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王妃の階段  作者: 桜 詩
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夜の朝の狭間

今夜は女官長と話した数日後にあたる。



『いいですか妃殿下。王太子殿下はさとい方ですから、一服盛ろうとしてもとても、難しいかたです。ですから、こちらは妃殿下が…』

『私が?』

『大丈夫です。少し酔ったようにほてるくらいの物です』

そして用意されたのは淫靡な香りの香と、そして肌の思いきりすけるレースのネグリジェ。


『さ、お飲みください』

見た目はふつうのジュースのようで味も少し甘いくらい。


***


…時が経つにつれて女官長の言うように、頬が火照り暑くなってきた。

着ているガウンが暑く感じて、紐をほどきベッドに横たわった。


(…どうしよう…これでも、ダメだったら…)


ノックが聞こえたけれど返事はしなかった。


「フェリシア、いないのか?」

いつもなら立って出迎えるフェリシアは今ベッドにいる。


「どうした!?」


フェリシアの姿に気づいたのかエリアルドはベッドに急ぎ寄ってきた。


「殿下…お水を…取ってください」

「わかった」


エリアルドが隣の自室にある水を持ってきてくれたが、当然ながらそれで治まる気配はなかった。


「侍医を呼ぼう。熱があるのかも知れない」

フェリシアは立ち去ろうとするエリアルドの腕を掴んだ。きっと侍医を呼んでも治まるはずがない。

「待って…違うから…これは…」

「どうした?」

「行かないで…下さい。殿下…」

「フェリシア…」


エリアルドの視線はフェリシアのガウンを脱いだその姿にようやく気がついたようだ。暗い寝室でも、白いその半裸の姿は彼の目にも浮かび上がるように見えているはずだった。


「なにか飲まされた?」


「…私の…意思です…」

「馬鹿なことを…」


「馬鹿なこと…。殿下、私はそんなにダメなのですか?私は…子供ですか?貴方から見れば」


エリアルドは全ての情況を悟ったようで、


「私は…君が少しでも私に慣れてからと思っていた。いつも緊張しているのが分かっていたから…けれど、それはフェリシアを傷つける事でもあったんだね…」


エリアルドはフェリシアの隣に座った。彼の手は大きくそして長い指が金の艶やかな髪を撫でた。


「私は何と言われても平気だけど、君の方まで言われるとは思ってなかった…本当にごめん」


「殿下…」


両腕にしっかりと抱き締められてフェリシアは泣きそうになる。


潤んだ視界にエリアルドのきれいな顔がいっぱいに拡がる。唇が重なり、その感触と共にフェリシアは彼の背に手を回した。


「フェリシア…目を閉じていていいよ…私に、任せるんだ」

フェリシアは言われるままに眼を閉じて、身を横たわらせた。


熱い素肌には彼の手がひんやりとして心地よく、フェリシアは深く息を吐いた。エリアルドの肌と肌が同じくらいの温度になっても、どれ程フェリシアが息を乱そうと、彼の熱は常と変わらずどこまでも王子 エリアルドがそこにあった。


フェリシアが落ち着きを取り戻し、身なりを整えた彼はいつものように静かに部屋を出ていった。


心の通わない、契りがこれほど侘しく哀しさをもたらすものだと初めて知った。

いっそ…何の感情も無ければ、そうすれば人形のように時が過ぎるのを待てたのかも知れない。


(愛されたいんだ…私…)


エリアルドに、触れられれば心地よく心は喜ぶし、彼が他の人を思ってると思えば苦しい。

この感情が恋でなくて…他に何の感情だと言うのだろう。


彼は間違いなく夫であるのに…なのに、今一番近くて、遠い人で。優しくて、残酷だった。フェリシアが彼に感じるのは…義務と責任、それだけだった。


彼の優しさを踏みにじって、一線を越えた代償は深い沼のように重く体の奥底を埋め尽くした。

けれど…すべては済んだことで、それは変えようのない事実だと他ならぬフェリシアの身が訴えていた。




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