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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
127/206

126 音楽室の主

 乱舞する楽譜に可視化する音。

 奏でられた音色がそのまま攻撃や防御になり、私達を責める。

 波打つ五線譜に強打され、見えない壁に背をぶつけた私は苦痛に眉を寄せた。

 モモはうねる五線譜の攻撃を器用に躱している。

 こちらの攻撃は、防御をするように円陣を組む楽譜に阻まれた。

 攻撃、防御共に優れた武器だなと感心しつつ私はイナバの口から放った炎でそれらを燃やした。

 燃やしたところで次から次へと湧いてくる楽譜。しかし、隙を作れればそれでいいのだ。

 楽譜が新たに出現する場所は毎回同じ。ならば、先回りしてそこを叩けばいい。

 そう分かってはいるが、簡単に進まないのが現実だ。

 敵だって馬鹿じゃない。どこが狙われ、私達が何を考えているかくらいは読めてしまう。


「チッ、鬱陶しい!」


 舌打ちをしても攻撃が緩むなんてことは無い。それはそうだ。

 腕の中のイナバは大人しく状況を分析し、次の攻撃を予測してくれるがそれでも間一髪といったところか。

 無いよりはマシだけどと思いながら私は紡いだ術を発動させ、陣を組む楽譜の動きに目を細めた。


「ユウ!」

「暗闇より出でし呪縛の鎖、色に狂う哀れなる花を捕らえよ。闇縛鎖展開(デスペリアケッテ)


 私の紡ぐ言葉に反応して浮かび上がった魔法陣からいくつもの鎖が出現する。紫色の炎を纏った鎖はモモが何度も攻撃していた箇所を突き破り、ピアノと奏者がいる舞台の床に刺さった。

 すぐさま飛来した楽譜が何本も突き刺さった鎖を攻撃するが、紫炎に焼かれて消滅する。


「よし、効いた……音じゃなくて、色だったか」

「続いて行くよー」


 前の戦いでも同じ術を使用したが、今回のように上手くはいかなかった。音楽が好きなキャラクターというのは知っていたので“音”で縛ろうと思ったのだが、術が通用した事から見て“音”ではなく“色”だったようだ。

 対象の本質を捉えることで、この拘束する術はより強力になる。つまり、跳ね返された前回と違って効果があった今回の事から察するに、音楽よりも色恋に比重が傾いているという事。

 リアルとゲームは違うと分かっていても、どの段階までイベントが進んだのかと気になってしまう。

 私が持つ手がかりはゲームでの情報しかなく、例えそれが意味をなさなくともやってみるしかない。

 彼女との会話、選択肢による返答の変化。

 神原君だったらしっかりと覚えているだろうが、私の記憶は薄らぼんやりとしていて良く分からない。

 役に立たない記憶だなぁと胸の内で呟けば「うるっさいわ! そんなんいちいち覚えてられるかってのよ!」という叫びが内側から聞えた。

 これは恐らく番人の声だろう。


「傍観してるなら手伝って欲しいわ」

『えー記憶(データ)に無いから難しいなぁ』

『彼女に何か寄生してるわね。あの腫瘍が弱点?』


 頭の中で声が響く。

 どちらも同じ声だからちょっと気持ち悪い気分になったが仕方が無い。

 面倒臭そうな口調の番人と、ピアノを奏でている少女を見て驚愕の声を上げる雫。

 気持ち悪いと呟いた番人は「おえ……」と嫌な声を漏らしていた。


『さっきはチラッと見ただけで解析する時間もなかったけど、やっぱりもどきが私達に埋め込んだチップと同じね』

『なるほど。もどきというか、神の影響か』

『どうだかね。歪みの影響によって強化されてるみたいだけどさ。でもだったら内側に寄生してもっと変態しててもいいんだけどなぁ』


 チップによる影響を考えると彼女の変化はあまりにも小さいらしい。

 一度退避する前に第二形態らしきものになったが、曲が変わり攻撃方法や防御法も変わった第二形態になっても、少女の姿は変わらなかったように思う。

 今も彼女は人の姿を残しながら、体の色々な箇所から薔薇が咲いているという不思議な見た目になっている。

 左肩の気持ち悪い肉塊がいかにも攻撃する場所ですよって自ら教えてくれているが、上手くしないと少女まで傷つけてしまいそうでモモも攻撃を躊躇っていた。

  

闇の裂き手(グロルライセン)


 休む事なく明るく声を上げながらモモが攻撃魔法を叩き込む。防御が崩れたお陰で陣形を組んでいた楽譜はなす術もなく消えていった。

 それに合わせるようにして発動させた術は、魔法陣から巨大な手が出てくるもの。カタスの強化版のようなものだ。

 残念ながらこの場にカタスを根付かせることはできず、あっけなく楽譜に薙ぎ払われてしまったがこれはそう簡単にはいかない。

 少女を守るように張られた防御膜のようなものが、大きな手に掴まれてミシミシと音を立てる。

 パリン、と薄氷が割れるような音が周囲に響いた所で最後の音を奏でた彼女がゆっくりと手を上げた。

 防御膜を破られたというのに、演奏する彼女の動きは止まらないし、音に乱れも見られない。さすがはプロを目指すだけはあるかと変な感心をしてしまった。


「タイミング的に、第二来るねー」

「そうね」


 前の戦いを思い返せば、ここで乙女の祈りからLa Campanellaへ移行するはずだ。移行してすぐに退却してしまったわけだが、タイミングといい直感を信じれば間違いないと言える。

 第一形態から第二形態への移行。

 見てもいない光景が、現実に起こるという強い直感。

 恐らく攻撃方法もその攻撃力も第一形態の時から上がっているが、対処できないことはない。多分。

 できれば最終形態までどのくらいの段階を経るのかを知っておきたいがそんな攻略本などないのでそれもできない。


「あれー?」

「えっ、La Campanellaじゃない?」


 予想していた曲じゃなかった事に一瞬動揺する。

 その隙を狙うように飛んで来た楽譜を叩き落し、背後に迫る五線譜の波を横に跳んで避けた。

 楽譜が湧いてくる発生源を叩いていたモモだが、全て叩くよりはある程度出しておいたほうがいいと判断したのだろう。

 乱舞する楽譜を適当にあしらいながら、すぐさま標的を奏者である少女に変える。


「飛翔ですね。これは」

「何か飛んでるみたいな曲だもんね。攻撃も激しいけど」

「おっかしいな……飛翔は無かったはずだけど」

「ユウお姉さん、現実とゲームは違いますよ」


 それは分かっているけども。

 いや、分かっていたつもりだった?

