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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
112/206

111 戦闘のお時間です

 裏庭の出入り口から注意深く外を見回していると、グラウンドに倒れた人影をいくつか見つけた。

 そしてグラウンドを行ったり来たりしている得体の知れぬ生物。

 倒れている生徒たちに手を出すのかと思いきや、彼らはそれには目もくれず行き来を繰り返していた。

 思い切って飛び出したモモが、近くにいたバケモノに接近してゆくと大体三メートルくらいで気付かれる。

 他に仲間を呼ばれる前に、モモの華麗なステッキ捌きで地に伏したそのバケモノはイナバのスキャンが終わったと同時に紫の噴煙になって消えた。


「うーん、凄く深い眠りみたいだね。生きてはいるみたいだけど、生命力が弱くなってるかな」

「うん。もう少しでこっち側に来そうなのは私も分かる」

「やだっ、ユウが言うと冗談に聞えないっ」

「わざとらしいのいいから。で、どうするのイナバ」


 グラウンドに倒れている生徒は野球部のユニフォームを身に着けている。見たところ、野球部とサッカー部、それから陸上部らしき生徒たちの姿が見受けられた。

 倒された仲間の援護に駆けつけたのか、それともただ派手な物音に気付いてやってきたのか、こちらに向かってくる化け物はあっけなくモモによって倒されてしまう。

 彼女自身も「つまんないの」と呟いてはいたが、この異様な光景に失言だと気付いたのだろう。じっと見つめていた私の視線に気づいてバツが悪そうに目を逸らした。


「ボス倒せばいいわけですからね。アイテムドロップもしないようですし、さくさく行っちゃっていいと思いますよ」

「校内のデータは?」

「外からは何ともしがたいので、内部に侵入次第やってみます」

「頼むわよ」

「はい」

「こういう場合って、正面から入るか裏から入るか選択肢出るよね」


 まぁ、そうですね。

 ゲームなら私は正面突破してヒャッハーとごり押ししながら蹴散らしていくんだけど、この場合はなぁ。

 こっちの体力と魔力を消耗せずにボス討伐するのを考えれば、できるだけ戦闘は避けた方がいいんだろうけど。

 まるで本当にゲームだな。いや、夢の中でもファンタジーのゲームしてるみたいだったんだけど。今はまた夢とはちょっと状況が違うから複雑な気持ちだ。

 ギンが持ち合わせてたゲームのデータを混ぜ合わせた世界はこんなホラー系のRPGじゃないというのに。

 胸キュンドキドキの、可愛い女の子や格好いい男の子がたくさん出てきて、甘酸っぱい体験をしながら高校生活を送るというものだったのに。

 化け物相手にドキドキハラハラしてても萎える。


「力を温存する為にもできるだけ避けた方が……」

「よーっし、じゃあ正面突破ね!」

「ちょ、話聞け」

「えー。だってさ、正面からこう、ドドーンと攻めていった方が気持ち良いよ? きっと、敵は私達がコソコソ裏から忍び込んでくるのを見越して罠とか、大量の化け物配置とかしてるかもしれないし」

