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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
119/206

118 夢の夢

 女と男と小さな女の子が一人。

 花畑の上に広げたシートには美味しそうなお弁当が広げられている。

 三人は親子なんだろうか。

 ぼんやりとその光景を見つめながら、桜井華子は笑みを浮かべた。

 どこにでもあるような三人家族の光景は見ていて微笑ましい。

 ピクニックにでも来たのかと思いながら、少し羨ましい気持ちで彼らを見つめていた桜井は幸せな気持ちで朝を迎えた。


 それが、彼女が三人家族の夢を見た始まりだった。


 それからも両親と思える男女が何やら楽しそうに会話をしている場面や、女の子が楽しそうに走り回っている場面など色々な夢を見てきた。

 それと同時に自分の身の回りが前以上に騒がしくなってきたような気もしていたが、はっきりとは分からないままだ。

 危ないと思うような場面が多々ありはしたが、その度に間一髪で助けられるか回避する。

 悪運強いねと友達に笑って言われながらも、桜井は自分が異性から必要以上に好意を向けられるのが原因かと気に病んでいた。

 思わせぶりな態度を取った覚えはない。

 誰に対しても変わらない態度で接してきたつもりだ。同級生であれ、先輩であれ、男女関係無く敬語で礼儀正しく。

 そう努力していたお陰か、嫌な噂が流れたり陰口を叩かれたりしても自分の周囲にいる友達やクラスメイトたちは「桜井さんが悪いんじゃないよ」と言ってくれる。

 それが本心なのかどうなのかは分からないが、少なくともそれ以上酷くなるような事は無かった。

 彼女を良く助けてくれる親切な男子生徒も、人の良い笑みを浮かべて「大丈夫だよ」と言ってくれる。

 それだけで心が落ち着くのだから現金なものだと桜井は自分自身に苦笑した。





「夢?」

「……はい。今も夢みたいで、あれ? ここも夢、なんでしたっけ?」

「そうね、悪い夢だよ。でも大丈夫。悪い夢を作ってる奴を退治したら、清々しく目覚められるから」


 記憶が曖昧になっているのか戸惑うような表情をした華ちゃんをモモがぎゅっと抱きしめる。

 ポンポン、と優しく体を叩きながらゆっくりとそう告げると華ちゃんの表情が緩んだ。

 モモは相手の懐にスルスルと入り込むのが上手い。

 警戒心をあまり抱かせる事無く、ごく自然に寄り添って優しく声をかける。それだけで相手はモモに心を許してしまうんだから本当に恐ろしい能力だ。

 これも彼女の固有スキル故かと改めて思っていると「そうですね……被り無しの強力スキルですからね」とイナバが告げる。

 ファンタジー世界を舞台にしているので、それらしいスキルを適当につけられたのかと思いきやそうでもないらしい。

 それぞれの特性にあったものにしたら、そうなったと魔王様が言っていた。

 適当過ぎやしませんか、との問いに魔王様は「ハハハハハ」と笑うだけだったのを思い出す。

 最初の頃は夢だから変な事があってもしょうがないよね、とは思っていたが作られた舞台で流れに任せて宿ったスキルだとすると私は世界に嫌われているような気もした。

 確かに今の私、死霊術師(ネクロマンサー)のユーリア・ペリステラーには素晴らしく似合うスキルですが、女としては終わっている気がします。

 魔族軍に属している上に、幹部にまで取り上げられて魔王様の覚えめでたいのはありがたいけれど何か大切なものを失ったような気もする。

 私が活躍する度に家族は周囲の空気を読んで引越しをしてしまった。

 今では魔王城の敷地内にある広大な森の中に住居を構えさせてもらっている。

 家族の身の安全は保障すると魔王様に言われているので心配はしていないが、なつみにちょっかいをかけにくる同僚や魔族のオスたちを返り討ちに遭わせるのも大変だ。

 モモの家も隣に引っ越してきたんだっけな、と夢の中での出来事を思い出しているとミシェルの大きな咳払いが聞えた。

 あ、そうだ。華ちゃんの話の途中だった。


「それで、三人家族の夢を良く見るって言うけど華ちゃんのじゃなくて?」

「いえ、私の過去ではないです。両親らしい二人にも、女の子にも見覚えがないので」

「そっか……」

「親戚とかも?」

「ないですね。親戚の中で一番年下なのは私ですから」

「あら、それじゃあ華ちゃん凄く可愛がられてるんじゃないの?」


 華ちゃんが同じ家族の夢を見る。

 何度も見るということは、ただの偶然ではないんだろう。

 イナバも心なしか神妙な顔つきをして華ちゃんを見つめているような気がした。

 しかし、夢に出てくる家族に全く心当たりがないと言う。

 これは一体どういう事でしょうね、とイナバに問いかければ「誰かの夢が混ざってきたのかもしれません」と答えた。

 夢が混ざるなんてそんな事あるのか、と思ったが私が良く見ているファンタジー夢にモモやユッコたちが登場しているのを考えると否定できない。

 けれど、ある家族の夢ばかりって事は何かあるような気もするんだけど。

 その何かが分からなくて眉を寄せた。


「夢の境界は曖昧ですからね。現実では肉体がありますから他者への干渉は難しいですけど、夢となれば無防備にも近いですから……」

「そんな事言って、好き放題されても嫌なんだけど」

「もちろん、自己防衛の為の心の壁のようなものはありますよ? けれど、モモさんやユッコさんのようにユウお姉さんと関わりが深い人がああやってやってくる場合もあるんです」

