121 好みのヒロイン
敵に気づかれ戦闘状態に入るたび、モモは避けることなく相手に立ち向かってゆく。
心身ともに疲労が蓄積するので、後の事を考えるとなるべく回避したいが彼女はそれを聞こうとしない。
元気なのはいいけど、ペース配分というものをもう少し考えて欲しい。
「あんまり無理しないでね。回避すればいいんだし」
「だって、それって何だか負けたみたいじゃない!」
「敵も行動範囲があるから、どこまでも追って来るわけじゃないって」
「この先に、まだ何かあるんだとしたらユウさんの言う通りにした方がいいと思います」
「あー、華ちゃんもそんな事言う」
「……」
開放されるエリアが増えるごとに敵のレベルが上がってゆく。
対峙して、嫌でもそれを思い知らされた私達は適当に蹴散らしながら先に進んでいるが遅々とした進み具合にイライラし始めていた。
その中でもモモのイライラは特に目立っている。
今までのような夢の中ではスムーズにいっていたからよけいに不満なんだろう。
それに私達の他に、養分にならず動き回っている存在がいるというのが彼女の競争心に火をつけてしまった。
どちらが先にボスの元まで辿り着けるかと目の奥に静かな炎を燃やしているモモを横目に、私は溜息をつく。
「はいはい、次開放したら休憩取るわよ」
「うん、分かったよ。ちゃんと休む」
「分かれば良し。大事な戦力なんだから、自分の身もっと大事にしてよね」
「はーい」
続く連戦に休息を取ろうとやっと開放できた教室に入って小休止。
相変わらず化け物は室内には入って来れず、開放された教室の近くをウロウロするくらいだ。
そう、教室を開放すれば教室前の廊下も室内と同じ状態になるらしく、見えない壁のようなものに阻まれて行ったり来たりしている化け物の姿が見られる。
その場でじっと留まり出待ちされるのを考えたら、動いてくれるだけマシだろう。
「それにしても、進み方が遅いのは仕方ないけど校内ってこんなに広いっけ?」
「あの、私も実はずっとそれを考えてて……」
「え? こんなもんじゃないの?」
「いやぁ、幾らなんでも広すぎな気がするんだけど。構造がちょっと違う気もするし、改変されてるのかな?」
「……わたしの探索に引っかからなかったなら、改変されたのはわたしたちが来るより前になりますね」
神やもどきがいる【隔離領域】とはまた違う【隔離領域】に裏の学校は放り込まれ外界から切り離されたはずだ。
それをレディたちが【観測領域】から監視しているはず。
ならば、歪みを引き起こした原因である神たちは、彼らの【隔離領域】にいるんだろうか。
ここにいるとしたら、こんなのんびりしてるはずもない。
私達がここに来た時点で、養分とされた生徒達はみな干からびているだろう。最悪の事態が起こっていて、手の施しようがない状態になっているのが想像できる。
しかし、それがないのは手下のようなものに任せて自分たちは退いたのか、それともどこかに潜んで遊んでいるのか。
もどきが潜んでいるとしたら、早々に目の前に現われるだろうと言ったイナバの言葉に私もその通りだと思っているのでもどきがいる可能性は低い。
管理者たちに隔離された事を察知して、素早く手を引いたと考えるのが妥当か。
となれば、神も今の状態で真っ向から管理者とやり合うことは考えないだろうからこの場にいる可能性は低い。
自分達が復活するため、生徒たちを昏倒させて生命エネルギーを搾取する。
ならば、校内で集められたそのエネルギーは一体どこへ向かうのか。
「体育館ですよ。ボスがいるには丁度いい位置でしょう?」
「歪みは音楽室なのに?」
「……あ、そうだよね。普通は歪みのある場所にボスがいるものよね」
それは変だね、とイナバと私の会話にモモも首を傾げた。とりあえず私達の目的は学校をこんな状況にしている歪みを発見して修正する事だから音楽室が目的地になる。
ちなみに歪みをどうやって修正するのかという疑問はイナバが自信満々に「わたしが直しますからご心配なく」と答えてくれた。
力制限されてるわりには、そういう事はできるのかと変な感心をしつつ私達は階段を上る。
避けられる敵は避け、先頭にモモ、私、華ちゃん、ミシェルの順番で進んでいた。
休憩中も疲れた様子は一度も見せないミシェルはいつも危ないところを助けられている華ちゃんに感謝され、頼られて満更でもなさそうだ。
気持ちは分かる。
私だって華ちゃんに「いつもありがとうございます」なんてお礼を言われたら「これからもお守りします」と格好つけて言ってしまいそうだ。
神原君が自分のせいだと気にしていたとは言え、放っておけなかったのも頷ける。
画面越しで見るよりも、こうやって見る実物の方が遥かに上だなんて誰が想像するだろう。
「えぇ、じゃあ体育館と音楽室の二手に別れるの?」
「それは危険でしょ」
「だよねぇ」
「イナバの指示に従えば、私達はそのまま音楽室でいいと思うよ」
近づいてくる化け物を軽くいなしながらモモは不満そうな表情をした。
徐々に強くなっているとは言え、この程度の敵に躓く様では魔族軍の幹部にはなれない。
ただ厄介なのが、倒しても一定時間後に復活することだ。
苦労して倒しても鬱陶しく復活するのはボスを倒さないからか。
ボスを倒したとしても、そのボスでさえ一定時間後に復活するような悪夢にならない事を願う。
