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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
131/206

130 拒絶する体育館

 大規模な戦争でもない限り、手駒の不死者は戦闘時のみ呼び出している。

 それは彼らを召喚するだけではなく、維持するにも魔力が必要だからだ。

 どれだけ凄い不死者を擁してようと、それを扱う術者の力が弱くてはお話にならない。

 結局全ては術者次第だということだ。

 幸い私は固有スキルと高い魔力を持っているお陰で何とか生き長らえているような状態だが。

 一般市民をやっていた頃に比べれば、魔族軍に入って鍛えられたお陰で随分と成長したと思う。

 とは言っても、それら全て魔王様や他の管理者たちが私用に誂えてくれた箱庭の中での出来事か、偽の記憶だろうけど。

 どっちにしろ夢だから、と皮肉に笑っていた頃が懐かしい。

 何の役にも立たないだろう夢での経験が、こうして生かされると複雑な気持ちになった。 


「歪みによって出現した裏世界、か。なるほど、興味深いな。そしてここは楽しい匂いがして心地よい」

「変態」

「何を言うか。希望を胸に宿し絶望に染まる青い果実ほど、甘美なものはあるまいよ」

「へんたい」


 喉の奥でくつくつと笑うゴッさんに、私は溜息をついた。

 こんな風に長話をしたことがなかったから、ここまでひどい性格だとは思わなかった。

 これで騎士団長を務めていたというのだから恐ろしい。

 私より魔族軍向きじゃないかと嫌味を言えば、ゴッさんは嬉しそうに口を歪める。


「そう言ってくれると有難いな」

「褒めてないわよ。あぁ、ゴッさんも解放するか……いや、そうすると逆に私の命が危険になる?」

 

 頷きながらぶつぶつと呟く私を気にもとめず、ミシェルの物と比べ薄汚れ黒っぽく変色している鎧を撫でたゴッさんは「ふむ」と首を傾げた。


「敵である私やミシェル、他にも誉ある勇士や聖人を悉く配下にしてるお前の方が、私よりいい性格をしていると思うが」

「ちゃんと取捨選択してるし、無理な契約はしてないわよ。拒絶されたらちゃんと成仏させてあげてるんだから」

「そのわりに、嫌がるミシェルは中々手放さなかったな。それに私より活躍の場は多いのではないか?」

「何ニヤニヤしてんのよ。見栄え良くて便利だからに決まってるでしょ?」


 それに手放さなかったのは必要だったからだ。

 何か文句があるならはっきり言えと睨みつければ、ゴッさんは呆れたように溜息をついた。


「ミシェルとゴッさん。ミシェルが敵として立ちふさがった方が、相手の絶望は大きいじゃない」

「手緩いな」

「無駄な戦闘は避けるのが一番よ。戦力削げばいいだけなんだから」

 

 ミシェルにも答えたように、彼がいれば敵にとっては絶望にもなる。

 人々の希望である勇者と似たような存在。

 悪政を敷く王の手足になったとしても、民からは変わらず恐れられるだろうし仲間からは頼りになる彼が敵に回るのだ。武器を放棄して逃げ出した者も多い。

 ミシェルのお陰で戦わずに済んだ戦闘はいくつもある。

 戦わずして心を折り、退却させることができるんだから使い勝手がいい。


「ゴッさんだったら、死屍累々で一面死体だらけよ」

「いちいち真面目に成仏させず、放置すればいいだけだろう? どうせ土に還るだけだ」

「あー、本当にそうよねゴッさんは。貴方はいいかもしれないけど、私は嫌」


 つまらなそうに舌打ちをするゴッさんを煽るように見上げる。

 今の契約が不満なら私を殺して好きにすればいい。

 それは彼も分かっているはずだが、何故かそうはしなかった。

 好き勝手暴れたいなら契約解除かミシェルのように放逐を迫ればいいのに。

 ミシェル以上にゴッさんは何を考えているのか分からなかった。

 

