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26 乳母のハート、盗んじゃいました

 俺は『ハイランダー運送』の毒入り計画を表沙汰にはしなかった。

 いけすか野郎も庭に埋めたまま放置。


 それにはふたつの理由があった。


 ひとつ目は、誕生パーティに水を差したくなかったこと。

 フロイランとナニーナの誤解が解けた記念すべき日に、野暮な話題は持ち込みたくない。


 ふたつ目は、いけすか野郎の証言を元に『ハイランダー運送』を追求しても意味がないこと。


 首謀者はヒラクルなのだろうが、そこまでたどり着くことはできない。

 おそらくヤツの直属の上役の時点で、いけすか野郎が勝手にやったこと、ということにされてしまうだろう。


 直属の上役だけは巻き込めるかもしれないが、その程度ではハイランダー一族にとってはカスリ傷にもなんらない。

 俺の大切な仲間であるナニーナに手を出したのだから、片腕一本はもらっておかないと気が済まないんだ。


 俺はとりあえず、毒入りパイをいけすか野郎の顔にぶちまけておく。

 すると、後ろから声をかけられた。


「お待たせしました、スカイさん。帰りましょう」


 振り向くなり、ぺっこり頭を下げるナニーナ。


「なんだ、もういいのか? ラブラインには俺から話しとくから、もっとゆっくりしていけば……」


「ううん、もういいの。フロイラン様とはこれから、お手紙をやりとりするお許しをいただいたし。

 それに私が仕えているのは、いまはラブライン様だから」


「そうか、じゃあ帰るとするか」


 俺はナニーナを抱っこしてジャンプ。

 星が瞬きはじめた夕闇を飛ぶ。


 その途中、ふとナニーナの視線を感じ、視線を落とす。

 彼女と目が合った途端、俺はドキリとなった。


 水面のように揺らぎ、キラキラと光りをたたえるその瞳。

 上気してピンクに染まった頬、濡れ光るピンクの唇。


 そんな切なそうな表情で見つめてくるものだから、俺は何事かと思ってしまった。


「ど、どうした?」


「ありがとう、スカイさん」


「なんだ、やぶからぼうにお礼なんて」


「私、ずっと怖かったの。フロイラン様に嫌われているんじゃないか、って。

 それを確かめる術もなかったから、ずっとひとりで悩んでいたの」


「城にいる使用人にでも頼んで、フロイラインの様子を確かめてもらうなりすればよかったじゃないか」


「私は王室の人間だけれど、あくまで乳母だから、私事で使用人さんにお願いすることなんてできないわ。

 それに、私は人から頼られることはあっても、頼れる人はいなかった」


 それはわかる気がする。

 ナニーナは『みんなのお母さん』みたいな感じで、なにを言ってもやさしく聞いてくれそうな雰囲気があるんだ。


「そういうことか、なら、今度からは俺を頼れよ。俺にできることがあったら助けてやるからさ」


 するとナニーナは、信じられないような顔をした。


「ど、どうして……? どうしてスカイさんはラブライン様だけでなく、乳母である私にまで、こんなにやさしいの……?

 いままで私は、多くの『おためし婚』を見てきたけれど……。

 王族の方たちはみんな、乳母なんて奴隷みたいに扱うのよ?」


「王族のヤツらの常識は知らんが、俺にとってはこれが普通さ。

 俺からすれば王女とか乳母とか関係ない。ラブもナニーナも、どっちも大切なんだ

 大切な人を助けてやるのは、男として普通のことだろう?」


 次の瞬間、ナニーナのは俺の身体にしがみついてきた。


「う、乳母は、泣いてはいけないのに……! 泣いたりしちゃ、ダメなのに……!

 泣くのは、赤ちゃん……! 私が育てる赤ちゃんの仕事なのに……!

 お母さんが泣いたら赤ちゃんがいっぱい泣けなくなっちゃうから、泣いちゃだめなのにぃぃ……!」


 俺の二の腕で必死に涙を隠してはいるが、涙声までは隠しきれずにいる。

 フロイランとの感動の再会を果たしても泣かなかった彼女が、泣いていた。


「お、お願いです……! い、今だけは……! 今だけは、このままでいさせてください……!」


 俺は無言で彼女の頭を撫でてやる。

 彼女が俺に教えてくれた『女の子が泣いてすがってきたときは、頭を撫でてあげる』を思いだしながら。


 ナニーナは俺の中でしばらく嗚咽を漏らしたあと、顔をあげる。

 そして涙の残る瞳で俺をまっすぐに見つめ、こう言った。


「私は今日から、スカイさん……。いいえ、スカイ様に忠誠を誓います……!

 あなた様以上に、この国の王として相応しい方はおられませんっ……!

 スカイ様が『おためし婚』で認められ、この国の王となれるように……。

 全身全霊を持って、スカイ様にお仕えさせていただきますっ……!」

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