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王妃の階段  作者: 桜 詩
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華麗なる社交シーズン

結局、エリアルドには妊娠の可能性を打ち明けられずに舞踏会の日を迎えていた。

時おり襲いかかる吐き気と、だるさはあるが舞踏会への出席は大丈夫だろうと判断できた。


会場にはジェインとクレアがフェリシアに付き従う事になっていて、事情を知る二人が側にいるのはとても心強い。


ひさしぶりの舞踏会であるから、一層華やかなドレスを身につければ、やはり心は浮き立つもので、グレーのテールコートを身に付けたエリアルドは、いつもよりも王子らしくて素敵だった。

エリアルドとフェリシアは王夫妻に続き、ギルセルドが、両手にプリシラとアンジェリンをエスコートして後ろに着いて、開かれた大扉を通って会場に入る。


昨年、フェリシアが目を奪われたように会場の視線がすべて自分たち王族に集中する。

その中に招待客の中にラファエルとティファニーの姿を見つけてちらりとそちらを見つめた。


二人とも変わらずに元気そうである。


そうして大広間の中央に立てば、弦楽の舞踊曲が奏でられてフェリシアも踊りだす。華やかな音楽での幕開けに空気すら明るくなるようだ。


幼い頃から叩き込んだステップは不調ながらも、体がちゃんと動き、その事に安堵した。


「去年…ここで会ったのだったね」

「そうですね、殿下」


フェリシアも彼に笑みを向けて、その事を思い出す。


しかし、二曲目になると周りが一斉に踊り始め、あちこちから漂う香水の香りが鼻につき、息苦しさに呼吸は乱れ、足はふらついた。

異変に気づいたのかエリアルドが、腕に力を込めてフェリシアを支える。

「どうした?」

小さく問われて何でもないと返す。

(ここで、倒れるわけには…いかない)


「すみません、殿下…。すこし、パウダールームへ行かせてください」

「分かった」


そっと二人して踊りの輪から抜け出すと、ジェインとクレアが近づいてくる。


まだまだ舞踏会は序盤だ。エリアルドには

「ここで、大丈夫です。ジェイン達と行きますから」

そう告げて、フェリシアは大広間を後にした。


「どうされました?」

心配そうに言うジェインとクレアの手を借りて、足早にトイレに駆け込む。


たくさんの人の香りが、とても気持ち悪かった。

ジェインが背をさすり、クレアが誰も近づかないように見張っている。


「苦しそうですね妃殿下」


ジェインでもクレアでもないその声は…


「アイリーン…」


「我慢しないで、吐いちゃいなさい」

侍女姿のアイリーンは、水を差し出した。彼女が来たのはクリスタ王妃の計らいだろうか?


「何もお腹にないと辛いわ。飲んで」

フェリシアは水をのみ、込み上げる嘔吐感に我慢できず飲んでももまた吐いてしまう。


吐くのはとても、体力を消耗する。額に滲み出た汗をアイリーンが拭いてくれる。


ひとしきり吐いてしまえば、次第に嘔吐感は落ち着いてくる。

「戻られますか?」

ジェインが気遣わしげに聞いてくる。

「ええ…そうするわ」


アイリーンが手早く化粧を直して、乱れたドレスを整える。


「ありがとう…アイリーン」

「仕事のうちよ」


そう笑うアイリーンは、誇らしげで輝いてみえた。


「なんだか、格好いいわアイリーン」


くすっとフェリシアは笑った。

入ろうかと扉の前に立ったところで、中から従者が出て来て中の様子が見え、エリアルドがカーラと話している姿が見えて、それがまた楽しそうである。


ヒソヒソと二人の事を話している声も聞こえて、ぴたりとフェリシアは動けなくなってしまった。


「妃殿下…どうされますか?」

気遣わしげに視線の先を見たジェインが声をかけてきた。


「戻るわ…」


こんな序盤で席を外せばおかしいと思われそうだ。


気合いを入れ直して、フェリシアは大広間に入り踊る二人を見つめながら、壇上の席に着いた。


曲が終わり、エリアルドはフェリシアの元へ戻ってきた。

「フェリシア、大丈夫か?」

「ええ」


二人揃えば、次々と挨拶に訪れる人の対応を始めたけれどやはり万全の体調とはいかず、蝋燭の炎のオレンジが顔色の悪さを隠してくれた。


舞踏会中盤で、クリスタ王妃の助けが入る。エリアルドとフェリシアの間にプリシラを寄越してくれたのだ。

「…後は任せて」


プリシラが小さく囁いて、フェリシアをそっと押し出してくれクリスタ王妃の目配せを受けて会場を後にした。


「あいつ…やっぱり無神経ね」

側に寄ってきたアイリーンが、呟いた。

「あいつ?」

「きまってるでしょ、あの王子様じゃない」


「自分の妻が具合が悪いのに、噂の彼女と衆目の前で話してるなんてバカじゃないの」

アイリーンのその言い方に鬱々となってしまいそうな気分が晴れる。噂の彼女、とはっきりと口にされたのははじめてだ。


「アイリーンって…なんだかスゴい…」


「王太子妃らしくないなんて考えずに、文句の一つでも言ってやれば良いのよ。只でさえ、気苦労を背負いに来てやってるのに、ちゃんと気遣えって言うの」

ぷっと吹き出したのはジェインとクレアだった。


これは候補だったアイリーンだからこそ、言える言葉なのかも知れない。


「アイリーンの言うとおりです。殿下は人当たりは良いかも知れませんが、妃殿下にもう少し気を配るべきです」

きっぱりとジェインも言い、余程ジェインの気にも障ったのだと感じた。


そのまま、3人はフェリシアの寝仕度を整えてくれる。


アイリーンは侯爵令嬢であるのに、本当に手際が良くなっている。

「ありがとうアイリーン」


「真面目すぎるのよ、少しは肩の力でも抜いて。体を休めないとね」


出来た、とアイリーンが肩をかるく叩いた所で扉がノックされた。


「私が」

とクレアが応対にでる。


「妃殿下はご不調ですから、お通しできません」

「不調なら、侍医を呼ぼう」


そんな、やり取りが聞こえて


「ジェイン、いいわ。お通しして」

「室内に控えております」

「ありがとう」


エリアルドがテールコート姿のまま近くに寄ってくる。


「フェリシア、具合が悪かったのならそう言ってくれれば…」

そう話したところで、彼の服についた夜会特有のシガーと色々な香水の混じったような匂いに気分が悪くなってしまう。


思わず前にいるエリアルドを押してしまって、その場にうずくまる。

すかさずにジェインとアイリーンがかけよって、

「殿下は、どうか明日に」

とエリアルドを追い出しにかかる。

「…わかった、では明日また来る」

エリアルドはそう言うと、部屋を出ていった。


「ほんとに察しが悪いわ!」

アイリーンがイライラと言った。体調は最悪だったけれどアイリーンのその言葉に思わず笑えてしまう。






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