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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
129/206

128 ゴッさん

 マジカルアイドル☆モモVS増永さよみ

 歪んだピアノ・チップ肉槐VS私・イナバ


 なんとなく、モモが羨ましいと思うのは気のせいだろうか。

 確かに彼女を抑える役目はモモにしかできないから、その隙に元凶を叩かないといけないわけだけど。

 ピアノはいいとして、問題は気持ち悪い肉塊だ。


「似合ってますよ! ユウお姉さん」

「ハイハイハイ。どうせ私は根暗で陰湿な死霊術師(ネクロマンサー)です」


 モヤモヤとした思いを抱えながら、打ち込んだ鎖で作られた結界の範囲を広げる。

 その内部にイナバと共に入り込んで素早く結界を閉じれば、密室のできあがりだ。

 これでこの場は私が倒れない限り外部からの邪魔は受けない。


「さて、始めましょうか」

「ユウお姉さん、ガラッと変わりましたね」

「仕事だと思えばいいのよ。あれなら手加減する必要ないし」


 そう、バイトの時のように仕事だと思えばいい。

 相手はピアノと気持ち悪い肉塊だけど、夢の中と大差ない能力があれば何とかなるだろう。

 さよみちゃんはモモに夢中なので、彼女の心配をすることもない。

 モモは彼女を上手くいなしてくれるだろうし、華ちゃんは第二音楽室でミシェルと本の妖精と共にいる。

 もし、そちらで何かあればミシェルが私に連絡を入れてくるだろう。

 何かあったとしてもミシェルが撃退して終わりだろうけど。


「まぁ、そうですけどねぇ」

「さくさく終らせよう、イナバ」

「はーい」


 領域内にカタスを召喚し、同時に攻撃役の剣士を呼ぶ。

 ピアノに取り付いた肉塊は気持ち悪い音を立てて叫び声を上げた。目玉しか見えないのに、どこから音を発しているのか不思議だ。

 そして、目の前にある気持ち悪いものを見ても動じない自分が悲しい。


「やれやれ、まさか私が呼び出されるとはな」

「よろしく」


 周囲の暗闇から音もなく姿を現したのはミシェルと似たような装備で身を固めた男だ。

 彼も私の手駒の一つで生前は騎士だ。

 もっと正確に言うと彼は敵対した国の騎士団長である。ミシェルが背後からばっさりと斬り捨てて絶命したはずの。


「状況は大体判っているつもりだ。アレを遠慮なく攻撃すればいいのだろう?」

「うん。理解早くて助かるわ。カタスはまぁ、気休め程度だと思って」

「了解した」


 切れたピアノ線が群がってくるカタスを薙ぎ払う。しかし、次から次へと再生するカタスの量に全滅させることはできない。

 さよみちゃんが演奏していた時は、再生すら追いつかぬほど激しい攻撃だったというのに勢いがない。

 宿主、媒介者であり養分でもあるだろう彼女がいなくなっただけで、こんなにも能力が低下するものか。

 そう呆れていると、私の指示に従った騎士団長が禍々しい気を放っている長剣を振るい、ピアノを真っ二つにした。

 凄まじい音が響き床が揺れる。

 屋根に張り付いてピアノ全体に根を張るようにしていた肉塊が気持ち悪い声を上げた。


「ふんっ」


 騎士団長ことゴーチェは、その体格に似合わぬ素早さでくるくると跳んだ屋根に狙いを定める。

 私はその間にも鎖の維持をしつつ、カタスの再生を早める為の呪文を唱え続けている。

 口に出さず心の中で唱えていると、記憶の番人がそれを手伝うように状況を読んで補助魔法をかけてくれた。

 魔力消費が大きくなるというデメリットはあるが、同時に複数魔法を展開できるのは心強い。

 これは魔力を増幅させてくれているイナバのお陰でもある。


「イナバ」

「そろそろですね。強力な力が収束するのを感じます。歪みが姿を現すでしょう」

「ゴッさんはそれと遊んでて。しつこいかもしれないけど」

「気休めは無用だ。この程度でやられでもしたら我が名が廃る」


 もうその地位と名声は充分廃れてると思うんですけど。今や敵の手に落ちて自由に操られている不死者軍団の一員ですし。

 そう思ったが口には出さない。

