イザークに口説かれ続けた話【シトラ視点】
イザークとシトラが恋愛したら、の世界線です。
シルトラリアとしての記憶が戻って数年、相変わらず公爵令嬢として過ごしている私だが、毎年行われる建国祭では、建国の聖女として今でも公式で出席している。しているというか、させられているとも言うが。
もはや私の存在はかつての建国祭で知れ渡り、国内だけでなく国外にも信仰者が多くいるそうだ。その所為だからか、毎年建国祭の日には多くの観光客が押し寄せる様になった。「ハリエドの建国の聖女が生で拝める」なんて言われているからか、15歳の時のみだった筈なのに、今でもシルトラリアとして出席する羽目になった。こんなしょーもない聖女を何故信仰する?ご利益ないぞ?
もう恒例となった昼間のパレードを無事に終わらせた私は、そのまま城での舞踏会に参加している。正直パレードで愛想を振りまくりすぎて、非常に疲れているので舞踏会へ出席をしたくなかったが、それは無理だった。この舞踏会が終われば今年の建国祭も無事に終了する。早く家に帰ってクロエにホットココアを作ってもらうのだ。
挨拶回りを終えて屍の様に壁にもたれかかっていると、突然誰かに肩を触れられた。……毎年の事なのでもう見なくても分かる。私は大きくため息を吐いた。
「王太子殿下、何か御用ですか?」
そのまま横目で見れば、やはりそこにはハリエドの王太子、イザークがいた。王族のみが身に着ける事を許されている、真紅色の正装を身にまとうイザークはこちらへ笑いかける。
「シトラ様も分かってる癖にぃ、ダンスを誘いに来たんですよ〜」
数年前のゲドナ留学後、ハリエドに戻ったイザークは王太子となった。世間では第二王子であるギルベルトが王太子になるのではと噂されていたが、ハリエドの核とも言える教会、その頂点に立ち聖女聖人の研究での第一人者である大司教が、実はイザーク第一王子だった事実により一気に立場が逆転した。まぁ、ギルベルトが国王になる気がサラサラなかったのもあるが。
王太子になっても大司教を続けており、今年で27歳となったのに婚約者も居ない彼は異質な存在として社交界では有名だ。名門貴族家からの婚約話も全て断っており、男色ではないかとも噂されている。リリアーナが言うには「王弟×第一王子」派と「第一王子×王弟」派が今熾烈を極めているらしい。どっちの薄い本も見てみたい。
………だが、何故彼が婚約話を断り続けているかは知っている。
私はこちらへ笑いかけるイザークに、恥ずかしさを隠す為に眉間に皺を寄せながら手を差し出した。彼はゆっくりと手を取り、そのまま舞踏会中央へエスコートしていく。
ゲドナ国での問題の後、ゲドナ国王の付き人であるグレイソンとラブラブな文通を続けるアメリアを見て、私は「元カレと同じ職場で、グレイソンはその辺どう思っているのか」と質問した。そうしたらアメリアは首を傾げ、誰の事だと逆に質問してきた。それで質問をお互いし続ける形となり…………自分がとんだ誤解をしていた事に、ようやく気付いたのだ。
あまりの恥ずかしさと、ゲドナの帰りで折角告白をしてくれたイザークへ、あろう事に背負い投げをした申し訳なさで三日寝込んだ。どう彼へ謝罪をしたらいいのか分からず、私は寝込んだ後はイザークから離れる様に過ごした。
だが、イザークは離れてくれなかった。一週間に一度は愛の花言葉がついた花を送ってくるし、過密な予定の隙を見ては公爵家へ来て口説いてきたり、滅多に行かない舞踏会へ行った際には、どこから出席するのが漏れたのか彼が居て、誘われてダンスを踊りながら口説かれたり……かれこれ3年間、猛烈なアプローチをされている。もう謝罪どころではない。むしろ謝罪してほしい。ここまで勢いよく来られると、どう受け入れればいいのか分からずそっけなくなってしまう。もう少し落ち着け、普通に来てくれ、そしたら受け止めるから。
もう何度目か分からないイザークとのダンスは、本当に踊りやすい。まるで自分の全てを知っている様な気がして、ダンス中には相手を見つめなくてはならないのに、恥ずかしくて目線を逸らしてしまう。そんな私の態度に、彼は小さく笑う。
「そんな可愛い顔しないでくださいよ。思わず攫っちゃいそうになります」
「………お、お戯れを」
だーーー!!!もう少し恋愛初心者に優しくしてくれないかな!?もう手汗がすごいんだよ!?もう少し普通にしてくれないかなぁ!?そうしたら受け止めてやっからさぁ!?君の独身人生に終止符を打ってやるからよぉ!?
