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王妃の階段  作者: 桜 詩
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想い惑う

手すきの侍女たちも総動員して、王太子妃の広間では服作りが開始されていた。

パーツ毎に担当するという完全分担をアミナが発案して、作業効率はぐんと上がった。

「妃殿下は丁寧ですね」

誉められているが、しかし

「でも、遅いわ…」


フェリシアに任されたのは直線縫いの簡単な部分。

そうであっても、他の侍女たちと比べれば格段に遅いと感じる。


「私たちは何かとこういう事に慣れてますから」

くすくすとユーリエがいうと、他の侍女たちも微笑みあう。


様々なサイズの子供服が次々と完成していく。

貴族たちが着るようなきらびやかではない、簡素な服は丈夫なリネンである。


自分達は、一日に何度も着替えをして、それもシーズン毎にドレスを新調する。それもうんと豪華な物だ。そういうものを身につけていながら、孤児院の子供達のために服を縫う。

なにかの矛盾は感じるが、これがこの世界では当たり前の事なのだ。

こういう現実を身を持って知るとフェリシアは課せられた役目…国の安寧を維持させるという事を感じずにはいられない。


「たいへん!もうこんな時間」

アミナが慌てた声をあげた。


どうやら皆して縫い物に没頭していたらしい。そろそろいつもなら晩餐の時間であった。

そうアミナが声をあげ、侍女たちが慌てて片付け出した所で


「遅いから迎えに来たのだけど」


バタバタとしている様子を見て、エリアルドが扉を開けていつもながらの完璧な王子様スマイルで佇んでいる。

「まぁ、殿下。申し訳ございません!」


エリアルドはしっかりと略式の正装であった。つまり、晩餐の時間であった。


侍女たちが急いで夜のドレスを運んでくる。

「妃殿下、今日のドレスはこちらで」

「構わないわ」


「急がなくていいよ、下で待っている」


エリアルドが立ち去って、侍女たちは遠慮無くフェリシアの身支度を整えていく。

「焦らせてごめんなさい」

「いいえ!時間に気づかなかったなんて…」

ユーリエも焦った表情である。


しかし有能な彼女らはあっという間に、夜の晩餐に相応しい装いに仕上げてしまった。


「ありがとう」


フェリシアは彼女らにそう告げて、階下に降りていった。


エリアルドが階段の下から手を伸ばして、フェリシアの手をとった。

「お待たせしてた申し訳ございません」

「美しい君と過ごせるなら、待つのはむしろ楽しいくらいだ」

こういう事を言えるのはさすがに王子様という身分だなとフェリシアは思い笑みをむけた。


「では、もう少しゆっくりしてくれば良かったです」


「私は君を待つのには慣れているけれど、そろそろ距離を詰めてくれると嬉しいが?」

「私との距離を取られているのは、殿下の方では?」

「そう、思わせたならそれは私が悪いということだね」


エリアルドが苦笑を浮かべながら引いてくれた椅子に座ると、彼の席は長いテーブルの向こう側。


従者たちが給仕する音だけが静かに響く。


夫婦となったが、常にこのテーブルの分だけの距離が二人の間にはあるのだとそう感じる。


(…距離か…)


これまで小さな頃からの親族や家族たちがフェリシアの知るすべての人で…。大人になってからはじめて知り合ったエリアルド。

フェリシアの経験値では、やはりどのように接すればいいのかわからない。


影となら…あんな風に、自分の弱い所も見せることが出来たのに。


(私は…どうして殿下には、ありのままでいられないのかな…)


もしも…ありのままの、心を見せて…。

今感じている色んな不安を見せて失望させたくないし、心から愛されたいなんて言って困らせたくない。

そう…それで…嫌われたくないのだ…。

理想的な王太子妃だと言われ続けたいし、わがままを言って、子供扱いされたくない。


そう自覚するとますます、どんな自分で彼の前にいればいいのかますますわからなくなり、ただ言葉が失われていく。


「フェリシア」


呼ばれて目だけを彼に向ける。

「後で部屋に行くよ」


そう言われて、どきりとさせられる。

「わかりました」


それはつまり、二人きりの時間が待ち受けていると言うことでフェリシアはその後の時間に向けて覚悟を決めなくてはいけなかった。




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