明日の一面が本当に怖い。【シトラ視点】
ゲドナの厄災後、ルーベンと交流をしている世界線です。
ゲドナ国の新たな国王、ルーベン・フォン・ゲドナ。戦いの神ヴァンキルの加護を持つ、異世界から転移した少年。
13歳で即位した彼は相当頭が切れるそうで、ゲドナ国に降りかかる厄災を阻止した後、すぐにその問題についての会合が行われた際も、のらりくらりと自国の不利益になる条約変更を阻止したそうだ。公爵家で遊びに来たギルベルトも「将来、あの王によってゲドナ国は更に繁栄するでしょうね」と言っているほどだ。……あの実の兄を虫ケラと言っていたギルベルトがだぞ!?
そんなルーベンとは、ゲドナ国での事件後から手紙のやり取りをしている。船で1日で行けるようになってはいるがハリエドから随分遠いし、毎年お互いの建国祭に招待をしてそこで話す位だが交流もある。私はただの令嬢なのでゲドナ国へ会いに行こうとすれば出来るが、彼は国王なのだ。たかが貴族の令嬢が簡単に会える立場の人じゃない。
だがルーベンは王としての公務で忙しいだろうに、手紙は必ず週に一回送ってくれる。内容も国の事ではなく、最近自分の身の回りに起きた事や、妹のマチルダの事だ。ちなみにマチルダからは三日に一度手紙がくる。
そして最後には必ず「愛おしい君に口付けをしたい」など、まるで恋人に送る手紙の様な事が書かれているもんだから、毎回顔を真っ赤にしながら読んでいる。それを見ていたクロエには「お嬢様、私はゲドナ国へ付いていきますから、どうぞ安心してください」と鼻息荒く言われてしまった。やめてくれ。
そんなこんなで、ルーベンとの文通は続いていき早3年。今年も建国祭に呼ばれた私は、毎年の如くアメリアを連れてゲドナ国へ来た。
この三年でアメリアはルーベンの秘書、グレイソンとの愛を深め、1年ほど前に彼と添い遂げた。友の結婚式など人生で初だったので、リリアーナと大泣きしながら美しい花嫁姿のアメリアを眺めたものだ。
だがそれよりも、新婦側の両親がどちらも神の為、新郎側の親族が緊張で、滝のような汗を流しながら接待していたのは可哀想な気持ちになった。中年のおじさんが、見た目少年少女の神に愚弄されているんだもん。
ゆくゆくはゲドナ国へ嫁ぐつもりらしいが、すぐ教会の職員を辞めるつもりはないらしい。なんでもやる事があるらしいが、詳しくは秘密らしい。
「シトラ様は到着すぐ、ゲドナ王と謁見でしたよね?私はその間に義理の両親へ挨拶をしてきます!お城まで送りましょうか?」
「大丈夫、歩いて行くよ。じゃあまた夜の舞踏会で会おうね」
関所を抜け国へ入ると、既にアメリアを待つ公爵家の家紋が付けられた馬車が止まっていた。アメリアは足取り軽くその馬車へ乗ると、そのままグレイソンの実家へ向かっていく。
それを見送った後、私は建国祭で賑わう街並みを見る。……まだ国王謁見の予定までかなり時間がある。出店で何か珍しいものでも食べよう。ハリエドにいる友人達にも何かお土産を買いたい。久しぶりのゲドナ国の観光に、胸が高鳴った私は拳を作り意気込んだ。
「この限りある時間の中で!出店を沢山まわるぞー!」
「限りある時間の中だからこそ、少しでも長く僕といるべきじゃないか?」
「うぎぇ!?」
意気込む自分の背後から、見知った声が聞こえて思わず奇声を上げてしまう。知ってはいる声だが声変わりをしたのか、去年よりも低く腹にくるいい声だ。
それに周りから聞こえる騒ぎ声で、後ろにいる人物が誰かは確定している。恐る恐る後ろを見ると、やはりそこには国王、ルーベンがいた。去年よりも更に背が伸び、長い金髪は建国祭の為なのか、美しい顔に似合う様に結われ飾りを付けられている。琥珀色の、催事用なのか豪華な軍服を着ており、だがその豪華な服装も着こなしてしまうほど……非常に顔がいい。
……本当に、恐ろしい程に私好みの顔になってやがる。推しのアイドルに街中で偶然出会った時、こんな気持ちなのだろうか?無言で食い入るように見ていると、私の表情が面白かったのか、ルーベンは軽く笑った。
「今年のハリエドの建国祭は、君の家族や友人達に邪魔されて全く話せなかったからな。こうして話すのも1年ぶりだな」
その言葉に私は申し訳なさから目を逸らす。確かに数ヶ月前に開催された建国祭では、何故か家族や友人達に何かとつけて彼と会うのを阻止された。理由を聞いてもはぐらかされるし、おそらく賢王と呼ばれるまでになったルーベンに、私が失礼な事をして国問題とならない為だろうか?
