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選択肢が拗ねました  作者: esora
本編
108/206

107 印象変化

 意外と有意義な午後だったと思いながら私はバイトに精を出していた。

 最初は気乗りしなかったが、終わってみれば意外と充実していたのが少し癪だ。

 突然登場した園長さんのお願いにより、私イチオシの写真は園のサイトに掲載される事になった事を榎本君は素直に喜んでいた。

 人寄せパンダのような扱い方だが、彼の写真が掲載されればもっと客は増えるだろう。


「今日は楽しかったよ。急に誘ってごめんね。送ってもらっちゃったし」

「いえいえ、私も結構楽しかったので。お疲れ様でした」

「ふふふ。前よりちょっと親しくなれた気がして嬉しかったな」

「それはどうも」

「あ、何かあったら誘ってね。デートの練習台には役に立つと思うよ? でも、やっぱり本命だったら嬉しいけどね」


 何も言えず顔を引き攣らせる私にウインク一つで車を降りた榎本君の姿が浮かんだ。

 経験値が多い先輩は、やっぱり余裕というか纏う雰囲気が違う。

 先輩と言うよりも先生と言った方がいいだろうか。

 そうは見えないけど、交際人数二桁くらいいるのかななんて失礼な事を想像したりした。

 量よりも質な気がするから二桁なんていってないのかもしれない。

 五本の指で足りるとしても、上質な恋愛なんて私には到底想像つかなかった。

 今度機会があったら聞いてみようと思う。過去の恋愛なんて話したがらないと思うので、もちろん様子を見てだ。

 