 生前は王のイエスマンとして活躍していたゴッさんは、女子供老人を手にかけても何も思わなかったらしい。

 流石に王に対する忠誠は気持ちが悪いくらいなんだろうなと思っていたら、「敵に寝返り味方を討つかっ!」なんて嬉々として指示に従うから怖かった。

 配下にしたばかりのミシェルを使って、友人とも言えるゴッさんと戦わせるのも一興かと思って会わせれば、ミシェルは私が気をきかせたと本気で勘違いしたこともあった。

 ただの暇つぶしにどっちが強いか見てみたかったなんて、今更言えるわけがない。

 結局、非情になりきれなかったミシェルがゴッさんに勝てるはずもなく。

 地に伏したミシェルにとどめを刺さず嘲笑ったゴッさんが背を向けた瞬間に、ミシェルが斬りつけて終った。

 背後を襲うなんて卑怯な真似をすると思ってなかったから、結構驚いたものだ。 

 仕方ない。朱に交われば赤くなる。


「おい、捕らえたぞ。腹が立つ事にこれだけは壊せなかったのでな」

「あーはいはい」

「それにしても、私を捉えて寄生しようとは俗物の割りに貪欲なやつよ」

「それが本能みたいなものだからね」


 単体では効果を発揮しないチップは、寄生してこそ真価を発揮するんだと思う。私がそうだったように。

 私の場合は、もどきがあの場でああいう惨状を見たいから通常時は放置されていたように思う。

 それでも私の中に巣食って行動を監視していたわけだけど。

 ゴッさんが持って来た肉塊は最初見たときよりも随分スリムになっていた。

 チップが張り付いている部分だけしかなく、他の部分は細かくなったピアノと一緒にカタスによって彼らの内部に引きずりこまれている。

 相変わらずカタスは何でも食べるいい子たちだ。


「それにしても何だこれは。歯ごたえが無さすぎる。つまらんな」

「ゴッさんに出てきてもらったままで他の敵も掃除してもらうのもいいんだけど、ミシェルがいるからねぇ」

「……そのようだな。しかもお前、あいつを解放したのか」

「うん。本人も前からそれを望んでたし。私もすっきりした」


 寧ろ何で今まであれだけ嫌味を言われながらも配下にしていたのか不思議なくらいだ。あのままいけば、役目を終えたミシェルは安らかに天に召されるに違いない。

 空になった肉体はカタスが美味しく頂くというエコだ。

 私はピクピクと痙攣するように動く肉塊と張り付いたチップを見つめ、自分の物と相違ないか番人に尋ねる。

 私の記憶を管理してる彼女に聞いた方が的確だと思ったからだ。


『うん、間違いない。同じものだね』

『今の由宇ならちょっと触れただけで、チップ壊れると思うわよ』

「えい」


 雫の言葉を聞いて、スイッチを押すかのように私は人差し指でチップに触れる。

 すると、チップはもがくように動きながらジュワジュワと消えていった。

 ゴッさんの手の中に残ったのは萎びた肉塊だけ。

 水分を失ったそれを指でつまみ上げ眺めていると、傍に寄ってきたカタスたちが私を窺うようにしているのに気がついた。

 顔はないのに、期待した眼差しで見られているような気がする。

 これが欲しいのかと肉塊だったものを放り投げると、餌に群がる魚のように争奪戦が始まった。


「イナバ」

「こっちはもう少しかかりますが、このままでいけば無事に修復完了します」

「そ。じゃあ、警戒してるわ」

「外には加勢しないのか?」

「女の戦いに乱入したら、逆に酷い事になるわよ」


 暴れ足りなくてウズウズしているのか、ゴッさんはモモの方を見て首を傾げた。

 私の溜息交じりの言葉に何かを思い出し、彼は微妙な表情をして頷く。

 酷い目に遭ってもいいなら行けばいいと言うと、彼は静かに首を左右に振った。

 昔何か酷い目に遭ったことがあるんだろうか。


「それにしても、さよちゃん寄生されてないのに強いわ……」

「確かにな。しかし、所詮《聖女》の敵ではなかろう」

「うん。モモはこっちの修復終わるまで遊んでくれてるんだと思うけど」


 左腕に抱えられていたイナバは、ピアノが置いてあった場所へと飛んでゆく。

 ぐんにゃりとそこだけ景色が歪んだように見える箇所の前で、イナバは何やらぶつぶつと唱え始めた。

 周囲には淡く発光する緑色の画面や線が現われて、同じように淡く発光する水色の立方体と重なり、歪んでいる場所をすっぽりと覆う。