「しかしお前も酷い奴だ。あいつが不死者となって私と死闘を繰り広げたのがただの余興とはな」

「仕方ないでしょ。モモと相談してそうなったんだから」

「《聖女》のせいにするな。勇者一行にそれとなく王の情報を流し、討伐させた頃に乗り込んできたミシェルに私を宛がう。イイ趣味をしていると思ったぞ」

「あっそう」

「なんだ。褒めているんだからもっと喜べばいい」


 喜べるわけがないだろう。

 私が死霊術師(ネクロマンサー)と知った上で取引を持ちかけてきたゴッさんを思い出す。

 自分が死んだら配下に加えろ、なんて言われた時には正気を疑ったくらいだ。

 生前契約なんてする馬鹿がいるのか、と思わず声が裏返ってしまったほど。


「何で生前契約なんて馬鹿な真似したんだっけ?」

「家が代々王家に仕えているからな。一度出奔しようと思ったが、隷属の契約はどこへ行っても有効で強力。うんざりしていた所にお前が現れたというわけだ」

「あぁ、『王家と家には逆らえないようになってる』とか言ってたわね」


 隷属の呪いは死んでも有効だというくらいに強力なもので、それだけゴッさんの家系が強いという証でもあった。

 それだけ強い臣下を王が手放さないのも当然だ。

 私に生前契約しろと脅してきたのは、その呪いから解放される可能性が高かったから。

 確かに私の固有スキルがあれば、その程度の呪いは簡単に上書きできる。


「私以外の死霊術師(ネクロマンサー)だったら、無理だったんじゃない?」

「そうだな。だからお前を狙っていた」

「はぁ!?」

「お前の固有スキルの事は前に耳にしたことがあったからな」

「え……?」


 ゴッさんが呪いを解くのにどれだけ躍起になっていたのか分かったような気がした。

 そして夢の中の出来事とは言え、まんまと罠にはまってゴッさんと生前契約を結んだ私が情けない。

 あの時、魔王様をモモに預けてしまったのが悪かったのか。


「生前契約をした事と王が倒れたでお陰で呪いは弱まった。だから、生きていながら不死者のフリをしてミシェルに殺されれば呪いからは解放される」

「王が死んだら呪いも解けるんじゃないの?」

「無理だな。王家の血が全て絶えない限りは」


 ということは、呪いを解くためには王家の血を根絶やしにしない限り無理なのか。

 どれだけ酷い呪いを使ったんだ、と犠牲にした生贄を想像しながら廊下を進む。

 静かに会話を聞いていたイナバも「うげぇ」と嫌な声を出して笑うゴッさんを見ていた。


「だったら解放された時に契約破棄して成仏すれば良かったのに」

「晴れて自由の身になったというのに、なぜ成仏しなければいけない?」

「なぜって……」

「はぐれ不死者になって狩られるのも、強制的に成仏されるのも面倒だったから破棄しなかっただけだ」

「今からでも遅くないんですけど」

「私がいなくても平気だというなら、好きにしろ」


 そう言われると困ってしまう。

 手駒の不死者の中ではミシェルと並んで戦闘力の高いゴッさんだ。

 これからまだ戦闘が残っているというのに、くだらない意地で彼を成仏させてしまう事はできない。

 私ができないと分かっているから、そんな余裕でいられるんだろうと歯軋りをすると苦笑された。

 腕の中でカタカタと歯を鳴らして笑うイナバの下顎を強く掴むと、小さく暴れたが気にしない。


「それで、これから体育館とやらに向かって養分を溜め込んでる輩を倒せば終わりか」

「上手くいけばね。歪みは修復したから、徐々に元に戻ると思うわ」

「そうか……つまらんな」

「あ?」

「いや、何でもない。主はもとはそれなりなのだから、もう少し聖女を見習ってみると……」

「結構です」


 そういう生き方をする気はありませので。

 それにゴッさんが本心でそんな事を言っているとは思えない。

 どうせからかって遊んでいるだけだろう。

 この件が片付いたら、ミシェルと同じく解放してしまおうかと思ったがゴッさんに呪われそうなのでやめる。

 

