに避ける。
写真と時間差で攻撃してくる触手の攻撃にも気をつけなければいけないので大変だ。
さよみちゃんの時と同じように志保ちゃんにも自我が残っていたらいいんだけど。
彼女は背負っている大きな肉塊が邪魔で、その場から動くことはない。動けない代わりに、縦横無尽に触手が飛ぶ。
そして写真爆弾も飛ぶ。
「短時間であの肉塊切り取るのは至難の業だぞ。再生が早いだろうからな」
「そこなのよね……」
正面で志保ちゃんの相手をして気を逸らす役の神原君も危険過ぎる。
しかし他にいい手が思い浮かばないのは神原君も同じのようだった。
ゴッさんは志保ちゃんなど別に関係ないので、彼女ごと斬り捨てればいいだろうという考えのはず。
黙っているイナバも恐らく他に手は考え付かないように見える。
私の言った予定通り上手く行けばいいが、それができなかったら違う方法を考えなければいけない。
さよみちゃんの時と違って、私達が背中の肉塊を狙っているのは志保ちゃん……敵も察知しているようなので失敗すれば更にその守りは堅くなるだろう。
「仕方ない。試すしかないわね」
「そうですね。失敗したら、また考えましょう」
「どうせ攻撃役は私とコレだ。お前はせいぜい死なぬよう逃げ回っていろ」
「はいはい。後衛の私は防御も薄いですからね、気をつけますよ」
どうして志保ちゃんがここにいて、ボス役やってるのか。
背中にある気持ち悪い肉塊は何なのかと疑問は尽きない。
理性を失ったような暗い目で私達を眺め、攻撃命令を下していた彼女は急に高笑いを始めると触手を乱打し始めた。
法則性も何もない無茶苦茶な攻撃は、ゴッさんだけではなく神原君が手にした白い大鎌に切り取られる。
触手自体の攻撃力と耐久性は低いが問題は回復能力。
注意深く観察していると、触手が再生する直前に彼女の背中に盛り上がっている大きな肉塊がドクドクと大きく脈動しているのが分かった。
向かってくる触手を淡々と切りながら神原君が志保ちゃんの懐に入り込んだ。
その隙にゴッさんが背後へど移動し、私はイナバに守ってもらいながら閉鎖結界のタイミングを見計らう。
「かんばら……クン……たスけて」
「っ!」
近づく事を邪魔するようにうねる触手を切り捨て、神原君が志保ちゃんの体を強引に押さえ込もうとするその時に、彼女が我に返ったかのようなか細い声で懇願する。
なんてよくある展開。
となればその後の光景も想像するに容易い。
「ゴッさん!」
「チッ」
鋭い私の声に舌打ちをしたゴッさんが飛び退いたのと、動揺した神原君の動きが少し鈍くなったのはほぼ同時だった。
直後、志保ちゃんの目の前にいた神原君が死角から飛んで来た触手に強打され、体育館後方の見えない壁に背中を打ち付ける。
ゆっくりと視線を私に向けた志保ちゃんは、値踏みするように見つめると目を細め鼻で笑った。
あー、まだ勘違いしてる。
「何で、こんな年増と一緒なの? 何でこんな年増と仲がいいの? 神原君て年上好きなの? だったら私無理だよね。だって同級生だもん。同い年だもん」
「ぐっ……やめてくれ、江口……さん」
一際太い触手に体を締め上げられながら神原君は必死に抵抗する。
なんとか元に戻って欲しいと神原君は志保ちゃんに話しかけるが、焦点の合っていない目で彼を見つめ首を傾げる彼女に声は届いていないようだ。
ギリギリ、と締まる音が響き私はタイミングを見計らう。
ゴッさんは他の触手と交戦していて私の元まで戻ってくるのは難しそうだ。
志保ちゃんを傷つけないようにという私の指示も、足枷になっているんだろう。
ちっとも弱体化したように見えない志保ちゃんに私は必死に考えを巡らせる。
考えろ、考えろ。
今何とかできるのは私しかいない。
「カタスも駄目、飛び出して行ったら自殺行為だし、ミシェルやモモを呼ぶにも間に合わない。他の手駒も今の魔力じゃ難しいって詰みかよ!」
「お、おち、落ち着いてくださいっ」
「イナバもね!」
近づいてくる触手を感情のままに叩き落とす。
イナバに防御壁を展開してもらっているお陰で攻撃されても平気だが、いつまでもこのままではいられない。
苦しそうに絞め殺されそうな神原君を助けたくても、モモのような攻撃力の無い私に何ができる?
攻撃魔法を叩き込んだところで焼け石に水か。
じゃあどうする?
頭を掻きながらいい案は無いかとイナバに尋ねるが、イナバもこの状況に動揺している様子で「江口さん自体を……」と言ってきた。
確かにそうするのが一番だ。それは分かっている。
全力で屠れとゴッさんに言えば周囲にどれだけの被害を及ぼしたとしても、彼は自分の持てる力の全てで彼女を追い詰めるだろう。
「退却、防御、後を考えると魔力も無駄にできないし……あぁぁ、あ?」
感情が昂ぶったその時に、体の中がカッと熱くなった。




