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王妃の階段  作者: 桜 詩
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舞踏会 (E)

 新年の王宮主催の舞踏会はあっという間にやって来ていた。


若々しく美しいフェリシアは、淡いピンク色のドレスを身に付けてエリアルドの目を奪う。

ちょうど昨年の……あの出会いのシーンが鮮やかに思い出されて、やはり恋に……あの時に落ちてしまったのだと改めて自覚すれば、

自分の妃に片想いしているようで、何とも皮肉な事だった。


フェリシアが肘にかけたその手から、緊張の伝わってくる。

(無理もないか……)

王族としての公の場は結婚式以来と言っても過言ではなく、社交界デビューしてからもまだ一年だ。

ホスト役として、フェリシアと踊り出し

「去年…ここで会ったのだったね」

まだたったそれだけの時しか経っていないのかという思いと、もうそんなに経ったのかという思いと相反する感情が入り交じる。

「そうですね、殿下」

返された笑みにさらに笑みを返していた。


二曲目になると周りの人々も一斉に踊り始れば、あっという間に華やかな舞踏会の始まりだった。

異変に気づいたのはその時だった。明らかに体調に変調をきたしているのか、目はぼんやりと潤み足元はふらついている。

腕に力を込めてフェリシアを支えていた。

「どうした?」

小さく問うが、堪えるように何でもないと返される。


さりげなく踊りの輪から外れていけば、ようやくフェリシアは

「すみません、殿下…。すこし、パウダールームへ行かせてください」

そう休みたいと告げて来た。

「分かった」


フェリシアについている近衛騎士のジェインとクレアが近づいて来たのが見えたのか

「ここで、大丈夫です。ジェイン達と行きますから」

そう告げて、フェリシアは二人に連れられて大広間を後にしていくのを見送った。


追いかけていきたいが、二人して消えては目立ってしまう。

仕方なく大広間へと踵を返した。


「どうかしたの?」

アンジェリンが扇越しに聞いてきた。

「どうやら体調が優れないようだ」

「……心配ね、エリ」

「ああ」


そのまま、アンジェリンをエスコートして踊りの輪の中に戻りここから今すぐ脱け出したい気持ちを圧し殺して……何もかも投げ捨てられない自分を恥じたくもなる。


(……着いていくべきだった……)


せめて、廊下で待っていれば良かったのだ……。


「いらいらしないで」

アンジェリンが笑みの中にも叱る雰囲気で嗜める。

「心配なんだ」


「まだ序盤よ……二人して抜ければ何かあったのかと思われるわ。女性の身には色々と……そう色々と、トラブルがつきものなの。コルセットもそうだしレースもそれにヒールの靴……」

