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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
118/206

117 花ふたつ

 無事に完全回復したモモは大きく伸びをして軽く体を捻る。

 まだ少し眠そうな華ちゃんもずいぶん顔色が良くなっていた。

 疲れは取れたかと聞けば、はにかみながら「だいぶ良くなりました」と告げる。

 可愛い。

 画面越しで見ていた存在がこうして現実に存在しているのを見るのは初めてではないけど、本当によくできたものだと思う。

 二次元のキャラクターを三次元化するのは中々難しいが、それが可能になっている恐ろしさ。

 主要人物のなつみが妹になっているので、美形に慣れてしまったのが少々悔やまれる。

 しかし、そのお陰で美形を前にしても揺るがない性格になった。

 これがなかったら、何人もの男を同時に手玉に取るなんて悪行は実行不可能だっただろう。


「さ、華ちゃんも一緒に軽くストレッチしよ!」

「あ、はい」

「モモ、無理やりはダメだよ?」

「あ、大丈夫ですよ」


 にこりと微笑む華ちゃんにモモは嬉しそうに飛び跳ねる。

 そうしてストレッチをし始めた二人を見つめていた私は、顔が緩みそうになるのを必死に堪えていた。

 可愛い女の子が二人でいるだけで絵になる。

 可愛いものはいいものだ。

 モモの可愛さには慣れたのでどうとも思わないけど、華ちゃんの可愛らしさは流石メインヒロインと唸ってしまうほど。

 黒髪長髪の大和撫子という使い古されたド定番のヒロイン像だが、やっぱり良い。

 シスコンだと自覚しているこの私でさえ、華ちゃんの愛らしさには心が揺らいでしまった。


「あの、ユウさん……?」

「無理してないかな、と思って。大丈夫ならいいの」

「はい、大丈夫です! 戦闘ではお役に立てませんが、邪魔しないように気を付けます」


 少しでも力になれればいいんだけどそれができなくて辛い。

 そんな華ちゃんの心の声が聞こえたような気がして私は微笑んだ。


「うん。野蛮なことは私達に任せて、貴方はコレに守られててね?」

「コレとは何だコレとは!」


 身を守るための武器として、華ちゃんが持っていたのはモップの柄だ。

 水分を含むと重くなり扱いづらいので柄だけにしたらしい。

 戦いなど分からぬ素人が滅茶苦茶に振り回しても大したことはない。それを痛感したらしい華ちゃんは少し悔しそうに唇を噛んでいた。

 下手にやる気を出しても結局足手まといにしかならないことを自覚しているんだろう。


「コレさ、守るものがあるとやる気が凄く違うから守られててくれるかな?」

「え……あ、はい。私で良ければお願いします」

「可愛いね、可愛いねぇ華ちゃんは。素直でいい子だし」


 私の気持ちを代弁するかのように、モモは笑顔で華ちゃんを抱きしめると彼女の頭を撫でる。

 美少女がこうやってキャッキャしているのを見るのは癒しだ。

 不満そうな顔をして口を開こうとするミシェルに「何か問題でも?」と笑顔で問いかければ、無言で首を横に振った。

 可憐な華ちゃんを守るとなれば騎士としても男としても気合が入るというものだ。文句なんてあるわけがない。

 ちらり、とミシェルを見れば難しそうな顔をしてテーブルを見つめていた。しかし、キャッキャと仲良くスキンシップを取っている二人を見て頬を緩める。

 正直でよろしい。


「はぁー、絵になりますね。桜井さんとモモさんは」

「ねぇ。ここになつみと愛ちゃんも加われば更に幸せになれると思うの」

「ほうほう、それじゃあ中央には神原君を配置しましょうか」

「……なんと言うけしからんハーレムかっ!」


 ノリノリで神原君を追加した図を想像し、私はカッと目を見開いた。言っている意味が分からないと首を傾げながら呟くミシェルは無視だ。

 説明したところであの堅物が分かるはずもない。理解したところで白い目で見られる様な気がする。


「なつみもなぁ。見つけても助けられるわけじゃないからな……」

「しょうがないですよ。仮に目を覚ましたところで、こんな状況ですよ?」


 そうだ。

 イナバの言葉に私は電話でのやり取りを思い出す。

