触れあう心
すでに何度も、この部屋で夜の支度はしてきている。
侍女のアミナとユーリエも、言葉少なに湯上がりのフェリシアの髪を整えている。
「成婚してたった二月ほどですけれど、やはり何とも言えず、女性らしく美しくなられましたね、妃殿下」
アミナとユーリエの手際を見ている女官長がにこやかに言ってくる。
「…お世辞は要らないわ、女官長」
「お世辞は申しませんわ」
「「女官長の言うとおりですわ」」
アミナとユーリエもにこやかにフェリシアを見つめている。
「そう?ありがとう」
支度が終わり、寝室で待つと同じく夜着の上にガウンを羽織った姿のエリアルドが部屋に入ってくる。
この日は酒肴を揃えたテーブルの前のソファに隣同士で座る。
「フェリシア、疲れてる?」
顔を覗きこむようにされると、すごく二人の距離が近くなる。
「いいえ。大丈夫です」
「そう、良かった。ずいぶんと熱心に侍女たちと縫い物をしていたし、食事も進まないようだったから心配になった」
食事が進まなかったのは、彼が後で来ると言ったからだ、
「確かに縫い物はあまり得意じゃないので疲れたかも知れません」
「そうか、得意じゃないなら任せてしまってもいいんだよ」
「そうはいきません。だって私の名前で贈られるんですから」
「まぁ、そうだろうけどね。そんなに真面目に考える事もないよ」
確かに…気にしなければいいとは思うけれど、そうできないのがフェリシアだった。
「…まぁ、そういう所も…フェリシアらしく思えるけど」
「不器用ですみません…」
器用でないのは、自覚がある。
器用だったら、もっとエリアルドと上手くいっていると思える。
「フェリシアはここで暮らしはじめて、困ってることはない?」
「いいえ」
「じゃあ、したいことはない?君の好きな乗馬とか」
「この間行きましたから」
「…我慢しすぎてないかな?もう少しわがままを言ってもいいんだよ?」
「王妃様にも似たような事を言われましたけど…」
フェリシアはそう言って言葉を切ると
「うん皆、君が頑張りやさんだと思ってるって事だな」
「頑張らないと…いけないでしょう?」
「だけどね、私と二人の時くらい思うことを話してくれていいから」
エリアルドの手が両頬を挟むように顔を包み込むと、その暖かさが染みてくる。
「…ちゃんとしないと…殿下に迷惑をかけてしまいます…」
フェリシアはポツリと本音を漏らした。
「うん。多少はかけてもらった方が、夫になった実感が湧きそうだ。気にすることはないよ」
「殿下からすれば、私は子供っぽいのじゃないかと不安です。殿下は…いつも余裕があって…大人ですから」
フェリシアからみれば彼はずっと大人で…自分がちっぽけな小娘に思えてならない。
「確かに、君の方が年下だし私の方がこの王宮で暮らして長いから、そう見えるのは当然じゃないかな?そう言われると、私は君から見ればオジサンって事かな?」
「そんな…オジサンだなんて思ったことはありません」
「うん、それは良かった。幼女趣味はないから」
エリアルドの青い瞳は真っ直ぐにフェリシアのブルーグレーの瞳を見つめていた。
「他に…気にしてることは?」
「…ありません…」
ほんとうはカーラの事を聞いてしまいそうだけれど、それだけは言葉に出来ない。
「話をしてくれて良かった。フェリシア…」
「…はい…」
エリアルドは目の前のワインを注いで、フェリシアに手渡した。
「すこしずつで良いから、抱え込まないでこれからも今みたいに話して」
「はい、殿下」
「じゃあ約束だ」
チンっとグラスを鳴らすと、エリアルドはそれを飲み干した。それにならい、グラスに口をつけて飲んだ。
すこし辛めで大人の味だとそう感じた。
名を呼ばれて、見れば唇に口づけが落ちてくる。
「子供っぽいなんて、思ったことはない」
そう耳元で囁くと、浅く深く唇と舌が濃厚に重なり合うように繰り返されまるで境目がなくなるかのようだった。
「君が子供じゃなく立派な女性だってことを私は知ってるよ…」
その言葉は、これまでのエリアルドと違ってどこか本当の彼を垣間見た様で、フェリシアは息を飲んだ。
ソファに座ったまま、少しずつ次第に大胆に触れてくる手とそれから唇に、フェリシアは今までにない悦楽を感じて彼にすがり付く。そうして徐々に身体を開かされていくと、言葉通り彼が男で自分が女なのだということを深く知らしめられる。
優しいだけでなく、時に激しさをもって攻められればその熱に身体はうち震え、切なく、悲鳴のように声をあげさせられた。
けれど…それははじめて、わずかかもしれないがエリアルド本来の姿を知ったような歓喜をもたらしてフェリシアの心を彼に惹き付けてしまう。
肌の距離が心の距離をも、縮めたかのような感覚を覚えさせた。
しかし…
「…おやすみ、ゆっくりと眠るといい」
彼はそう言うと、微睡んでいるフェリシアを残してベッドから静かに降りる。
(行かないで…ここにいて…)
その声は、唇からは出ることはなくだから、もちろんエリアルドは引き留める事は出来なかった。