 その様子を面白そうに眺めていた私とは違って、ゴッさんは女の戦いを見つめていた。

 腕を組んで「ふむ」だの「甘いな」と呟く声を聞きながら、私はモモが発動させていた回復魔法陣まで移動する。

 モモが仕掛けた魔法陣は私が魔力を注ぐとすぐに発動した。

 柔らかな光りと温かさに体と心の疲れが癒されていくのを感じながら、私は暢気にその場に腰を降ろす。

 イナバの守護はゴッさんとカタスに任せているので対処できるだろう。

 何か起こっても、鎖による結界はまだ解いていないのだから何とかなるはず。

 そう思いながら私はモモの方へと視線を向けた。


「ララララ~ラ、ランラララララ~」

「やめなさい! やめてよ! 私の大事な曲を汚すなこのピンクの豚っ!!」


 どこから取り出したのか真紅のドレスを着たさよみちゃんの右手にはタクトが握られている。それでモモを攻撃しているのだろうが、操る音符は悉くステージに設置されているスピーカーから生まれる音符に消された。

 肩を怒らせ、声を荒げながら結構酷い言葉を叫んでいる彼女に、モモは一切動じる事無く伸びやかに歌い続ける。

 流石に繰り返し歌うのも飽きたかと思ったが、相変わらずノリノリで安心した。


「こともあろうか、《聖女》を豚呼ばわりとは……」

「本人気にしてないから平気よ」

「しかし、ミシェルの奴もこんな相手に苦戦とは情けないな」

「やだぁ、何でもイエスマンのゴッさんに言われるなんてミシェルかわいそー」


 抑揚の無い声で私がそう告げるとゴッさんはゆっくりと視線を私の方へ向けた。私はモモとさよみちゃんの戦闘という名の喧嘩を見ているので目は合わせない。

 タンタタン、とステップを踏みながら心地よく歌を続けるモモに「キャー! モモさーん!」だの、「よっ、歌姫!」と煽って盛り上げる。

 声援に答えて笑顔でブンブンと手を振るモモに、さよみちゃんが一瞬こっちを睨んだが怖くない。

 怒っても可愛いなぁと呟けば、ゴッさんが顔を引き攣らせたような気がした。


「そうやって、いつもいつもいつも! 桜井さんばっかり贔屓されるのなんて許せないっ!」

「ララララララッランラララララ~」

「私の、想いなのに……祈りなのにっ」


 増永さよみ。

 キュンシュガのヒロインの一人であり攻略対象。

 音楽を好み、ピアノのコンクールで上位の成績を収めているという少女である。自分で作曲でもするくらい才能を持っているが、伸び悩んでいるところで主人公である神原直人と出会う。

 放課後に音楽室へ向かうと彼女のピアノが聞えるイベントが始まるが、その時点ではまだ接触できない。

 何度も通いつめ、彼女に話しかける事によって徐々にその関係が進展してゆく。

 異性同性を問わず人を惹きつける雰囲気を持つ主人公に、さよみちゃんも次第に惹かれていき自分の気持ちと向き合うことでスランプから抜け出すという話だったような気がする。

 確か、音楽一家だったはずだ。

 だから余計にプレッシャーを感じて、神原君の存在が癒しになってる。

 仲の良い友達ですら癒せないような心の隙間と傷を癒してくれる存在なんて、コロッと落ちて当然だ。


「今日だって、待ってたのにぃ! 何で来てくれないのっ!」


 いや、会いたかったら自分から会いに行けば良くない?

 そういう突っ込みは野暮ですか?

 いつもいつも、神原君が来てくれるまでこの音楽室で待っていたというなら健気だが情けない。

 ゲームでそういう仕様というわけじゃないんだから、会いに行けるだろうに。

 恥ずかしいから受身でいるならしょうがない。


「ユウお姉さん。無事終わりました。歪みが閉じたのでこれ以上敵も強くなる事はありません」

「そ、じゃあ全て解放?」

「そうですね、と言いたいところですが……」


 ふぅ、と一仕事終えたとばかりに近づいてきたイナバは、魔法陣の上で座っている私の足に着地して回復を始める。

 だらしない声を上げながら「ふわぁ、いい気持ちですねぇ」と呟くイナバの声が今にも寝そうだったので、私は頭頂部にチョップを落とした。

 寝るにはまだ早い。




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