あの時の続きを 【イザーク視点】
死に物狂いでシトラと結婚式を挙げたイザークの話です。
教会の庭園で、いつもの様に私に会いに来た彼女は、何故かこの日は顔を真っ赤にしていた。熱でもあるのかと問おうとした時、大きく深呼吸をした彼女は、真っ直ぐ俺を見て叫んだ。
『あ、あの、えっと…………好きでしゅ!!結婚してくだしゃい!!!』
そう真っ赤な顔をして、私に告白をしてくる彼女が、遥か昔にしてくれた言葉と同じで。彼女はあの時の様に噛んだ事を恥ずかしがってしゃがみ込んだ。
私は顔も、声も何もかも違うのに。彼女は私をまた愛してくれた。……その歓喜を、私は抑え込んで唇を噛む。
『………ごめん』
私は、そう呟いて彼女に魔術を掛けた。
「イザーク?おーい?」
「………ああ、ごめん。ちょっと考え事をしてたよ」
横から聞こえる彼女の声で、私は意識を戻した。声を掛けたシトラは純白のドレスを身に纏い、普段よりも丁寧に施された化粧は、幼く見える彼女を美しい淑女に魅せている。私が返答したのに少し安堵した表情を見せたが、すぐにそれは意地悪そうなものに変わった。
「もしかして緊張してるの〜?」
「それは君だろう?さっきから私の腕を掴む手、震えてるよ」
「なっ!!」
図星だったのか、恥ずかしそうに顔を赤くした。そんな姿が可愛くて、私は思わず吹き出してしまう。笑われた事で頬を膨らませた彼女は、そのまま自分から顔を逸らす。
「シトラは可愛いね」
「すぐそうやって褒めて、機嫌取ろうとするんだから」
「バレた?でも本心だよ」
「…………もう!」
そのまま不貞腐れる彼女に、私は顔を近づけて口付けをする。それには流石に驚いた表情に変わり、そのまま恥ずかしそうに、はにかんだ笑顔を向けた。思わず色々としそうになるが、そこは今日の予定が終わってからにしよう。
建国祭の翌日、寝起きの陛下の部屋に彼女を引き摺りながら押しかけ、私は近々彼女と婚姻する事を告げた。許しを得たではなく、告げたのだ。陛下も私が彼女にアプローチをしていた事を知っていたが、全く相手にされていないと思っていた様で、口を大きく開けて驚いていた。
陛下はいいとして、その後が大変だった。まずハリソン公と子息にはそれぞれ一発ずつ殴られ、ウィリアムには身体中に火傷を作られ、ディランには水責めに遭った。カーター侯爵家子息令嬢も、ペンシュラ伯にも同じ様な事をされた。ボロボロになって城へ帰ると、最後にギルベルトに股間を蹴られ、三日寝込んだ。ガヴェインも一発殴ろうとしていたそうだが、私の姿を見てむしろ心配された。あの獣人は本当に優しい。……まぁ、気持ちは分かる。何年も大切に、お互い牽制して守っていた彼女が、まさかこんな男に掻っ攫われ、しかも傷物にされてしまったのだ。本当に彼女は皆に愛されている。
一番厄介だと思っていたアイザックは、何と笑顔で祝福してきた。絶対に殺されると思ったので一応防御魔法を掛けたのだが……だが奴は笑顔のまま「最後は永遠に、彼女は俺のものだから」と言ってきた。まさか奴ではなくこちらが殺意を持つとは。だが予言の神となった奴に、力で叶うとは思わない。……本当に奴は、性格が悪くなった。
そして周りから邪魔をされながら、ようやく執り行われる事となった結婚式当日。王族は全員、城の大広間にて式を執り行う。その扉の前で出番を二人で待っている所だ。
私が相当苦労してこの結婚式の準備をした事を彼女は知らない。準備期間の間、周りは彼女に結婚を辞めさせようと声を掛け続けていた。だが彼女は全て断り、周りへ嬉しそうに私をどれだけ想っているか話していたそうだ。彼女は心配かけさせまいとしていた様だが、周りには効果は絶大で、ギルベルトなんか寝込んでいた。
元予言の神に告げられた運命をどうにか変えようと、俺は毎日教会へ行き建国の聖女の研究や魔法を覚えた。彼女の庭園に咲く、懐かしい硝子の花を見ながら勉強をしていた時、まさか彼女が声を掛けてくるとは思わなかった。彼女が俺に笑いかけてくれる度に、俺は胸が締め付けられた。姿が違う、記憶もない彼女には、俺はただの王子にしか見られていないと思っていたから。
だから、まさかかつてと同じ台詞で告白をされるなど、夢かと思ったが現実だった。あまりの幸福と、歓喜に思わず抱きしめそうになってしまうが……彼女に近づいて、俺の存在をウィリアムやアイザックに気づかれるわけにはいかない。
それに、彼女の理想郷を守らずに後を追った俺なんかが、彼女を想って言い訳がない。……だから、魔術で彼女から俺の記憶を消した。
「……それがまさか、こんな事になるとは」
私の放つ声に、彼女は首を傾げる。
「こんな事?」
「まさか、500年前に出来なかった君と添い遂げる事が、実現した事に驚いてるんだよ」
素直に伝えると、彼女は少し目を開いた。そのまま少し考えるような表情をする。まさか傷つけてしまったのかと慌てた。
だが、次に私を見た彼女は500年前と同じ、堪らない笑顔を向けた。
「これからいっぱい!出来なかった事しようね!!」
そう言いながら添えた手を強くする。……まさかそんな返答が返ってくると思わなかった。自分の顔が、段々赤くなっていくのが分かる。それを見たシトラは笑顔で「可愛いね!」と先ほどのお返しをしてくる。500年前は15歳の頃までしか知らない。それよりも更に大人になった彼女は、こんなにも男を誑かせるのが上手くなっているとは。……いや、そういえば彼女に過去に誑かされていた。じゃなければあの時、初めての彼女に夜寝させないほどにしないだろう。普通。
今度は私が不貞腐れた表情になり、添えられていた手を引っ張り抱きしめた。そのまま驚く彼女へ、もう一度口付けを落とす。前にゲドナ王が勝手にしていた時よりも、回数が越せる様に何度も唇を合わせた。
この唇は、私以外にも何度も他の男に取られていた。それを塗り直す様に深く合わせていく。……そんな私の情けない嫉妬が分かったのか、シトラは嬉しそうに答えながら背伸びして、私の首に手を回した。…………本当に、これが終わったら覚えておけよこの娘は。明日声が出ると思うなよ。
「…………お〜〜〜い。……二人とも、扉開いてるの分かってるかい?」
そのまま夢中で口付けをしていたからか、扉が開いている事に気づかなかった。一番奥で陛下が引き攣った表情で声を掛けている。私も彼女も、同じ位顔を真っ赤にして離れた。……来賓から、ものすごい舌打ちと、歯軋りの音が聞こえた。
二人して少し乱れた服装を整え、お互いの赤い顔を見て苦笑する。
「行こうか、シトラ」
「うん、行こう!」
そのまま俺は、愛するシトラと共に歩き始めた。
彼女はもう王じゃないし、俺も宰相じゃない。
彼女が美しいと言ってくれた亜麻色の髪でも、灰色の目でもない。
でも彼女は俺をまた見つけてくれて、俺を愛してくれた。
だからせめて、これからの未来では彼女を沢山笑顔にしよう。
彼女の理想郷を、俺が守っていこう。
今度こそ……俺は絶対に、彼女を見失わない。




