歌を弾ませて
オフシーズンの王都は貴族たちがこぞって領地に行っている為に、舞踏会や晩餐会など華やいだ行事はない為に、すべての景色がまるで色褪せたかのように感じられる。
フェリシアは朝の散歩の代わりに乗馬をすることにして、起きてすぐに乗馬ドレスを身に付けると青毛の美しい馬に乗りにやって来た。
「おはよう」
厩舎にいきなり王太子妃が現れた物だから、わずかに彼らの表情に驚きと戸惑いが感じられる。
「おはようございます妃殿下」
「乗馬をしたいの。鞍を着けてくれる?」
「しかし…お一人では」
厩務員の責任者とみられる初老の男性が渋面をつくる。
「平気よ。ここの乗馬コースだけよ」
「せめて護衛が来るまでお待ちを…」
「分かったわ。待ちます」
無理強いをして、万が一フェリシアに何かあれば、彼らに責任がいっても気の毒な話である。
厩舎で彼らが働く側で待つことを決め、手持ちぶさたに鞭の具合を無意味に確かめてしまう。
厩務員の誰かが連絡をしたのか間もなく護衛騎士が二人駆けつけていた。
「慌てさせてごめんなさい。王宮の中なら大丈夫かと思ったのよ」
「お待ちくださって良かった。何かあれば大変な事になります」
非難の色が滲む苦言を言ったのは、エリアルドの側でよく見る騎士であった。
「貴方は…殿下の近衛?」
「ライナス・ウェルズと申します」
「ウェルズ侯爵家の?」
「はい、ウェルズ侯の甥です」
「そう…」
華やかな近衛騎士そのものの金髪碧眼の美形騎士だ。
もう一人は女性騎士で
「私はジェイン・ウェルズです。ライナスとは従妹になります」
と、こちらも同じような華やかな容姿をしていた。
「朝からごめんなさい。早くに目が覚めたら…どうしても早駆けをしたくなってしまって」
どちらの顔にも、朝から予定を狂わせて、という感情がないかついつい伺ってしまう。
ここで働くほとんどの人が、フェリシアよりも大人だからだ。
(いちいちお付きがいるって、なんて不自由なの…)
その顔色を伺ってしまうのも、とてもフェリシアの気分を暗くさせた。彼らの言うままにしていても、こうして思うままに行動していても、結局どのように振る舞っても心が晴れることは無く、自然と心から笑うことも減っていき、孤独感が押し寄せる。
また物悲しいような秋の空気がよりその気分を落ち込ませる。
騎乗したフェリシアは、少しずつ速度を上げて前にエリアルドと駆けさせた道を辿る。
またその時の自分が戸惑いながらも彼と笑い合ったこと…。そんな事が思い出されて、さらに速く、速くと駆け上がらせた。
実質近衛騎士たちは、本当に付き添いでフェリシアのすることを遠巻きに見ているだけだった。
青毛の馬に湖の水を飲ませて、そして草を食むその姿を眺めた。
(そうだ…スッキリするには…)
人気のない、湖は正にうってつけではないか?ライナスとジェインがいるとはいえ!
フェリシアは馬を驚かせないように距離をあけて、湖水に向かって、全力で歌を歌い出した。
選んだ曲は、勇ましい男性が歌うのが相応しい戦いに赴く歌であった。
テンポの良い高低差のある曲を全力で歌いきると、久しぶりに気分は高揚して鬱々としていた心も心持ちすっきりとした。
「あーーー!すっきり!!!」
ライナスとジェインがどう思うかなんて、もう気にしない。
フェリシアは青毛の馬に近づき馬を撫で
「驚かせて、ゴメンね」
馬に顔を寄せてそれから鞍に上がった。
騎士姿のキラキラした二人にフェリシアは目で合図をした。
少しばかり恥ずかしかったからだ。
「ここで…何をしてたか、報告なんてしないでくれる?」
「特に報告すべき事はありませんでしたから」
ライナスがわずかに笑みを見せてそう告げてくれ、ジェインも隣で頷いた。
「そうよね、ここまで乗馬を楽しんで休憩して帰るだけ」
岐路は、風景を楽しめる程の速度で馬を走らせ馬もフェリシアも楽しんで厩舎まで走らせた。
厩務員に馬を預けた所で
「乗馬を楽しみたかったら私に言えば良かったのに」
そう声が掛けられる。
「…殿下…」
振り返ればチョコレート色のフロックコート姿のエリアルドがそこに待っていた。
「少し、走らせたかっただけですから」
「そう、楽しめた?」
いつも通りのその口調にはどこにも怒りは感じられない。だけど、本心を隠すのが上手いエリアルドはそれがどこまでが本当か分からない。
「ええ、もちろん」
(貴方とお会いするのは…もう少し気持ちの準備が出来てからが良かったのに)
「どこまで走らせた?」
「この前の、湖の所までです」
「そこで、少しか…」
わずかに笑われた気がするが、確かに少しかと言われれば本気の乗馬を楽しんで来た。
「思った以上にフェリシアはいつも早起きだね?」
「そう、ですか?」
「君がいつも、周りを慌てさせるのは今日みたいに早朝だ」
笑われてフェリシアは、居心地が悪くなる。
「けれど…久しぶりに晴れやかな顔をしているのを見ればその価値はあったみたいだね」
エリアルドはそう言うと優しく微笑みを向ける。
「ええ…ありました」
じゃあ、戻ろうと出された腕に手をかけて、フェリシアは冬の棟へと歩いていく。
「殿下、お迎えありがとうございます」
ここまで気を使って迎えに来てくれたに違いない。
「一人でふらふら出歩くのは、もう止めます」
不自由だ、迷惑だ、と思ってもしたいことを言ってしまう方が結果的には良さそうだ。
貴族と王族には大きな開きがあるのだと改めて気づかされる。貴族の令嬢だって不自由だと思っていたけれど、こちらは更にである。
朝食の席に朝のドレスに着替えてからフェリシアは、エリアルドと向い合わせの席に着く。
いつもより穏やかな気持ちでその時間を過ごすことが出来てその事が嬉しく思えた。




