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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
121/206

120 高給、福利厚生充実。昇給あります。

 タイムリミットは校内に捕らわれた人々の命が尽きるまでなんだろうか。

 そんな事を考えながら、私は眠るモモと華ちゃんを見つめる。

 私達を倒すのではなく、足止めして時間を稼ぐことが目的ならば敵の目論見は成功していると言えた。

 ミシェルからも指摘されたその点はイナバが大丈夫だろうと返していた。


「まぁ、神原君も頑張ってるみたいだから心配はしてないけど」

「あ、酷い」

「信頼してるんです」


 マップ上に示された青い点は消えたり現れたりと不安定だ。

 常に表示させられないのは、妨害のためらしいがイナバの声は冴えなかった。

 敵ともまた違う何かの気配を感じるが、それが何なのか分からないのだという。

 すっかり能力が低下してしまったなぁ、と私は机に置いたイナバスカルを見つめた。

 これが魔王様だったらここまで能力低下して困ることもなかったかもしれないと思っていると、イナバスカルの両面が、カッと光る。

 どうやら拗ねたらしい。


「その……先程から話題に出る、カンバラという人物はお前の同僚か何かか?」

「見れば一発で分かると思うけど。私の同僚とか……笑えないわね。暴動が起きるわよ」

「寧ろ、人間側(かれら)は絶望に包まれるでしょうね~」

「ん? それほどまでに凄い人物なのか。うーむ。覚えが無いな」


 イナバののん気な声にミシェルは難しい顔をして首を傾ける。

 彼ならとっくに会っていたと思ったが、違ったんだろうか。そう言えばミシェルとこうして長く話すのは初めてかもしれない。


「モモと神原君が揃ったら、怖いものなしだったのにね」

「モモさんはお姉さんについてきちゃいましたからねぇ」

「……唆したわけじゃないのに、私ばかり責められる不条理さ」


 もしも、神原君が私の同僚だったら一体どうなっていたのか。

 持って生まれた才能を存分に発揮して幹部になるのはそう遅くないはず。私より引き立てられていて、周囲の魔族からも妬まれながらその実力を認められているだろう。

 《聖女》たるモモと、《勇者》たる神原君が並んでいる姿を思い浮かべて苦笑する。

 凛々しい顔つきで眼下を見つめ、神々しきオーラを纏いながら率いるは異形の軍勢。

 猛々しく吠える彼らを従え、人々を恐怖のどん底に陥れる。


「モモと神原君のタッグは、まずいわね。非常にまずい」

「それは、神原君がこちら側に染まった場合ですよね。あー、確かにまずいですねぇ」


 神原君がすすんで魔族軍に入るなんてことは、策略以外ではないだろう。

 寧ろ自ら望んで来た場合は、人間側に大きな原因があると思って間違いない。


「闇落ちした神原君なんて、見たくないです」

「わたしもです!」


 虚ろな目をして生気を失った様子でベンチに座っていた神原君を思い出し、ぞわりと悪寒がした。

 希望も何もない、そんなあの頃の彼に戻るなんてことはダメだ。

 いくら夢の中のくだらない物語だったとしても、彼は光ある場所で煌々と輝きながら人々の救世主になっている方が向いている。

 そう、例え彼がそれを望んでいなかったとしても。

 

