106 鳥使い
鳥と触れ合える場所へと移動した私と榎本君は、テレビの中で見るようなカラフルな鳥たちに目を輝かせていた。
種類もそれなりに多く、広い温室の中で芸を見せたりしている。
餌付け体験が出来ると聞いたんですけど、と榎本君が係員らしい女性にそう尋ねると相手は驚いたような表情をしてから「中でやってますので、ど、どうぞ」と教えてくれた。
彼女の頬が赤かったのも仕方がないと思う。
爽やかイケメンにそんな風に尋ねられたら、胸キュンしてときめいてしまうのは当然だ。
一緒にいる私を見た女性が「あれ、彼女?」というような視線を向けてきたので、私はとりあえず笑顔で返した。
「餌を買えばいいみたいだね。一つ二百円だって」
「へぇ」
買ってくるねと告げて鳥をたくさん肩や腕に止まらせている係員さんの所に榎本君が駆け出す。
私はぐるりと周囲を見回して、止まり木に止まっている鳥を見つめた。
「クァ」
パチパチと瞬きをしてその色や嘴の形を観察していると、突然悲鳴のようなものが聞こえた。うわぁ、と慌てたような声にそちらの方を見れば、こっちに向かって飛行してくる謎の物体が。
うわああ、と大声を上げる間もなく咄嗟に横に避ける。
そのはずなのに、何故かそれは器用に旋回して私のところにやってきた。
少し離れた場所では係員さんたちの慌てたような声が聞こえており、笛のようなものを吹いている係員さんもいた。
なんだ、これはまたフラグか。
私は慌てながらも距離を取ったが、強襲してきた鳥は真っ直ぐに私を見つめる。
これはタカなのか、それともワシなのか。
「……痛いっ、イタイタ、ちょ、待ってこれせめてハンカチを……おおう、あんまり意味無い」
速度を落とした鳥に係員さんが割って入ったが、するりとそれを躱されていた。格好いいな、なんて思っていると何故かその鳥が私の腕に着地する。
半袖の私の腕は素肌なので、爪が食い込んで痛い。
悲鳴を上げながら慌てて取り出した四つ折にされたハンカチで足を叩けば、仕方がないなというような顔をされてその上に乗ってくれる。
慌てた係員さんが足を掴んで引き離そうとするが、羽を広げて酷く抵抗する。
耳元で騒がれるうるささと、バサバサと羽が顔面に当たって痛いので私は思わず「止まれっ」と声を荒げた。
「すみません、お怪我……あぁ、ちょっと血が出てますね」
「いえ、これくらいなら大丈夫です」
施設的には大問題なのかもしれないけれど。
私は大人しくなったワシだかタカだか分からない鳥の頭を空いている方の指で撫でて、心地よさそうに鳴く彼の声を聞いていた。
おかしいな。死霊術師は不死者を扱うんだけど、私はいつから鳥使いになったんだっけ?
「え、ハヤテどうしたの?」
「それが、彼女から離れなくて。無理矢理引き剥がそうとすると、酷く暴れて危険なんだよ」
「ハヤテ……おいで」
あ、そっぽ向いた。
お姉さんが凄くショックを受けた顔をしてる。
「降りてくれないかなぁ」
「……」
初めこそ爪が食い込んで痛かったが、今は痛くない。
ハンカチ一枚で痛みが変わるとは思えないので、きっと加減してくれているんだろう。
猛禽類用の手袋を差し出してくれた係員さんにお礼を言って、ハンカチと手袋を交換しようとすると片足で手袋を蹴られてしまった。
どうやらお気に召さない様子だ。
痕が残るのは嫌だからと言えば、通じたようで止まり木へと移動するハリスホークのハヤテ君。
もうそのまま捕まえればいいんじゃないかと二人の係員さんを見ていたが、ハヤテ君はひらりとかわす。
手袋をさっさとつけろ、とでも言わんばかりの目に射すくめられながら私は仕方なく手袋をはめた。
「やっぱり来るのか」
当然のようにハヤテ君は手袋をはめた私の手に止まった。
それを見ていた榎本君はとても嬉しそうにはしゃいでいるけど、私はどうしていいのか分からない。
鳥に好かれてる私って素敵、とでも思えたらいいんだろうけれど何故か捕食されるような気がして不安になる。
それはハヤテ君の目が余りにも“狩る側”の目をしているからだろう。
鋭い嘴で目を抉られるんだろうかとか、嫌な想像ばかりしてしまった。
「シュトーといい、なんで私だけ」