「……それにしても、モモやってくるの早くない?」

「それだけ仲がいいって事じゃないですか」


 うん、それはいいんだけど。

 自分の身に起こった事を何も話してないのに巻きこんで悪いなとか、こうやって一緒に行動してるからと言っても詳しい事は話せないんだよなとか。

 いっその事、誰とも繋がりを持たないようにしていれば良かったのかもしれないと考えたが、決まって目を覚ます“はじまり”は大学入学前なのでどうにもできない。

 

「どこの家族なんだろうね? 華ちゃんに何か伝えたいことでもあるのかな?」

「それが分からなくて。最初にその夢を見たのは高校入学前なんですけど、それから色々忙しくて……」

「見てなかったの?」

「いえ、切り取られた場面を少しずつ」


 時系列や何をしているかは分からなかったらしい。

 華ちゃんが見る夢は色がついた鮮やかなものがほとんどだったが、無音声で何を話しているのかは分からないのだと言っていた。

 表情や仕草から想像するくらいで、それが何を意味するのか分からないと彼女は呟く。

 自分を困らせるような夢ではないので放置していたが、最近また頻繁にその夢を見るようになったと華ちゃんは眉を寄せた。


「何かの啓示かもしれんな」

「啓示?」

「ああ。彼らは君に何かを伝えたいのかもしれん」

「……幸せ家族の風景が?」

「ああ。その些細な光景に何かが隠されているのかもしれんな」


 腕を組んだミシェルの言葉に不思議そうな顔をしていた華ちゃんは、少し俯いて考え始める。

 その様子を隣で見ていたモモは「無理しないでね」と優しく声をかけて彼女の頭を撫でていた。


「だったら、はっきり言ってくれって感じよね」

「お前……ま、まぁ気持ちは分からなくもないが」

「でも華ちゃんの話聞いてると、普通の家族の光景なんだけどね」


 そこに何が隠されてるって言うのやら、と呟いたモモの言葉にミシェルがぴくりと反応する。目だけを動かしてこちらに後頭部を向けているモモを見つめた彼は、私の視線に気づいて素早く振り向いた。

 私もそれを察して視線を逸らす。

 わざとらしく宙を見つめながら必死に笑いを堪えた私は、誤魔化すように何度も咳をした。

 夢の中の存在だと言ったのを覚えていたんだろうか。


「学校が変な事になって、目を覚ます前も……さっき寝ていた時もやっぱりその家族の夢を見ました」

「どんな夢だったの?」

「最初に目覚めた時の夢は確か、親らしい男女が二人で何か喧嘩のようなことをしていて、さっきは産まれたばかりの赤ちゃんを抱きながら微笑んでる二人の光景でした」

「うーん、繋がりは無さそうだよねユウ」

「そうね。どこにでもあるような家族の光景ね」


 特に変な部分はない、普通の光景だ。

 華ちゃんに害があるようにも思えないけれど、本人曰く学校がこんな風に変わってしまってからは気を失ったり少し眠ったりする時にもその夢を見るのだと言う。

 今までたまっていた分を一気に見たという仮説を立てた私だが「タイミング良過ぎますよ。そんなの落ち着いてからでもいいでしょう」とイナバに突っ込まれた。

 確かにその通りだけど。

 何か関係があると思っていた方がいいのかな、と呟けばモモは小さく唸り華ちゃんも困ったように首を傾げた。


「でも、私が見る夢はこんな状況になる前からですし。学校がこんな風になってから急に見るようになった、というなら原因なのかなとは思いますけど」

「……確かにな。聞けば聞くほど、どこにでもあるような家族の様子だからな」

「それさっき私言ったんですけど」

「うるさい」


 何だよもう。

 解放されて自由になってから余計に態度がでかくなったような気がする。

 まぁ、虫唾が走る程嫌いな奴の呪縛から逃れられたんだから嬉しいに決まっているだろうし、清々してるだろう。

 基本的な態度のでかさは、解放前とあまり変わらないから免疫が出来ていていいが。


「はぁ。とりあえず、気は進まないけど態勢立て直してまた校内歩き回らないとねぇ」

「二人の守護は任せておけ」

「頼まなくても勝手にやるでしょ」

「……」

「何よ」


 今更だろうと呆れた視線でミシェルを見れば彼は眉を寄せてもごもごと口を動かした。

 言いたいことがあればはっきり言えばいいのに。


「何でもない。ただ『私は守らないのか?』と聞かれるかと思ってな」

「あぁ、最初から期待してないから大丈夫」

「……っ!」

「だから何なのよ」


 忌々しいと言わんばかりの顔されても困る。

 守る気がない相手に期待してないという返事のどこが悪いのか。何も問題はないだろうに。

 ベッドに腰掛けて座っているモモは私とミシェルのやり取りが面白いらしく、腹部に手を当てて笑っていた。

 そんなに笑うような要素はどこにも無いと思うんだけど。


「お前はどれだけ私を馬鹿にしたらっ……」

「は? だって、貴方が私を守るわけなんてないじゃない。私が使役してるならともかく、貴方はもう自由なんだし」

「くっ……」

「うぷぷぷ、ユウって超面白いよね」


 私は全く面白くない。

 体格の良いしっかりとした鎧を身に着けている男に、殺意の篭った視線を向けられてる意味が分からない。

 気に入らないことを言った覚えもないのに。

 お陰で気力が削がれてしまい、私も軽く寝ておけば良かったかなと後悔しつつ、「騎士(シュヴァリエ)さん、よろしくね?」と可愛らしくミシェルにお願いしているモモを眺めた。

 ミシェルはミシェルで、先ほどまでの不機嫌はどこへやら嬉しそうに頬を緩ませ身を屈め「お任せください」と頼れる男のように言っている。

 こうして見ると、絵本の中の一場面のようで「絵になりますねぇ」と呟くイナバに私は深く頷いた。





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