「まぁ、名前に聞き覚えが無くても見れば分かるから」

「シュヴァさんは、神原君の存在は知っていても名前や姿は分からないかもしれませんよ?」

「うーん。ま、いいんじゃない?」

「……分かると言ったり分からぬと言ったり、どっちなんだ?」


 私から解放されて外に存在している時間が長くなったからなのか、嫌味ったらしくネチネチと私を口撃していたミシェルはもういない。

 あれほど殺気を放っていた彼は不機嫌な顔はしているものの、こうやって私と普通に会話をするまでになっていた。

 そう言えば、と今までの事を思い出す。

 ミシェルは仕事の時に呼び出して、戦って相手を倒してもらったらさようなら。

 まともに話をしようという気なんて無かった。というのも、彼が私を良く思っていないのを感じていたからだ。

 実際はそうでもなかったみたいだけど。

 面白いもので手駒にした不死者の中には、ただ私の話相手になるだけの者だったり、私に倒された敵だというのにフレンドリーに話しかけてくる者もいる。

 配下にしている不死者は交渉した後、承諾した者とのみ契約を結ぶようにしていた。

 周囲から馬鹿にされているのにはそんな私の手緩さが原因だ。

 分かっているが、変えるつもりもない。

 数が足りないときは一時契約として無理やり周囲の不死者を配下にする事もある。恨まれるのが嫌なので戦闘が終われば成仏してもらうが、モモは結構えげつないと言っていた。

 そんなことないと思うけど。

 目の前のミシェルを手駒に加えられたのも、彼が私の誘いに乗ったからだ。無理強いしたわけじゃない。 

 ミシェルは不死者になっても強くて、人々の希望となるような騎士だったので一部の不死者からは鬱陶しがられていた。

 大体、ミシェル相手で私もよく死ななかったものだ。

 《聖女》のモモに惹かれることなく、影で戦況を見ていた私目掛けて突っ込んでくるとは誰が想像しただろう。

 夢の中でもまた死ぬのかと絶望しかけたが、頼もしい配下の不死者達のお陰で何とか生き延びる事ができた。

 あの時の私の回避も随分と神懸りだったなぁと思っているとミシェルが眉を寄せてこちらを見ている。

 

