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王妃の階段  作者: 桜 詩
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便りは花の香り

『 親愛なるレディ カーラ

突然のお手紙で、さぞ驚かれたことと思います。

先日 セント・バーバリー修道院に訪問した際、貴女が子供達にピアノを弾き、歌を歌い、そのように心を尽くして下さったこと、感謝の念が耐えません。

1度ゆっくりとお話をしに冬の棟へいらっしゃいませんか?

私は今、体調を崩しており話し相手がいれば心強く思います。


フェリシア』


フェリシアはそれを私信用の薄いピンクの封筒にいれ、シグネットリングの百合の紋章で蜜蝋を押す。


「これをレディ カーラに」

「レディ カーラにですか…!?」

アミナは驚きを隠さない。


「私の友人としてしばらくこの冬の棟へ滞在して頂きたいの」

フェリシアは笑みを浮かべた。


「何を、考えておいでですか?」


「…色々…よ、アミナ」

「ご無礼を申し上げますが、私は反対です。わざわざお招きになるなんて…」


「アミナ、そう深読みしないで、単に友人としてお招きしたいだけなの」

「妃殿下とレディ カーラがご友人なんて存じませんでした」

それはその通りので、話したこともない。

「これから親しくなる予定なの」

「でしたら、他のレディを選ばれてはいかがでしょうか?」


「王妃様の名の元に運営されているセント・バーバリー修道院をいつも訪問して下さってるようだから、お礼も言いたいの」

「…承知致しました」

アミナは不承不承頷いた。


かくして、フェリシアからカーラに宛てた手紙はグレイ侯爵家に届けられる。


正直な所、この誘いにカーラがどの様に返信をしてくるのかはさっぱりと予測はついていなかった。

なぜなら、カーラ自身は手紙を読むことも書くことも出来ないであろうから、読むのも書くのも侯爵夫人であるかと思われたからだ。


妊娠の週数が進むにつれ近頃は朝は辛いが、昼からは良くなることが増えていて、部屋に引きこもる程ではなくなっていた。


酸味の強いフルーツやポテトブレッドが近頃の好みだった。


カーラの代筆として、マリー・グレイ侯爵夫人から手紙が来たのは手紙を出してから2日後の事であった。


『 フェリシア王太子妃殿下

お手紙嬉しく拝見致しました。

王宮へのお誘いも、とても嬉しく思っております。ですが、娘はご存じかも知れませんが、目が不自由をしており却ってご迷惑になるかと思われ、誠に申し訳なく心苦しくはありますが、お誘いのお礼にて失礼致します マリー・グレイ』


(断ってきた…)


これで…良かったのかも知れない。

もしも本当に彼女がここに来れば、心乱される事になっただろうし…。

この王宮の中に、火種を持ち込むことになっていたかもしれない。



「…女官長を呼んで」

フェリシアがユーリエに言うと、少ししてから女官長が部屋にやって来た。

「グレイ侯爵夫人からは、お断りの手紙が来たわ」

「左様でしたか」

「貴女は、どう思う?」


女官長の、表情はいつもと変わらない。


「それで、よろしかったかと…」

「…彼女が気になって仕方がない、私は…おかしいのかしら」


「どんな女性であっても、夫のどんな些細な行動を気にしてしまう事はよくあることです」

「よくあること…」


「藪をつついて蛇が出てはそれこそ大事です。これで良かったのだと思います」


「そうね、貴女の言うとおりだわ女官長…」


もしも…。


彼女が来ていれば、フェリシアはこれまで押さえつけていた気持ちのままに二人を傷つけたかも知れない。

荒ぶるそんな自分がいることは、今ではうすうす気づいている。


「ひさしぶりに…庭越しのサロンでお茶にするわ」

「ええ、それがよろしいかと」

女官長が微笑んでいる。


「早速準備をさせましょう」

「お願い」


ひさしぶりに、部屋用でないドレスに着替えて、下ろしたままだった髪を結い化粧をすれば、女と言うものはどこか単純で心が華やぐものだ。

フェリシアもその例に漏れずやはり、それだけでただの小娘から王太子妃へと仮面が出来上がる。


冬の棟のガーデンはもうすぐ花の盛りだが今はまだ蕾が多く、温室から冬の薔薇がテーブルに飾られ目を楽しませる。


「妃殿下、エリアルド殿下がご一緒しても良いかと…」

「ええ、もちろん。…ご友人もどうぞ」


そう言ったのは、エリアルドとそれに付き添いがあったからだ。ショーンとそれからルーファスだった。


「フェリシア、今日は具合が良さそうで安心した」

「ありがとうございます殿下」


ひさしぶりに会うので、作り笑いもお手の物だ。

「紅茶なのですけど、同じものでよろしいですか?」


フェリシアはティーセットに手を伸ばしてお茶を淹れる。

「ありがとう。突然来たのに申し訳ないね」


「いいえ」


席に着いたエリアルドと、ショーン。それにルーファス。

ショーンには、先日の執務室で聞いてしまったその記憶が、彼のその穏やかな表情さえフェリシアに対して含みがあるように思えてならない。


「妃殿下自ら淹れていただいたとあっては、勿体なくて飲めませんね」

「…お二人は、殿下の幼馴染みと従弟なのですから、私もそのように思っております」


「なるほど、友人の妻というなら畏まった遠慮は無用ですね」

微笑を浮かべるショーンに、フェリシアもまた微笑をかえした。


二人ともエリアルドと似たような性格に思えて掴み所がない。


「そうですね、私も有り難く頂きましょう」

ルーファスが若々しい笑みを見せて、カップに手を伸ばした。


「そういえば…殿下」

「なにかな?」

「殿下と、レディ カーラは幼馴染みでしたよね?」


フェリシアは何気ない風を装ってそう口にした。

「ああ、そうだな」


エリアルドの表情は変わらないものの、ショーンの眉は僅かに反応している。

「この前、手紙を出したのです。お話をしませんかと」

「手紙を?なぜ?」


「私、先日セント・バーバリー修道院に慰問に伺った際お見かけして、それで色々とお話をしてみたくなって」

「ああ、そうなんだ」


「でも、断られてしまいました。残念です」


「そうか…」

「少しがっかりしました…。私、デビューしてすぐに…ここに来たので、友人も居ないのでいい友人になれるかと思ったのですけれど」

フェリシアはカップに唇をつけて紅茶を飲んだ。

「友人ならもっと年頃の近い令嬢でも誘えば良いのじゃないか?」

「そういう、事じゃないんです。誰でも、良い訳じゃないんです」


「そう……難しいね」

「そうですか?自分が辛い時期には…気が合いそうな人と話したい。それだけです」


「気が合いそう、か」


紅茶は、止めておくべきだったかも知れない。

段々気分が悪くなってくる。ちらりと背後にいるアミナに目配せをした。


「どうかされました?」

「お水をとってくれる?」


水を飲むけれど、やはりこの辺りで無理そうだ。


「ごめんなさい、やっぱり気分が優れなくて…失礼します」

「大丈夫か?部屋まで送る」

エリアルドがそう言うが、きっぱりと断りを告げる。

「いいえ、どうぞ皆様でごゆっくり」


ジェインとクレアが、牽制するように笑みを向けてから、フェリシアを支えるように近くに寄った。


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