「油断はできませんよ。誰かが既に体育館に侵入したところまでは捕らえましたが、その中で何が起こってるのかは分かりません」

「え?」

「体育館だけは強力な結界が張られていて、わたしの力でも解除できないんですよ」

「……使えんやつだな」

「ひどっ! ユウお姉さぁん」


 そうだね、使えないね。

 私がゴッさんの言葉に同意して頷けばイナバから悲痛な声が漏れた。

 もちろん冗談だけど。

 イナバいなかったら、歪みをどうしたらいいのか分からなかったし随分と助けられてる。

 イナバがいるからこそ、無茶ができるようなものだ。


「それにしても、奇妙なもんよねぇ」

「何ですか急に?」

「ううん、何となくそう思っただけ」

「まぁ確かにな。夢の夢、果たしてお前の生きる世界も本当に現実なのか。少なくともお前は現実だと思っているようだが」

「……ゴッさんたちにとっては、夢の中(あっち)が現実って事か。ややこしい」

「そう難しく考えるな。面白いか、面白くないかで判断すればいい。楽しんだものが勝ちだ」


 そんな凶悪な笑みを浮かべて言われても、残念ながら私は現実ですら楽しむ余裕がない。

 夢と現実の境が分からなくなっているのは危険だと思うけど、幸せに生きていけるならどっちがどっちでもいいかと思ってしまう。

 私を叩き起こしに来るような人がいない限り、その夢は現実になる。

 そこが現実なのか夢なのか、自分が思ったらそのどちらにでもなりそうだ。


「あー、ややこしい」

「ユウお姉さん、気を引き締めてくださいね!」

「ですね」


 そんな事を考えていると体育館の近くまで来ていた。

 階段を下りながら周囲を見回し、こちら側はまだ来ていなかった場所だと警戒する。

 ワサワサと我が物顔でカタスが生息範囲を広げていくので心配はないと思うが念の為。

 もし何かがいたとしても対処できない相手じゃないだろうと、そのまま下りようとした私はローブのフード部分をゴッさんに引っ張られて尻餅をついた。


「何?」

「中々いい気配がするな。用心するに越したことは無い」

「詳細に探索(サーチ)しますね」


 ゴッさんに言われて慌てた様子で探索(サーチ)を念入りにし始めるという事は、イナバですら気付かなかったという事か。

 しかし、何かがいるようには思えない。気配も感じなければ姿も見えないので、何かが潜んでいるとしたらこの会話は筒抜けだろう。

 徘徊している敵と同じような知能しか持ってないとしたら、まだ何かの領域には入っていないのか。

 もし私達に気付いたら攻撃を受けているはずなので、きっとこの場所は範囲外なのだろう。

 このまま階段を下りたらアウトなのか、その境界線も良く分からない。

 マップを表示させてみると、ほとんどが青く染まっていて校内制覇したと言っても過言ではない状況だ。

 

「罠……ですね。大きな落とし穴です」

「落とし穴程度なら平気じゃない? 飛び越えれば」

「飛び越えられない大きさですし、どこに落ちるか不明だと思いますよ。こんな所で外に放り出されたら、またここに戻ってくるのが難しくなります」

「あちゃー」


 それはまずい。

 だったら違う場所から体育館に行こうかとマップを眺め、職員室前を通って行くルートを考えてみる。

 けれどそっちのルートにもカタスですら上書きできない落とし穴が隠れているらしい。

 一見すると何も変わりが無いように見えるが、特定の対象が範囲内に来たときのみに作動する仕掛けになっているとか。

 なんだその罠。

 寧ろなんでこれを音楽室周辺に配置しなかったのか。


「どうやら余程近づいて欲しくないようだな……楽しみだ」

「ん? マップ上の青い点が一つ足りない」


 イナバによると消えたのは神原君だとのこと。

 心配する私にイナバは、神原君にはギンがサポートについている事を教えてくれた。

 ギンは【観測領域】にいるので連絡が取れないんじゃないかと思ったが、私とイナバのようにギンと神原君もまた特別な絆で結ばれているので離れていても連絡はとれるとのことだ。

 特別な絆、と言われるとむず痒くて恥ずかしくなる。


「ギンがサポートなら、大丈夫か」

「はい。大丈夫です。そしてわたしはお姉さんのサポートなので、大船に乗った気持ちで……」

「泥舟とはまたイイ趣味をしているな」

「うわぁぁん、ゴッさんが酷いです!」

 

 神原君が体育館に侵入した時点で彼の反応がマップ上から消えたらしいので、体育館周辺が強固な結界により隔絶されているんだろう。

 イナバですら解除するのが難しく、管理者たちに頼んでも時間がかかってしまうらしい。

 そして、神原君が体育館に入ったと同時に体育館周辺に現われた高レベルの罠。

 これはつまり、狙いは神原君だという事か。もしくは、助けを呼べないような状態にして少しずつ潰していく作戦なのか。

 援護しようにも、まずはこの罠を片付けないと体育館には行けない。


「早く神原君助けに行かないとね」

「ですね。万が一彼が敵の手に落ちたことを考えると……あぁ、恐ろしい!」

「フラグ立てない」

「……カンバラ?」

「勇者よ」

「ほほう」


 ミシェルには遠回しにしか教えなかったが、ゴッさんには問題ないだろう。

 素っ気無い私の返答にも気を悪くせずゴッさんは顎に手を当てると楽しそうに笑みを浮かべた。

 今回倒すべき敵は勇者じゃないんだけど、彼はちゃんと分かっているだろうか。

 助ける振りをして切りかかったりすることがありそうで怖い。


 はははは、手が滑ったーすまぬ勇者よー。


 棒読みでわざとらしく謝罪するゴッさんの声がどこからともなく聞こえたような気がして、私は釘を刺すためにも彼を睨む。

 すると、意味が分かったのかゴッさんは軽く両肩を竦めて顔を逸らした。


「どうする?」

「ううーん。うーん」


 悩むイナバの声を聞きながら私も広げたままのマップを見つめ、腕を組む。

 高レベルの罠を解除する時間もそれなりに要する。モモを呼んで助けてもらえば短縮するかもしれないが、彼女たちには落ち着いたら保健室で待機してもらうように頼んでいるので駄目だ。

 モモだけを呼んで解除を手伝ってもらうにしても、それが罠のような気もする。

 いくらモモが強いと言っても、校内にカタスが根付いているからといっても油断はできない。


「仕方ない。手伝ってやるか」


 やれやれ、と溜息をついたゴッさんはそう言うといきなり私を抱え上げた。

 



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