今回の建国祭も反対されたが、クロエの協力の元内密に来ている。なので夜の舞踏会が終われば、迎えに来たクロエと共に、ハリエドまで魔法で帰宅する予定だ。
そんな事もあり、ハリエドの建国祭では少し顔を見た位なので、彼とこうして話すのは去年ぶりだ。
「ル、ルーベン様、お、おお久しぶりです……」
「ああ、君に会えない日々は本当に辛かった。立場上簡単に会いに行けないし、君を連れ去って寝台の上で可愛がろうと、何度考えた事だろうか」
「ウッヒョ」
1年ぶりの口説き文句?セクハラ?は、声も相まり凄まじい色気を出している。思わず奇声をあげても、ルーベンは気にせず美しい微笑みを向けてくれる。……うう、本当に私よりも年下なのかよぉ、少し色気分けてくれよぉ。
国王の登場に周りは騒然とし、周囲からはハリエドの聖女、と単語が出てきたので流石にまずい。わざわざ国王自ら迎えに来たなんて、あらぬ誤解を生み出されては困る。私は慌ててルーベンの腕を掴んで彼に声を出した。
「今すぐ移動魔法で!人目のない場所に連れてってください!」
このままでは翌日の朝刊の一面が恐ろしい事になる。慌てて伝えた言葉に何故かルーベンは目を開く。何故そんな表情をするのか聞きたいが、今はそれどころではない。我々を狙うパパラッチか!新聞記者共が来てしまう!!
「は、早く移動魔法を唱えてください!!」
「……人目のない所へ?」
「はい!そうです!人目がない所です!!」
何度言わせるんだこの国王は!?そう言い合っている間に、カメラを持った記者らしき男達が、遠くからでも分かるほどに狙いを定めて走ってきている。真っ青になった私はルーベンを見て再び懇願しようとした。が、ルーベンは目を細め微笑んでいる。
その表情に驚いていると、急に肩を掴まれ抱き寄せられたと思えば、微笑むルーベンは早口で移動魔法を唱えた。
自分が主軸ではない移動魔法は違和感がある。眩しい光が収まり目を開くと、そこは前にも来た覚えがある部屋だった。琥珀色で統一された豪華な部屋、執務机の上には書類の束が置かれている。……記憶より少し模様替えをしている様だが、ここはルーベンの部屋だ。
城の応接室とか、ルーベンの執務室に移動すると思っていたが。まさか個人の部屋に移動すると思わず呆然としていると、ルーベンは再び何かを唱えたと思えば、部屋にあるカーテンが全て閉められてしまう。折角、日が照って気持ちいいのに。
「本当は君の姿を余す所なく見たいが、君は恥ずかしがるだろうからな」
「それはどういう事で…………むぐぐぐぐ!?!?」
意味がわからず問いかける為に、ルーベンへ顔を向ければ既に目の前にあった。後ろから彼の大きな手に頭を前へ押され、そのまま彼と口付けをしてしまう。
驚きすぎて口付けたまま声を出してしまうが気にする素振りもなく、唇を強く押し付けられながら後ろ後ろへ押されていく。やがて中央のベッドへ足が当たるが、そのまま肩を押されベッドの上に寝転ぶ形になってしまった。ルーベンもそれにつられるように自分の上に覆いかぶさる。
そこまでなっても口付けが終わらない。接着剤でも付けられているのか?ここまでどう呼吸をすればいいのか分からないのでずっと止めているが、もうそろそろ酸欠で倒れるのでルーベンの胸を強く叩いた。漸く唇が離れると、私は肺に一気に空気を入れるために何度も荒く呼吸をする。それを見つめていたルーベンは、私の頬に手を添えて一度撫でる。
「これじゃあ足りないな、息継ぎの仕方は後で教えよう」
「何で!?どうして!?どうした!?」
他国の国王陛下に放つ言葉遣いではないが、もうそんな事構ってられない。叫ぶ言葉にルーベンは首を傾げる。
「君が「人目につかない所に行きたい、可愛がられたい」と言ったんだろう?」
「可笑しいなぁ!?最後に余計な言葉が入ってるなぁ!?」
「確かに最後は言ってないが……僕の事を好いている君は、内心そう思っていただろう?」
「僕っ子が俺様みたいな事いうんじゃない!!!そんな事思ってないわ!!」
肺に入れた空気を一気に吐くようにルーベンへ叫んでいる。叫んだ言葉に怪訝そうな表情でこちらを見るルーベンは、わざとらしくため息を吐いた。
「君は嘘つきだな」
「んだとゴラァ!!」
「君は僕の事を好いている。……じゃなかったら、どうして僕と3年間も手紙のやり取りをしていたんだ?」
鋭いルーベンの目線に、私は背筋に寒気が出て震えてしまう。だがここで負けたら試合終了、私は何をされるか分かったもんじゃない。同じ位、もしくはそれ以下に睨みながら反論する。