 あんなか細くて、震えて恐怖と不安を前面に押し出すあの子は珍しい。皆から頼られる自分を知っていて、安心させようと頑張るような子だから弱音なんて滅多に吐かない。

 けれどもあの時のなつみの声は今思い出しても眉を寄せてしまうくらい悲痛なものだった。

 イナバの言った通り、なつみだけが目覚めたとしてもこんな状況下で冷静になれるだろうか。

 ここであったことは全て夢でした、と対処してもらったとしてもパニックになるに違いない。足手まとい、との文字が浮かんだが私は頭を横に振ってその文字を消した。

 華ちゃんがいる以上、守る対象が増えれば増えるほど後手に回って狙われやすいのは分かっている。

 けれども大人しく養分になっているのを見過ごすのも腹立たしい。

 イナバ曰く、敵側も本調子では無いので養分の吸い上げが上手くいっていないらしい。その辺りはもしかしたら魔王様たちが妨害しているせいもあるかもしれないと言っていた。

 だから、その妨害が成功している内に校内に居座って歪みを守っている敵を倒さなくてはいけない。

 歪みの位置は特定できているので、そこに向かえばいいだけだがそう簡単に進ませてくれないのも頭が痛い。

 これでなつみがいなかったらいなかったで、「ゲームみたいで楽しい」と不謹慎な発言をするんだろうかと想像し、さすがにないなと思った。

 養分にされている人たちが一人もいなかったら、廃墟と化した場所として楽しめていたかもしれないが。

 やはり、誰かが苦しんで犠牲になっている状況で楽しめるわけがない。

 倒れていたり机に突っ伏していたり、寄りかかるようにして気を失っている人を見かける度に不快は増してゆく。

 口には出さないが、きっとモモも同じ気持ちだろう。

 ミシェルは言わずもがな、顔を見ればすぐに分かる。

 辛そうな顔をして目を伏せたり背けたりしてしまう華ちゃんの気持ちも分かる。


「ぬぅ……」

「焦らない焦らない。ね? ユウお姉さん」

「分かってはいるんだけどさ」


 分かってはいるけど、気ばかり焦ってしまう。

 これは何に対してもだ。

 今まで飽き過ぎてどうでも良くなるくらいのループを経験してきたというのに、敵の形が見えてやるべき事が決まってくると速度を上げたくなってしまう。

 注意深く慎重に進まなければいけないのは分かっているはずなのに、体と心が上手く合致していなくてもどかしさを感じた。

 今はこの場に集中、と自分に言い聞かせてイナバの声に合わせて深呼吸を繰り返す。

 その途中でミシェルと目が合ったが、彼は幽霊でも見るかのような顔をしていた。

 いくら私が死霊術師(ネクロマンサー)だからってその顔は失礼だと思う。

 癪だったので「終わったら、成仏しなさいよ」と言えばムッとされた。

 嫌味の一つ二つでも飛んでくるかと思ったが、ミシェルは何も言わずに姿勢を正して目を伏せる。

 瞑想に入ったんだろうと言うイナバの言葉に小さく息を吐いて、恋バナをしているモモと華ちゃんへ目をやった。


「えー華ちゃんこんなに可愛いのに恋人いないの?」

「あの、その……私まだそう言うのはあんまり興味が無いというか」

「あぁ……分かる。でも、告白とか結構されるでしょ?」

「えっと……はい」


 モモの質問に気圧されながらも華ちゃんは小さく頷いたりして素直に答えている。

 大きく頷くモモに華ちゃんは少し驚いた顔をすると首を傾げた。


「私もね、自分で言うのもなんだけど結構モテるの。でも、私は興味ないから困って」

「そうなんですか?」

「うん。見ず知らずの人に『好きです、付き合ってください』なんて言われても、は? って思うもん」


 うんうん、モモは昔からそう言ってたね。

 好きになるのは勝手だけど、なんで付き合わなきゃいけないのかって。

 断ってばかりいたら高嶺の花と言われ、女子には妬まれて最悪なことばかりだってよく愚痴ってた。

 モテ過ぎるのも大変だなぁと思いながら聞いていたあの頃が懐かしい。


「女子には妬まれるしさ、大変よ。私が男侍らせながら『えぇ、私こんなに好かれて困っちゃうんですけどぉ。私べつに何にもしてないのにぃ』とか言うなら話は別よ?」

「は、はぁ」


 ぶりっ子らしい口調で演技をするモモに華ちゃんは目をぱちくりとさせている。