「なんだ、変な顔をして」

「いや……初めてミシェルを配下にした時の事を思い出して」

「あぁ。我ながら不覚だと思う。お前の回避力があそこまでとはな」

「もう赤ゲージでしたけどね」

「? あかげーじ?」

「気にしないで。独り言よ」


 瀕死も瀕死だ。

 あと一撃で死ぬという所でよく踏みとどまれたものだと思う。

 あの後すぐにモモが回復してくれたから良かったものの、たった一人の男に翻弄される魔王軍の不死者軍団とは情けない。

 もちろん、情けないのは指揮してる私だけだ。

 あぁ、これが上司が役に立たないと部下が苦労するってやつかと心の中で溜息をつけば「基本、ごり押しですからね」とイナバの馬鹿にするような声が響いた。

 防御重視で、陣形もそれなりに考えてはいるものの最終的には力技で片付ける他なくなってしまう。もしくは退却か。

 魔王軍参謀からの指示を仰ぐ事もあるけれど、基本的に彼らは隙を見て私も一緒に片付けてしまおうと思っているので信用ならない。

 無い頭を必死に使って、働いてくれる不死者の意見を聞きながら戦う死霊術師(ネクロマンサー)なんて私の他にいるんだろうか。

 魔族側で力を振るう死霊術師(ネクロマンサー)のクセに、見目がいい騎士や神官を並べ一見すると敵に援軍かと思わせてしまうような人選もどうやら評判が悪い。

 私としては個人的な趣味とそれぞれの能力を考慮した上で配置していたりするが、もっと魔族らしく恐怖を与えるような配置にしろとのことだ。

 戦わずして勝つならばそれ以上にいいことはないのに何が不満なのか。

 騎士、兵士、神官、傭兵、戦ってきた敵を何の躊躇いも無く己の懐に入れるという行為。

 魔族側にいながら力のある人間の不死者で配下を固めているので、喧嘩を売られたことも少なくない。

 それは私が人間だからしょうがないだろう。

 それに、魔族が全くいないわけじゃない。ゾンビ、グール、スカルナイト辺りは各小隊長の指示に従って動いてもらっている優秀な不死者だ。

 段々と有能な配下が増えているお陰で、私がする事と言えば新たな死体の確保と力の放出くらいだ。

 下克上されてその首を刎ねられても知らないぞと同僚から忠告を受けることもあったが、それならそれでいいと思っていた。


「モモには目もくれないんだもの。信じられない」

「回復よりも厄介なのは、無限に配下を増やすお前の方だったからな」

「一目で死霊術師(ネクロマンサー)って見抜かれるのもなぁ。やっぱりこの格好?」

「格好がどうであれ、あれだけ有能な人の死者ばかり操っていれば嫌でも厄介だと分かる」

「……操って、ねぇ」


 戦って、誰を討ち取って、何を奪って、と私はざっくりとした指示を与えるだけに過ぎない。

 最初はあれこれ悩んで戦術を考えていたけれど、途中で策に長けた不死者ができたのでそれからは全て彼に任せている。

 神官でありながら魔族軍によって殺され、その挙句死ぬことも出来ずに不死者として仮初の命を持って味方と戦う破目になる。

 冷静に考えたら発狂しそうな状況だ。

 しかし彼は、不死者として蘇った時点で色々と吹っ切れたらしい。

 私がドン引きするくらいに、嬉々として陣頭指揮を取ったりあれこれ進言してくれる。

 思いつく策はえげつないものが多く、本当に神官だったのかと疑問に思うくらいだ。

 ミシェルと顔を合わせたことはないだろうが、反りが合わないタイプだと思う。


「能力高い私の部下たちを斬り捨てたままにしたのは意外だったがな」

「そりゃ、私にだって好みくらいあります」

「好みで選んであの人選なのか。お前は分からんな。普通そういうものは、能力で選ぶものだろう。どうせお前の呪縛からはどんなに強い輩であっても逃れる事はできないのだからな」


 苦虫を噛み潰したような顔をしてミシェルが床を睨みつける。

 彼が座った椅子がギシリと音を立てたが、私は気にせず苦笑した。


「強い輩って、自分の事?」

「私も含めてだ。騎士団長なんていいカードになっただろうに」

「団長まで連れてきたら、王様寂しくて化けて出そうじゃない」


 王様と団長の件は未だにミシェルの心残りらしい。

 忘れられないのかと聞けば、不機嫌な顔で睨まれるので言わないが。 


「……分からん奴だな。魔族側に与しているというのに、変にこちら側への気遣いもみせる。まぁ、それもただの格好でしかないんだろうが」

「そうね」


 私は出現させたマップを机の上に広げて、何か変わった事は無いかと見つめる。

 開放されたエリアは青色で表示されるようにしたとのことだが、なるほど。私達がまだ行っていない箇所も少しずつ青い所が増えていっている。

 ということはやはり、神原君が活躍しているという事だろう。

 ギンは【観測領域】にいるとの事なので、きっと神原君が一人で化け物と戦いながら先を目指しているに違いない。

 大人数で敵をフルボッコする私たちとは大違いだ。

 正々堂々と、一騎打ちというのは効率が悪いから仕方ない。

 今大事なのは、早くボスの元へ到達することだ。卑怯だの言われても構っていられない。


「一つだけ聞きたい」

「なに?」

「お前は何故、魔族軍にいる? 人でありながら、魔王の配下になり人間の敵となってまでそこにいる理由は何だ?」


 机に肘をついて手を組み合わせたミシェル。

 白銀の鎧を着た精悍な騎士が、学校の椅子に座り机に向かっているという図はとてもシュールだった。

 それに彼の体格では椅子と机が小さくて可哀想な感じにも見えてしまう。

 質問の内容も、彼の雰囲気も言葉も真面目なものなのに、視界に映るその光景のアンバランスさに思わず笑いそうになった。

 笑ったら絶対にいけないと思いつつ、口の内側の肉を奥歯で軽く噛み耐える。

 堪えきれず漏れてしまった笑いは咳払いと溜息で何とか誤魔化して、私はマップ上の掠れたエリアを指で叩き小さく笑った。


「高給だったからよ」




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