「それは!だってルーベンは国王だし、それに友達だから!!」
「成程、だが僕の送った手紙の内容は、友へ送る様な内容だったか?」
「………そ、それは」
その問いかけには吃ってしまう。……確かに、ルーベンの送ってくる手紙の最後には、いつも恋人に送る様な愛のメッセージが書かれていた。私の態度にしてやったりと、ルーベンは色気を含んだ笑みを向けてくる。直視すると顔が赤くなりそうなので、目線を逸らしてしまった。
「君はそんなメッセージに3年間、何も反論もせずに手紙を続けていたんだ。ましてや毎年の建国祭では僕を招待するし、その際に口説いても、ただ可愛らしく頬を染めて吃るだけだったな?嫌なら君の友人、第二王子にでも伝えれば、正式に申し立てる事もできるのに」
「…………そっ、んぐっ……」
答える前に顔を無理矢理向かされて、再び軽く口付けを受ける。その際どうしても見えてしまう彼の顔は、とても穏やかだった。
「……初めて会った時、君は僕を見ている様で、誰か違う存在を見ている様だった。そんな君を愛した僕は、この「ルーベン・フォン・ゲドナ」を見て欲しくて、この3年間必死だった」
ゆっくりと語られる言葉に、今度は私が目を大きく開いて驚く。
「僕は僕だ。君がかつて愛した男でも、君の事を愛し、かつて命を捧げた元王太子でもない。……だが、僕は幼い頃に、父上から教えられたシルトラリアという女性を、君を心から尊敬しているし、心から愛している」
穏やかに、真っ直ぐに語られる言葉に。それに体が答える様に、自分の心臓の音がうるさく聴こえてくる。そんな私の表情を、変わらずに穏やかに見つめる彼は再び語る。
「この3年間、あんな情熱的な手紙を送り続けて、出会う度に口説いたんだ。年に数回出会う度に、君は段々と「僕」を見てくれる様になった。……この前のハリエドでも、あんな情熱的に僕を見てくるものだから、もう連れて帰ってしまおうと思ったが……君の周りは、余程君を離したくないらしい」
自分の心を暴かれる言葉に、魚の様に口をパクパクと動かしながら荒く呼吸をする。あまりの羞恥心に今すぐ逃げ出してしまいたい。
この3年間で、ダニエルの顔をしたルーベンから、ただのルーベンになっていた事を。恋人の様な手紙に胸を高鳴らせていた事を。それを全て心の中に隠していた事実から逃げたい。
突然、ルーベンに自分の足を掴まれ、彼の顔近くまで持ち上げられた。そのまま足先に唇を当ててくるものだから、流石にそれには慌てて足を引っ込めようとしたが、3年ですっかり大人になった彼には可愛い抵抗なだけだった。
そのまま、熱の込められた美しいエメラルドの瞳が揺れる。
「間違っているなら反論してくれ。……でも、間違ってないなら。このまま僕に抱かれてくれ」
そのまま足先から、中心へ近づいてくる唇に。……ただパパラッチから逃げたかっただけなのに、どうしてこうなっただとか。隠していた気持ちを暴かれ恥ずかしいとか。
……そんな事より、私は一番伝えたい事を言うべく、大きく大きく息を吸った。
「このっ!16歳の子供が!!!この思春期国王が!!!
18禁ルートに行くんじゃないやーーーーい!!!」
その後、ルーベンに抱かれる寸前まで行った私は、どうにか15禁ギリギリで終わらせる事が出来た。
だがその後の舞踏会で、何故か用意された琥珀色のドレスを着た私は、そのままルーベンとダンスを踊る。
流石にもうあのような事はないだろう!なっははは!勝ったなざまーないぜ!!まだ16歳はガキンチョさ!とそう安心していたのも束の間、ダンスが終わった後にお礼を伝え離れようとした私へ、ルーベンは3年前よりも激しく口付けをした。あまりの激しさに後ろに倒れそうになるが、腰に添えられた手によって何とか立っていられる。
ムゴムゴ言いながら離れるにも恐ろしい腕力で叶わず、されるままになっている所で後ろからカメラのシャッター音が聞こえる。あと遠くからマチルダの「兄様!!!ナイス!!!」という興奮した声が聞こえる。あと同じく遠くから、アメリアの声で「ハリエドの男達が荒れるなぁーー!!!」と興奮した声も聞こえる。
そして長い長い口付けが終わると、素晴らしい程に私好みの顔面が、意地悪そうに笑っていた。
「明日の一面、さぞ素晴らしいものだろうな」
そして耳元で囁かれる様に「逃げられると思うなよ」と言われてしまう。
…………くそう、してやられた。




