シトラが魔物になった後の話

　暖かい日差し、草が揺れる音。そして私の頭を優しく撫でる感触。

　ゆっくりと目を開くと、こちらを優しく見つめるアイザックがいた。元々神々しい程に美しいと思っていたが、今目の前にいる彼はそれ以上、もうなんか生きてる？息してる？って位に美しい。………え、死んでないよねアイザック？ここ天国？ここヘブン？

「いや神になった俺が、死ぬ訳ないだろう」

「あっ心読まれた」

　よかったここは天国ではなかった様だ。私は勢いよく起き上がり周りを見る。ここは確か、戦争時代に精霊の隠れ家として使っていた森だ。ハリエド国から少し離れた中立地帯、かつては精霊の森と呼ばれた神聖な場所だ。その森の中の、精霊達が水飲み場として使っていた湖の側で、私はアイザックの膝の上で寝ていたらしい。

「………何で私、ここで寝てるんだっけ？」

　同じように立ち上がったアイザックは、微笑みながらこちらを見た。うっ視界がグラつく……おかしいな。記憶も戻って、アイザックの顔も慣れた筈なのに。

「魔物化してすぐだから混乱してるのか？君は人間としての人生を全うして、約束の通り魔物化しているんだろう？」

「………人生……全う…………あ！！！」

　そうだ思い出した！私はシトラ・ハリソンとして人生を全うしたんだ！もう完璧に！めちゃくちゃ充実した人生を送ったんだった！SNSがこの世界にあったら、フォロワー億越えな位に！！それでついに寿命になって、ポックリ逝ったんだった！

　15歳の時にアイザックと約束した通り、私は魔物になったのだろう。湖の池で顔を見ると、焦茶色の目は赤色になっていた。なんかカッコいいな。

　しかし可笑しい、私は歳を重ねて老人になっていた筈だ。なのに私の体は見る限り20代前半といった所か？長年苦しんでいた腰痛も全くないし、老眼鏡を付けなくても近くが見える。アイザックは私の思っている事が分かるのか、こちらにウィンクして見せた。うっ心臓が苦しい。

「流石にこの先永遠に、老いた姿でいるのも君が嫌かと思って」

「若返らせてくれたの！？」

　さすが予言の神！確かにこのまま彼と過ごすにあたって、こんな美形の横にヨボヨボのおばあちゃんは嫌だ。この先アイザックが神の力を譲渡出来る様になるまで、途方もない日々になるだろう。それならばその日々を楽しみたい。まずはアイザックと一緒にかつての様に旅がしたい。私はこの先の楽しい日々を想像しつつ、期待を胸に彼を見た。

　が、その前に彼の囁く言葉によって、目の前が黄金色に輝いた。

　眩しい光が収まり目を開くと、そこは森の中にある家。戦争時代に私が暮らしていた家の、私の部屋だ。

　もう500以上は経っているが、精霊の森の木で作られたこの家は朽ちる事はない。それでもベッドに敷かれたシーツや、部屋の埃っぽさは時間の経過を知らせてくれる。

　少し遠い場所にあるし、戦争時代を思い出して辛くなるので、戦争が終わってからこの家へ近づく事はなかった。今更どうしてこの場所へ？後ろで黙り込んだアイザックへ振り向いた。

「ねぇ、どうしてここに………アイザック？」

　振り返り問いかけようとしたが、彼はうっとりした表情で私の手を掴んだ。美しい金色の瞳が熱で揺れている。こんな彼の表情は見た事がない。まさか私を魔物化した事で、何か彼に起こってしまったのだろうか？

　掴まれていない手の方で彼の頬を触ろうとしたが、その前に掴まれた手を強く引っ張られてしまう。そのまま顔を近づけたアイザックは、形の整った唇を私の唇に合わせた。

「むごっ！？」

　あれ！口付けされてる？……うっわぁ、アイザックの顔近くで見ると鼻血もんだなぁ。唇も柔らかいし、なんかいい匂いがする。大丈夫かな私緊張で汗かいてるんだけど、臭くないかな？せめて歯磨きたかったなぁ。

　違う違う違う違う違う！！！何考えてるんだ私は！？アホか！？アイザックと口付けしてるんだぞ私は！？何感想を述べているんだ！？

「うぐ、ぐぐぐぐぐっ！！」

　もはや色気もない声を漏らしながら、私は合わさる唇を離そうとアイザックの胸を強く押した。だが逆に唇は深くなり、最終的には唇を合わせたまま抱き抱えられ、かつての私のベッドへ下ろさせる。見た目からして埃っぽいと思っていたが、おそらく下ろす時に魔法をかけたのか、埃も舞わなければ寝具も清潔になっていた。

