多能工職人ですから!
秋田芳正は、ごく普通の内装工である。
毎日軍手をはかせている脚立に上り、毎日コテで壁にモルタルを塗る、齢34の内装工である。
今日も今日とて、三日前に下ろしたばかりの室内用シューズにペンキを落として若干テンションが下がったあと、現場横にあるコンビニで二リットルの玄米茶と鬼盛りカツ丼を買って家路についていた―――のだが。
キキキキキイィイ!!キ――――!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
秋田芳正の魂と…、女神が対面している。
「秋田芳正さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください。」
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秋田芳正(34)
レベル18
称号:転生者
保有スキル:多能工職人ですから!
HP:102
MP:4
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「というわけで、いきなり草原とは…思い切った判断するなア」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…内装工の前に現れた!
「スライム!!うォオオ…初めて見たけど、すげえ!!何で水っぽいのにかたまってんだ?!」
あまりうろたえない、内装工。
スライムは、純粋な眼差しを受けて…飛び掛かるかどうか少し迷っているようだ。
「っていうかちょっと待て、実は…わりとピンチ状態なんじゃ??保有スキルを試しておいた方が…《多能工職人ですから!》…まあ、確かにそうだけど、草原のど真ん中で何をどうしろと…」
うばほん!!
草原のど真ん中に、木造平屋、土間付きの2LDK、馬小屋つき…ボチボチ裕福な家庭の家屋が出てきた!
外側は完成しているが…内装は手つかずのままだ!!
壁紙に床材、接着剤に水道、モルタルにペンキに脚立…細かい部材や作業道具その他もろもろは、まだ馬が入っていない小屋の中にすべて用意されている!
柵のところに完成図が掲示してあるぞ…これは誰の家なんだ!!
「ふうむ、天井は石膏ボード、キッチンはフロアシート張り、玄関はモルタルで風呂場はタイル…壁紙はスライム模様で統一…難しくないな。ま、時間はかかるが俺一人でもできる案件ではある。よし、作業に取り掛かるとするか」
効率よくてきぱきと仕事をこなしていく内装工を見て、スライムは興味津々で様子をうかがっている。
トロおけの中にセメント1:砂3:砂利6をぶちまけ、ザクザクと混ぜ始めた内装工を…キラキラとした目で見ているぞ!
「これ、混ぜたりとかしてみる?」
え!!
いいの?
大喜びでコンクリートを混ぜ始めたスライム。
初めは練りスコップでおそるおそる混ぜていたが、だんだん気がゆるんで素手で混ぜ始めた。
うわーナニコレ、めっちゃ面白~い!
なんかじゃりじゃり~!
あっと言う間に泥んこ遊びに夢中になるスライム!!
「ちょ!!遊びじゃないの!!邪魔するならあっち行って見てて!」
叱られたスライムは、シュンとして馬小屋の方に向かった。
「あーあー、こんなに飛び散って…まあ塗り込めるからいいけどさあ」
若干水っぽいコンクリートを土間部分にぶちまけた内装工。
金鏝仕上げをするためにコテを片手にしゃがみ込んだその時、バランスを崩してしりもちをついた。
「ぎゃああああああああ!!!」
うっかり生コンクリート部分に手をついてしまった内装工は、スライムの猛毒が秒で体中に回り、絶命した。
コンクリートに半分埋もれて固まり始めた内装工は、馬小屋でさんざん内装道具で遊び散らかしたあと様子をうかがいに来たスライムによって捕食された。
なお、未完成の家の持ち主がいったい誰なのか判明しないまま月日は流れ、やがて朽ちて大地に混じったらしい。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
内装工は時間を巻き戻されて、コンビニの入り口前に立っていた。
コンビニの入り口で立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
内装工はコンビニで二リットルの玄米茶と鬼盛りカツ丼を買って家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「うわあ、外壁突き抜けて天井まで落ちてる、リフォーム大変そうだな…」
内装工は、一人親方として時間はかかるけれども丁寧で確実な仕事を続けた結果、信頼を得て依頼が増え、少々余裕ができてきたので作業の外注をするようになったものの、人に仕事を任せることに不安を覚えるタイプであったことから結局孤軍奮闘する道を選び、地道に仕事に取り組む姿を家族に見せているうちに息子が立ち上げた建築会社の顧問の座にいつの間にか落ち着かされていた事に気が付き慌てふためいたりもしましたが、孫と一緒にログハウスやサウナを作ったりする充実した老後生活は楽しいと事あるごとに語り、今年は神輿でも作ってみるかと手を出した年の暮れに倒れ、完成を待たずに89歳でこの世を去ったとのことです。
なお、神輿は孫が意志を継いで完成させ、今でもとある地域の秋のイベントで多くの人々に担がれているそうです。




