112 花と騎士
判断ミスなんて許されないのに何をやっているのか。
そう思いながらも表情や態度には出さない。
白銀の鎧を身に纏う騎士の持つ剣は深く床に突き刺さっている。
目の前に立ち、無言で威圧する騎士の姿に恐怖している少女は腰を抜かし座り込んでいた。
全身を小刻みに震わせたまま泣きそうな顔で騎士を見上げている彼女に私は優しく声をかける。
「ごめんなさいね、敵かと思って」
「ちょっと、ユウってば! その前に騎士なんとかしないと」
「あ……」
「ちょっと待て。私はそう気安く呼び出される存在では無いと何度言えば……」
「はいはい、お疲れ様。ありがとうまたよろしくね、ミシェル」
「……チッ」
相手を見ずにヒラヒラと手を振ると、ミシェルは舌打ちをして消えていく。敵によって便利に扱われている事が許せないわりには意外と真面目に仕事をこなしてくれる。
私が腰を抜かして震えている少女に近づく前にモモが割って入る。
視界に入ってきたモモを見て声にならない悲鳴を上げた少女は目を瞑ってしまった。
内部はこうなってるんだなぁと思いながら、私はゲームの舞台にもなった高校にいることにちょっと興奮した。
なつみを迎えに来ることはたまにあっても、こうして中にまで入ったことはない。
キョロキョロと見回すが、なんの変哲もない普通の学校だ。
ここで色んなイベントが起こって、楽しい高校生活を送ったんだっけと、ゲーム内の出来事を思い出しているとイナバに名前を呼ばれた。
「ユウお姉さん。油断大敵ですよ」
「はいはい」
「イナバちゃんは真面目さんだねぇ」
イナバには性別はないよと教えても、モモは可愛いからという理由で呼び方を変えることはなかった。
本人は「性別を超越するくらい可愛い存在だからどっちでもいいんです」と鼻息荒く言っていたが。
「あの、皆さんはどうしてここに?」
「私達も良くわからないんだけど、気づいたらここにいたの。でも、夢の中なら何でもあるよね」
「夢……そうですね。こんな悪夢早く覚めてほしいです」
どう説明しようかと悩む私とイナバよりも早く、モモがそう言ってくれる。
彼女の言葉を受けて軽い気絶から覚めた華ちゃんは視線を落とし呟いた。
その様子を見るにモモの説明を疑うことなく受け入れたらしい。
桜井華子。キュンシュガのメインヒロインにして青嵐高等学校のマドンナ的存在だ。
神原君と入学式でぶつかるというイベントは何度やっても避けられなかったらしい強運? の持ち主でもある。
それにしても華ちゃんがゲームの通り素直ないい子で良かった。
「うーん。華ちゃんは眠くないの?」
「え? いえ。寝てる場合でもないので」
「そうだよね、この状況だもんね」
ちらり、とモモを見ると彼女も一瞬だけ私を見た。
多分、モモは私が言いたいことを理解している。ならば、私は周囲の化け物を蹴散らしながら入れる教室を探すだけだ。
「私とモモにとっては雑魚だけど、一定時間経過すると復活するのが面倒ね」
「手駒に加えたらどうですか?」
「間に合ってますし、私にも選ぶ権利はあります」
開いている部屋に入れば化け物は中にまで入ってこないので休憩できる。
しかし、今のところ開いていた教室は一つだけだった。
私とモモだけでなく、華ちゃんも加わったのであまり無理はできない。
教室は安全地帯だから、眠っている他の生徒と待つようにと言っても彼女は首を横に振るばかり。
聞き分けがない性格ではないだろうから、何か理由があるんだろう。
残念ながら理由は話してくれないが、それは親密度が足りないせいだと思っておく。
ヒロインだから何か異変を感じ取っているんだろうか。主人公補正があるように、ヒロイン補正もあるのかなと私が考えていると「かもしれませんね」とイナバが同意する。
今回ここで華ちゃんと出会うのはイナバにとっても予想外のものだったらしい。
敵地なので詳細な探索は出来なかったらしいが、それでも神原君以外の人物が起きて歩いているという事自体が信じられないと言っていた。
それは確かに私とモモも同じだ。
イナバからの説明で、校内にいる人々は皆眠っていて生命力を放出させてしまっていると言われたのだから。
「メインヒロインだからなぁ、華ちゃんは」
「いいじゃないですか。なつみさんじゃなくて」
「まぁ、それは……そうなんだけどね」
なつみが華ちゃんのように起きていたらと考えるとそれはそれで複雑だ。無事だったという安堵感と共に、異様な光景を前にして彼女の心に大きな傷がついてしまうのではないかという懸念がある。
ならば華ちゃんならいいのか、と言われるとそうでもない。
親しくないから、家族じゃないからと言って切り捨てられるような存在でもなく、かと言って何を犠牲にしても助けたいという存在でもない。
随分と酷い女だと苦笑していると、「大抵の人が同じだと思いますよ?」とイナバが慰めてくれた。
余計に複雑な心境になりながらモモと華ちゃんの笑い声を聞く。
「隠し事もありそうだし、こりゃ楽に攻略とはいかないのかなぁ」
「とりあえず、鍵手に入れたから使ってみましょう」
「でもこれ、どこの鍵だろうね」
化け物を倒していくうちにドロップしたアイテムの一つがこの鍵だ。
いかにも、なアイテムにモモが興奮したのはつい先程。
「うーん。多分、この形は保健室ですね」
「え、ここ二階なんですけど? 保健室って、一階じゃないですか」
