123 ノリノリ波乗り
綺麗なものだけ見て生きていたいけど、そうもいかないから手を汚すことも躊躇わない。
自分の命を守るため、誰かを守るため。
生活の為、生き抜くためと何かしら理由をつけて自分の行動を納得させる。
子供じみた正義感なんて嘲笑でしかないと分かっているはずなのに、求めてしまうのは私がまだ子供だからなんだろうか。
理想と現実のギャップに打ちのめされ、描いていた綺麗な予想は簡単に破られる。
どんな手を使っても生き延びてやると覚悟を決めていた最初の頃の私を思い出し、そっちの方がよっぽど大人なんじゃないかと思った。
汚い事を受け入れて、自らも手を染め、綺麗事を鼻で笑うから大人だとは言わないけれど。
どう足掻いても無理なものは無理だ。
それなのに私はまだこうやって、足掻いている。
今だって、上手く言い含められて利用され、最終的には絶望してしまうかもしれないというのに。
優しい言葉と、無駄な期待に胸を躍らせて生きている。
感情がなくなってしまうまでこれは繰り返しそうだなと苦笑しながら、私は頭を掻いた。
あぁ、でも……神原君ならどうするんだろう。
どんなに折れても汚れても、必死に立ち上がって食らいつこうとする彼は最後まで希望を失わないんだろうなと何となく思った。
私のように曖昧で自暴自棄になりながら、決められてしまった死を待つでもなく、口先だけ偉いことを言って尻ごみするでもない。
それは彼が主人公だからなのかもしれないし、元来の性格だからなのかもしれない。
そんな事言っても、元々の性格なんて分からないけど。
でも、ゲーム内の神原直人という主人公は個性的ではなく、どんな色にも染めやすいキャラクターだったから今の彼とは違っていたのかもしれない。
それでもあの輝かしさと、いざという時の肝の据わり方は「流石主人公!」としか言えない部分もある。
キュンシュガにミステリー要素もホラー要素も無かったからな、とゲームの内容を思い出していると華ちゃんが心配そうな声で尋ねてきた。
「あの、止めなくてもいいんですか?」
「うん大丈夫。止めても無理だろうし」
「そう……なんですか」
「心配しなくて大丈夫よ。華ちゃんは自分の身の安全と無事に帰れるようにお祈りしててくれる?」
本当にそれでいいのかとばかりに小さく眉を寄せる華ちゃんの頭を撫でる。
一瞬身を竦めた華ちゃんだったが、ぱちぱちと素早く瞬きを繰り返しながら真意を探るように私を見つめた。
なつみに対してするように、つい頭を撫でてしまった私は戸惑った華ちゃんの表情を見て苦笑する。
「あれは遊んでるみたいなものだから、本当に大丈夫よ。あ、守りに支障はないから心配しないでね」
「いえ、それは全く心配していませんので……」
「そっか。それじゃ、大丈夫!」
有無を言わさぬ笑顔でグッと親指を立てる私に、華ちゃんはそれ以上何も言わずに小さく笑った。
自分が口を挟む余地はないと察したのだろう。
「モモ、そろそろ行くよ? 目指すは~?」
「音楽室ぅ~!」
「よし」
ノリノリで腕を突き上げスキップをするモモはいつもの通りだ。
項垂れたミシェルに視線を向ければ、気付いた彼が顔を上げ罰の悪そうな顔をする。
彼の体にはカタスが絡み付いて、慰めるようにポンポンと体を叩いていた。
「ミシェル、華ちゃんの事だけは頼むわよ?」
「言われずとも、分かっている」
「あ、あの私はちゃんと邪魔にならないように自己防衛だけはしますから」
「いいのいいの。守られててあげて」
矛盾した思いを抱いて未だ葛藤しているミシェルは、死してなおその気持ちを持て余しているんだろう。
汚いものを跳ね除けて自分が正義と思う道を堂々と歩む自分と、裏切りと失望に苛まれ憎しみに囚われた自分と。
所謂、天使と悪魔が同居して未だ戦闘中なんだろうきっと。
