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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
125/206

124 本の妖精

 音楽室は特別教室棟の四階にある。

 少々の違いはあるものの、マップを見ずともどこになんの教室があるのか覚えている自分に苦笑した。

 色々なエンディングを見るために、ゲーム内とは言え何年この学校にいたことか。

 まるで卒業生のようだなと苦笑しつつ、失言をしないように気を付ける。

 華ちゃんがいないなら、適当に嘘をついて誤魔化せるが今はそうもいかない。

 これも聖地巡りに入るんだろうかと思いながら、私はカタスの波に乗って階段を上るモモの後ろ姿を見つめた。

 軽く振り向けば、護身用のモップの柄をしっかりと握りしめてついてくる華ちゃんと、周囲を警戒しているミシェルがいる。

 よし、全員いるなと頷けばイナバも「問題なしです」と大きく歯を鳴らした。

 ミシェルの後ろに、敵を捕獲して引きずり込むカタスと、抵抗するようにもがいて低い唸り声を上げる敵の姿が見える。

 それも、視界に映るだけでも三ヶ所。

 彼らも上手く働いてくれているようだと満足しながら、慣れって怖いなと思う。私につられるようにして振り返った華ちゃんは、うねうねしているカタスを見て首を傾げた。

 彼女は「何かありました?」と不思議そうな顔をして聞いてきたので、何でもないと私は笑顔で答えておいた。

 可愛い華ちゃんに近づいて好感度を上げようとしているカタスは、軽く蹴飛ばしておいた。

 メインヒロインにそう容易く触れられては困る。

 それに、カタスに慣れたとは言っても油断すると華ちゃんを引きずり込みそうで怖い。

 睨みをきかせてはいるが、いつどうなるのか分からないから油断はできなかった。

 そんな私の心を知ってか知らずか、カタスたちはユラユラと揺れている。


「ユウ、やっぱりすぐには通してくれないみたいだよ」

「また鍵探しか……」


 これも毎度の事で慣れたとは言ってもやっぱり面倒くさい。

 近くの教室で入れる所を探していると、音楽準備室くらいしかなかった。

 マップを拡大して見るも、隠し部屋のような存在は見当たらない。


「準備室か」


 音楽準備室とプレートに表記されているここは、音楽教師の部屋である。

 確か青嵐高等学校は吹奏楽にも力を入れていて、その顧問でもある音楽教師は特定のヒロインルートに進んだときにのみ現われるはずだったような気がする。

 名前はなんだったか忘れてしまった。


「あー、もう! 本当にコレ邪魔なんだから」

「モモですらどうにもできないもんね」

「シュヴァさんでも無理でしたからねぇ」


 モモが忌々しげにコンコンと見えない壁をノックしているが、壁の向こうにあるのが第一音楽室と第二音楽室である。

 音楽準備室は手前にある第二音楽室と隣接しているが、第二音楽室の出入り口は壁の向こう側だ。

 つまり、準備室から第二音楽室を通って第一音楽室に行くという事か。

 そうなるとボスと歪みは第一音楽室にある可能性が高い。


「ん? ピアノの音?」

「もう、ワクワクしちゃうよね! 盛り上がってきたぁ! どうせならもう、七不思議になぞらえて中ボス配置したりすれば良かったのにね」

「楽しいのは貴方だけです」


 両手で拳を握って「きゃっ」と語尾にハートマークをつけそうな声色のモモは、私達三人と全く違う感性をお持ちだ。

 相変わらずなので安心してしまうけど。

 

「化学室に置いてあった人体模型も、骨格模型もユウさんの姿見るなり態度変えてましたよね?」

「もうっ、そうなのよねぇ。つまらないったら」

「仕方が無いだろう。こいつはこれでも一応死霊術師(ネクロマンサー)なんだからな。ああいった類の物を手懐けるのは朝飯前だろうな」

「……私別に何もしてないんですけど」

「でも、音楽室にそう言うものはないから大丈夫だと思うの。きっと、純粋に楽しめる!」


 私の邪魔が入らないから存分に楽しもう、と元気よく腕を上げるモモだが動く肖像画は一体どうなるんだろうかと気になった。

 あれまで大人しくなったらモモのテンションが下がってしまう。

 変に拗ねて戦闘放棄されたら困る。 

 眉を寄せて見つめる私にモモは「えへへ」と笑って、音楽準備室の扉に手をかけた。


「さあ、鍵探して先に進もうよ。ピアノだって、きっと聴衆がいないと寂しいと思うから」

「モモさん……」

「騙されちゃ駄目よ華ちゃん。あれは全て演技。どうせ、怪奇現象を早く見たいだけだから」

「あはは……ちょっとだけ、そうかなとは思ってましたけど」


 小さく笑みを浮かべながら「騙されちゃいました」と告げる華ちゃんの可愛らしさが半端ない。思わず口を手で覆って顔を背けた私は緩んでにやける頬を必死に元の位置へと戻した。

