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王妃の階段  作者: 桜 詩
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渦巻く心 (E)

 すでに過ぎてしまったことを、くよくよと思い悩む質ではなかったはずだが、エリアルドにとってもフェリシアの事はとにかくこれまでの経験が全く太刀打ち出来ないのだ。

フェリシアの少しの、表情が、わずかな仕草がそのすべてがその秘めた感情を探らせてそして、何を話すべきか、どう行動すべきなのか、悩ませるのだ。


朝の席についたその眼差しに、僅かな翳りが見え隠れしてエリアルドの心臓が縮み上がりそうになる。


(……何か薬に……頼らなくては私とは本当の意味での妻になれなかった……そういうことか……)


ずきずきと疼きそうな心を抱えたままに、エリアルドは微笑みを向けた。

例え、フェリシアがエリアルド以外の男を想っていようと、こうして妃として迎えてしまっては……、いや、1度王太子妃として名前が決定してしまったあの時には、エリアルドにさえ、そしてシュヴァルドにさえ覆す事は簡単にはいかないことなのだ。


エリアルドに出来ることは……ひたすらに誠意を尽くして、大切に大切に……することだけだ。


「……昨日は、よく眠れた?」

言葉に出来たのは、ありきたりの台詞。

「ええ、殿下は……?」

「少し朝早くに予定があったからね、少しばかり寝不足かな」


今朝、眠れずに迎えた冴えない顔色は誤魔化しようもない。

「やはり大変なのですね、王太子殿下のお役目とは」

美しいブルーグレーの瞳に見つめられれば、何でも出来てしまいそうだ。

「今朝の事はなんて事はない」

「そうなのですか?」


フェリシアはよそゆきの笑みをエリアルドに見せて、流れるような手つきで優雅に朝食を摂り、その仕草は思わず見とれるほどの滑らかさだ。


どこの……誰だかは知らないが……結婚してエリアルドのものとなったはずのフェリシアの心を占めている誰かが、腹立たしくてならない。それは……はじめて抱いた嫉妬とそして独占欲いう感情だった。例えその身体はエリアルドの近くにあれど、心は遠いとは、これほどもどかしいものなのかと……。


若く美しいフェリシア。いったい彼女は……誰を想っているのか。

例えば……彼女の従兄弟にあたる、ヴィクターやその友人たちの一人だろうか……それとも、身分の違う男なのだろうか?


 例えば領地の、エリアルドの全く見当もつかない相手なのだろうか?……その相手ゆえに、あのアンクレットをつけて祭りで踊りたかったのだろうか?

想いを断ち切る為に、あのアンクレットを〝影〟に渡したのかも知れない。

エリアルドは部屋の机の引き出しにしまったハンカチとアンクレットを思い出した。


祭りで踊っているフェリシアと、知りもしない男の姿を想像してしまい苛立ちのあまり髪をかきむしりたくなる。

嵐のような心を他所に、朝食の席は和やかに過ぎていき、部屋に下がるフェリシアの為に気がつけば椅子を引いていた。


ドレスの裾さばきも完璧なその後ろ姿をちらりと見やれば、追いかけて問い質したしたくなるのを、そっと奥歯を噛み締めて押し殺していた。





 エリアルドの朝は社交シーズンの貴族たちに比べればずいぶんと早い。しかし、フェリシアはそのエリアルドよりもどうやら早いらしい。


「妃殿下が朝から乗馬にお出掛けです」

ハリーの言葉にエリアルドは驚いた。

「だれがついている?」

「ライナスとジェインです」

近衛騎士のライナスとジェインは、ウェルズ侯爵家の一員でエリアルドも信頼している二人だった。

「予定にはなかったはずだが」

「突然思い立たれたようですね」

「そうか……」


フェリシアは乗馬が好きそうだった。乗馬くらい好きにさせてやりたいが、彼女の領地ではいざ知らずここではそうもいかない。


厩舎に出向けば、ちょうど帰って来たという雰囲気で、騎乗し手綱捌きも見事なフェリシアがスッキリとした表情で頬を紅潮させていて、エリアルドも思わず安堵と感嘆の息をもらした。


「乗馬を楽しみたかったら私に言えば良かったのに」

思わず、なぜ頼ってくれないのかという本音の恨みがましい言葉がでてしまった。

「…殿下………少し、走らせたかっただけですから」

16歳らしい、キラキラとした笑みが眩しいほどだ。もっと眺めたいと思うほど輝く表情だった。

「そう、楽しめた?」

見れば分かるというのに、そんな事を聞いてしまう。

「ええ、もちろん」

「どこまで走らせた?」

「この前の、湖の所までです」

「そこで、少しか…」

「思った以上にフェリシアはいつも早起きだね?」

「そう、ですか?」

「君がいつも、周りを慌てさせるのは今日みたいに早朝だ」

結婚して間もない頃だったか、早朝に散歩に出ていて、みんなして慌ててしまったことがあった。


「けれど…久しぶりに晴れやかな顔をしているのを見ればその価値はあったみたいだね」

「ええ…ありました。殿下、お迎えありがとうございます。一人でふらふら出歩くのは、もう止めます」

エリアルドはその言葉に、それならば是非ともエリアルドを誘って二人で行くと、言って欲しいと思ってしまった。


晴れやかなその顔をみて、少しずつ上手く行くとそう願わずに居られなかった。

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