復讐を遂げ、敬愛していた相手に自らの手で幕引きをしたものの後悔しているに違いない。
そんなんだから、私のような愚か者に使われてしまうような結果になる。
ミシェルが微塵も揺らがない、高潔なる人物だったらそのまま成仏してしまった事だろう。
聖人、勇者、英雄、そう大層な肩書きを持つものですら、強い思念を残して死ねばその隙を突いて利用されてしまうもの。
しかしその思いを間近で見るたびに、この人も私と変わらない人間なんだと感じる事が出来るという皮肉さ。
神に愛され愛した神官が、答えぬ神へ嘆きの言葉を残し息絶えた様に人の本性を目にする度、彼らは生きているんだと改めて感じる。
前にそう言ったら魔王様には変な顔をされてしまったけど、モモは「判る気がする」と言ってくれた。
夢の中なのに現実かと錯覚するような醜さは、あの場所に人々の思念が流れ込んでいるせいなんだろうか。
「情けないところを見せてしまってすまない。君の守りは確実にしよう。それが、私の存在意義でもある」
「え、っとあの……はい。よろしくお願いします」
「ミシェル、存在意義とか重いから。貴方のそういうところが重くて女に逃げられてたんじゃないのかなぁ」
「経験すらないお前に言われたくないがな」
「やーん、エッチー」
ミシェル相手に演技する必要はどこにもないので、抑揚なく私がそう呟くと華ちゃんが小さく噴き出した。少しは緊張取れたかなと思って彼女を見ていると、ミシェルが呆れたような顔をして溜息をつく。
どうやらこちらも大丈夫そうだ。
変な歌を歌いながらスキップしつつ華麗に敵を躱すモモは、不思議な呪文を唱えて敵を焦がしていた。
私の移動と共に勢力拡大するカタスたちは、敵を見つけて餌だと必死に腕を伸ばすが、地面に落ちたのは消し炭となった敵。
しょんぼりとしたように掌を下に向けて、静かに壁や天井に生息範囲を広げていった。
これは客観的に見ると、私が気持ち悪い影の手で校内を埋め尽くしているようにしか見えない。
養分になっている生徒達が起きていたら、悲鳴を上げて逃げていたことだろう。
「似合ってると思いますよ、ユウお姉さん」
「せめて、カタスの親玉がモモだったらなぁ」
「……想像しただけでも恐ろしいからそれは止めてくれ」
「そうですね……モモさんだと考えると、ギャップがあり過ぎて、怖いですね」
ということは、私だと違和感がないからいいということか。
さらりと言ってくれる華ちゃんに、私はちょっとしたショックを受ける。
確かに、引きずるくらいに長い濃紺のローブを身に纏い、左手にはクリスタルでできたドクロを抱えている。
そして使用する魔術は黒魔法と死霊魔術で、使役するのは不死者たち。
戦場はスカウト場です、と言わんばかりに敵であろうが気に入った強い者は魂を呪縛して己の配下にする。
うん、ぴったりだった。
「ユウ、さん?」
「うん、ちょっと目にゴミが入っただけ」
可愛い女の子に化け物扱いされているようで、ショックだったけど事実だから仕方がない。
私だってこんな格好の女を見たら同じように思うだろう。
できるだけ怖がらせないように華ちゃんには近づかないようにしよう。
「ユウ~見て見て~♪」
「わぁ、凄いですね」
「何をやってるんだか」
「カタスの波乗り、ですか」
待たされて暇だったのか先頭を歩いていたモモは、楽しげに鼻歌を歌いながらカタスの波を器用に乗りこなす。カタスたちも分かっていて彼女と一緒に遊んでいるのが微笑ましい。
黒い波が姿を変えるが、その度にモモは器用にバランスを取ってサーフボードに見立てたカタスの上に乗っていた。
ちなみに、サーフボード役のカタスたちは逞しい腕たちだ。モモに踏みつけられる事に多少の興奮を感じているような気がしたが、気のせいだと思いたい。
「音楽室ってさ、広いのかな? 音楽家たちの肖像画の目とかが光って、ビーム出たり、くるくる回ったりするのかな?」