心の中でイザークへの罵倒を叫びながら踊っていると、繋がれている手が強く握られた。思わず彼を見れば、目を細め少し困ったように笑っていた。一体どうしたのだと声をかけようとしたが、それよりも早く相手が言葉を発した。
「ねぇ、いつまで待てばいいですか?早く観念して、私の事受け入れてほしいんですけど」
「……………えっ……と」
「脈ないなんて言わないですよね?だってこの3年間、私が口説く度に嬉しそうでしたもんね?」
「なっ!!!」
「恋人の表情や癖、私が覚えてないとでも?」
次々と語られる言葉に、私は自分の気持ちがバレていた恥ずかしさで思考が停止し、踊る事ができず立ち止まってしまう。同じく立ち止まるイザークは、手を握ったまま離してくれない。きっと彼は、手を離したら逃げる事が分かっているのだろう。本当に全てお見通しなのだ。
私は顔を隠す事も、逃げる事も出来ずに顔が熱くなっていく。目の前のイザークへ目線を合わせたり逸らしたり、何度も繰り返していたが……これ以上は時間の無駄だと察し、呟く様に声を出した。
「………あの………3年前……私、殿下の事を………その……」
「私の一世一代の告白に対して「私は前菜か」とか「クソ王子」とか言いながら、背負い投げした時ですかね〜?」
「す………すいませ………」
ちょっと忘れてくれないかなと思ったが、めっちゃ覚えていた。どんどん萎んだ声を出していく私は、目線も顔も下を向いていく。暫くして、頭上からわざとらしくため息が聞こえてきて、思わず体を震わせてしまった。
「アメリアからも事情は聞きました。……私も、彼女に抱きつかれるのを抵抗しなかったのが悪い。あの現場を見たシトラ様が、勘違いしてしまうのもしょうがないですよ」
「で、でも……」
「次から私の話もちゃんと聞いてくれれば、それでいいです」
「…………はい、ごめんなさい」
3年前の謝罪をようやく伝える事ができた。変わらず顔も赤いし手汗は酷いが、それでもどこか胸がすっきりした気がする。……今がチャンスかもしれない。この3年間のアプローチへの思いを伝えるには絶好のタイミングだ。大丈夫500年前も私から告白したんだし、恋人だった時には口付けまでは出来なかったが、それでも抱きついたりスキンシップは私が全部取っていたのだ。カッコつけたりせずに「過去には玉潰そうとしてましたが、今は好きです」って言えばいいんだ。
私は何度か深呼吸をして、繋がれた手をこちらからも強く握った。そしてシトラ・ハリソンとしては初の告白をするべく、意気込みイザークの方を向いた。……が、何故か思ったよりも距離が近かった。いやもう近すぎた。
「んえっ!?」
思わず変な声を出してしまう私へ、イザークは目を瞑っていた。可笑しい、彼との身長差はかなりある筈だ。なのに顔が近いし、何故か目を瞑っている。まさか告白しようとしたらそんな状態で、私はどうすればいいのか分からず慌てていると、瞑られていた目が少しだけ薄く開いた。
「………ねぇ、待ってるんですけど?」
「………………」
昔の私なら迷いなく「何を?」と言っていたかもしれない。だが私はもう18歳なのだ、彼が何を求めているのかだって、ちゃんと理解できた。再び目を瞑りこちらへ顔を近づける彼へ、私はまさかこの場で口付けをさせようとしてくる彼へ、どうしたらいいのか頭が混乱していく。どうすればいい?こんな舞踏会の中央で、ただでさえダンス中に立ち止まって注目されているのだ。確かに口付けはしたいがここでは無理だ恥ずかしい死ぬ。どうすればこの場をやり過ごせる!?