「羽藤さん凄く格好いいよ! 凄い凄い!」
私は今モテ期なんだろうか。
しかし、対象は人間以外の動物という。
「いやぁ、参ったな。引きこもりでやっと外に出たと思ったらこれだからね」
「でも人に慣れさせないとショーなんて出来ませんから」
「そうだけど……ハヤテ、貴方の事気にいったのね」
「は、はぁ」
男の係員が二人で困ったような顔をしている。ハヤテにそっぽを向かれた女の係員は苦笑しながら私にウインクをしてきた。
それにしても、と呟いて三人の係員は私をじっと見る。
うーんと唸ったり首を傾げたりして、何かを考えている様子だが恐らくどうして私にハヤテが懐いたのかと不思議がっているんだろう。私も不思議だ。
鳥に知り合いでもいるなら話は別だけど、と思った瞬間に頭に浮かんだ鳩。
父親が鳩だから似たような匂いが私からしたんだろうか。
「引きこもりで人に慣れないハヤテが、借りてきた猫状態だぞ」
「タカなのに猫ってのもおかしな話だけどな」
「でも、ハヤテこんなに人に懐くなんて私知らなかった。私でさえ少し仲良くなってきたかな? って思ってたのに」
気まずい。
榎本君は榎本君で興奮しながら写真を撮っているが、いくらなんでも撮りすぎだ。
フラッシュは焚いてないけどシャッター音にハリスがちょっと機嫌悪くなってきた。
「知り合いが鳥飼ってるので、匂いでもついてるんじゃないですかね」
「あ、そうなの?」
「いやぁ、だからってここまで懐く理由にはならないよな?」
「そうだな。どっちにしろ、ハヤテが好きならしょうがない。君がウチのスタッフならこれを利用してショーの練習とかするんだけどね」
ユッコの家のシュトー。そしてこのハヤテ君。
やはりモテ期なのか、とがっかりしながら後でイナバに共通点でも探ってもらおうと考える。
そんなものどこにもないだろうが、一応調べずにはいられない。
「了解しました。ちょっと、探ってみますね。もしかしたら……とは思うんですけど」
すぐに返ってくる声に便利だなぁと思いながら、大体予想がついているとの言葉に私はびっくりする。
あぁ、やっぱりかという思いと何が待っているんだろうという思いだ。
とりあえずいつまでもこのままというわけにはいかないので、ハヤテ君にはお帰りいただいた。
私が係員さんの指示に従ってゲージの中へと入れただけだが。
騙された、と言わんばかりに大声で鳴いて暴れていたハヤテ君には悪いが、いつまでも構っているわけにはいかない。
これでやっと他の鳥に餌付けができるぞ、と買った餌カップを片手にカラフルな鳥がいる場所へと向かえばササササと避けられる。
蜘蛛の子を散らしたかのような反応に「あれ?」と思いながら私は近くに残っていた赤い羽根の鳥へカップを差し出した。
「クァ」
短く鳴いてそっぽを向かれてしまった。
まだ満腹にはなっていないと思うので、こうして餌を差し出せば向こうから寄って来るはずなのに。
ハヤテがあれだけ懐いたんだから他の鳥ももしかして、と思った私が恥ずかしい。
そんな私の肩を優しく叩いた榎本君は何も言わずに何度も頷いてくれた。
ハヤテの入ったゲージを移動させようとしていた係員たちは、私と目が合うと気まずそうに逸らす。
「ハヤテの匂いに嫌悪してるのかもね……もしかしたら」
「あぁ、そっか。じゃあ私見てるからこれ榎本君が使って? あ、写真も撮るよ」
「そう? ありがとう」
私は少し離れたところにあるベンチに腰掛けて、餌やりをする榎本君を眺めた。
榎本君は他にお客さんもいるというのにあっという間に鳥の人気者になってしまって、カラフルな鳥たちが我先にと押し退けあっている。
腕や肩に止まらせた様子を写真に収め、再び鳥との戯れを楽しむ彼を遠目で眺めた。
餌やりができなかったのは残念だけどこれはこれでほのぼのしていていいかもしれない。
ただ、カップルで来てると思われる二人組みの女の子の方が、皆榎本君を見つめてポウッとしているのが気まずい。
隣にいる彼氏が無表情になってぼんやりする彼女と榎本君を見比べていた。
「うわ、見なくとも想像できそうですね。罪な男です、榎本さんも」
イナバの事だからてっきり園内の防犯カメラに侵入していると思っていたが違うらしい。
