言の葉の剣
ショーンが見舞いにフェリシアの元を訪れたのは、冬の棟の昼過ぎのことだった。
「お加減はいかがですか?」
そう尋ねる声は、穏やかでいつもながら完璧なお手本のような発音。
「良くなった、と言いたいところだけれど相変わらず良くないと言うしかないわ」
「そうですか、女性はやはり大変なものですね」
「そんな大変なわたくしにいったい何のご用が?貴方に見舞いを受けるほどの交流も関係もないかと」
「先日、妃殿下は夫の友人としてもてなして下さいましたから、てっきり親しき間になれたかと…それは勘違いでしたか?」
「いいえ…確かに私はそう貴方に言いました」
くすっとフェリシアは微笑んだ。
さすが完璧な貴公子として、またエリアルドの親友として教育を受けた彼には下手なごまかしなど通じない。
「ショーン・アンブローズ卿、お見舞いをありがとうございます」
「貴女は決して愚かではない…私の質問も、必ず理解できるはず…」
「なんでしょう?」
「なぜカーラを王宮に呼ぼうと?」
「先日も言った通り、友人になれるかと思ったからよ」
「そこに他意はないと仰る?」
ショーンの紫の瞳は謎めいて、その中にどんな感情があるのかは笑みという鉄壁の仮面で伺いしれない。
「ショーン?それともアンブローズ卿?いったいその質問は貴方のどんな立場でもって聞いているの?夫の友人としてならそれこそどこにそれを聞く必要があるの?
エリアルド殿下が彼女に特別な意味があるから?それとも貴方が彼女の特別な感情があるから?」
「そのいずれも、適当ではない。貴女の方こそ彼女に特別な感情があるのではと思っている」
「嘘ね…少なくとも、貴方は…殿下がカーラに気持ちがあるとそう、思っているでしょう?」
「ふっ…」
しまった、とは思ったけれど仕方ない。
「何処でそのように思われた?」
「前に聞こえてしまったわ。貴方と殿下が、話していることをたまたまに。貴方は私たちが上手くいっていないと、それはカーラを忘れていないからじゃないかと、そう話していたのを」
「なるほど…その先の話は聞かなかった?」
「…それは聞かなかったわ。立ち聞きがしたかった訳ではないもの」
立ち聞きをしていたというのにショーンは気を悪くした風でもなく頷いている。
「…私が思うに…。貴女がそうして彼女の事を気にするのは、エリアルドを想うあまりではないか?」
ずいぶんと彼の印象からすれば直接的で遠慮がない。
「夫ですから…。過ごした期間が短くても何らかの情はあります」
「きちんと、夫婦らしく話し合うべきではないかと思うが?」
「何を話すというの?」
「そういう本音を」
「エリアルドも、君も本心を隠すのが上手い。だからそれが邪魔をしてすれ違っているように見える」
フェリシアはショーンのその言葉を聞いて眉をしかめた。
「貴方に人の事が言えるの?」
ふっとショーンが笑っている。
「君たち二人ほどじゃない。似た者同士の夫婦だね」
「訳知り顔でなんだかイヤね」
そういうと、ショーンは声をあげて笑っている。
「さあ、どうだか。人の気持ちほど分かりやすそうで、謎なこともない」
「どういう意味?」
「君は、自分の気持ちが全て解説できるかな?」
エリアルドに対する気持ちは、とても複雑だし、例えば親にだとて好きときらいがないまぜだ。つまりは自分でも如何ともしがたいということだ。
「よーくわかったわ」
「だからこそ、話し合っていくしかない」
「説教臭くて思った以上に貴方はオジサンぽいのね」
そういうと、ショーンはまた笑っている。
「君も思ったよりお転婆なお嬢様だったんだね。まさか立ち聞きをしてたなんて」
「急ぎ伝えたい事があったの。なのにそんな話が聞こえて鋭いナイフで斬られたような気持ちだったわ」
「…それは間が悪くてすまなかった。私としては今と同じようにエリアルドからも本音を聞き出したかったから煽るような事をわざと口にした」
「…こうして、私の元へ来たのは殿下の為ね」
「やはり利発だね」
「子供扱いしてる…」
「褒めているよ?妃の教育を受けてきたとはいえ、レディたちは男達と違って実戦的な経験はないからね。非常に手応えがあって楽しいよ」
その言葉は多少の真意を告げているようで、本当の笑みが浮かんでいる。
「そうね、貴方と話しているとまるで手合わせをしているかのような気分だわ」
「言い得て妙だね。正しくその通り、私達貴族というものは言の葉の剣で相対しているような物だ、腹の探り合いというね」
「本当に意外性の塊だわ。そんな事まで口にして」
「これも、私の技だよ。フェリシア妃殿下、手の内をさらけ出したように感じさせて一気に間合いを詰める」
「ということは、もう私の負けね」
フェリシアはくすくすと笑った。
完璧に間合いに入られて、手をあげるしか生きる道はない。
「それで、話し合いをしてどうなってほしいの?」
フェリシアは彼に目の前の椅子に座るように手で示した。
「世継ぎの責任は重くそして、孤独なものだ。二人は政略だし心から愛し合って支えてほしいとは望まないが、せめて…二人の関係のことで悩みを増やさないで欲しい」
「…だからレディ カーラをここに呼んで、ここで望む関係を築けば良いと思ったのだけれど?」
「…まさか、愛人を斡旋しようとしていたと?」
「ええ、そうよ。私の友人として招いて冬の棟へ滞在させて、自然な成り行きでそうなればいいと思っていたのよ。私のお腹にいる子が男の子だったら、2度と私と閨を共にする必要はないし、もしレディカーラが子供を産めば、その子は養子に迎えれば良いと思っていたわ」
「やれやれ、子供なのか大人なのか…。ビックリ箱のようだ」
「私が死んだところで、レディ カーラの目が治らない限りは二人は結ばれない。それなら王子の身分を捨てて彼女と逃げるか、愛人にするかしかないわ。エリアルド殿下が王子の地位を捨てなかったからこうなってるのだから残る道は一つだもの」
ショーンは、笑みを納めて
「やれやれ…。誤解だと私が言った所で納得はし難いだろうね」
ショーンは腕を組んで思案顔だ。
「…私がエリアルドと話をしたら、君の所へ怒鳴り込むかも知れないけれど、きちんと本音で話せるか?」
「わかったわ、ショーンはそうした方が良いと判断したのね?だったら、言われるようにするわ」