と考えた結果、すっかり大人な私は妙案を閃いた。
それを実行すべく、そのまま私は口付け、ではなくイザークを抱きしめる。予想外の行動に彼も閉じていた目を開いて驚いているが、私はそんな事もお構いなしに呪文を唱えた。私達の立つ地面には金色の魔法陣が浮かび上がり、その光に包み込まれる。
「よし!成功した!!」
移動魔法を唱えた私は、すぐに目を開けて希望通りの場所に着いた事に喜んだ。
あの注目された場所で口付けをするのは恥ずかしすぎる。なら二人きりになれる場所ですればいいのだ!建国祭最終日の今、どこもかしこも混雑しているが、流石に個人の部屋なら誰も来ない!自分の部屋は非常に散乱しているので、移動魔法で目指した場所はイザークの部屋だ。今まで行った事もない場所なので成功するか不安だったが、王族の色である真紅色を基調とした家具が置かれている部屋、絶対ここはイザークの部屋だ!成功したぞ!
「ここって殿下の部屋であってます!?こんなに私の研究資料散乱してるし!絶対ギルベルト様じゃないですよね!?」
「……………」
「いや〜よかった成功して!!流石に私もあんな人前で口付けできませんよ〜!ここなら二人きりですし!好きなだけ口付けし放題ですよ!!」
「……………」
「じ、じゃあ……あの……は、恥ずかしいですけど………えっと………顔をこちらに……」
「……………」
「……………えっ、聞いてます?」
話しかけても何の返事もないイザークへ、私は怪訝な表情を向けた。そのまま暫く待っていると、何故か疲れた様に肩を落とす。
「本当に、君は大馬鹿だ」
イザークはそれだけ告げれば、次には私を横抱きしベッドへ放り投げる。まさか部屋を見られた事に怒りが溢れているのかと思えば、そのまま彼は倒れる私の上に覆いかぶさった。
「何が口付けし放題だ、自分を想っている男の部屋にのこのこと来るなんて。そんなの……口付けだけで終わるわけないだろ」
口調が変わっている。思わず3年前の、彼からの告白を思い出してしまう。
イザークの顔が近づき、ただ先程と違うのは目を開けていて、そしてその目が熱っぽい所だ。
彼の湿気たため息が、私の脳を溶かしてくる気がした。思わず体を逸らそうとしても、両手をイザークの片手で掴まれ頭上に押さえつけられた。
「逃げるなよ」
そう強く命令する彼へ、私は恐怖ではなく別の気持ちを抱いている。
………流石に観念した私は、そのまま彼の触れる唇を受け止めた。
カーテンの隙間から溢れる朝日に、私は朦朧とした意識のまま目を開いた。
……体が重い、なんか腰も痛い。あと喉も痛い。というか全部痛い。もう今日は何もしたくないこのまま寝るんだ。…………なんだ、やけにいい匂いのする寝具だな、クロエが香水付けてくれたのか………………………いや待て。
「ここ私の部屋じゃな………痛てえええええーーー!!!!!」
一気に覚醒をして起き上がるが、あまりの腰の激痛に、淑女らしからぬ悲鳴をあげた。老婆の様に腰に触れ労わると、自分が服を着ていない事に気づく。……………恐る恐るベッドの下を見ると、昨日着ていたドレスが落ちていた。あと色気が全くない下着も。
「んんっ?……あ〜お早うございます〜〜」
隣から、呑気な男の声が聞こえる。
全身を震わせながらその声の方向を向けば、そこには同じく裸のイザークが居た。寝起きなのか目を擦りながら、大きな欠伸をしている。
「まだ寝てましょうよ〜。ろくに寝てないし、シトラ様も体だるいですよね〜?」
「……………体………ダルイ………?」
自分の掠れた声、自分の体の違和感。そして何よりこの部屋と、部屋の主である男の姿。
全身を更に震えさせ、羞恥心で顔が赤くなっていく私へ。
上半身だけ起こしたイザークは、頬杖を付きながら笑う。
「ねぇシトラ様、結婚式はいつ頃にします?」