「それだったら、正面玄関にもトラップ仕掛けてるでしょうよ」


 軽い足取りで正面玄関に向かって行くモモを追いかける。

 唇を尖らせながら私の話を聞いていないふりをして、彼女は私の制止も聞かず笑顔で魔法攻撃を繰り出した。

 迎撃態勢すら取っていない化け物たちが、一瞬にして灰燼と化す。

 轟音に近づいてきた他の化け物たちは空から降り注ぐ雷撃によって紫の噴煙になった。


「はい、攻略ぅ~!」

「……はぁ」

「あ、結構アイテム落ちてるよ。助かったね」

「イナバ」

「危険性は無いと判断します。仕組みは不明ですが。あと、アイテムドロップは皆無なんて言ってませんから」

「そう」


 尋ねる前に言われてしまった。

 化け物を倒して何でアイテムが出るのか不思議だったけど、貰っても害が無いと言ってるんだから大丈夫だろう。

 モモは既にアイテムを拾ってご満悦だ。

 消費アイテムでしかなかったとしても、この戦いの助けになるならありがたい。


「また、派手にやったね」

「そりゃ私達の到着を知らせるんだもの。派手にいかなきゃね! マジカル・モモ登場~って」

「……どうしてだろう、何だかちょっとここにいるはずのボスが可哀想になってきた」

「不思議ですねユウお姉さん。私も同感です」


 普通こういう場所はレベル制限とかそういう見えない力が働いているはずなのに、そんなものはないらしい。

 このイベントが起こる時期を間違えたかとすら考えてしまいながら、私はあまりの力の差に複雑な心境になってしまった。

 楽々クリアできるのは嬉しいし、それだけ時間も短縮できるので良い事だが大きな落とし穴があるのではないかと勘繰ってしまう。

 弱かったのは外に出ていた化け物だけで、校内を徘徊している化け物は強いんだろうかと思いながら私は気を引き締める。


「たぁ! とおっ!」

「……あれは、モモのレベルがおかしいの?」

「モモさんは魔族軍幹部の中でも実力上位ですからね。ユウお姉さんだって、実力はあるし魔王様にも目をかけてもらってるのに地位が……低いですね」

「あぁ、それは慣れてるから平気。私が人間だからね。人間のくせに魔族軍なんかにいて、魔王様に気にしてもらったりモモと友人だったりするのが気に入らないのよ」

「モモさんも正真正銘の人間なんですけどねぇ」


 ただの陰口だったら放っておく。

 可愛げがあるレベルの悪戯も無視だ。

 ただ、戦闘に関わる事やあきらかに酷いと思えるような事があった場合はそれなりの対処をする。

 決闘という名の下での一方的な暴力。

 眉一つ動かさず淡々と追撃し、瀕死にまで追いやれば囃し立てるギャラリーも「あいつは頭がおかしい」などと言って近づきもしなくなるからだ。

 殺さないように手加減をしているだけいいと思って欲しい。

 上司や魔王様に呼び出されても私はただ謝るだけ。

 視線を合わせず毎回お決まりの言葉を口にするだけの作業だ。「すみませんでした、以後気をつけます」なんて便利な言葉だろうと思う。

 私の実力をある程度認めてくれている上司と、比較的寛容な魔王様だから良いものの私が彼らの立場だったら間違いなく頭が痛くなっていた事だ。

 厄介事を起こすばかりの人間なんて、戦闘中に敵からの攻撃だと見せかけて誅してしまうのが一番いい。

 私に、と言うよりは魔王様に都合よく作られているだろうあの世界で、そんな事が起こったりするのはまずないだろうけれど。


「わたしなんか、いつもすぐ頭にきちゃいますけどユウお姉さんは冷静なんですね」

「冷静じゃないよー? 面倒なだけ。酷いの来たなと思えばさっくり潰せばいいだけだし、当初の目的は高給だったからね」

「あ、そうでしたね」

「それも実は夢でしたとか……あははは、アレが現実だったらそれはそれで楽しいのになぁ」

「やめてくださいよ、更に混沌とした世界が出来ちゃうじゃないですか」


 もう既に今ある世界は二度目、いや二つ目の世界だ。

 元々の世界を土台にして自分の都合の良いように創られた世界の成れの果て。

 今更それが増えたところで、管理者三名の負担が多少増えるくらいだ。

 どうせなら、もうぐちゃぐちゃになってしまえばいいのに。