 心配そうに声をかける華ちゃんに、笑顔を向けて何でもないと言えばその途中で呆れたような顔をしたミシェルと目が合う。

 さて、鍵をさがそうか。 


「うーん。特に何か変なものとか、気になるものは無いかなぁ」

「そうですね。机の中も、棚にも鍵はありませんね」


 狭い音楽準備室に入ったのはモモと私と華ちゃんの三人。ミシェルは見張りとして出入り口に立っており、カタスで埋め尽くされた廊下を黙って見つめていた。

 私の歩いた道が、カタスになる。

 ちょっと格好つけて胸の内で呟いてみたけど、きまらない。やっぱりカタスだから駄目なんだろうかと首を傾げながら私は本棚を調べていた。


「鍵の気配はこの部屋からしますね。どこかにあるのは間違いないはずです」

「もし仮に、鍵が無くて詰んだ状態になったらその時はどうするの?」

「……」

「もしもーし、イナバさーん」


 ふと思った事をそのまま口にして尋ねてみるが、デスクの上に置かれたイナバスカルは何も答えない。

 聞えないふりをしているというのはあり得ないので、イナバですら答えが分からないのか。

 そうだったとしたら、詰んだ場合の対処法は何も無いのかと冷や汗が出た。


「つ、詰まないように計算されてるのがゲームですしっ!」

「ははっ、イナバちゃん。世の中にはそれを『仕様です』なんて笑顔で言っときゃいいって考えの輩がいてだね……」

「モモ……さん?」

「あぁ、スイッチ入ったか。さ、華ちゃん気にしないで私達は鍵を探そう」

「あ、はい」


 綺麗に整えられた指先で艶やかな髪をさらりと後ろに払い、モモは手を腰に当てるとイナバを見下ろした。

 ひらひらと揺れる髪を結わえたレースのリボンを軽く弄りながら彼女は眉間にトントンと人差し指を当てる。

 助けを求めるような視線を向けてくるイナバを無視して、私は華ちゃんと鍵探しに戻った。


「うーん。今まで結構簡単に見つかってたのにね。暗号系とか?」

「金庫……は無かったと思いますし」


 どこかで聞いたことがあるピアノの音をBGMに私は首を傾げ、思い当たるところは全て探してみた。一度探したところも見落としがあるかもしれないから念入りに確かめる。

 一番鍵がありそうなのはデスクの引き出しだが、それらしいものは見つからない。

 これは本当に詰みになるのかと不安になりかけたところで、華ちゃんの小さな悲鳴に顔を上げた。


「華ちゃん?」

「あ、ごめんなさい。今何だか指先にふにゃんとしたものが当たったような気がして……」

「ふにゃん? ちょっと離れて。ここ?」

「はい。本棚の奥で何かが光ったような気がしたので」


 私が調べた時は何もなかった本棚。

 光るものなんて何もなかったんだけどなと思いつつ、私は他の本をどかしてデスクに積み上げる。

 モモはイナバに向かって仕様についての話をしていたはずだが、今は自分がハマっているフリーゲームについて熱く語っていた。

 イナバは適当な相槌を打てばモモに「心がこもってない!」と鬱陶しく指摘されるので、オーバーリアクション気味に声を上げカタカタと歯を鳴らす。

 そんなイナバを囲むように移動させた本を積み重ねた私は、すっきりとした本棚を見つめて首を傾げた。

 ちなみに本を取り出したのは、華ちゃんが光る何かを見たと言った段だけである。


「何もないね」

「ですね。でも、確かに指先にこう柔らかいものが当たったんですけど」

「……うーん」


 本棚が柔らかい。そんな馬鹿な。

 だったら華ちゃんが嘘をついてる?