「どうした? 溜息なんてついて」

「えっ、ううん。恋愛って、難しいねと思って」

「はっ!?」

「あらあら、由宇ちゃんもやっとなのかしら」


 恋愛らしい恋愛なんてしたことがない。

 生き延びる為に必死になって落としていた時は、本当の自分として相手に向き合うことは無かった。

 全て相手に合わせて良く見せようと立ち回っていたからだ。

 ゲームと同じ。

 相手が欲しい選択肢を選んで、相手が好感を持つだろう性格(キャラ)を演じる。

 装いも大体、清潔感のある清楚系であれば外れはなかった。

 恋愛の駆け引きってこんなものなんだな、と磨耗した心で作業のように繰り返していたのが懐かしい。


「どうなんですかね」

「あら、駄目よそんな消極的じゃあ。鬱陶しくならない程度に積極的にアプローチするのがコツなんだけど、匙加減が難しいのよねぇ」

「……そうですね」

「ちょ、由宇。お前、そんな相手がいるのか?」


 いたから何だ、そんな表情でじっと叔父さんを見つめてから私は思わせぶりな笑顔を浮かべた。

 いちいちそんな事で慌てるのはどうかしている。

 何度言っても分からないからしょうがないけど、私だってもういい歳だ。今まで何も無かったという方が遅いくらいだろう。

 モモの場合は意図して一人でいるんだろうし、ユッコは箱入りさんのわりには男運が無いものの彼氏はいた。

 美智とはそういう話をしたことが無いなと思いながら私は空いたテーブルを綺麗にしていた。


「ほら、マスター落ち着いて。由宇ちゃんだってもういい歳なんだからそんなに心配しないの」

「……二十歳なんてまだまだ子供でしょう?」

「あらぁ? マスターが二十歳の頃って何をしていたのかしらねぇ。私前に聞いた事があるんだけど……」

「うわっ、ちょっと待ってくださいよ高橋さん。それとこれとは話が別で……」

「おやおや、それは私も気になりますね」

「宇佐美さんまで!」


 過去話を持ち出されてうろたえている叔父さんを横目に、私は店頭に置いている花の水遣りをしにいく。

 こんな暑い日が続けば植物もげんなりしてしまうと言うもの。

 根腐れを起こさない程度に土の様子を見て水をやり、様子を見ながら庇の下に避難させてゆく。

 じかじか、と肌を刺すような直射日光にはせっかく塗った日焼け止めも意味が無さそうだ。

 CMで見ているとノースリーブでも絶対に焼けないとか言ってる物もあるけど胡散臭い。

 そんな事を思いながら黄ばんだ葉を取ったり、掠れてしまった黒板の文字を書き直したりする。


「こんにちは、お姉さん」

「あら、沢井君。こんにちは」


 声をかけられて振り向くとそこには汗を流しながらも清々しい笑顔を浮かべている沢井君の姿があった。

 暑いのに元気そうで何よりだと思いながら、私は彼と一緒にいるはずのもう一人を探す。

 私の視線の動きで何を探しているのか気付いたらしい沢井君は、困った顔をして頭を掻いた。


「直人は今日学校なんですよ」

「あら、そうなの。どうぞ、中へ」

「よっし、今日は何食べようかな」


 本当は一緒に来る予定だったらしいが、用事が長引いているので沢井君だけが先に店に来たらしい。

 後ほど神原君もここへ来る事になっていると告げた沢井君は、出されたお冷を飲みながら窺うように私を見上げてきた。

 何か言いたそうにチラチラと見つめては「あー駄目だ」とか「俺が言ってもなぁ」と呟いている。

 一体どうしたんだろうか。

 これはそっとしておくべきかと思っていると、料理を運び終わった高橋さんがくすくすと笑いながら近づいてきた。


「そうそう、昨日も二人で来てくれてたんだけど……今日は一人なのね」

「あぁ、直人は後から来る事になってるので」

「あらそうなの」

「はい。もう、相変わらずのモテっぷりで俺は自分が空しくなりますよ……っあ!」

「ん?」


 言い終わってから表情を変えて私をじっと見る沢井君。何かしただろうかと私が首を傾げる横で、高橋さんも同じように首を傾げていた。

 その様子を見た沢井君は「あははは、すみません。なんでもないです。とりあえず、フルーツパフェください」と取ってつけたような笑顔を浮かべてそう言った。

 どこかぎこちないように思えるが気のせいだろうか。

 オーダーを受けてカウンターに戻った私に、叔父さんもちょっと不思議そうな顔をする。


「沢井君。いつものキレが無いな」

「キレって何、キレって」

「いかにも『何か隠してますー』って態度じゃないか」

「マスター」

「おっと、そうだった。親しくなるとうっかりしそうで駄目だな」


 気が緩んでいる事を戒めるように叔父さんは表情をキリッとさせる。本人曰く男前度を上げているらしい。

 私は小さく息を吐いて手を洗うと器を取り出して調理に取り掛かった。


「でも最近、姿見てなかったから元気そうで良かった」

「お前にとっては弟みたいなものだって言ってたもんな」

「うん。二人とも本当にいい子だよね。今時の若い子って全くついていけないと思ってたけど、そんな事無かったし」

「二人とも好青年だからな。まるで若かりし頃の俺のような……」

「はいはい。分かりましたからホイップください」


 自慢話は聞き飽きているので軽くスルーすると叔父さんは残念そうな顔をしながらも、出来上がったホイップの入ったボウルをくれる。

 手早く盛り付け、見た目が良くなるようにフルーツを飾り付けてトレイに置くと高橋さんが笑顔で運んで行ってくれた。

 お決まりの場所で暇そうにスマホをいじりながら待っていた沢井君は、高橋さんが持って来たフルーツパフェを見て目を輝かせた。

 目をキラキラと輝かせる様子は宝物を目の前にした少年のようで、微笑ましい。


「……神原君、私の事何か言ってた?」

「あーえーっと」

「ごめんね。ちょっと、彼の事怒らせちゃったみたいで。謝ろうとも思ったんだけど」

「あ、そうなんですか?」


 聞いていた話と違うと呟く沢井君に首を傾げながら神原君の情報を探っていた私は、「お話してもいいですか?」と改まって尋ねられる。

 近くにいた高橋さんと、聞えていただろう叔父さんに目をやると高橋さんはニコッと笑顔で答え、叔父さんは溜息をつきながら頷いてくれた。


「その、直人と喧嘩したんですよね?」

「いやぁ、喧嘩はしてないよ。ただ、私の言動が彼の気分を害しちゃったというだけで」

「え、そうなんですか?」

「うん。あれ、神原君私と喧嘩したって言ってたの?」


 それは意外だというか、不思議だ。

 あの時の事を思い出せばどう見ても悪いのは私の方だろう。

 真面目にしようとする彼の足を引っ張るような発言をしていたし、あの態度は無かったと私も後悔したくらいだ。

 その時にすぐ謝ってしまえば良かったものの、色々考えることがあってそれどころじゃなくなった。

 と、言うのは全て私の言い訳にしか過ぎないんだけれど。


「自分が悪いって……何だか、違うみたいですね」

「そうね。絶交してやる、とかそういうのではなかったからね。機嫌損ねちゃったな、とは思っていたけど」

「……そうですか」

「何か言ってた?」

「その、やっぱり時間が空き過ぎたからどうしたらいいか分からないって」

「あぁそれは私も同じだわ」


 店に来てくれればその時に真っ先に謝ろうと思っていた。

 申し訳ない顔をして「あの時は本当にごめんなさい」と頭を下げれば、優しい神原君のことだからきっと許してくれるだろうなんて想像して。

 今思えば甘すぎる考えの上に、神原君の事を軽く見ているともとれる考えだ。いや、実際そう思っていたのかもしれない。


「なんだ……俺、すっげー喧嘩して口もきいてくれない状態なんだとばかり」

「そんな酷いものじゃないわよ。と、私は思ってるけど」

「直人も随分酷いこと言ったって反省してましたから、多分安心すると思いますよ。あー良かった」

「ごめんなさいね、沢井君にも心配かけちゃったみたいで」

「いえいえ、俺なんて。お姉さんは直人と病院仲間ですから俺の知らないアイツを知ってるんでしょうし」


 必要な時に役に立たないような気がして、それがもどかしい。

 そう呟く沢井君に私は「そんないいものでもないわよ?」と軽く笑った。病院仲間なんて病気自慢ばかりしているようなイメージを受けてしまう。

 私の冗談に気付いた沢井君は顔を上げて軽く目を見開くと、「本当ですねぇ」と笑ってくれた。

 言葉に含まれた意味に気付いてくれる彼は賢くありがたい。

 神原君にとっての沢井君は、私にとってのモモのような存在なんだろうなと思うと頬が緩んだ。


「でもま、トモダチだからって言って全部把握してなきゃ気がすまないって言うような男じゃないですからね、俺も。そんなの気持ち悪いじゃないですか」

「理解ある友人に恵まれて、神原君も幸せね」

「……そう、思ってくれてるといいんですけどね」

「あらあら、随分と弱気ね」


 ふふふ、と笑いながら話に入ってきた高橋さんがくすりと笑う。

 いつもの貴方らしくないのね、なんて呟きながら真っ直ぐ見つめられた沢井君は頬を赤らめて恥ずかしそうに視線を逸らす。

 青少年の恥じた顔も中々いいな、なんて叔父さんからトングを投げつけられそうな事を思ってしまった私は誤魔化すように笑って「そうですね」と同意した。





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