調合と実験、そして観察
高瀬健司は、ごく普通の科学者である。
毎日論文の構成を考え、毎日実験の結果を見て物騒な感想を口にしてしまう、齢44の科学者である。
今日も今日とて、著名ニューチューバーの企画で長年やりたかったのに大人の事情で諦めざるを得なかった壮大な実験に専門家として参加させてもらって大満足したあと、行きつけのコンビニで科学と実験リバイバルムックと染毛剤を買って家路についていた―――のだが。
ギュゥウウウウウウ!!キ――――!!
ドガ――――――――――――ん!!
ぐわしゃぁああ!!
ぶちゅ。
真っ白な空間。
高瀬健司の魂と…、女神が対面している。
「高瀬健司さん、あなたは気の毒ですが人生を終えてしまいました。転生してもらいます」
「はあ」
「あなたにはチートをお一つ差し上げます。ステータスをご確認ください」
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高瀬健司(44)
レベル61
称号:転生者
保有スキル:調合と実験、そして観察
HP:12
MP:277
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「というわけで…、いきなり草原に転送?いや、この場合次元の壁が…いや、トンネル効果の亜種、あるいは…」
べよん、べよん。
水色の、ぶよぶよした丸い塊が…科学者の前に現れた!
「スライム…初めて見る個体だ、これは当たり前に存在しているもの?やはり次元が…いやしかしこの世界は非常に地球上の風景と酷似しており…」
うろたえることなく持論を展開する、科学者。
「ふぅむ、保有スキルというものがあるようだ、《調合と実験、そして観察?》おお、この世界でも研究を続けることができる?」
うばほん!
【たかせんせいの実験ラボ(週一でライブ配信している自宅の研究室兼スタジオ)】が出てきたぞ!!
好奇心旺盛なスライムは、三角フラスコや真っ黒いテーブル、熱せられていない鉄球にガスバーナー、液体窒素に真空ポンプ、電池式の永久機関やどう見ても空中に浮いているようにしか見えないオブジェその他もろもろに夢中になっている!!
「水飲み鳥もスフェリコンモデルもあるよ、宇宙食も色々あるから出してあげよう。…で、だ。君、少し体表のサンプルをいただけないだろうか…」
いーよー♪
スライムが夢中になっている隙に、科学者は体表のサンプルを採取した。
元素分析装置にセットし、解析を始めた科学者。
「ふうむ、これは見たことがない成分だ…C、H、N、O…リシン…?HCNの痕跡はないが…いや、これほどの…しかし結合は…、焼成した場合の…」
科学者は、今までに見たたことがないデータを目の当たりにして俄然やる気がみなぎった!
ペトリ皿にサンプルを入れ、様々な試薬を落として反応を見る!
ガラス板にサンプルをのせ、ガラスカバーをそっと置いて顕微鏡でのぞき込む!
乳鉢にサンプルを入れ、バーナーの火で焙り始める!
じわじわとサンプルが熱せられ、沸騰して…泡立ち始めたぞ!
「サーモグラフィーを見ると…332度?これはもしや未知の物質…?色の変化は…、…うん?…や……」
ノーマスクノー防護眼鏡ノーグローブで実験を行っていた科学者は、気化したスライムの成分を吸い込んで昏睡状態に陥った。
手にしていたバーナーの火が実験ラボのスチールウールに燃え移り、あっという間に炎上して燃え尽きてしまった。
まる焦げになってしまったスライムはぺろりと表面の皮を脱ぎ捨て、ぷるっぷるの瑞々しい姿で草原の彼方に消えた。
「う、うーん???なんか夢でも見ていたような??」
科学者は時間を巻き戻されて、コンビニの入り口に立っていた。
コンビニの入り口のところで立ち止まる前に、ちょっとだけ時空がゆがんだのだが…、それに気づく様子はない。
科学者は、コンビニで科学と実験リバイバルムックと染毛剤を買って家路についた。
家の近くの交差点で、車の暴走事故が発生していた。
「あの潰れ方を見るに…およそ80㎞/h、アクセルの踏み間違いかあるいは暴走、加速装置の可能性…?ジェット…、いやしかし…」
科学者は、集中するとついつい声が小さくなってしまうという弱点寄りのクセをゆかいな字幕で乗り切るという技で克服し、実験系動画配信者としてボチボチ人気を得て、81歳でこの世を去るまで知識と経験と笑いと学び、たまに恐怖を多くの人々に撒き散らしたとのことです。




