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24 乳母と王女、仲直りさせちゃいました

 ナニーナ手作りの『ニシンのパイ』はとんでもなく美味だった。

 最近、彼女の手料理を食べているので料理の腕前は知っているが、ダントツの旨さ。


 これは贈り物なのでひと口でやめるつもりだったのだが、つい二口、三口ち頬張ってしまう。


「うまーいーっ! うーまいーっ! うまうまうま、うんまぁーーーーーーーっ!!」


 俺があまりにも美味しそうに食べていたので、パーティの参加者たちも集まってくる。

 「えっ、えっえっ?」と戸惑うフロイランをよそに、味見した参加者たちは次々と雄叫びをあげた。


「うーーーーーーーーーーーーまーーーーーーーーーーーーいーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


「こ、これはうまい! こんなにうまいニシンのパイは初めてだ!」


「ニシンのパイといえば庶民的な料理でしょう!? なのに、なんでこんなにおいしいの!?」


「ううむ、数々の美食を食してきた私を唸らせるとは、これを作ったシェフはただものではないな!」


 野良犬のように貪る参加者たちに、20人前はあったパイはあっという間に完売したかに見えた。

 しかし最後の最後で滑り込みで、


「あ、あたくしにも食べさせるのですわっ!」


 フロイランは必死の形相で最後のひと口を奪い取る。

 その瞬間、彼女の頬に熱い涙が伝った。


「こ……これ、ですわ……! これこそが、あたくしが幼いころ、ナニーナにせがんで作ってもらっていた、ニシンのパイ……!」


 フロイランはもうひと口、とフォークを伸ばすが、皿はすでにからっぽ。

 もはや溢れ出る涙は止まらない。


「あっ……! ああっ! なんということ……!

 やっと……やっと好物のニシンのパイが届けられたと思ったのに……!

 このパイを頬張って食べるのが、あたくしの夢だったのに……!

 うっ……うううっ! うううううっ!」


 しんとなる参加者たち。

 パイのソースでベトベトになった口を、気まずそうに拭いている。


 しかしそこに、救いの女神が現れた。


「フロイラン様」


 天使の赤ちゃんを包む羽衣のような、どこまでもやさしいその声。

 忘れもしないその声に、少女はハッと顔をあげる。


「な……ナニーナ……!?」


 ナニーナは手に、ほっこりと湯気のたちのぼるパイ皿を抱えていた。


「泣かなくてもいいんですよ。まだまだたくさんありますから、いっぱい召し上がってくださいね」


「なっ……ナニーぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 フロイランは親と再会した迷子のように、ナニーナに向かって走っていく。

 俺はタッチの差で、ナニーナからパイ皿を受け取る。


 次の瞬間、ふたりはひしっと抱き合っていた。


「ナニーナ! ずっとずっと会いたかった! うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーんっ!」


「ああっ、申し訳ありません! フロイラン様! 私はてっきり、フロイラン様から愛想を尽かされたものだとばかり……!」


「そんなわけありませんわ! だってナニーナは、あたくしのもうひとりの母親……!

 母親に愛想を尽かす娘なんて、どこにおりますのっ!?」


「ああっ、フロイラン様! なんというもったいないお言葉……! ナニーナは幸せでございますっ!」


 ふたりは、いつまでもいつまでも抱き合って離れようとしない。


 専属となった乳母というのは他の王位継承者と親しくしてはならないという暗黙のルールがあるという。

 しかし俺はそれを一蹴し、パーティが終わるまではふたり一緒にいるようにとナニーナに命じた。


 これは、俺が生まれて初めて下した『命令』である。


 それからパーティは再開され、フロイランはナニーナにべったり。

 しかし憂鬱さは消し飛んでいて、誕生日という最高の一日を楽しむ少女の顔になっていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] なあスカイ、粋のあるやつだよ……。
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