意外だ、と心の中で呟くと「失礼ですね!」と怒られてしまった。
「あ、立派な尾羽。ギンよりフサフサしてて凄いな」
トコトコと地面を歩いていたクジャクバトを見つけて頬を緩ませた。
綺麗に手入れされている羽は艶々としていて美しい。
神原君の肩に乗って、今もあれこれ口を出しているのかなと想像して私は思わず笑ってしまった。
スマホを取り出して写真を撮る。
パシャリ、という音に気付いたのかクジャクバトはこちらに方向転換してきた。
「こんにちは」
「ぐるっぽー」
ギンとは違って随分可愛らしい声で鳴く。
それにしてもやっぱりクジャクバトは綺麗だなと私は目を細めた。
ギンよりも綺麗で純粋そうな気がする。
これと同じものが自分の父親かと思うと、少し複雑な気持ちになった。
「確かに頼りになるかもしれないけど、鳩だからなぁ」
人語を理解し喋るうえに世界を運行する準管理者であるギン。
神原君の頼りになる相棒で彼と仲がいい。
「俺が神だっ!」とドヤ顔して神原君に首掴まれてたことを思い出してつい笑ってしまった。
思い出し笑いをしていると挨拶してくれたクジャクバトが私の膝に乗ってくる。
「彼はクジャクバトのクジャ君です」
「……くじゃ、くん」
「あ、あははは。皆さんやっぱりそういう反応されるんですよね。いや、そうですよね」
そうですね。駄洒落かい、と突っ込んでしまいそうになるのを堪えながら私は係員と乾いた笑い声を上げた。
純白の毛に覆われたクジャ君は私が差し出した手に頭を擦り付ける。
「こうやってみると面白いですよ」と係員に言われたので私は手を親指と他の指の先をくっ付けるように輪を作った。
ずいずいずっころばしをする時のような形だ。
「おっ!」
「ね? 頭から突っ込むんですよ。可愛いでしょ」
「撫でても噛んだりしませんね。気持ち良さそう」
「あぁ、それは恐らく貴方の撫で方が上手いからかと。私なんて、「そこじゃないっ!」って怒られたりしますから」
親指で頭を撫でてやると気持ち良さそうに身を委ねてくる。
嘴を軽く触っても怒りはせず、「もっと撫でろ!」と言わんばかりに私の手に擦り寄ってきた。
ギンより愛嬌があって可愛がられ上手で素晴らしい。
そしてやっぱり何よりも美しい白さだ。
手乗りクジャ君と、調子に乗った私は彼を掌に乗せたりして遊んでいた。係員は「おお、手乗り!」と興奮した様子で拍手をしてくれる。
そんな事をしていると、餌をやり終わったらしい榎本君がこちらに近づいてきた。
彼の登場に動揺して半歩退く係員。
「わぁ綺麗な鳥だね」
「クジャクバトのクジャ君だって」
「へぇ。懐いてるね」
「他の鳥は逃げたのにこの子が平気だっていうのも疑問」
榎本君が写真を撮ってくれたので私も彼とクジャの写真を撮ることにする。
爽やかイケメンがクジャクバトを連れているなんて、どれだけ絵になることやら。
恐らく、キラキラオーラが凄過ぎて目が潰れてしまうかもしれない。
「えっと、こんな感じかな?」
「うん……あぁ、もうちょっとこう、して……うん、そのまま!」
手乗りさせているものと、肩に乗せたもの。
構図を変えて写真を撮る私は、自分が思い描く写真が撮れたことを確認しながら撮った画像を見つめて微笑んだ。
ちょっと撮り過ぎたような気もするが、このくらいならなんてことないだろう。
確認する為に覗き込んだ榎本君の肩からクジャが私の肩に乗ってくる。
ギンの時も思ったけど、神原君もこんな鳥を乗せて暑くないのかな。
重さには慣れたとは言ってたけど。
「おお、羽藤さん写真撮るの上手いね」
「そんな事ないって。今は素人でも綺麗に撮れるようにできてるんだから」
「いやぁ、それにしてもいいよこれ。何か僕が凄く神々しく見える!」
「気に入った画像あったら、パソコンで送っておくよ? それとも、写真にする?」
「あ、データで欲しいな。僕も後でパソコンのメアド教えるね」
私達がそんなやり取りをしていると初老の男性がヌッと顔を出して「ほほう、これは素晴らしい」と私イチオシの写真を見て呟く。
驚いた私と榎本君に、近くにいた係員が「園長!」と声を上げた。