「音楽室か……。化学室で人体模型が走ったり、ガイコツが襲ってきたりしないからつまんないよね」
「えっ! つ、つまらない……ですか」
「そうだよ。音楽室なんて勝手に鳴るピアノとか、騒ぎ出す音楽家の肖像画とかしかないじゃん! こっちはもっと、おどろおどろしいのとか心臓がキュッとなりそうなものを期待してるのに」
「モモ、華ちゃんは違うから。華ちゃんは貴方と違って普通の可愛い女の子だから」
「なにそれっ!」
可愛らしく頬を膨らませて「ぷんぷん」とか言っても無駄。
ミシェルが目をパチパチさせながら「可愛いな」とか呟いているので、正気を疑うけれど男はこういうのが好みなんだろうか。
学校の七不思議として取り上げられそうなモモの話に、華ちゃんは周囲を見回して胸の前で手を組む。
さらりとした黒髪が白い頬にかかり、今にも倒れてしまいそうな儚さを感じた。
そう、これよこれ。
この子は自分が守らないとっていう使命感に駆られる感じ。
怖くて不安なんだろうけど、それを表に出さないように気丈に振舞って自分ができる最大限の事をしようとする強さとひたむきさ。
謙虚で、けれど卑屈過ぎず、こんな状況下においても他人を思いやる気持ちは忘れない。
あぁ、正に私が好みのヒロイン像だ。
うん、本当にキュンシュガでは華ちゃん一択だった。
他のヒロインたちもそれぞれ個性的で可愛い子なんだけど、やっぱりメインヒロインの華ちゃんが一番なんだよなぁ。
本当に、神原君が羨ましいわ。
「私が可愛くないって言うのー? ユウってばいっつも私には厳しいんだからっ!」
「あの、モモさんは同性の私から見てもとても可愛らしい方だと思いますよ? お世辞ではなくて、本当に」
「キャー華ちゃんたら本当にいい子! うんうん、華ちゃんも私と同じで可愛いもんね」
「……良いじゃない別に。私が何を言おうと狂信じみた取り巻きが崇めてくれるんだから」
はぁ、と溜息をつく私を無視してモモは華ちゃんに駆け寄る。
急に抱きつかれた華ちゃんは驚いたように小さく声を上げていたが、そんな事はお構いなしにモモは嬉しそうに頬をすり寄せていた。
嫌だったら本気で抵抗していいのに、華ちゃんは困惑しながらもされるがままだ。
そして、モモがいなくなったので私が先頭になってしまう。
それでもって、前方にはこちらに向かってくる敵の姿。
ちらり、と背後を見ればモモは「華ちゃん可愛い、妹にならない?」と自分の妹にしようとしていた。現状を分かっているんだろうかあの乙女は。
「はぁ」
「ユウお姉さん、ふぁいとぉー!」
私はイナバスカルの頭を撫でて口から火の玉を出現させると、それを敵にぶつける。
最初はその程度の攻撃であっさり消滅してくれていた彼らだが、レベルアップしてしまった今では大した効果は無い。
確実にダメージを食らっていながらも歩みを止めない様子に溜息をついて、私は軽く呪文を唱えた。
床に描かれた紫紺の魔法陣から無数の手が伸びて、敵を引きずり込む。
もがけばもがくほどその手に絡め取られ、敵の姿は吸い込まれるように消えていった。
「ふぅ」
「……敵を吸収して回復に回すとか、ユウお姉さんてば恐ろしい人!」
「ユウ、いっその事もうそのカタスちゃんたちで学校包んじゃえばいいのに」
「え?」
「学校に根を張っちゃえば、カタスちゃんたちは敵を取り込んでは回復しのエンドレスループでしょ? 対象として眠ってる人たちいれなきゃいいと思うんだけど」
モモが言うカタスちゃんとは私が使役する魔物のようなものである。
素直で従順であり、積極的に攻撃はしてこないが攻撃されると容赦なく相手を自分の世界へ引きずりこむ。
正直、私も彼ら、彼女の世界が一体どういうものなのかは良く理解していない。
魔術書の記載にも『混沌とした場所』としか書かれていないので、実際にどういう所なのかは分からない。
そう言えば行ったことがあるという人は聞いたことがない気がした。
一度あんな風に引きずり込まれて無事に戻ってこれた存在は私も見たことがない。
「いや……でも、ほら、敵に支配されてる領域だからそんな事やってもどうせ掻き消されちゃうって言うか、術を維持してる私の体力がもたないだろうし」
「でも敵なんてまた復活するじゃん。自給自足っていうの?」
「それは……ちょっと違うような気がします」
「毒をもって毒を制する、か」
自分でも良く分からないが慌てて早口になってしまう私に、モモは腰に手を当て首を傾げる。
華ちゃんはカタスたちが気持ち悪くないのか苦笑しながら口元に手を当てた。
ミシェルは何故今まで考え付かなかったんだとばかりに私を鋭く見つめる。
そんな責められても困る。
「試してみる価値はあるんじゃない? それに、それが成功したら今よりもっと楽できるよ?」
「そうですよ! 何忘れてたんですかユウお姉さん!」
「いやいや、忘れてた訳じゃないって。普段使わないから考えも及ばなかったし、なるべく体力温存したかったから。それに、そんな風に使ったことが無かったから分からなかっただけで……大体、本当にモモが言うようにエンドレスループなんて上手くいくかどうか分からないじゃない」
「……あっれぇ? 城に攻め入った時に城全体カタスちゃんで覆って、素敵なリフォームしてなかったっけ?」
ソンナコトアッタカナー。