「さぁねぇ……」
「第一音楽室は広いですね。第二音楽室はちょっと小さめです」
「二つも!」
華ちゃんの説明に波乗りをしつつモモは興奮状態だ。「ムッハー」と意味が分からない言葉を放ちながら彼女の目はギラギラと輝く。
それに合わせて波の動きを表現しているカタスたちの動きも激しくなり、しまいにはトンネルまで出来た。
わさわさ、と動くカタスの動きがいつの間にか波そのものに見え、鋭い眼光でその波を捕らえ続けているモモが歴戦のサーファーに見えてくる。
カモメの鳴く音と、波音が聞えるという幻聴に息を呑みながら私達三人は目の前の光景に釘付けになった。
「何だあの波乗りは……」
「凄いです」
ミシェルが言葉が出ないとばかりに大きく口を開けてモモを見つめる。華ちゃんもちょっと興奮したような声で口元に手を当てていた。
二人よりも先にハッと我に返った私は、大きく深呼吸をしてカタスを見つめると軽く手を上げる。そしてそのまま静かに床を指す動作をすれば、大海原と力強い波を見せていたカタスたちが一瞬で陣形を崩しバラバラになった。
バランスを崩したモモが後ろに引っくり返るようにして倒れたが、カタスたちに押し上げられ私の前まで運ばれてくる。
「楽しかった?」
「あ、うん。でも、もうちょっとビックウェーブに乗ってたかったな」
「人生の荒波に乗ってください」
「はーい!」
元気に明るく返事をするモモが少し憎らしい。
嫌そうな顔一つせずに、辛いことも楽しいことに変えてしまうその思考を真似したいと思った時もあったが、私には無理だった。
頑張ってみようと思ったこともあったけど、私には合わなかった。やっぱり、無理せず自分らしくが一番だ。
辛いことを明るく転換できる思考が無いのに、何故頑張ってそんな事をしようと思ったんだろう。
今思えば謎だけど、モモが羨ましかったのかもしれない。
あんな風にできたらな、思えたらなとどこかで憧れていたんだろう。きっと。
「さてと、程よい気分転換も出来たことだし、音楽室行ってさっくり片付けてきますか?」
「えぇーさっくりいったら、面白くないー!」
「えっ」
「気にしないでいい。彼女たちは少々普通ではないからな」
驚く華ちゃんの耳元に手を当てて小声でそう話しているミシェルだが、ちゃんと聞こえている。
まぁ、今更そんな事言われたくらいで怒らないけど。
私一人だったら「あいつは頭がおかしいからな」くらいは普通に言うミシェルだが、モモが一緒だと少々言葉を選ぶ。
あれだけモモに精神的に抉られておきながらも、嫌いにはならないのだから驚く。
憧れにも似たような眼差しで見つめるその姿も変わらないのだから、本当はマゾじゃないだろうか。
私の心情に反応してか、カタスたちが静かにミシェルの体にまとわりつく。
驚いた華ちゃんは彼から少し距離を取ったところでモモに手を握られていた。
「華ちゃんのことは、このモモおねーさんが守ってあげるから心配いらないよ」
「あ、ありがとうございます」
「さぁ行こうか。楽しみだねぇ、音楽室」
きゃっきゃ、とはしゃぐモモに華ちゃんは心配そうに振り返ってミシェルを見る。しかし私が笑顔で首を左右に振ると、安心したように頷いた。
私の気持ちが分かってくれるのは君達だけだよ、と心の中で呟くとイナバが自分もいると主張を始める。
「おい、貴様これを何とかしろ!」
「音楽室か……無事に終ればいいけど」
「そうですねぇ。まぁ、モモさんいれば余裕な気がしますけど」
「あはは、確かに」
「無視をするな! 聞け!」
しなやかな女の腕に顔を撫でられて声を荒げるミシェルを無視する。
チラリと見れば、ミシェルの体に絡み付いている腕は全て女のもので羨ましい状況になっている。
素直に喜べばいいのになと溜息をつきながら私はモモと華ちゃんを追いかけた。