 華ちゃんはモモみたいに、女子から妬まれたりして苛められたりとかはないんだろうか。

 そこがちょっと心配だけど、私がここで急に口を挟むのも変だし後でなつみに聞いてみよう。


「だからどうしてもいいイメージがもてなくて。華ちゃんはそんな事ない?」

「私も、その……急に告白とかされても相手の事を全く知らないので怖いという思いが強くて」

「うんうん、分かる」

「私自身、まだそういうのはいいかなって思うところもあるから全てお断りしてるんですけど」

「そっか。それで周囲に何か言われたりしてないならいいんだけど、大丈夫?」

「それは大丈夫です。最初の頃は、結構言われたりしてたみたいですけど」


 やっぱりこういう話はモモに任せるに限る。

 経験してるからこその言葉の重み。

 私が「分かるよ」って同情したところで、モモとは比べ物にならないくらい軽く感じてしまう。

 華ちゃんもモモと話して少しでも楽になったりしてくれると私も嬉しい。


「陰口なんて気にしない。ちょっと難しいかもしれないけど、そういう子たちは羨ましいんだよね華ちゃんが」

「そうでしょうか。でもそれは、友達や他の子が庇ってくれたりしてるので大丈夫です」

「そっかそっか、友達は大事だね。良かった。大事にするんだよ?」

「はい。守ってもらってばかりで、申し訳ないんですけど」


 自分ができるような事が中々思いつかなくて、と視線を落とす華ちゃんの肩をモモが優しく叩く。

 まるで自分に妹ができたかのような可愛がり方だなと思いながら、私はミシェルと視線を交わして静かに頷いた。

 二人の会話の邪魔をしないようにと彼も分かっていたらしい。

 堅物のわりには空気が読めるとは。

 失礼な事を思っていると「本当に失礼ですよ」とイナバに呟かれる。


「迷惑ばかりかけて、自分で何とかしようと頑張ったりもするんです」

「うんうん」

「でも、いつも空回りで逆に余計に迷惑かけてしまったりして。私は何もできないんだなって、改めて感じました」

「そんな事無いって。できることはあるよ? ちょっとした事でもいいんだから」

「ちょっとした事?」

「うん。守られてばかりで悪いなって思ってたら、それを言えばいいんだよ。『いつもごめんね? でもありがとう』って言われただけでも、言われた方は『よっしゃ、これからも任せとけ!』って簡単にやる気になるんだから」

「……そう、ですか?」


 あれ、私モモに昔何度かそれ言われたことあるぞ。

 最近はもうモモ本人が強いからそんな言葉も聞かなくなったけど。

 でも私はそんな事言われて「モモの事、私がちゃんと守らなきゃ!」って思ったことあっただろうか。

 えっと……あぁ、昔にちょっとだけ。

 モモの本性を知る前の、あの王子様というか騎士ぶってたところがあった恥ずかしい私ね。

 いや、でも表立ってそんな言動はとってない。私が心の中で勝手に思って想像してただけだから。

 可愛いモモを背後に庇って、しつこく言い寄って来る輩と対峙する私ってカッコイイ! なーんて。

 よく考えるとモモを守る為じゃなくて『モモを守る私って素敵』って自分に酔いしれていただけなんだけど。

 

「そうそう。笑顔で『ありがとう』ってお礼を言ったりすればチョロイもんだって。適度に飴を与えるのがコツよ」

「……えっと」

「ちょっと待ったストップ。そこ、純粋な子に変な事を教えない!」

「変な事じゃありませんー。世の中を生き抜くための術です」

「キリッとした顔しても駄目!」


 華ちゃんはそんな狡賢い手を使わなくても生きていけるの。

 生きていけるはず、だ。

 ここは神原君にお願いしておいた方がいいんだろうか。

 しかし、ここで頼んでしまうと華ちゃんとのフラグが立った場合苦しむのは神原君だ。

 それに神原君自体、何でもかんでも自分に頼るなって感じかもしれない。

 だとしたら、モモの言う通りあのくらいの術は覚えておいた方がいいのかな。

 なつみと違って守ってくれる人が周囲にいないのなら尚更。


「はぁ」

「……まったく、お姉さんなんですから」


 他人事だとは言え、可愛い華ちゃんの今後に頭を悩ませる私に呆れたようなイナバの声が響いた。





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