満開
さくらは、ごく普通のソメイヨシノである。
毎日六条川のほとりで風に枝葉を揺らし、毎日来年もド派手にはなびらを散らしてたくさんの人達の歓声を聞きたいものだと願う、齢62のソメイヨシノである。
今日も今日とて、近くにしだれ桜の若木が植えられていよいよ代替わりの時が来たのだなと少し落ち込んだあと、ほど近いコンビニの屋根の上でカラスが巣を作っている様子を眺めていた―――のだが。
キイィイ!!キ――――イイイイイイイ!!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
どめきょっ!!!
真っ白な空間。
田上詠の魂と…、女神が対面している。
「さくらさん、あなたは気の毒ですが樹生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「……。」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください。」
────────
さくら(62)
レベル104
称号:転生樹
保有スキル:満開
HP:62
MP:3939
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「……。」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…ソメイヨシノの前に現れた!
「……。」
穏やかな風に揺られている、ソメイヨシノ。
スライムは時折茶色い葉っぱを落としながらサワサワと微かな音を立てる木を見上げている。
「…………。」
言葉を発することができないソメイヨシノは、桜まつり期間中のべ40万人を魅了する見事な満開姿を見せたいと思った!
見る見るうちに…薄ピンク色に色付いていくソメイヨシノ!
チラチラとはなびらが落ち始め、殺風景な草原の上に散っていくぞ!
うわ~、何これ、キレイ~♡
なんか良いニオイもする!
そ~だ、これ全部集めて取り込んじゃお☆
スライムは散っていくはなびらを地面に落ちる前にキャッチし、薄水色の体の中に取り込み始めた!
60万枚ものはなびらが、スライムの体を薄ピンク色に変えていく!
近くでよ~く見ると、びっしりはなびらが詰まってて若干キモいが…、そんなことは気にしないスライムはご機嫌でぷよぷよしている。
ゾゾワゾワゾワ…もそ…もぞもぞ……。
芳香を放つソメイヨシノの足元が、なにやら…黒く変色してきた。
よーく目を凝らしてみると…うん?
…アリだー!!!
ヤダ!!
せっかくのピンク色が黒い粒々で汚れちゃう!!
スライムはアリの大軍を避けるように草原の彼方に消えた。
防虫対策を施されているソメイヨシノだったが、業者の予想を大幅に上回って襲撃されたため、あっと言う間に全身をアリにたかられて花の蜜や樹液を吸いつくされた。
スカスカになったソメイヨシノの足元に、今度は白い粒々が集まって来た。
よーく目を凝らしてみると…これは!!
白アリだー!!!
見る見るうちに全身を食い荒らされたソメイヨシノは、ぱらっぱらになって異世界の土に混ざった。
なお、二日ほどかわいらしいピンク色の姿で草原を闊歩していたスライムは、三日目に茶色くくすみ始め、四日後にはどう見てもヤバイ色合いになってしまったという。
「………。」
ソメイヨシノは時間を巻き戻されて、ほど近いところにコンビニがある川のほとりで枝葉をサワサワと風に揺らしていた。
コンビニの屋根の上で小ガラスたちが口を開けて騒ぎだす前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
ソメイヨシノはコンビニの屋上でエサをもらっている子ガラスたちを見ながら、枯れた葉っぱを一枚落とした。
コンビニ近くの交差点で、車の暴走事故が発生した。
「………。」
ソメイヨシノは、地域が運営する桜保存会の皆さんの尽力により手厚い管理をしてもらい、春先に美しい花を咲かせていたものの、徐々に枝の伸びが鈍くなり、幹は太くゴツゴツし、つぼみ同士の間隔が狭くなり、惜しまれながら切り倒されたのち材木になって川辺にある古い公園の中に設けられた小さな祠に生まれ変わり、今でも1000本桜を見に来た人たちを見守り続けているとのことです。