「それ、楽しそうだね。じゃあ、世界を三つに分けるって言うのはどう?」

「三つ?」


 私とイナバのやり取りを聞いていたモモが楽しそうな雰囲気を察して話に入ってくる。

 にこっと笑いながら提案する彼女に私は首を傾げた。


「そう。今ある世界と、元々の世界と、ファンタジーな世界。ね、素敵でしょ?」

「……実際に実現したら楽しそうだとは思うけど」

「もちろん、誰でもどこの世界にも行き来できるけど、その先で何が起こっても完全自己責任でって事にすればいいじゃない?」


 そんな事を言ったところでクレーマーはいなくならないと思うけど。

 それに、誰も彼もが頻繁にどこへでも行き来できてしまえば治安という面でも不安だ。

 三世界の均衡が保たれていれば問題ないだろうけれど、厄介なことにどの世界のどの時代にも悪巧みをする奴というのは存在する事になっている。

 そういった諸々の面をクリアできれば楽しいかもしれない。


「まぁ、夢だけどね」

「んもう、ゲームみたいで面白いと思ったのに」

「え、モモって恋愛ゲーム以外にもするっけ?」

「あのさ、ユウ」

「は、はい」

「確かに私はユウと出会う前から恋愛ゲームにどっぷりハマって他は見えてない状態だったけれども。そして今も主にその状態が続いているけれども。け・れ・ど・前はRPGとかもやってたのよ? レベル上げとかスキル解放とか、奥義開発とかさ」


 そう言えば高校の時から一緒にいるのに、ゲームに関しては自分達が今遊んでいるものの話だけでこういった話はしたことがなかった。

 お互いに恋愛物しかしてなかったからなぁ、と苦笑しながら私は「ごめん、ごめん」と笑って返す。


「でも、今は見向きもしないんだ?」

「ほら今って昔と違って次から次へと恋愛物が発売されてるじゃない? 買うか買わないかだけでも凄く悩むし、買った後で後悔するものだってあるから他に目を向ける余裕がないのよねぇ」

「あ、そっか」


 そんなに恋愛ゲームだけに集中してなくともいいと思うけど。

 ゲームなんだから、気軽にリラックスして「あ、これちょっと興味あるな」程度でいいと思う。

 腰に手を当ててタンタンと足を踏み鳴らしていたモモは、背後から襲ってきた化け物の大剣をステッキ片手で受け止めて溜息をついた。

 悔しそうに低く唸る化け物を振り向き様に撃破する。

 トン、と軽く跳躍しただけだというのに化け物は全身に無数の打撃を受けて倒れると、紫の噴煙と化した。

 さっきから私の活躍の場が無いなと思いながらも、楽ができていいじゃないかと考えることにした。


「それにしてもイナバちゃん超優秀! 視界の右上にマップ表示されるなんて本当にゲームみたい。あっち(・・・)では必要な時に呼び出してたもんね、マップ画面」

「そうねぇ」

「えへへへ。わたしだって、やればできるんです」

「校内でも所々行き止まりがあって、入れる部屋と入れない部屋があるとか……ゲームかよ」


 ぼそり、と呟いた言葉に反応する事無く、イナバとモモは楽しそうにキャッキャとはしゃいでいる。

 こんな状況下で不自然なくらいに明るい調子なので、こっちの光景の方が不気味だ。

 ここにいるらしい歪みのボスが何を考えているのか、神様がどういう思惑でこんな事をしたのかを知るための情報が足りない。

 神が復活するための養分だろうと言っていたが、それだけなのか。

 なつみはともかくとして、神原君が巻き込まれたのは偶然なんだろうかと首を傾げながら私は視界右上に映るマップを見つめて、手元に出現させた。


「モモの力でも押し通れないって事は、ルールに従えって事? いや、だってねぇ……あんだけ暴れておいてここに来てルールとやらに縛られるの? ま、いっか」


 この領内の権利は敵側にある。

 つまり私達は敵の腹の中にいるようなものだ。敵側に圧倒的有利と言える状況で、先に進める手がかりは一体どこにあるのかなとマップを見つめる。

 相変わらず楽しそうにはしゃぐ二人の声を聞きながら、私は目を伏せた。




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