 自分が聞き慣れない曲を耳にしただけなのに、思っている以上に動揺しているみたいだ。それでも冷静に攻撃を捌いて、敵の注意を引きつけている自分がちょっと誇らしくなる。

 慢心してるわけじゃないが……いや、そう思ってる時点で駄目なのか。

 直感を信じて、その度にその選択が成功していただけにやっぱり油断してしまっていたのか。

 とにかく反省は後だ。今は何とかして敵を封じ込め、歪みを解消しなければ。


「イナバ、歪みは?」

「ピアノと一体化してるようです。あれを破壊してもらえれば、後はわたしが頑張りまーす」


 よりによって、彼女がうっとりとしながら見つめているグランドピアノが歪みなのかと思いながら、その言葉を聞いていたモモを見る。

 こちらを一切振り向かず、跳ねる音符を踏みつけたモモは手にしたステッキでピアノの屋根を強打するが、滑らかな黒の表面は全く傷つかない。

 突上捧が折れる様子もないのでモモはそのまま素早く後方へ退いた。

 それを追うように床に突き刺さった楽譜が、激しく回転しながら今度はこちらに向かってくる。

 慣れてきたのかこのくらいなら私も平気で破壊できるようになっていた。

 

「大抵の攻撃はパターン入るから対処できるけど、アレ堅すぎるよ」

「みたいね。不死者召喚しても簡単に薙ぎ払われるだけだろうしな……カタスみたいに」

「ユウお姉さん、召喚分の力は鎖固定に回したほうがいいと思います」

「だよね」


 舞台に突き刺さる鎖は楽譜の攻撃を物ともせず、未だにその強度を保っている。

 奏者である少女を捕らえることは出来なかったが、舞台の四方八方に突き刺さって結界を展開させていた。それが効いているからこそ、敵の攻撃が気持ち下がっているようにも思える。

 鎖の維持は魔力を消費する。つまり、私次第だ。

 ここで私がダウンしてしまえばまた最初からやり直しになってしまうかもしれない。

 ボス戦で逃亡できた事実はありがたかったが、二度目はあっても三度目があるかどうか。

 私は真紅のドレスを着た薔薇を生やした少女の横顔を見つめて眉を寄せると、彼女の左肩に隆起している肉塊へと視線を移した。

 中央には見覚えがあるチップのようなものがあって、肉塊はドクンドクンと気持ち悪く脈打っている。

 少女に寄生しているそれを攻撃するには命中率が高く、攻撃力が高くなくてはいけないので、私には向かない。

 器用なモモでさえ苦戦しているんだから当然か。

 イナバは歪みの修復に全力を注いでもらう為に力を温存してもらっている。

 とりあえず、アレ何とかすれば後はどうにかなるような気がするが、そう上手くいかない時の事を考えて過度な期待はしないでおく。


「んもう、浄化も効かないし攻撃してもすぐ回復するし、アレむかつくー!」

「……モモ、乙女の祈り歌える?」

「あれだけ聞かされてたら嫌でも覚えますよっ! っと」


 自分の前に展開していた防御壁を強化し、両耳を防御膜で覆う。

 ボソボソと呟きながら発動させた私を見る事なく、モモは押し寄せてくる音符の波を器用に跳んで避けていた。本当身軽だなと思いつつ、私はちらりとこちらを振り返る彼女に笑う。


「歌って? もう、気分転換にさ、こうパーッとね」

「え……気分転換。うーん……うん、そうだね! よしっ、歌うぞっ!」

「キャーモモさーん! 思いっきり歌ってくださーい」


 頭の中で番人と雫が同時に『ゲッ』と呟いたが気にしない。

 私はどこぞの親衛隊のようにモモを煽りながら、譜面を踏みつけて舞台代わりにする彼女に手を叩いた。

 最初は不思議そうな顔をしていたモモだが、ふうと溜息をつくと手にしていた杖を器用に回転させる。

 トン、と床を叩けば杖は十五cmくらいまで短くなった。

 魔女っ子ステッキが短くなってマイクへと変化する。


「やっほー! マジカル・モモのオンステージにようこそ~」

「キャー! 素敵ー! モモさーん」


 囃したてながら、しなるように向かってくる五線譜の攻撃を間一髪で躱すと、闇の手で薙ぎ払った。モモのテンションはいい具合に上がっている。

 よし、これなら何とかなるかもしれない。ならなかったらまた違う手を考えよう。

 モモが敷いた魔法陣を起動させ、体力と魔力を回復。全快とまではいかないが半分以上なら大丈夫だ。

 こうしていると、前回撤退を余儀なくされたのが不思議に思えるから笑えてしまう。

 足枷になってしまうような華ちゃんを守りながらとは言え、やはり最初から何とかできるだろうと相手を舐めきっていた私が悪い。

 夢の中でも平和ボケし過ぎたかなぁとボヤキながら、ノリノリで歌い始めるモモの声を聞き口の端を上げた。






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