「……」

「だから……、そんな焦った目をしない」

「顔にでてる?」

「私たちには分かるわ」


曲が終わり、アンジェリンを伴い輪から外れれば話しかけてきたのはショーンとそれからクリストファーだった。


「フェリシア妃はどうかしたのか?」

「パウダールームに行っている」

「そうか……」

ショーンはそうエリアルドをみて

「それで、そんなにいらいらしてるわけか?」

くすっと笑われてエリアルドは内心、毒づきたくなった。


「クリストファー成果はどうなんだ?」

話題をそらしたのがありありと分かってしまうだろうが、そうせざるを得ない。

「とりあえず……グレイ侯爵には訪問の許しを貰い……カーラとはこの社交シーズンの間に……色好い返事をもらおうとしている所だ」

クリストファーは落ち着いた柔らかな琥珀色の瞳を和ませた。

撫で付けた褐色の髪は、緩やかなウェーブを描き優雅さを彩っている。

兄のようにも思ってきたクリストファーだからエリアルドも

「必ず……上手く行くだろう……そうでなくてはおかしい」

「反対もあるが、私は曲げるつもりはないんだエリアルド殿下」

くすっと微笑むクリストファーは、優しい風情なのに頑固な事に関しては昔から定評がある。

求婚する段階に至っているのだからすでに根回しは完璧であとはカーラがイエスと言いさえすれば、すぐにでも事は進むに違いない。


「いい知らせを待っている。祝いのリクエストも受け付ける」

「止めてくれ、カーラには只でさえみんなからあれこれと届くんだ。私を嫉妬で狂わせたいのか?」

その口調にエリアルドは笑ったしショーンも笑い、言ったクリストファー自身も笑い出した。


「やぁ、楽しそうだ」

「ルーファスか」

ルーファスとクリフォードが連れだってやって来て、一気に賑やかになる。

「殿下、近々訪ねてもいいだろうか?」

「もちろんだ」

銀髪と青い瞳の冴え冴えとした美しい顔のルーファスは、母であるクリスタと似ていて、つまりはエリアルドとも似ている。

「去年のデビュタントの一番は何といってもフェリシア妃だったが今年はどうだ?」

聞いたのはショーンである。

「今年は……今、ギルセルド王子と踊ってるあの子じゃないか?」


目を会場に向ければ、ギルセルドはデビュタントとわかる花冠に白いドレスの金髪の令嬢と踊っていた。

「ギルがデビュタントを相手にするのは珍しいな」

「だろう?それに……綺麗な子だ」

ニヤリと笑ったのはクリフォードだった。

「他の令嬢に目を向けたりしたのをレディ ジェールにバレたら絞められるぞ」

くすくすと笑いながらルーファスがクリフォードを注意した。

「俺にとってはジェールが一番さ」

おどけて言うので、みんなして笑いあった。

そんな華やかな男性の一段に、視線が集まってきていた。


 エリアルドと話したい紳士に譲った友人たちはそろって去っていき、挨拶に訪れたスプリングフィールド侯爵の挨拶を交わし、そして、カーラがアンセルムと共にやって来た。


「こんばんは」

アンセルムがにこやかに言い、エリアルドは挨拶を返した。

「クリストファーから……聞いた」

そういうと、カーラがさっと頬を染めた。

「クリストファーは……わかってないのよ」

カーラは目の事を気にしている。だから、クリストファーを素直にすぐには受け入れる事が出来ないのだろう。


「いや、わかりすぎなくらいわかっているさ。カーラ、クリストファーがそうすると言えばそうなると決まっているんだ。なぁ?アンセルム」

「私はなんとも……、姉が幸せであればそれでいい」

「あと必要なのはカーラのイエスの一言だ」


「からかわないで」

そう言いながらも、カーラは微笑んだ。

「私もカーラの幸せを祈ってる一人だ」

「ありがとう、エリアルド殿下」


「ああ……この曲なら踊れそうだ。カーラ踊ろう」

微笑んだカーラの腕を取り、他の令嬢たちにするよりもゆっくりと踊りの輪の中に入る。


目の見えないカーラと踊るのは……身内を除けばエリアルドを始めとする幼馴染みたちだけだ。


「クリストファーなら、カーラを大切にするだろう」

「……同情じゃないかしら?」


「カーラ、クリストファーはいつもカーラに対して誠実だ。それは間違いないし……そして、君が目が見えないことは私たちも無力感に苛まれていることにも間違いない。私が王太子であることをやめられないのと同じように、……変えようのないこともある。だがクリストファーは、カーラに求婚するためにきっとたくさんの手筈を整えているはずて、それはクリストファーにとっても……同情だけで出来ることじゃない。きっと……考え抜いたはずで、心からカーラを想ってる」

「珍しく、上手く慰めてくれるのね。ありがとう……」

最後はくすくすと声をあげて笑い、その声にエリアルドはホッとする。


「不安はクリストファーに素直に言うといい。男なんて単純で好きな女性の頼みなら何でも叶えたくなるものだ」

「じゃああなたも、フェリシア妃殿下にそうなるのね」

「その通りだ」

「とても、参考になったわ」


カーラが屈託なく笑みを浮かべて、離れてみれば広間にフェリシアが戻っていてエリアルドは安堵の息を吐いた。


しかしその後もやはり優れないようで、クリスタの采配でエリアルドの横にはプリシラが代わりに立ち挨拶を交わし続けた。


「あとはもう、良いですか」

こそっとクリスタに退出したいという意思を込めて言えば

「ええ、貴方も心配でしょうしね」

美しい笑みを向けられて、大広間を出れば駆け出したくなるのを早足で誤魔化しフェリシアの部屋へと向かった。


結局は……エリアルドは、心に痛い拒絶を受けたのだが……。

追い出された部屋の外で、眉を寄せて拳を握りしめた。


もう何をどうすれば良かったのか……。こんなことは教えてもらっていない!


部屋に入り苛立ちのあまり、上着を投げつけた。

「なんなんだっ!」


こんなに感情を露にしたことは、子供の時以来はじめてかもしれない。

ハリーが投げた上着を拾い、主人の珍しい姿にひっそりと控えている。


「言いたいことがあるなら言え」

「でしたら……存分に発散しにいかれてはいかがかと」

「発散?」

「アルベルト殿下なら喜んで受け止めて下さるかと」


アルベルトに剣なり体術なり頼べばいくらでもしてくれるだろう。国内最強の戦士とも言える彼の相手は極力したくないが……。こんな苛立ちの顔を露にしてアルベルト相手にならしても良い。


ため息をついて、簡素な服に着替えて多分もう引き上げているであろうアルベルトに頼みに向かった。エセル妃との時間を邪魔するのは恐ろしいが、しばらく待てば獰猛な笑みを浮かべながらやって来るだろう。


首から下の無事を祈りながら……模擬剣を振るって待ち、そして予想通りのアルベルトの姿を認めて、エリアルドは闘志を剥き出しにして待ち受けた。


「いい覚悟だ、エリアルド」

言葉と共に持っていた剣が弾き飛ばされそうな一撃が疾風のように襲いかかった。

この日のエリアルドの長い夜はまだまだ明けそうにない。


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