そんな会話をしながら保健室に向かって進んでいく。
途中でたくさんの教室があったが、扉は開かず人の気配も感じられない。
ウロウロとまた違った形をした化け物が徘徊する様子を眺めながら、それを飽きずに倒してゆくミシェルを眺めた。
彼は相変わらず不満そうだがモモと華ちゃんを目にするとすぐに態度を変える。
それが見ていて楽しい。
モモの事は前から知っていてあの態度だからどうでもいいが、華ちゃんにも彼はきちんと紳士的に対応している。予想していたとは言え、あまりにも予想通りで笑ってしまった。
やっぱり気に食わないのは敵ながらにして自分を扱ってる私か。
そんなに不満だというなら、放逐してしまおうか。
「ミシェル」
「何の用だ。私はお前のように暇では無いのだ。こんな悪趣味な場所にいたいけな乙女を二人も連れて……頭がおかしいのも趣味が悪いのも結構だが、周囲を巻き込まないという考えはできないのか? あぁ、できないな。お前は人間でありながら自ら進んで魔族軍に……」
「放逐」
嫌味たっぷりの小言も聞き飽きた。
怒りすら湧かないのは最初からだから問題はない。
私は薄っすらと頬を染めてミシェルを見つめている華ちゃんを横目で見る。
溜息をつきながらすれ違い様に「保健室」とモモに告げれば彼女は苦笑し、手にした鍵を見て頷いた。
「こういう手間もゲームではと前は思ってたけど、実際自分で体感してみるとやっぱり面倒よね」
「仕方ないわ。手順さえ踏めば先に進めるだけいいじゃない」
「ま、そうだけど」
「ちょっと待て。待てと言っている!」
保健室の場所はここに来るまで通ってきてるからマップを確認しなくても分かる。
中から何が出るか、有用なアイテムや鍵はあるかと考えながら階段を下りていると目の前に白い壁が立ち塞がった。
何やらギャーギャー喚いているが私には関係ない。
「貴様っ! 放逐とはどういう事だ。今までこれだけ私をこき使っておきながら!」
「……今まで本当にありがとうございました。感謝の念は言葉には表しきれぬくらいで、若輩者で卑劣な私の駒の一つにさせてしまった事は誠に申し訳なく思っております」
「わお、ユウったら演技派」
茶化すモモの前で華ちゃんがオロオロしているのが分かる。
私はにっこりと微笑み不快極まりない表情をしている白銀の騎士に「さようなら」と告げた。
くだらない子供じみた感情だ。
私に対しての扱いが雑なのは今までと変わらないんだから我慢すればいい。
我慢する。
我慢する?
そう、どうして我慢しなきゃいけないのかと今更ながらに思った。手駒の不死者はまだ大勢いるし、別に彼である必要はどこにもない。
自分の手駒として迎えたのもたまたま目の前に倒れていた死にかけの存在が彼だっただけだ。
見るからに聖騎士と分かる格好に、ダメもとで交渉してみたら承諾されて契約が結ばれただけの話。
自分で了承したくせに、悪態をつくのはそういう性格なんだろうと無視してきたがいい機会だ。
恐らく、死の間際に血迷っただけだろう。
国に剣を捧げ、王に忠誠を誓い、守護する神のみを信じその身を捧げてきた彼にとって敵に討ち取られたというだけでも屈辱だというのにその敵によって使役されているというこの状況。
あぁ、きっと耐え難い苦痛なんだろうなとどうでもいい感情で考えながら、私はミシェルを無視して階段を下り続ける。
飛び出してきた化け物は、イナバの口から吐き出された緑色の火に燃やされてジュッと音を立て消えた。
そもそも、もっと早く契約解除すればよかったのになぜ今まで使役していたのか。
「えぇ、ユウってばミシェルさん放逐しちゃうの?」
「欲しいならあげるからもっていけば? あんたになら喜んでついて行くでしょ。千切れんばかりに尻尾振って」
「無理に決まってるじゃん。私には不死者操る能力なんてないもーん」
「ユーリア! 貴様正気か!?」
「狂気かもね」
私を手放すなど宝玉をドブに捨てるも同じだぞ、と叫んでいるミシェルだがそんな宝玉はいりません。
やさぐれた私の様子に苦笑しながら先行してゆくモモが復活している敵を蹴散らしてくれた。
怒鳴り声を上げながらも華ちゃんを守るようにガードしている辺り、死んでも騎士ということなんだろう。
「貴方の大好きな神の元に召されるんだから、もっと嬉しい顔したら?」
「わ、私がいなくなったら戦力を大幅に欠くことになるんだぞ」
「あーつらいわー。ミシェルいなくなると、手持ちの不死者だけじゃ心もとなくて辛いわー」
「ユウお姉さん、見事な棒読みですね」
私の口調に思わず笑ってしまった華ちゃんは申し訳無さそうな顔をして、慌てた様子でミシェルに向かって頭を下げる。
ムッとしたミシェルであったが、相手が華ちゃんであれば仕方が無いのか複雑な表情をしていた。
ニヤニヤとしてその様子を見ていた私には、殺意の篭った視線を向けてきたけれど。
「ま、そういうわけだから。解散」
「ユウ、保健室の鍵~」
「はいはい。華ちゃんも」
「あ、はい」
「こら、ちょっと待たないかっ!」
小走りでモモの元にかけてゆく私と華ちゃんを追うように、ミシェルが走ってくる。持っていた鍵をモモに放り投げるとそれをキャッチした彼女が開錠した。
保健室の中に入ったモモの後に華ちゃん、私が続きミシェルの鼻先で扉をピシャンと閉める。
我ながらナイスタイミングと小さく笑えばその様子を見ていたモモが腹を抱えて笑っていた。