 いや、そんな風には見えない。


「おい、まだ見つからないのか?」

「うん」

「すみません。お待たせしてしまって」

「いや、君は悪くないから気にしないでくれ」


 敵の化け物はカタスの餌食になっており、自分の出番がないので暇なんだろう。

 不機嫌さを露にした声も、華ちゃんが謝ればすぐに変わる。本当に騎士様はチョロいもんだ。

 そして、ハマっているゲームの話をしていたはずのモモは、販売戦略と顧客のニーズに対する妥協とやらについてイナバと話し合っている。

 適当に合わせて聞いていたはずのイナバは、市場調査がどうのこうのと盛り上がっていた。

 放っておいた私も悪いけど、今は鍵探しをしているはずだ。

 ボスが待っている音楽室に行くために。

 

「ユウさん、これ!」

「え? うわ、華ちゃん危ないって」

「大丈夫です。でも、ほら」


 ため息をつきそうになった私が本棚を見れば、本をどかした段にソッと手を伸ばしている華ちゃんがいた。

 慌てて止める私に華ちゃんはにこりと笑う。

 そして、人差し指でちょんと軽く棚の奥に触れた。


 ぽにょん


 だらしない音と共に揺れる木目。

 華ちゃんの前に出た私は、近くに置かれていたふわふわモコモコのハンディモップを手にする。

 素手で触るよりマシだろう。

 そして、華ちゃんがしたように何もない裏板をつついた。


 ぽにょん、ぽにょぽにょん


 やはり動く。

 そしてだらしない音で気持ちが悪い。

 これは何かあると、私は振り返った先にいた華ちゃんと視線を交わし、無言で頷き合う。


「切っても切っても生えてくるカタスに、奴等も懲りんなぁ」

「うーん、どの層をメインに据えるかにもよるのよね」

「そうですね。金銭的余裕を考えるとどうしても……」


 周囲の声を聞きながら私はゆっくりと動く木目に目を凝らす。

 何があっても見逃さぬようにと緊張感を持ってハンディモップを握っていると、ぱちっ、と開いた目がこちらを見つめた。

 

「ちっ!」


 今まで室内に敵は入って来れなかったので、どこか油断していたところがあった。

 最初から室内に敵がいた場合など予想してなかったわ! と心の中で呟きつつ華ちゃんを守るように半歩前に出る。

 来るなら来い。

 いや、先手必勝でしかけるべきか?

 瞬きの間にそんな事を考えて、モモたちが気づくまでくらいは耐えられると笑みを浮かべた。


「ブエックション!」

「あだっ!」


 豪快なくしゃみと共に額に何かが当たった衝撃に襲われ、手でその箇所を押さえる。床に落ちた何かを拾い上げた華ちゃんが「これ!」と興奮した声を上げた。


「鍵です!」

「……何で本棚が……罠か!?」

「モニョニョ、フガフガ、ポニャニャン」


 目の前の本棚が意味不明な声を発している。

 何とも間の抜けた声だが、油断はできない。変な呪文が発動した場合を考えて警戒していると、後方で華ちゃんが「あっ」と声を上げた。


「ええと、これですね」

「フガフガ……いや、すまんすまん」


 鍵とは違う場所に落ちていた入れ歯を拾った華ちゃんは、それを裏板に現れた口らしき部分にはめる。

 モゴモゴと口を動かしていた何かは、やっとまともに喋り出すと自分は本の妖精だと告げた。


「……妖精」

「え? なになに?」


 妖精という単語に反応したのは、モモだった。彼女は私を押し退けて前に出ると本棚全体を揺らしながら笑う存在に目を輝かせる。

 両手を合わせて体をくねらせると、鼻にかかった声で可愛いと連呼し始めた。


「やだ、渋可愛い!」

「……今度は喋る本棚か」


 ミシェル、溜息をつきたいのは私も同じなんですけど。

 モモに可愛いと言われた本棚は、満更でもなさそうに笑っている。真っ赤な目に、華ちゃんが見た光る何かはこれだったのかなと思う。

 しかし、こんな所に鍵があるなんて誰が気づくか。


「はい、鍵も手に入れたからさっさと行くよ」

「わーい。本棚さん、また後でね~」


 また戻ってくる気なのか、と突っ込みを入れようとしたが気合が入っているモモを見てやめた。

 彼女の調子がいいならここから先にいる敵との戦闘も、随分楽になるだろう。

 ちらり、とミシェルを見ればゆっくりと息を吐いて準備を整えている。


「さーて、ごたいめーん!」


 明るく響くモモが第二音楽室へ繋がる扉を開けて、私は気を引き締め直すとその後に続いた。




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