　一体どうしたのだ？何故アイザックはこんな事をする？私と彼は、家族であって恋人ではないのに……何でそんな、獣みたいな目で見てくるんだ。

　アイザックは恍惚とした表情で、熱を込めたため息を放つ。あまりの美しさに目が眩みそうだ。そのまま私へ向けて、吐息の様に語りかける。

「やっと、やっと俺のものになってくれた」

「……ものって」

　何十年と生きて、流石にこんな目線で見られて、意味が分からないほどもう幼くない。そのまま覆いかぶさるアイザックへ、私は焦りながら体を動かしベッドから出ようとした。私はアイザックの事を愛しているし、家族だと思っているが男性として愛しているわけでは………………………

　…………あれ？

　………いやいや、何を意味不明な事を。私はアイザックを男性として愛しているじゃないか。ずっとずっと、彼にこういう風に見られるのを望んでいたじゃないか。人間から魔物化して、頭の回転が鈍くなったのか？

　そのまま愛おしく私を見るアイザックの頬に触れて、私は同じような目線を彼へ向ける。

「うん、私はアイザックのものだよ」

「……嗚呼、シトラ！！」

　再び合わさる唇に、私は嬉しくて顔を綻ばせた。彼にできる限り答えるようにして、それでも彼の方が一枚上手なのか、結局されるままになってしまったが。これから永遠に一緒に居れるのだ。少しずつ答えれる様にしていけばいいか！

　長い口付けが終わると、アイザックは私を起き上がらせる。あまりにも幸せそうな、美しい彼の表情に頬が赤くなってしまう。少し荒い呼吸をしながら、彼は私を見つめる。

「シトラ、服脱いで」

「ファッ！？」

　ちょっと流石に奇声をあげてしまった。いや、確かに愛してるよ！？愛してるけど早くない！？長い人生なんだからもう少し経ってから、こういい感じの蝋燭灯してとかさぁ！？いい感じの音楽流して、こんな簡素なベッドじゃなくてさぁ！？

　私は耳まで赤くなりながら、目線を下にアイザックから少し離れた。

「ちょっ、ちょっとまだ、あの、心の準備が」

　その時、金色の瞳が大きく揺れた。それと同時に、私の胸が強く痛みを出す。

「……君は、俺のものじゃないのか？」

　もう一度強く胸の痛みが出て、その後私は自分の言葉に後悔した。………そうだよね。私はアイザックのものなんだから、言うことをちゃんと訊かないと。大好きなアイザックの期待に応えないと。

「………わ、分かった。……脱ぐから」

　　恥ずかしさで首まで赤くなっていく。私は震える手でドレスの紐を解いていった。その光景を舐めるように見つめるアイザックの目線で、これから何をするのか、嫌でも理解して息が荒くなる。……でも、私はアイザックを愛しているんだから、結局いつかはするんだからいいよね。

　うわぁ恥ずかしい、あんまり見て欲しくないんだが？……分かった分かった、口付けも私からするし、アイザックの服も私が脱がすよ。んもぉ〜自分で脱いでよね！子供みたいな事言うんだからー！………ほら脱がしたよ！何でそっぽ向くかって？全裸のお前を見れるほど、心臓逞しくないんだよ！！………え？足を開け？はいはいご命令の通りにしますって。こんな事アイザックにしかしないんだからね！この破廉恥神！！

　………何度も言わせないでよ、恥ずかしいなぁ。

　　　　　愛してるよ、アイザックの事を。この世で一番愛してる。

　

　狭いベッドの上で、私はアイザックの胸に抱かれながら寝ている。反対の手で優しく頭を撫でてくれるのが心地よい。疲れた、もう明日は昼まで起きない。

　そんな事を上せた頭で考えていると、彼は撫でるのをやめて私を強く抱きしめた。どうしたのだと問いかける前に、彼は耳元に息を吹きかける。

「ずっとずっと、永遠に一緒にいよう。シルトラリア」

　何を当たり前の事を、そんな震えた声で言うのかと思い笑う。私は幼い子供を宥める様に、彼の頭に優しく触れる。

「うん、ずっと一緒にいようね。アイザック」

　…………あれ？どうして私、こんなにも幸せなのに……涙を流しているんだろう？